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『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第11講】

従業員持株会は福利厚生か、火薬庫か ― 設計と退会時トラブルの法律

『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第11講】

11第Ⅱ部 会社の守り編 ― 株主管理と予防設計第11講

従業員持株会は福利厚生か、火薬庫か
― 設計と退会時トラブルの法律:「取得価額で買い戻す」規約を最高裁が有効とした条件 ―

「20年前に相続税対策で作った従業員持株会があります。退職した元部長から『会社は当時の10倍の規模になったのに、額面で買い戻すのは不当だ。時価で買い取れ』と内容証明が来ました。規約には額面買戻しと書いてあります」

「持株会の会員が亡くなり、相続人から『父の株を売ってほしい、持株会には入らない』と言われました。持株会には買い戻す資金がありません」

「税理士から持株会の導入を勧められています。従業員に株を持たせて、将来もめないようにする設計を教えてください」

この講の結論

従業員持株会は、①従業員の財産形成と帰属意識の向上、②オーナーの相続税対策(同族株主以外が保有する株式は配当還元方式で低く評価される)、③安定株主の形成という三つの効能から、非上場の中堅企業にも広く導入されています。法的には民法上の組合(民法667条)として設計され、従業員は持株会の持分を通じて間接的に株式を保有します。

火薬庫に変わるのは、退会時です。最高裁は、退職時に取得価額(額面)で株式を売り渡す旨の合意を二度にわたって有効と認めましたが(最判平成7年4月25日集民175号91頁、最判平成21年2月17日判時2038号144頁)、それは制度の趣旨が合理的で、従業員が内容を了解して任意に加入し、相応の配当が継続されていたという事実を前提にした判断です。配当をほとんど行わず、規約が曖昧で、運営が会社任せの持株会は、判例が有効と認めた前提を欠いています。持株会は、規約・配当・独立した運営の三点で「従業員の財産形成制度」としての実質を備えて初めて、紛争予防上も税務上も機能します。相続税対策「だけ」で作った持株会が、20年後に元従業員との紛争と税務否認の両方を招くのは、この前提を欠いているからです。

1中小企業でも広がる持株会、その二面性

従業員持株会は、もともと上場会社の福利厚生制度として発達したものですが、非上場の中堅・中小企業にも広く導入されています。導入の動機は三つあります。

第一に、従業員の財産形成と帰属意識です。毎月の給与から一定額を積み立てて自社株を取得し、配当を受ける。会社の成長が自分の財産に結びつくという実感は、福利厚生と動機づけの両面で意味を持ちます。第二に、オーナーの相続税対策です。オーナー一族(同族株主)が保有する株式は、相続税の評価上、類似業種比準方式や純資産価額方式という原則的評価方式で高く評価されますが、同族株主以外の株主が取得した株式は配当還元方式で評価され、一般に大幅に低い評価になります(第7節)。オーナーが保有株式の一部を持株会に移せば、その部分の相続税評価が下がります。第三に、安定株主の形成です。持株会が保有する株式は、理事長が一括して議決権を行使し、退職者の株式は持株会内で循環するため、外部に流出しません。

この三つの効能は、いずれも本物です。しかし設計を誤ると、持株会は少数株主紛争の火薬庫に変わります。典型が、退会時の株式買戻しをめぐる紛争です。「入社時に額面500円で取得した株式を、退職時に額面500円で持株会に売り渡す」という規約のもとで、会社が20年で大きく成長した場合、退職者は「時価は1株5万円のはずだ」と主張します。会社が成長すればするほど、この不満は大きくなります。そして持株会の会員は、少数とはいえ株主です。第7講で見た少数株主権の階段は、持株会の会員にも開かれています。

2持株会の仕組み ― 民法上の組合、理事長名義、会員の持分

非上場会社の従業員持株会は、一般に民法上の組合として設計されます。組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって効力を生じ(民法667条1項)、組合財産は総組合員の共有に属します(668条)。持株会の場合、会員である従業員が毎月の積立金を出資し、持株会がその資金で会社の株式を取得し、株式は会員全員の共有財産(実務では「会員の持分」として管理)になります。株主名簿上の株主は持株会の理事長であり、「○○従業員持株会理事長 ○○○○」という名義で記載されます。会員は株式を直接保有するのではなく、持株会の持分を通じて間接的に保有しているという構造です。

