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『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第17講】

「相続クーデター」を防げ ― 相続人等に対する売渡請求(会社法174条)の光と影:分散防止の道具が、自社に向いた刃になるとき ―

『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第17講】

17第Ⅳ部 相続・事業承継編 ― 株と相続が交わるとき第17講

「相続クーデター」を防げ
― 相続人等に対する売渡請求(会社法174条)の光と影:分散防止の道具が、自社に向いた刃になるとき ―

「元従業員の株主が亡くなり、面識のない相続人が『株主として総会に出る』と言ってきました。譲渡制限をかけているのに、会社が承認していない人が株主になれるのですか」

「70%を持っていた父(社長)が急逝しました。残る30%は父と対立していた叔父です。叔父から『定款に基づき、あなたたち相続人に株式の売渡しを請求する株主総会を開く』という通知が届きました。私たちは議決権を行使できないと書いてあります」

「顧問の司法書士が作った定款に『相続人に対する売渡請求』の条項が入っています。入れておいたほうがよいと言われたのですが、本当ですか」

この講の結論

意外に知られていませんが、株式の譲渡制限(会社法107条1項1号)は、相続や合併などの一般承継には及びません。株主が亡くなれば、会社が一度も承認していない相続人が当然に株主になります。「会社にとって好ましくない者」が株主として登場する典型的な経路は、実は相続なのです。そこで会社法174条は、定款に定めを置くことにより、相続などで譲渡制限株式を取得した者に対して会社が売渡しを請求できる制度を用意しています。株式の分散を防ぐ強力な道具です。

しかしこの制度には有名な副作用があります。売渡請求を決める株主総会で、請求の対象となる相続人は議決権を行使できません(175条2項)。したがって、多数派であるオーナーの側に相続が発生すると、残った少数株主だけで構成される株主総会が、オーナーの相続人に売渡しを請求し、オーナー一族を会社から排除することができてしまいます。講学上「相続クーデター」と呼ばれるこの現象は、定款に売渡請求の条項を置いたばかりに現実化します。定款にこの条項を入れるか否かは、株主構成と年齢構成を踏まえたシミュレーションなしに決めてはならない。これが実務家としての結論です。

1譲渡制限は相続には効かない ― 一般承継という抜け道

非上場会社の大多数は、定款で株式の譲渡に会社の承認を要すると定めています(107条1項1号)。この譲渡制限があれば、株主が第三者に株式を売ろうとしても、会社は承認を拒み、会社または指定買取人が買い取ることができます(第4講)。株式買取業者への譲渡に会社が対抗できるのも、この仕組みがあるからです。

しかし譲渡制限が制限しているのは「譲渡による取得」だけです。相続、合併、会社分割といった一般承継による株式の取得は、譲渡ではありません。株主が亡くなれば、その株式は相続人に承継され、相続人は会社の承認を経ることなく株主になります。相続人は、株主名簿上の株主(被相続人)と共同することなく、相続を証する書面を添えて単独で名義書換を請求できます(133条2項、会社法施行規則22条1項4号。第5講)。会社は、この相続人が誰であれ、株主として受け入れなければなりません。

実務上、この経路で登場する「会社にとって好ましくない株主」は少なくありません。元従業員株主の相続人、設立時の名義株主の相続人、対立していた親族の相続人。いずれも会社の事業に関心はなく、株式の価値にだけ関心を持つ株主です。第7講で見たとおり、3%以上を持てば帳簿閲覧請求ができ、株式の売却を求める交渉が始まります。株式買取業者に売却されることもあります。譲渡制限で塞いだはずの入口が、相続によって開くのです。

2174条売渡請求 ― 会社側の対抗手段の全体像

この穴を埋めるのが、相続人等に対する売渡請求の制度です。株式会社は、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求できる旨を、定款で定めることができます(174条)。定款にこの定めがあれば、会社は、株主総会の決議を経て、相続人に株式の売渡しを請求することができ、請求を受けた相続人は拒めません。売買価格は協議または裁判所の決定で決まります。

