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『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第18講】

遺産の中に非上場株式があったら ― 遺産分割の戦略と評価の攻防:「相続税評価額」は分け方の基準ではない ―

『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第18講】

18第Ⅳ部 相続・事業承継編 ― 株と相続が交わるとき第18講

遺産の中に非上場株式があったら
― 遺産分割の戦略と評価の攻防:「相続税評価額」は分け方の基準ではない ―

「父の遺産は、会社の株式1万株と預貯金3,000万円です。会社を経営している兄は『株の評価は相続税の申告と同じ1株1万円で、株は全部自分が相続する。お前には預貯金を渡す』と言います。税理士に聞くと、会社の純資産で計算すれば1株5万円は下らないそうです。納得できません」

「逆の立場です。父の会社を継いだ私が株式1,000株(評価額1億円)を単独で相続したいのですが、母と弟に払う代償金の資金がありません。株を分ければ経営が不安定になります。どうすればよいですか」

「遺産分割の協議がまとまらず3年が過ぎました。その間、会社の株主総会が一度も開けていません。従業員が不安がっています」

この講の結論

預貯金は1円単位で分けられ、不動産には公示価格や取引事例があります。これに対して非上場株式は、評価に大きな幅があり(第2講の「四つの値段」)、分け方の選択肢も多く、しかも会社の経営権と直結します。遺産分割の実務で最も紛糾する財産類型といって差し支えありません。分け方には現物分割・代償分割・換価分割・共有分割の四つがありますが、非上場株式でまともに機能するのは代償分割、すなわち後継者が株式を取得して他の相続人に代償金を支払う方法です。

代償分割の最大の争点は株式の評価です。ここで重要なのは、遺産分割における株式の評価は、相続税申告で用いた財産評価基本通達上の評価額に拘束されないということです。家庭裁判所の調停・審判では、株式の実質的な価値(私法上の時価)が基準になり、争いがあれば公認会計士等による鑑定が行われます。後継者側は低い評価を、非後継者側は高い評価を主張するのが典型的な構図で、数億円規模の会社であれば、評価の主張の巧拙だけで代償金が数千万円単位で変動します。そして遺産分割が長期化する間、株式は準共有のまま議決権が凍結され、会社の意思決定が止まります(第16講)。遺産分割は相続人間の問題であると同時に、従業員と取引先を抱えた会社の存続問題でもある。この二重性を扱えるかが、代理人選びの分水嶺です。

1遺産分割で最ももめる財産 ― 非上場株式の三つの特殊性

遺産分割は、相続人の共有に属する相続財産(民法898条1項)を、個々の財産ごとに各相続人の単独所有にするなど、終局的な帰属を確定させる手続です(909条)。遺言がなければ、法定相続分(900条)に応じた分割が出発点になり、遺産全体の額を算定した上で各人の取得額を決めます。遺産に非上場株式が含まれると、この手続が三つの理由で難しくなります。

第一に、評価の幅です。遺産全体の額を算定するには、株式の評価額が必要ですが、非上場株式には市場価格がなく、算定方法によって数倍の差が出ます(第2講・第3講)。相続税申告で使った評価額を分割の基準にしようとする相続人と、それでは安すぎると主張する相続人の対立が、ほとんどの事案で生じます。第二に、分け方の難しさです。株式は数で分けられますから現物分割は可能ですが、分ければ経営権が分散し、会社の意思決定が不安定になります。分けずに一人が取得すれば、他の相続人に代償金を払う必要が生じ、その資金がないことが多い。第三に、経営権との直結です。株式を誰がどれだけ取得するかは、財産の分配であると同時に、会社の支配権の帰属を決めることになります。後継者にとって株式は「事業の基盤」であり、非後継者にとっては「換金できない財産」です。同じ財産を見る目が、相続人の立場によって根本的に異なります。

