第78講 患者側弁護士からカルテ開示・照会が来たら
第Ⅷ部 医療事故・紛争対応
患者の代理人弁護士から書面が届いたら、何を求められ、どの権利や手続に基づくものかを確認します。事実を知るための照会の場合もあり、弁護士の関与だけで訴訟が決まったわけではありません。記録を保全し、落ち着いて対応することが大切です。
この講では、主に民間の病院・診療所を念頭に、開示請求と照会への対応を整理します。設置主体によって適用される手続が異なる場合があります。開示すべき情報は誠実に提供し、確認できた事実、医学的な判断、法的責任の評価を分けて説明します。
例えば、法律事務所から「患者○○氏の代理人として診療録一式の開示を求めます。あわせて、下記の事項についてご回答ください」という書面が届きました。質問は12項目。回答期限は2週間後です。院長は、何をどこまで開示し、質問にどう答えればよいのか迷いました。
1 届いた書面を分ける ― 開示請求と照会
診療録の開示と、個別の質問への回答は分けて考えます。さらに、弁護士個人からの質問状なのか、弁護士会による照会なのかも確認してください。
| 要求 | 性質と対応 |
|---|---|
| 診療録の開示請求 | 患者本人の保有個人データの開示請求等を、代理人が行うもの。本人・代理人と代理権を確認し、開示の対象と例外を検討する(個人情報保護法33条、診療情報の提供等に関する指針)。 |
| 事実関係の照会 | 個別の弁護士が送る任意の質問状。それ自体で新たな法定の報告義務が生じるわけではないが、診療に伴う説明義務や適法な開示請求への対応は別に必要。質問の内容に応じて回答を検討する。 |
| 弁護士会照会 | 弁護士会から公務所・公私の団体への照会(弁護士法23条の2)。正当な理由がない限り報告義務を負う。必要性、照会の範囲、守秘義務や第三者の権利との関係を検討し、回答範囲に疑問があれば弁護士会への確認も行う。 |
最判平成28年10月18日は、弁護士会照会への報告義務を前提としつつ、報告を受けることについて弁護士会自身に不法行為法上保護される利益はないと判断しました。これは、回答義務がないという判決でも、どのような相手に対しても拒絶の責任を負わないという判決でもありません。
2 開示請求への対応
生存する患者本人の開示請求を、適法な代理人が行う場合は、本人からの請求として対応します。遺族による請求とは根拠や確認事項が異なります(第69講)。次の点を順に確認してください。
- 代理権と本人確認。患者本人・代理人の本人確認と、委任状等による代理権・委任範囲の確認を行う。署名と押印が常に両方必要なわけではない。確認方法は合理的に定め、請求者に過重な負担を課さない。
- 対象の確認。「一式」が診療録、看護記録、検査結果、画像、同意書等のどの範囲を指すか整理する。保有個人データの開示請求と、すべての院内文書の提出要求は同じではない。対象資料と不開示事由を個別に検討する。
- 第三者情報の扱い。他の患者等の権利利益を害するおそれがある部分を検討し、必要な範囲だけをマスキングする。医療者の氏名などを含め、第三者の情報というだけで一律に削除しない。原記録は変更せず、開示用の写しを加工する。
- 原記録と履歴を残す。請求を受けた時点の記録を保全する。その後も必要な診療記録を作成し、追記・訂正は現在の日時、担当者、内容と理由が分かる形で行う。どの時点の写しを開示したかも保存する(第72講)。
- 期限と方法。個人情報保護法33条の開示は遅滞なく行い、原則として本人が求める方法による。電子データでの開示等が多額の費用を要するなど困難な場合は、法令に従い書面で対応する。手数料は実費を考慮した合理的な範囲とする(同38条)。
開示で本人・第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合など、法律上の例外はあります。全部又は一部を開示しない場合も、遅滞なくその旨を通知し、理由の説明に努めます。「訴訟で不利になるかもしれない」だけでは拒む理由になりません。相手の指定した2週間が常に法定期限というわけではありませんが、間に合わない場合は理由と対応予定を早めに伝えます。
3 照会への回答 ― 事実・医学的判断・責任を分ける
事実関係の照会に回答する場合、次の原則を守ります。
事実と情報源を示す。記録で確認できる事項は、その資料とともに答えます。関係者の記憶による説明は、記録による確認とは区別し、不確かな部分を明らかにします。記憶を使うこと自体が禁止されるわけではありません。
医学的な説明を省かない。なぜその処置を選んだかなど、必要な医学的判断は根拠とともに説明します。確認できた問題点も隠さず伝えます。ただし、医学的な評価と、過失・因果関係・賠償範囲についての法的評価を混同しないようにします(第73講)。
不明な点を断定しない。「記録に記載がないこと」と「実施されなかったこと」は区別します。確認中の事項は確認中と伝え、医学的な推論を説明する場合も、その根拠と限界を示します。