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項目内容条文
定款の定め相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に売渡しを請求できる旨の定款規定が必要。相続発生後の定款変更でこの定めを設けることも可能と解されている174条
対象譲渡制限株式を一般承継(相続・合併・会社分割など)により取得した者。特定遺贈による取得は一般承継ではないため対象外(包括遺贈は相続人と同一の権利義務を持つため対象になると解される)174条、民法990条
株主総会の決議請求のたびに株主総会の特別決議で、請求する株式の数と相手方の氏名を定める。請求の相手方となる者は議決権を行使できない(他の株主全部が議決権を行使できない場合を除く)175条、309条2項3号
期間制限会社が相続等の一般承継があったことを知った日から1年を経過すると請求できない。請求は株式数を明示して行い、会社はいつでも撤回できる176条1項〜3項
価格会社と相続人の協議で定める。協議が整わなければ、請求の日から20日以内に裁判所に売買価格決定の申立てができ、裁判所は請求時の会社の資産状態その他一切の事情を考慮して決定する。20日以内に申立てがなく協議も整わなければ請求は失効する177条
財源規制会社による自己株式の取得として、対価は分配可能額の範囲内461条1項5号

図表1 相続人等に対する売渡請求の要点

この制度の「光」は明確です。少数株主の側に相続が生じたとき、会社は面識のない相続人を株主として迎え入れる代わりに、株式を買い取って株主構成を維持できます。任意の買取交渉(第12講)と異なり、相続人の同意は要りません。相続人からの自己株式取得であることから、他の株主の売主追加請求権も適用されません(162条)。株式の分散を防ぐ道具として、これほど直接的なものは他にありません。

3手続の流れ ― 定款・総会決議・1年の期限・価格決定

図解A 売渡請求の手続と期限

① 定款の定め(174条)「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる」株主総会の特別決議で新設可(309条2項11号)
② 相続の発生と「知った日」会社が相続等があったことを知った日から1年以内に請求(176条1項)知った日の記録が起算点。死亡の連絡・名義書換請求・訃報など
③ 株主総会の特別決議(175条)請求する株式数と相手方を決議。相手方(相続人)は議決権を行使できない(同条2項)ここが「クーデター」の構造的原因
▼
④ 売渡請求(176条)株式数を明示して相続人に請求。請求により売買が成立し、相続人は拒めない。会社はいつでも撤回可(同条3項)財源規制:分配可能額の範囲内(461条1項5号)
⑤ 価格の協議と申立て(177条)協議が整わなければ、請求の日から20日以内に会社または相続人が裁判所に価格決定を申立て20日以内に申立てなし・協議不成立なら請求は失効(同条5項)
⑥ 価格決定と支払い裁判所は請求時の資産状態その他一切の事情を考慮(177条3項)。決定価格で売買。名義書換価格の判例法理は第4講・第8節

図解A 「1年」と「20日」の二つの期限が、会社側・相続人側の双方を拘束する

実務上、会社側が最も落としやすいのは②の「1年」です。株主の死亡を知ってから1年以内に、株主総会を招集し、特別決議を経て、請求書を相続人に到達させなければなりません。相続人が誰かの確認、遺産分割の状況の把握、価格の見通しの検討に時間を使っているうちに、1年が過ぎることがあります。逆に、相続人側が落としやすいのは⑤の「20日」です。請求を受けて価格に納得できない場合、請求の日から20日以内に裁判所に申し立てなければ、会社側が申し立てない限り請求は失効しますが、会社側が申し立てれば裁判所の決定に従うことになり、相続人側が独自に申し立てる機会を失います。いずれの側も、通知を受けた日のうちに専門家に相談する必要があります。

4「相続クーデター」という影 ― 175条2項が生む逆転

売渡請求の株主総会で、請求の相手方となる相続人は議決権を行使できません(175条2項本文)。この規定は、自分に対する売渡請求の可否を自分で決めさせないという、利害関係人の排除の趣旨に基づくものです。少数株主の相続人に対する請求の場面では、この規定に不合理はありません。

問題は、多数派であるオーナーの側に相続が発生した場合です。オーナーが発行済株式の70%を持って亡くなり、残る30%を少数株主が持っている会社を考えます。オーナーの株式は相続人に承継されますが、定款に売渡請求の定めがあれば、会社は相続人に売渡しを請求できます。そのための株主総会で、相続人は70%の議決権を行使できません。総会の議決権は、30%の少数株主だけで構成されます。少数株主は、自分たちだけの特別決議で、オーナーの相続人に対する売渡請求を決議し、オーナー一族を会社から排除することができるのです。