2分け方は四つ、しかしまともに機能するのは実質一つ

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分割方法内容非上場株式での実情
現物分割株式を株数で相続人に分ける経営権の分散を招き、後継者側は通常回避したい。新たに少数株主を生み、第Ⅱ部・第Ⅲ部で見た紛争の入口になる。やむを得ず分ける場合の手当は第7節
代償分割後継者が株式を取得し、他の相続人に代償金を支払う実務の本命。争点は①株式の評価額と②代償金の資金手当て。審判で代償分割を命じるには「特別の事情」が必要(家事事件手続法195条)
換価分割株式を売却して代金を分ける譲渡制限があり市場もないため、第三者への売却は現実には困難。会社や後継者が買い取る形は実質的に代償分割と同じ。審判での換価命令(同法194条)は競売が原則で、非上場株式には向かない
共有分割準共有のまま維持する紛争の先送りにすぎず、権利行使者をめぐる第二の紛争へ(第16講)。審判では他の方法がとれない場合の最後の手段

図表1 四つの分割方法と非上場株式での実情

代償分割が本命になる理由は、会社の経営を一人の後継者に集中させつつ、他の相続人には財産的な公平を金銭で確保できるからです。民法も、遺産分割は「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」して行うと定めており(906条)、事業を継ぐ相続人に株式を集中させることは、この基準に沿った分割です。家庭裁判所が審判で代償分割を命じるには「特別の事情」が必要ですが(家事事件手続法195条)、後継者が現に会社を経営しており、株式の分散が会社の運営に支障を生じさせる場合は、この事情に当たると判断されることが多くあります。ただし、代償金を支払う資力が後継者にあることが前提とされます。

3評価の攻防 ―「相続税評価額」は分割の基準ではない

代償分割の最大の争点は、株式の評価額です。後継者側は「相続税の申告で使った評価額(財産評価基本通達による)が株式の価値だ」と主張し、非後継者側は「それは税務上の便宜的な数字であって、会社の実質的な価値はもっと高い」と主張します。この対立に対する法律上の答えは明確です。遺産分割における株式の評価は、相続税申告で用いた評価額に拘束されません。

税務上の評価(財産評価基本通達)は、課税の公平と画一的な処理のために国税庁が定めた算定方式であり、株式の実際の価値を表すものではありません。遺産分割で問題になるのは私法上の時価、すなわち株式の実質的な価値であり、事案ごとに適切な評価方法を個別に判断して算定されます(第2講で見た「二つの時価」の区別)。家庭裁判所の調停・審判でも、相続税評価額を基準とすることはなく、当事者間で合意できなければ鑑定によって実質的な価値が算定されます。したがって、相続税評価額を前提とした遺産分割の提案に、非後継者側が応じる義務はありません。

図解A 遺産分割における株式評価の対立構図

後継者側(株式を取得する側)の主張相続税評価額(財産評価基本通達)、配当還元的な低い評価、非流動性を理由とする減額代償金を小さくしたい
非後継者側(代償金を受ける側)の主張時価純資産法(不動産の含み益を反映)、DCF法・収益還元法による継続企業価値、支配権の価値代償金を大きくしたい
▼
協議段階各自が私的鑑定または簿価純資産法による概算を示して交渉。相続税評価額は「参考」にとどまる
調停・審判段階合意できなければ裁判所が鑑定人(公認会計士等)を選任。不動産があれば先に不動産鑑定。鑑定費用は当事者が予納
評価の中身継続企業なら収益還元・DCFと純資産の折衷が多い。遺産分割の場面で不動産を収益価額で評価し修正簿価純資産法を用いた裁判例(大阪高決昭和58年2月7日判タ502号184頁)

図解A 「相続税の申告額」は交渉の出発点にすらならないことがある

実務で非後継者側が使いやすいのは、簿価純資産法による概算です。貸借対照表の純資産額を発行済株式数で割るだけで、公認会計士でなくても算出でき、相続税評価額(とくに類似業種比準方式や配当還元方式による低い評価)との差を示すことができます。ただし、簿価純資産法による価額は「その価格が適正であることの根拠」としては弱く、調停・審判で裁判所がそのまま採用することは期待できず、相手方も応じない可能性が高いことには注意が必要です。本格的に争うなら、公認会計士等による私的鑑定を依頼し、その評価額を主張することになります。私的鑑定には費用がかかり、依頼者が望む株価が出るとは限らないこと、調停・審判で裁判所が私的鑑定の結果を前提に評価額を決めるとは限らないことも、あわせて理解しておく必要があります。