回答を整理してから出す。自院の弁護士に相談し、保険契約上必要な通知・協議も並行して進めます。責任の承認や示談には保険上の条件がある場合がありますが、必要な開示や確認済みの事実説明まで不当に遅らせないでください(第79講)。
4 院内で整えること
代理人からの書面を受け取った時点で、院内では次のことを進めます。
- 関係者への共有——対応に必要な範囲で共有し、対外窓口を決める。無断のSNS投稿等を防ぐ一方、法定の届出・報告、適法な通報や弁護士への相談を妨げない。
- 記録の保全と一覧化——診療記録、画像、関係するログ等を保全し、自動削除や上書きを防ぐ。保存する範囲と、実際に開示する範囲は区別する。
- 経過の整理——第71講・第75講で作った記録(聞き取り、説明、調査)を、時系列で整理する。
- 保険会社への連絡——届いた書面を速やかに共有し、加入契約に従って通知・協議する。
- 弁護士の選任——自院の代理人を決め、以後の窓口を一本化する。
5 証拠保全が来ることもある
裁判所が、後で証拠を使うことが困難になる事情を認め、あらかじめ証拠調べをする場合があります。これが証拠保全です(民事訴訟法234条)。診療録等を検証・撮影する方法があり、急速を要する場合には事前の呼出しをせず実施されることもあります(同240条)。刑事事件の捜索・差押えとは異なる手続です。
証拠保全では、担当者と裁判所の決定内容、対象・方法を確認し、速やかに自院の弁護士へ連絡して、手続に従って対応します。患者側代理人が求めるすべての資料やシステムへの無制限なアクセスを認める手続ではありません。対象外の情報、第三者の情報、診療への支障は裁判所に伝えます。一方、資料を隠す・消すなどの妨害をしてはいけません。文書提出命令への不遵守等には、証拠上の不利益が生じる場合があります(同224条)。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 代理人からの書面を、開示請求・照会・弁護士会照会に分けて整理する
- 委任状と本人確認を求め、開示対象を一覧にする
- 記録を保全し、電子カルテのログを保存する
- 弁護士に相談し、保険会社との必要な協議を並行して進め、開示・回答の予定を管理する
やってはいけないこと
- 法的な理由なく開示を拒み、遅らせ、必要な部分を隠す
- 根拠のない断定をする、又は必要な医学的説明や確認済みの問題点を伏せる
- 担当医が対応窓口と調整せず、独断で回答や約束をする
- 原記録を消し、追記・訂正の日時や理由を隠す
7 よくある質問
- 照会に回答しなければならないのですか。
- 個別の弁護士による質問状だけで、新たな法定の報告義務が生じるわけではありません。ただし、診療に伴う説明や適法な開示請求への対応は別に必要です。弁護士会照会では、正当な理由がない限り報告義務があります。書面の種類と質問の内容を確認し、回答の範囲や方法を自院の弁護士と検討してください。
- 開示した記録が、訴訟で不利に使われませんか。
- 記録が相手方の主張を支える証拠になることはあります。しかし、不利になるという理由だけで適法な開示を拒むことはできません。記録の内容と実際の経過を確かめ、必要な説明を行います。記載が不正確だと判明した場合も、元の記録を消さず、訂正の根拠と経過を残してください。
- 代理人から、担当医との面談を求められました。
- 面談の目的、出席者、記録方法を確認し、自院の弁護士と相談して対応を決めます。担当医の医学的説明が必要な場合は、院長や弁護士の同席等も検討します。事実と医学的判断を説明し、未確認の原因や法的責任を断定しないようにします。
主な法令・参考資料
- 個人情報保護法
33条・36〜38条の保有個人データ開示と手続・手数料等。個人データの安全な取扱い。
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
診療情報の取扱い、漏えい等の報告、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針
遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html - e-Gov法令検索:民事訴訟法
92条の閲覧制限、220条・224条の文書提出、234条・240条の証拠保全、247条の証拠評価、267条の和解、368条・382条等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109 - 最高裁平成28年10月18日判決(弁護士会照会)
平成27年(受)第1036号。報告義務と、照会をした弁護士会自身の損害賠償請求。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86198.pdf - e-Gov法令検索:弁護士法
23条の2。弁護士会による報告の請求。
https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC1000000205