この現象は、講学上「相続クーデター」と呼ばれています。少数株主が、多数派の死亡という偶然を捉え、定款の条項を使って経営権を奪取する。株式の分散を防ぐために置いた条項が、自社のオーナー一族に向いた刃になる。売渡請求の対価は会社が支払いますから(分配可能額の範囲内。461条1項5号)、少数株主は自分の資金を使うことなく、会社の資金でオーナー一族を退出させることになります。

図解B 相続クーデターの構造

前提定款に売渡請求の定め(174条)。オーナー70%・少数株主30%。オーナーが死亡オーナーの株式は相続人の準共有(第16講)
総会の構成売渡請求の総会で、相続人(70%)は議決権を行使できない(175条2項)。議決権を行使できるのは少数株主(30%)のみ30%が「総株主」になる
決議と請求少数株主だけの特別決議で売渡請求を決定。会社が相続人に請求(176条)。相続人は拒めない対価は会社の資金(分配可能額の範囲内)
▼
結果オーナーの70%は会社の自己株式(議決権なし。308条2項)に。少数株主30%が実質100%の支配権を握るオーナー一族は対価を受け取って退出
相続人側の残された手段価格決定の申立て(177条2項、20日以内)、決議の瑕疵の主張(831条)、分配可能額の確認(461条)、請求が1年を過ぎていないかの確認(176条1項)第6節

図解B 分散防止の条項が、オーナー一族を排除する道具に変わる

この帰結は、条文の構造から生じる必然です。会社法の立案時から指摘されていた問題であり、実務家の間では広く知られていますが、定款のひな形に売渡請求の条項が入っているために、その意味を理解しないまま採用している会社が少なくありません。「入れておいたほうがよい」という助言は、少数株主側の相続だけを想定したものであり、オーナー側の相続を想定していないことが多いのです。

5クーデターの数字 ― どの株主構成で起きるか

相続クーデターが現実に起きるかどうかは、株主構成によります。売渡請求の総会は特別決議ですから、相続人を除いた株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。相続人を除いた株主が一人であれば、その一人の賛成で足ります。複数いれば、その中で3分の2がまとまるかどうかです。

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株主構成(死亡前)オーナー死亡時に起こりうること危険度
オーナー100%相続人以外に株主がいないため、175条2項ただし書により相続人が議決権を行使できる。クーデターは起きないなし
オーナー70%、対立する叔父30%叔父一人の賛成で特別決議が成立。売渡請求が可能。会社の分配可能額が対価を賄えるかが現実の制約高い
オーナー70%、後継者(長男)20%、叔父10%相続人(長男が相続人に含まれる)を除くと叔父10%のみが議決権を持つ。長男が相続人である以上、長男の20%も行使できないと解されれば、叔父一人で決議できる。長男が自己保有株式(相続とは別)については議決権を行使できるかは、175条2項の解釈問題中〜高(解釈に争い)
オーナー60%、従業員持株会40%持株会理事長の判断で特別決議が成立しうる。持株会の独立性(第11講)がクーデターの現実性を左右する中
オーナー51%、友好的な共同経営者49%共同経営者一人で決議可能。友好関係が続く限り起きないが、関係が悪化した後の相続では起きる関係次第
少数株主(5%)が死亡、オーナー95%オーナーの賛成で特別決議成立。制度本来の使い方。少数株主の相続人への売渡請求で分散を防止制度の「光」

図表2 株主構成別のクーデターの危険度 ― 「誰が先に亡くなるか」で条項の意味が反転する

表の三番目の例は注意が必要です。後継者である長男が、相続とは別に自分自身の株式(20%)を持っている場合、売渡請求の総会で長男が自己保有分の議決権を行使できるかどうかは、175条2項の「前項第二号の者」(請求の相手方)に当たる者はその保有株式全部について議決権を行使できないのか、相続により取得した株式についてだけなのかという解釈の問題です。条文は「同項第二号の者は…議決権を行使することができない」と定めており、株式を限定していないため、相手方となる者は自己保有分についても議決権を行使できないと読むのが文言に忠実ですが、この点は事案ごとに慎重な検討を要します。いずれにせよ、後継者が相続人に含まれる限り、後継者の議決権が制限される可能性を前提に設計すべきです。