後継者側の視点では、株式評価を低く抑える主張は、代償金を減らす効果がある一方で、限界があります。会社の純資産が厚く、含み益のある不動産を持ち、安定した利益を出している会社の株式を、配当還元方式のような低い評価で通すことは、鑑定が入れば困難です。後継者側の現実的な戦略は、評価を極端に低く主張することではなく、①非流動性や支配権の帰属を踏まえた適切な評価方法を主張すること、②評価の時点(相続開始時か分割時か)と含み益の税負担(法人税等相当額の控除)といった技術的な論点で合理的な減額を確保すること、③代償金の支払方法(分割払い、会社の資金の活用。第6節)で資金面の負担を軽くすることです。株価鑑定書の読み方と評価手法の争点は、第3講に詳しく整理しています。

4協議・調停・審判 ― 評価はどこで、どう決まるか

遺産分割は、まず相続人間の協議で行い(民法907条1項)、協議が整わないときは家庭裁判所に調停または審判を申し立てます(同条2項)。審判を申し立てても、裁判所の職権で調停に付されることが多く(家事事件手続法274条1項)、実際には調停から始まるのが通常です。

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段階株式評価の決まり方実務上の要点
協議(裁判外)当事者の合意。相手方の提示(相続税評価額など)に応じる義務はない。私的鑑定や簿価純資産法による概算で対抗評価額の合意ができれば、それを前提に分割協議。できなければ調停へ。株式の一部分割(第8節)を先行させる余地
調停当事者間で評価額の合意を目指す。合意できなければ裁判所が鑑定人(公認会計士等)を選任して株価鑑定。会社が不動産を持つ場合は不動産鑑定士による鑑定を先行鑑定費用は当事者が事前に予納する。調停成立時は法定相続分に応じた負担を定める条項を作ることが多く、特段の定めがなければ各自負担(家事事件手続法28条1項)
審判調停不成立で自動的に審判へ移行。鑑定結果と当事者の主張・証拠を踏まえて裁判所が評価額と具体的相続分を算定し、分割方法を定める代償分割には「特別の事情」(195条)。代償金を支払う資力の証明が求められる。分割時の評価が基準(特別受益は相続開始時。第5節)
(前提問題)遺産の範囲の争い株式が名義株で遺産に属するかが争われる場合、家庭裁判所の審判には既判力がない。地方裁判所に遺産確認の訴えを提起して確定させるのが原則先に確認訴訟を起こすか、調停の中で合意を目指すか。合意できなければ調停・審判が中断され時間がかかる(第6講)

図表2 協議・調停・審判の各段階で評価がどう決まるか

鑑定の実際について補足します。裁判所が選任する鑑定人は公認会計士等で、会社の決算書・総勘定元帳・事業計画などの会計資料を基に評価します。会社が不動産を所有している場合、株式の評価の前提として不動産の時価が必要になるため、裁判所はまず不動産鑑定士を鑑定人に選任して不動産鑑定を行い、その結果を踏まえて公認会計士による株価鑑定を実施します。鑑定費用は数十万円から数百万円に及ぶことがあり、当事者が事前に予納しなければなりません。会社の協力(資料の提出)が得られるかどうかも、鑑定の質と期間を左右します。後継者が経営する会社が資料の提出を渋れば、鑑定人は限られた資料で評価することになり、その不利益は資料を出さなかった側に働く方向になります。

5具体的相続分を動かすもの ― 特別受益・持戻し免除・寄与分

遺産分割では、法定相続分をそのまま当てはめるのではなく、特別受益と寄与分によって各相続人の「具体的相続分」が修正されます。非上場株式の相続では、後継者が生前に株式の贈与を受けていることが多く、特別受益が大きな争点になります。

