譲渡制限は相続には効かない
意外に知られていませんが、株式の譲渡制限(会社法107条1項1号)は、相続や合併などの一般承継には及びません。少数株主が亡くなれば、会社が一度も承認していない相続人が、当然に株主になります。「会社にとって好ましくない者」が株主として登場する典型ルートが、実は相続なのです。
174条売渡請求 ― 会社側の対抗手段
そこで会社法174条は、定款に定めを置くことにより、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、会社が売渡しを請求できる制度を用意しています。要点は次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 定款の定め | 事前に定款規定が必要(相続発生後の定款変更でも可とされる) | 174条 |
| 株主総会決議 | 特別決議。売渡請求の対象となる相続人は議決権を行使できない | 175条、309条2項3号 |
| 期間制限 | 相続等を知った日から1年以内に請求 | 176条1項 |
| 価格 | 協議が調わなければ、請求から20日以内に裁判所へ売買価格決定の申立て | 177条 |
| 財源規制 | 自己株式取得として分配可能額の範囲内 | 461条1項5号 |
「相続クーデター」という影
この制度には有名な副作用があります。175条2項により売渡請求の対象者は総会で議決権を行使できないため、オーナー(多数派)側に相続が発生した場合、少数株主が総会を支配して、オーナーの相続人に対して売渡請求を発動できてしまうのです。これが講学上「相続クーデター」と呼ばれる問題です。
たとえば発行済株式の70%を持つオーナーが死亡した場合、残り30%の少数株主だけで構成される株主総会が、相続人への売渡請求を決議し、オーナー一族を会社から排除する――そんな下剋上が、定款の売渡請求条項を置いたばかりに現実化し得ます。
設計上の工夫
対策としては、①売渡請求条項をあえて置かない、②オーナー側は遺言・生前贈与・持株会社化により相続による承継自体を回避する(特定承継・遺贈の形にする、ただし遺贈への適用関係は議論があります)、③拒否権付種類株式(黄金株)を後継者や信頼できる者に交付しておく、④定款で対象を「特定の株主グループの相続人に限る」形に設計する、といった組み合わせが考えられます。
174条の売渡請求は、少数株主側の相続に対しては強力な株式分散防止策となる一方、オーナー側の相続に対しては自社に向けた刃になり得る。定款にこの条項を入れるか否かは、株主構成・年齢構成を踏まえたシミュレーションなしに決めてはならない、というのが実務家としての結論です。当事務所では、定款設計の段階からのご相談を強くお勧めしています。