6相続人側の防御 ― 通知が届いたときに確認する五つのこと

オーナーの相続人として売渡請求の総会の通知や請求書を受け取った場合、確認すべきことは五つあります。

第一に、定款の定めの有無と内容です。174条の定めが定款に本当にあるか、相続発生後に新設されたものであれば、その定款変更の総会に瑕疵がないか(相続人が議決権を行使できる総会で、相続人が権利行使者を指定して議決権を行使したか。第16講)を確認します。第二に、1年の期限です。会社が相続を知った日から1年を過ぎていれば、請求はできません(176条1項)。会社が相続を知った日を、訃報の連絡、葬儀への出席、名義書換請求などの事実から特定します。第三に、総会決議の瑕疵です。招集手続・決議方法に法令・定款違反があれば、決議の日から3か月以内に決議取消しの訴えを提起できます(831条。第8講)。特別決議の要件(相続人を除いた議決権の3分の2以上)を満たしているかも確認します。第四に、分配可能額です。売渡請求による買取りは分配可能額の範囲内でなければならず(461条1項5号)、会社の剰余金が対価を賄えなければ、会社は請求を実行できません。オーナーの70%を買い取る資金が会社にあるかどうかは、クーデターの現実性を決める最大の要素です。第五に、価格決定の申立てです。請求の日から20日以内に裁判所に申し立てることで、会社の提示価格ではなく、裁判所が一切の事情を考慮して決める価格(177条3項)で売却することになります。多数派の株式の価格は、支配権を反映した価格になるべきだという主張の余地があります(第4講・第8節)。

相続人側の時間の使い方 売渡請求の総会の通知が届いた時点で、相続人側に残された時間は限られています。総会までの期間(1週間〜2週間)で定款・期限・決議要件を確認し、総会では議決権を行使できないとしても出席して異議を述べ、決議後は請求から20日以内に価格決定を申し立て、決議から3か月以内に取消しの訴えを検討する。これらを同時に進めるには、通知を受けた日のうちに専門家に相談することが前提になります。

7設計上の工夫 ― 条項を置くか、置かないか、どう限定するか

売渡請求の条項をめぐる設計は、「置くか置かないか」の二択ではありません。株主構成と年齢構成を踏まえて、次の選択肢を組み合わせます。

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選択肢内容効果と限界
① 条項を置かない174条の定めを定款に置かず、少数株主の相続には任意の買取り(162条の特則を利用)や取得条項付株式で対応するクーデターの危険は消える。少数株主の相続人への強制的な買取りはできなくなる
② 相続による承継そのものを避けるオーナーが生前に後継者へ株式を贈与・売買で移転する。持株会社に株式を集約する相続が起きても対象株式がなければ請求されない。贈与税・譲渡所得税と遺留分(第19講)の設計が必要
③ 遺言の形を工夫する「相続させる」遺言(特定財産承継遺言)による取得は相続による取得であり、売渡請求の対象になると解されている。特定遺贈は一般承継ではないため174条の対象外だが、譲渡制限株式の取得として会社の承認との関係が問題になる遺言の形式によって174条の適用が分かれる。専門家の関与なしに選べない
④ 拒否権付種類株式(黄金株)後継者または信頼できる者に、売渡請求の決議について拒否権を持つ種類株式を交付(108条1項8号。第9講)クーデターの決議を種類株主総会で止められる。黄金株自体の相続・取得条項の設計が必要
⑤ 対象を限定する定款設計売渡請求の対象を特定の株主グループの相続人に限る、あるいは一定割合未満の株式の承継に限る株主平等原則との関係で有効性に議論がある。属人的な定め(109条2項)との組合せも含め、慎重な検討が必要
⑥ 取得条項付種類株式で代替少数株主に渡す株式を「株主の死亡」を取得事由とする取得条項付種類株式にし(108条1項6号)、オーナーの株式は普通株式のままにする少数株主の相続時には会社が自動的に取得でき、オーナーの相続には影響しない。総会決議を要しないためクーデターの構造自体が生じない。発行前の設計が必要(第9講)

