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『スポーツ・エンタメ団体紛争32講 ― 選手・団体・事務所がもめた日の教科書 ―』【第28講】

CAS(スポーツ仲裁裁判所)と国際紛争

国際大会の出場資格、国際競技連盟の処分、ドーピングの国際的な制裁、国際移籍をめぐる紛争。国境を越えるスポーツ紛争の最終的な判断の場となっているのが、スイス・ローザンヌに本部を置くスポーツ仲裁裁判所(CAS)です。日本の選手・団体も、国際大会に関わる限り、CASの手続と無縁ではいられません。

CASの基本

CASは1984年に設立され、現在はスポーツ仲裁国際理事会(ICAS)の下で運営されています。手続は、①当事者の合意に基づく通常仲裁、②国際競技連盟等の決定に対する上訴仲裁、③ドーピング事件の第一審を扱う部門、④オリンピック等の大会期間中に現地で紛争を迅速に解決するアドホック部、に分かれます。多くの国際競技連盟の規約、オリンピック憲章、世界アンチ・ドーピング規程は、紛争の最終的な解決をCASに委ねる旨を定めており、選手は競技者登録やエントリーを通じてこれに合意していることになります。

上訴期限と手続

上訴仲裁の申立期限は、団体の規約に定めがなければ、決定を受領した日から21日とされており(CAS規程R49)、国内の手続と比べて非常に短いことに注意が必要です。言語は英語またはフランス語が原則で、書面の準備・翻訳・国際的な代理人の手配に時間と費用がかかります。アドホック部では、申立てから24時間程度で判断が示されることもあります。

日本との関わり

2000年のシドニー五輪の代表選考をめぐり、日本の競泳選手がCASに申し立てたことは、国内のスポーツ仲裁制度の整備(JSAAの設立)の契機の一つとなりました。現在では、国内の代表選考やドーピング事件はJSAAで扱い、国際競技連盟の決定や国際大会の出場資格はCASで争う、という役割分担が基本です。国内のドーピング事件についても、一定の場合には国際競技連盟やWADAがCASに上訴できる仕組みになっています。

CASの判断を争う手段

CASの仲裁判断に対しては、スイス国際私法に基づき、スイス連邦最高裁判所に取消しを求めることができますが、取消事由は、仲裁廷の構成の違法、管轄判断の誤り、当事者の審問請求権の侵害、公序違反などに限られ、実際に取り消される例はまれです。もっとも、近年は欧州人権裁判所や欧州連合司法裁判所において、CAS仲裁に対する司法的コントロールのあり方が問われる判断が相次いでおり、国際スポーツ仲裁の制度をめぐる議論は動き続けています。

近時の欧州判例とCAS 欧州人権裁判所大法廷は、Semenya v. Switzerland(2025年7月10日)で、CAS判断を審査したスイス連邦最高裁判所の審査が限定的であったこととの関係で、欧州人権条約6条1項の公正な裁判を受ける権利の侵害を認めました。他方、同裁判所は、条約8条・13条・14条に関する申立てについては管轄上の理由等から不受理としています。また、EU司法裁判所大法廷はRoyal Football Club Seraing事件(C-600/23、2025年8月1日)で、国際スポーツ団体により事実上強制されるCAS仲裁について、EU加盟国の裁判所がEU法上の公序に適合するかを実効的に審査できなければならないとしました。これらの判断はCAS仲裁そのものを否定するものではありませんが、強制的なスポーツ仲裁と国内・地域的な司法審査との関係について、従来より厳格な検討を求める流れとして重要です。

日本の選手・団体の実務

①国際大会に関わる選手は、エントリー時にCASへの仲裁合意が含まれていることを理解しておく。②国際競技連盟の決定を受けたら、上訴期限(21日等)を直ちに確認する。③国際経験のある代理人を早期に確保する。④国内団体は、国際規則と国内規程の関係を整理し、国際的な処分が国内でどのように執行されるかを定めておく。

実務ポイント

・国際競技連盟の決定・国際大会の出場資格・国際的なドーピング事件はCASで争うのが基本。

・上訴期限は原則21日(規約に定めがない場合)。国内の手続と比べて極めて短い。

・CAS判断の取消しはスイス連邦最高裁に限られ、取消事由は狭い。国際経験のある代理人を早期に確保する。

作成日付:2026年9月28日

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