共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受け、または婚姻・養子縁組のため、あるいは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、相続開始時の財産にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし(みなし相続財産)、これに法定相続分を乗じた額から贈与の価額を控除した残額が、その者の具体的相続分になります(民法903条1項)。後継者への株式の生前贈与は、相続分の前渡しと認められる程度に高額であれば、原則として特別受益に当たります。

ここで非上場株式に特有の問題が生じます。特別受益の評価時点は相続開始時とするのが判例・通説です(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁)。贈与時に1株10万円だった株式が、後継者の経営努力で会社が成長し、相続開始時に1株30万円になっていれば、特別受益は30万円で評価されます。後継者は、自分の努力で増やした価値の分だけ、具体的相続分が減るという結果になります。

被相続人が持戻し免除の意思表示をしていれば、特別受益はみなし相続財産に算入されず、それ以外の遺産を基礎として分割が行われます(903条3項)。持戻し免除の意思表示は遺言等で明示的に行われることもあれば、黙示的に認められることもあり、後者は贈与の内容・価額、贈与の動機、被相続人と受贈者およびその他の相続人との生活関係、職業・経済状態・健康状態などを総合考慮して判断されます。事業承継のために後継者に株式を贈与した場合、黙示の持戻し免除が認められる余地はありますが、確実ではありません。もっとも、持戻し免除があっても、遺留分を侵害する範囲では、その贈与は遺留分算定の基礎に算入されます(最決平成24年1月26日家月64巻7号100頁)。持戻し免除で遺産分割上の問題を解消しても、遺留分の問題は残るということです(第19講)。

計算例 遺産が預貯金5,000万円、相続人が妻B・長男C・長女Dで、Cが生前に会社の株式500株(相続開始時の評価額1,500万円)の贈与を受けていた場合。持戻し免除がなければ、みなし相続財産は6,500万円(5,000万円+1,500万円)で、Bの具体的相続分は3,250万円、Dは1,625万円、Cは1,625万円から1,500万円を控除した125万円になります。持戻し免除があれば、預貯金5,000万円を基礎に、B2,500万円、C・D各1,250万円です。同じ贈与でも、持戻し免除の有無で後継者Cの取り分が10倍違います。

寄与分は、被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人について、その寄与分を控除した額を相続財産とし、寄与者の相続分に寄与分を加える制度です(904条の2)。後継者が長年会社の経営に従事して株式の価値を高めたことが「特別の寄与」に当たるかは、報酬を受けていたかどうかなどによって判断され、通常の役員報酬を受けて経営していた場合には認められにくいのが実情です。なお、特別受益・寄与分による具体的相続分の主張は、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では原則としてできなくなります(904条の3)。長期化した遺産分割では、この期限も視野に入れる必要があります。

6代償金の資金をどう作るか ― 会社からの借入れ・自己株式取得

代償分割の第二の争点は、代償金の資金です。後継者が株式全部を取得する場合、他の相続人に支払う代償金は、株式の評価額が1億円なら数千万円の規模になります。後継者個人にその資金がないことは珍しくありません。ここで、株式を取得対象とするからこそ使える資金調達の方法があります。

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方法仕組みと手続注意点
① 会社からの借入れ(役員貸付け)後継者が会社から金銭を借り入れて代償金を支払い、役員報酬の一部などから返済する後継者が取締役なら利益相反取引。取締役会非設置会社は株主総会の承認(356条1項2号、309条1項)、設置会社は取締役会の承認(365条1項)が必要。遺産分割の結果、後継者が単独株主になっていれば承認決議の問題は生じにくい
② 会社による自己株式の取得後継者が相続した株式の一部を会社に取得させ、その対価で代償金を支払う相続人からの取得は、非公開会社で相続人がその株式について総会で議決権を行使していなければ、他の株主への通知と売主追加請求権が不要(162条)。株主総会の特別決議(156条、160条1項、309条2項2号)と分配可能額(461条)の制約。相続税申告期限後3年以内なら売主のみなし配当課税を回避(措法9条の7。第13講)
③ 金融機関からの借入れ・持株会社後継者個人または後継者が設立した持株会社が金融機関から借り入れ、会社からの配当で返済する事業承継の定型。返済計画と配当可能額の設計。持株会社が取得する場合の税務(第12講)
④ 代償金の分割払い遺産分割協議書・調停条項で代償金を分割払いとし、担保(株式への質権設定など)を付ける非後継者側は履行の確保を求める。遅延時の期限の利益喪失条項