図表3 売渡請求条項をめぐる設計の選択肢

実務では、⑥の取得条項付種類株式が、売渡請求条項の代替として最も構造的に優れています。売渡請求は「株主総会の決議」という多数決の場を経るために、多数派の相続時に少数派に決定権が移るという逆転が生じます。取得条項は、あらかじめ定めた事由(株主の死亡)が生じれば会社が取得できる仕組みで、総会の多数決を経ません。少数株主に渡す株式だけをこの種類株式にしておけば、少数株主の相続時には会社が取得でき、オーナーの相続時には何も起きません。ただし、既に発行されている株式に取得条項を付けるには株主全員(当該種類株主全員)の同意が必要であり(110条・111条1項)、株主が一致している平時にしか実現できません。

すでに売渡請求の条項が入っている会社で、オーナーが高齢で、対立する少数株主がいる場合には、①条項を廃止する定款変更(特別決議)を、オーナーが健在なうちに行うことが最も直接的な対策です。オーナーが議決権を行使できるうちであれば、廃止の決議は通ります。オーナーが亡くなった後では、その決議は相続人の権利行使者の指定(第16講)を経なければならず、間に合わないことがあります。

8売渡請求の価格 ― 177条の価格決定と第4講の判例法理

売渡請求の価格は、協議が整わなければ裁判所が決めます。裁判所は「請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情」を考慮して決定します(177条3項)。この価格決定の判例法理は、譲渡承認請求に伴う売買価格決定(144条)と共通する部分が多く、第4講で詳しく扱いました。本講では、売渡請求に固有の視点を二つ補います。

第一に、対象株式の性質です。少数株主の相続人に対する売渡請求では、対象は少数株式であり、配当還元法や、収益還元・純資産の折衷にマイノリティ・ディスカウントを施した価格が争点になります(最決令和5年5月24日が非流動性ディスカウントについて示した判断枠組みは第4講参照)。他方、相続クーデターの場面では、対象はオーナーの70%という支配株式です。支配株式の価格は、少数株式と同じ算定基準でよいのか、支配権プレミアムを反映すべきではないかという主張が、相続人側から出ることになります。裁判所が「一切の事情」としてどこまで考慮するかは事案によりますが、少数株式の価格決定の相場感をそのまま当てはめることはできません。

第二に、会社の資産状態の基準時です。177条3項は「請求の時」の資産状態を基準とすると明示しています。請求の時点で会社に多額の含み益や剰余金があれば、それは価格に反映されます。逆に、請求の前に会社が資産を処分したり配当したりしていれば、その経緯が「一切の事情」として問題になり得ます。

いずれの場面でも、税務上の評価額(配当還元価額)を売渡請求の価格として提示することは、裁判所の価格決定で大幅な増額を招く可能性が高く(第13講・第14講)、相続人側にとっては20日以内に価格決定を申し立てる十分な理由になります。

PRACTICE NOTE

売渡請求条項を入れる前のシミュレーション

売渡請求の条項を定款に入れるか、既に入っている条項を残すかを判断するために、当事務所が行うシミュレーションの項目です。株主一人ひとりについて、「この株主が明日亡くなったら何が起きるか」を順に確認します。

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確認項目内容判断への影響
① 株主構成と年齢全株主の持株比率・年齢・健康状態・相続人の見込み。オーナー側と非オーナー側の区分誰が先に亡くなる可能性が高いか。オーナー側の相続が先なら条項は刃になる
② 各株主の死亡時の総会構成株主ごとに、その株主の相続人を除いた議決権の構成と、特別決議(3分の2)が成立するかを計算クーデターが「起きうる」構成か「起きえない」構成かの判定
③ 会社の分配可能額各株主の株式を買い取る対価の見込額と、分配可能額の比較資金が足りなければクーデターは実行できないが、少数株主の相続人への請求もできない
④ 後継者の議決権後継者が相続人に含まれる場合、自己保有株式の議決権行使の可否(175条2項の解釈)後継者の議決権が制限される前提で安全側に設計する
⑤ 代替手段の有無取得条項付種類株式、黄金株、生前移転、株主間契約の買取条項(第10講)で同じ目的を達成できるか代替手段があれば条項を置かない選択が可能
⑥ 相続人側の防御の設計条項を残す場合、オーナー側の相続に備えて、黄金株の交付、生前移転、条項の廃止時期の計画「オーナーが健在なうちに廃止する」判断の時期を決める
⑦ 期限管理の体制条項を使う場合、株主の死亡を知った日の記録、1年以内の総会招集と請求、20日以内の価格決定申立ての手順期限を落とせば制度は使えない