図表3 代償金の資金調達の方法 ― 株式を取得するからこそ使える手段がある

②の自己株式取得は、代償金の資金問題と株式の集約を同時に解決する方法として、実務で多く使われます。後継者が相続した株式の一部を会社が買い取れば、後継者は代金を代償金に充て、会社の発行済株式は減り、後継者の持株比率は自動的に上がります(自己株式には議決権がないため。308条2項)。相続税の申告期限後3年以内であればみなし配当課税を受けずに譲渡所得として扱える特例(措法9条の7)が使え、取得費加算の特例(措法39条)も併用できます。遺産分割の長期化は、この税務上の期限を過ぎてしまう危険を伴います(第13講)。

7株式を分けざるを得ないとき ― 株主間契約と無議決権株式化

代償金の資金がどうしても確保できず、株式を相続人間で分けざるを得ない場合、後継者の持株比率が過半数を下回ると、後継者は取締役を解任される危険を抱えて経営することになります(339条1項。第23講)。この場合に、後継者が引き続き安定して経営するための手当が二つあります。

第一に、株主間契約です。株式を相続する相続人の間で、取締役の選任・解任について後継者の意思に従って議決権を行使する旨の契約を締結すれば、取締役の選解任をコントロールできます。ただし、第10講で見たとおり、株主間契約は当事者間の債権的効力にとどまり、契約に反する議決権行使がされても決議の効力は左右されず、契約当事者の死亡等により効力が失われる可能性もあります。違約金や買取オプションによる実効性の確保が必要です。

第二に、無議決権株式化です。後継者以外の相続人が取得する株式を、一切の事項について議決権を有しない議決権制限株式に変更し、後継者に議決権を集中させる方法です。株主全員が同意していることが前提で、①株主総会の特別決議による定款変更で議決権を行使できる事項を定め(466条、309条2項11号、108条2項3号)、②後継者以外の株主全員が保有株式を無議決権株式とする合意をし、③普通株式を無議決権株式に変更することについて株主全員の同意を得る、という手順になります。後継者以外の相続人は、配当を受ける財産としての株式を持ち、経営には関与しないという形です(第9講)。相続人全員の同意が前提ですから、遺産分割協議の中で「株式は分けるが、議決権は後継者に集中させる」という合意の一部として組み込むことになります。

8会社を止めないための時間軸管理

遺産分割協議が長期化する間、株式は準共有のまま議決権が事実上凍結され(第16講)、会社の意思決定が止まります。取締役の任期満了後の再任ができず、決算承認もできず、金融機関との関係も不安定になります。株式の評価額が争われれば、その間、会社の業績が下がり、争っている株式の価値そのものが下がるという皮肉な結果を招くこともあります。遺産分割の当事者が、会社の運営と遺産の分け方を切り分けて、会社を止めない工夫をすることが決定的に重要です。

図解B 会社を止めないための三つの工夫

① 株式のみ先行して一部分割遺産の一部の分割は協議で可能(民法907条1項)。株式だけを先に後継者に帰属させ、預貯金・不動産は後回しに非後継者側は、残余の遺産から法定相続分を確保できるかを確認してから応じる。株式の評価額が不透明なら応じない選択もある
② 権利行使者の暫定合意遺産分割が終わるまでの暫定的な権利行使者を持分の過半数で指定し(会社法106条、最判平9.1.28)、役員任期・重要事項の全員同意などの条件を付ける「会社の運営」と「遺産の分け方」を切り離す
③ 調停での段階的合意評価額の合意、分割方法の合意、代償金の支払方法の合意を段階的に積み上げる。株式の評価は鑑定に委ね、その他の遺産の分割を先に固める調停委員会と裁判官の関与で合意を形にする

図解B 遺産分割は年単位。その間も会社は毎日動いている

①の一部分割には、非後継者側から見た注意点があります。株式だけを先に後継者に帰属させた場合、株式の評価額が高ければ、残りの遺産から非後継者が法定相続分に応じた財産を受け取れない事態が生じます。たとえば遺産が株式1,000株と預貯金1,000万円、相続人が子2人で、株式の評価額が1億円なら、預貯金全部を非後継者が取得しても法定相続分(5,500万円)に遠く及びません。一部分割に応じるには、株式の評価額を把握し、残余の遺産で法定相続分を確保できることを確認するのが前提であり、評価額が不透明な場合には応じないという判断も十分にあり得ます。後継者側は、一部分割を求めるなら、株式の評価についての見通しを非後継者側に示す必要があります。

PRACTICE NOTE

後継者側・非後継者側それぞれの戦略表

遺産に非上場株式が含まれる遺産分割で、当事務所が後継者側・非後継者側それぞれから関与する場合の検討事項を、対比して整理します。

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論点後継者側(株式を取得したい)非後継者側(代償金を受けたい)
株式の評価相続税評価額を出発点にしつつ、非流動性・法人税等相当額の控除・評価時点など技術的な論点で合理的な減額を確保。極端に低い評価は鑑定で覆される相続税評価額を前提にしない。簿価純資産法で概算し、本格的に争うなら私的鑑定。会社の決算書・不動産の時価を把握する(1株でも計算書類は閲覧できる。442条3項)
分割方法代償分割を主張。経営の安定という「特別の事情」(家事195条)を具体的に示す。資力の証明代償分割に応じる条件として、評価額と支払方法(一括か分割か、担保)を詰める。現物分割は経営に関心があるときのみ
特別受益生前贈与について持戻し免除の意思表示(明示・黙示)を主張。事業承継目的の贈与であることの資料生前贈与の特別受益性と相続開始時の評価を主張。持戻し免除があっても遺留分算定では算入される(第19講)
代償金の資金会社からの借入れ(利益相反手続)、自己株式取得(162条・措法9条の7の期限)、金融機関借入れ、分割払いの組合せ履行の確保。分割払いなら担保・期限の利益喪失条項。会社が自己株式を取得する場合の財源の確認
会社の運営暫定的な権利行使者の指定を提案。株式の一部分割を提案(評価の見通しを示す)会社を止めることは株式の価値を下げ自分にも不利。暫定合意には条件(任期・重要事項の同意)を付けて応じる
期限相続税申告10か月。自己株式取得の税務特例は申告期限後3年。特別受益・寄与分の主張は相続開始10年同じ期限を認識。長期化は双方の利益を損なう
遺産の範囲名義株を後継者固有の株式と主張するなら、出資の経緯の資料(第6講)名義株が遺産に属すると主張するなら遺産確認の訴え(地方裁判所)を先行させるか、調停内での合意を目指す

この表から分かるとおり、後継者側と非後継者側の利害は評価額と代償金では正面から対立しますが、「会社を止めない」という点では一致しています。会社が止まれば株式の価値が下がり、代償金の原資も減る。この共通の利益を出発点に、会社の運営についての暫定合意を先に作ることが、評価額の対立を解く時間を生みます。

実務チェック

  • 遺産分割における株式の評価が、相続税申告の評価額に拘束されないことを、当事者双方が理解しているか。
  • 非後継者側は、会社の計算書類(442条3項)を取得し、簿価純資産法による概算で相続税評価額との差を把握したか。本格的に争う場合の私的鑑定の費用と限界を理解しているか。
  • 後継者側は、代償分割の「特別の事情」と代償金の資力を示す準備があるか。資金調達(会社借入れ・自己株式取得・金融機関借入れ・分割払い)の組合せを設計したか。
  • 後継者への生前贈与について、特別受益の該当性、相続開始時の評価、持戻し免除の意思表示の有無を確認したか。
  • 会社からの借入れの利益相反手続(356条・365条)、自己株式取得の特別決議と財源規制、162条の特則の要件を確認したか。
  • 相続税申告期限後3年(措法9条の7・39条)と相続開始10年(民法904条の3)の期限を、遺産分割のスケジュールに組み込んでいるか。
  • 遺産分割が長期化する間の会社の運営について、暫定的な権利行使者の指定や株式の一部分割を検討したか。
  • 株式を分けざるを得ない場合の株主間契約・無議決権株式化を、遺産分割協議の一部として設計したか。