このシミュレーションを行うと、多くの同族会社で「条項を置くことの利益(少数株主の相続への対抗)」より「条項を置くことの危険(オーナーの相続時の逆転)」のほうが大きいという結果になります。オーナーが高齢で、対立する少数株主がいて、会社に剰余金がある会社は、条項を置くべきでない会社の典型です。

実務チェック

  • 定款に相続人等に対する売渡請求の定め(174条)があるか。ある場合、それがひな形の流用ではなく、株主構成を踏まえた判断で置かれたものか。
  • オーナー(多数派)が亡くなった場合、相続人を除いた株主だけで特別決議が成立する構成になっていないか。成立するなら、クーデターの危険を認識しているか。
  • 会社の分配可能額が、オーナーの株式を買い取る対価を賄える水準にあるか(賄えれば危険は現実的)。
  • 後継者が相続人に含まれる場合、売渡請求の総会で後継者の議決権が制限される可能性を前提に設計しているか。
  • 条項を残す場合、オーナー健在中の廃止時期、黄金株の交付、生前の株式移転など、オーナー側の相続への備えを決めているか。
  • 条項を使う場合、株主の死亡を知った日の記録と、1年以内の総会・請求、20日以内の価格決定申立ての手順を整えているか。
  • 少数株主に渡す株式について、売渡請求条項の代替として、死亡を取得事由とする取得条項付種類株式の設計を検討したか。
  • 相続人の立場で通知を受けた場合、定款・1年の期限・決議要件・分配可能額・20日の申立期限の五点を直ちに確認する体制があるか。

よくある質問

譲渡制限をかけているのに、株主の相続人が会社の承認なしに株主になれるのですか。

なれます。株式の譲渡制限(会社法107条1項1号)は「譲渡による取得」に会社の承認を要するものであり、相続・合併・会社分割などの一般承継による取得には及びません。株主が亡くなれば、相続人は会社の承認を経ることなく株主となり、相続を証する書面を添えて単独で名義書換を請求できます(133条2項、施行規則22条1項4号)。会社が相続人の株主資格を否定することはできません。この穴を埋める制度が、相続人等に対する売渡請求(174条)です。定款にこの定めがあれば、会社は相続を知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て、相続人に株式の売渡しを請求できます。定めがなければ、相続人との任意の買取交渉(第12講。相続人からの取得には162条の特則があります)を行うことになります。

父(70%)が亡くなり、叔父(30%)から売渡請求の総会通知が届きました。私たち相続人は議決権を行使できないと書いてあります。本当ですか。

本当です。売渡請求の株主総会では、請求の相手方となる者は議決権を行使できません(会社法175条2項本文)。相手方以外の株主が叔父だけであれば、叔父一人の賛成で特別決議が成立します。これが「相続クーデター」と呼ばれる構造です。ただし、相続人側に確認すべき点が五つあります。①定款に174条の定めが本当にあるか、相続後に新設されたなら、その定款変更の総会に瑕疵がないか。②会社が相続を知った日から1年を過ぎていないか(176条1項)。③総会の招集手続・決議方法に瑕疵がないか(あれば3か月以内に決議取消しの訴え。831条)。④会社の分配可能額が70%の株式の対価を賄えるか(461条1項5号。賄えなければ実行できません)。⑤請求を受けたら20日以内に裁判所に価格決定を申し立てる(177条2項)。支配株式の価格は少数株式と同じ基準では測れないという主張の余地があります。通知を受けた日のうちにご相談ください。

定款に売渡請求の条項を入れておいたほうがよいと言われました。入れるべきですか。

株主構成と年齢構成によります。条項の利益は、少数株主が亡くなったときに、面識のない相続人に株式が渡ることを防げることです。条項の危険は、多数派であるオーナーが亡くなったときに、残った少数株主だけの総会でオーナーの相続人に売渡しを請求され、一族が会社から排除されうることです。オーナーが高齢で、対立する(または将来対立しうる)少数株主がいて、会社に買取資金となる剰余金がある会社では、危険のほうが大きくなります。代替手段として、少数株主に渡す株式を「株主の死亡」を取得事由とする取得条項付種類株式にすれば(108条1項6号)、少数株主の相続時に会社が総会決議なしに取得でき、オーナーの相続には影響しません。条項を入れるかどうかは、株主一人ひとりについて「この人が明日亡くなったら何が起きるか」をシミュレーションしてから決めるべきです。

すでに定款に売渡請求の条項があります。オーナーの私は75歳です。どうすればよいですか。

選択肢は三つあります。第一に、条項を廃止する定款変更を、あなたが議決権を行使できる今のうちに行うこと(株主総会の特別決議)。最も直接的な対策です。第二に、条項を残しつつ、あなたの相続に備えること。後継者や信頼できる者に売渡請求の決議について拒否権を持つ種類株式(黄金株)を交付する、生前に後継者へ株式を移転して相続の対象となる株式を減らす、といった方法です(第9講・第19講)。第三に、少数株主の株式を今のうちに任意で買い取り、条項の危険が現実化する株主構成そのものを解消すること(第12講)。どの選択肢が適切かは、少数株主との関係、会社の分配可能額、後継者の状況、遺留分の見通しによります。75歳であれば、判断能力があり議決権を行使できる今が、対策の最後の機会になる可能性があります。

「長男に株式を相続させる」という遺言を書けば、売渡請求は防げますか。

防げないと解されています。「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言。民法1014条2項)による株式の取得は、遺産分割方法の指定として相続により取得するものであり、会社法174条の「相続その他の一般承継により取得した者」に当たると解されているためです。他方、特定遺贈による取得は一般承継ではないため174条の対象外ですが、譲渡制限株式の取得として会社の承認との関係が問題になります。遺言の形式によって174条の適用関係が分かれるという、専門家の関与なしには判断できない領域です。遺言と並行して、条項の廃止、黄金株の交付、生前移転を組み合わせる設計が現実的です。遺言で後継者に株式を集中させれば、他の相続人の遺留分の問題も生じますので(第19講)、遺留分特例の活用も含めて総合的に設計する必要があります。

おわりに ― 条項の意味は「誰が先に亡くなるか」で反転する

174条の売渡請求は、少数株主側の相続に対しては強力な株式分散防止策となり、オーナー側の相続に対しては自社に向けた刃になります。同じ条文が、株主構成と死亡の順序によって正反対の意味を持つ。定款のひな形をそのまま採用した会社は、この反転を知らずに条項を抱えています。定款にこの条項を入れるか否かは、株主構成・年齢構成を踏まえたシミュレーションなしに決めてはならない。これが実務家としての結論です。

明徳法律事務所(大阪市西区)では、定款設計の段階からの売渡請求条項の要否判断とシミュレーション、代替手段(取得条項付種類株式・黄金株・生前移転)の設計、条項を使う会社側の期限管理と価格決定手続、そして売渡請求を受けた相続人側の防御(決議の瑕疵、期限、分配可能額、価格決定の申立て)をお引き受けしています。定款に条項がある会社のオーナーは、健在なうちにご相談ください。

次回 第18講「遺産の中に非上場株式があったら」では、遺産分割の場面で非上場株式の評価がどう争われるか、一部分割・代償分割・調停・審判の戦略を扱います。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

  • 会社法〔e-Gov法令検索〕107条1項1号、108条1項6号・8号、110条、111条1項、133条2項、137条、162条、174条〜177条、308条2項、309条2項3号・11号、461条1項5号、831条
  • 会社法施行規則〔e-Gov法令検索〕22条1項4号
  • 民法〔e-Gov法令検索〕990条(包括受遺者の権利義務)、1014条2項(特定財産承継遺言)
  • 最決令和5年5月24日判タ1514号33頁譲渡制限株式の売買価格決定における非流動性ディスカウントに関する判例(第4講)
  • 加藤真朗編著『株主管理・少数株主対策ハンドブック』(日本加除出版、2022年)、同編著『非上場株式の相続と会社法』(新日本法規、2025年)

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。175条2項の議決権制限の範囲、対象を限定する定款設計の有効性、遺贈と174条の適用関係については学説上の議論があり、本文はその概要を示したものです。

公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日

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