よくある質問

兄は「株の評価は相続税申告と同じ1株1万円」と言いますが、純資産で計算すると5万円になります。応じなければなりませんか。

応じる義務はありません。相続税申告で用いる財産評価基本通達による評価額は、課税のために国税庁が定めた画一的な算定方式による数字であり、株式の実質的な価値(私法上の時価)とは別のものです。遺産分割で基準になるのは実質的な価値であり、家庭裁判所の調停・審判でも相続税評価額を基準とすることはなく、合意できなければ公認会計士等による鑑定が行われます。まず、会社の計算書類を取得し(1株でも閲覧できます。会社法442条3項)、簿価純資産法で概算を示して交渉することが第一歩です。ただし簿価純資産法の数字は「適正価格の根拠」としては弱く、相手方や裁判所がそのまま受け入れるとは限りませんので、本格的に争う場合は公認会計士に私的鑑定を依頼するか、調停・審判で裁判所の鑑定を求めることになります。鑑定費用は当事者の予納が必要です。

会社を継いだ私が株式全部を相続したいのですが、母と弟に払う代償金がありません。方法はありますか。

株式を取得するからこそ使える方法が三つあります。第一に、会社からの借入れです。あなたが取締役であれば利益相反取引として株主総会または取締役会の承認が必要ですが(会社法356条1項2号、365条1項)、遺産分割の結果あなたが単独株主になっていれば承認の問題は生じにくくなります。第二に、相続した株式の一部を会社に自己株式として取得させ、その対価を代償金に充てる方法です。相続人からの取得には他の株主の売主追加請求権が適用されない特則があり(162条)、相続税の申告期限後3年以内なら譲渡所得として20.315%で課税される特例(措法9条の7)が使えます。株主総会の特別決議と分配可能額(461条)の制約があります。第三に、あなた個人または持株会社が金融機関から借り入れ、会社からの配当で返済する方法です。これらに代償金の分割払い(担保付き)を組み合わせることで、資力の問題を解決できることが多くあります。

父は生前、後継者の兄に株式を贈与していました。遺産分割で考慮されますか。

考慮されます。共同相続人が被相続人から生計の資本として贈与を受けていれば特別受益に当たり、相続開始時の財産に贈与の価額を加えたものを相続財産とみなして各人の具体的相続分を算定し、贈与を受けた者の相続分からは贈与の価額が控除されます(民法903条1項)。非上場株式で重要なのは、特別受益の評価時点が贈与時ではなく相続開始時とされることです(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁)。贈与後に会社が成長していれば、贈与時より高い評価額で特別受益が算定されます。ただし、父が持戻し免除の意思表示をしていた場合(遺言などによる明示のほか、贈与の経緯から黙示的に認められることもあります)、その贈与は遺産分割では考慮されません(903条3項)。もっとも、持戻し免除があっても、遺留分を侵害する範囲では遺留分算定の基礎に算入されます(最決平成24年1月26日)。特別受益・寄与分の主張は相続開始から10年で制限されます(904条の3)。

遺産分割が3年もまとまらず、会社の株主総会が開けません。どうすればよいですか。

遺産分割と会社の運営を切り分けることが出発点です。第一に、株式の準共有について、持分の過半数で暫定的な権利行使者を指定し(会社法106条、最判平成9年1月28日)、遺産分割が終わるまでの役員の任期や重要事項の全員同意といった条件を付けた合意を作れば、株主総会を開いて取締役の選任や決算承認ができます(第16講)。第二に、株式だけを先行して分割する一部分割(民法907条1項)を検討します。ただし非後継者側は、株式の評価額と残余の遺産から法定相続分を確保できるかを確認してから応じる必要があります。第三に、調停の中で、評価は鑑定に委ねつつ他の遺産の分割や会社運営の合意を段階的に積み上げます。会社が止まれば株式の価値が下がり、全相続人が損をします。この共通の利益を相続人全員が認識することが、3年止まった協議を動かす鍵になります。なお、特別受益・寄与分の主張は相続開始から10年で制限されますので(民法904条の3)、長期化にはこの期限も影響します。

代償金を払えないので株式を弟にも分けることになりました。私が取締役を解任される心配はありませんか。

後継者の持株比率が議決権の過半数を下回れば、他の株主が普通決議で取締役を解任できる状態になります(会社法339条1項、341条)。この心配に対する手当は二つです。第一に、株式を相続する相続人間で、取締役の選任・解任について後継者の意思に従って議決権を行使する旨の株主間契約を締結すること(第10講)。ただし契約は当事者間の債権的効力にとどまり、違反した議決権行使による決議の効力は原則として左右されないため、違約金や買取オプションで実効性を確保する必要があります。第二に、後継者以外の相続人が取得する株式を、株主全員の同意のもとで無議決権株式に変更し、議決権を後継者に集中させること(第9講)。定款変更の特別決議と、株式の内容変更についての株主全員の同意が必要です。いずれも、遺産分割協議の中で「株式は分けるが経営は後継者に任せる」という合意の一部として組み込むことになります。相続人の関係が良好なうちに合意することが前提です。

おわりに ― 相続人間の問題であり、会社の存続問題でもある

遺産に非上場株式が含まれる遺産分割は、財産の分け方をめぐる相続人間の争いであると同時に、従業員と取引先を抱えた会社の存続にかかわる問題です。評価の攻防で代償金が数千万円動く一方で、争いが長引けば会社が止まり、争っている株式の価値そのものが下がります。家事事件の代理人には、相続法だけでなく、会社法と企業価値評価の知見が不可欠になります。

明徳法律事務所(大阪市西区)では、後継者側からは代償分割の主張と資金調達(会社借入れ・自己株式取得・持株会社)の設計、非後継者側からは株式評価の主張立証と私的鑑定の手配、そして双方に共通する会社を止めないための暫定合意・一部分割・調停の段階的合意の形成を、会社法と相続法を日常的に扱う立場からお引き受けしています。

次回 第19講「後継者に株を集めたら弟から請求書が届いた」では、遺言や生前贈与で後継者に株式を集中させたときに待っている遺留分侵害額請求と、経営承継円滑化法の遺留分特例を扱います。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

  • 民法〔e-Gov法令検索〕898条、900条、903条、904条の2、904条の3、906条、907条、909条
  • 家事事件手続法〔e-Gov法令検索〕28条(手続費用の負担)、194条(遺産の換価を命ずる裁判)、195条(債務を負担させる方法による遺産の分割)、274条(付調停)
  • 会社法〔e-Gov法令検索〕106条、108条2項3号、156条、160条、162条、308条2項、309条、339条、341条、356条1項2号、365条1項、442条3項、461条、466条
  • 租税特別措置法〔e-Gov法令検索〕9条の7、39条
  • 最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁特別受益の評価基準時を相続開始時とした判例
  • 最判平成9年1月28日判時1599号139頁共有株式の権利行使者の指定は持分の過半数で決することができるとした判例
  • 最決平成24年1月26日家月64巻7号100頁持戻し免除の意思表示があっても、遺留分を侵害する範囲では贈与は遺留分算定の基礎に算入されるとした判例
  • 大阪高決昭和58年2月7日判タ502号184頁遺産分割における非上場株式の評価で、会社所有不動産を収益価額で評価し修正簿価純資産法を用いた裁判例
  • 加藤真朗編著『非上場株式の相続と会社法 ― 評価・遺産分割・換価・経営参加の法律実務』(新日本法規、2025年)第3章・第4章(Q27〜Q31)

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。

公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日

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