図解A 従業員持株会の構造

会員(従業員)毎月の給与から積立金を出資。持株会の持分(登録株数)を持ち、持分に応じた配当を受ける株主名簿には載らない。退会時は規約に従って持分を払い戻す
従業員持株会(民法上の組合)規約に基づき運営。理事長が代表し、会員の出資金で株式を取得・保有。理事長名義で株主名簿に記載理事会・総会で運営。会社からの独立性が要件
会社持株会に株式を発行または既存株主から譲渡。配当を持株会に支払う。奨励金や事務の支援を行うことがある持株会は「株主の一人」。会社側の株主管理の対象
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株式の流れオーナー・会社 → 持株会(取得) → 会員の持分 → 退会時に持株会が持分を買い戻し → 他の会員に再配分(または会社が自己株式として取得)
金銭の流れ会員の積立金(+会社の奨励金) → 持株会 → 株式の取得代金。会社の配当 → 持株会 → 会員へ持分に応じて分配。退会時:持株会 → 退会者へ払戻金

図解A 会員は株式ではなく「持株会の持分」を持つ。この構造が退会時の処理を規約で定める根拠になる

この構造には、会社法上の意味があります。持株会の会員が退会するとき、会員は株式そのものを譲渡するのではなく、組合の持分を払い戻されます。民法の原則では、脱退した組合員の持分は脱退時の組合財産の状況に従って計算し、金銭で払い戻すことができます(681条1項・2項)。持株会の規約は、この原則を修正して「取得価額で払い戻す」と定めているわけで、その修正が有効かどうかが、次節で見る最高裁判決の争点でした。なお、持株会を組合ではなく、会員が株式を直接保有して持株会が事務だけを行う形(いわゆる直接保有型)で設計する例もありますが、この場合は各会員が株主名簿上の株主になり、退会時の処理は株式譲渡そのものになります。

3「取得価額での買戻し」は有効か ― 二つの最高裁判決

「退職時には、取得したときと同じ価額で持株会(または会社の指定する者)に売り渡す」。多くの持株会規約に置かれるこの条項について、退職者側から「会社は成長したのに取得価額でしか返ってこないのは不当だ」という争いが繰り返されてきました。争点は、株式の譲渡は自由であるという会社法の原則(127条、当時の商法204条1項)と、公序良俗(民法90条)に反しないかです。

最高裁は、平成7年の判決で、従業員持株制度に基づき額面額で株式を取得した従業員が、退職の際には取締役会の指定する者に額面額で譲渡するという合意について、これを有効と判断しました(最判平成7年4月25日集民175号91頁)。この事案では、従業員が制度の趣旨を了解して株式を取得していたこと、保有期間中に相応の配当(年8%から30%)が実施されていたことが認定されています。そして平成21年の判決では、日刊新聞を発行する非公開会社が、株式の保有資格を現役従業員等に限定し、個人的な理由で売却する必要が生じた場合には持株会が額面額で買い戻すという制度について、その内容に合理性がないとはいえず、会社法127条や公序良俗に反しないと判断しました(最判平成21年2月17日判時2038号144頁)。

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判決事案有効と判断した際に考慮された事情
最判平成7年4月25日
集民175号91頁
従業員持株制度により額面額で取得した株式を、退職時に額面額で取締役会の指定する者に譲渡する合意従業員持株制度の趣旨・目的/従業員が制度の内容を了解した上で額面額で取得したこと/保有期間中に年8〜30%の配当が実施されていたこと
最判平成21年2月17日
判時2038号144頁
日刊新聞発行の非公開会社。株式の保有資格を現役従業員等に限定し、売却の必要があるときは持株会が額面額で買い戻す制度会社の事業(新聞発行)と株式保有を従業員に限る制度の目的の合理性/従業員が制度を了解して額面額で取得したこと/非公開会社で市場価格が存在しないこと/配当が実施され利益が会社に留保されるだけではなかったこと/加入が強制されていないこと

図表1 取得価額買戻しを有効とした二つの最高裁判決と、その前提となった事実

この二つの判決は、しばしば「取得価額での買戻しは最高裁が認めた」と要約されますが、正確には、一定の事実を前提として有効と判断されたものです。最高裁が挙げた事情、すなわち制度の趣旨・目的の合理性、従業員が内容を了解して任意に取得したこと、そして相応の配当が継続されていたことは、どの持株会にも自動的に備わっているわけではありません。逆にいえば、これらの事情を欠く持株会の額面買戻し条項は、同じ判例の枠組みのもとで無効と判断される可能性を残しています。

4有効性を支える三つの柱 ― 規約・配当・任意加入

最高裁が考慮した事情を、実務の設計に引き直すと、三つの柱になります。

柱① 規約の明確さ ― 従業員が「了解して」取得したといえるか

最高裁は二つの判決とも、従業員が制度の内容を了解した上で株式を取得したことを重視しました。この「了解」を裁判で証明できるのは、規約に退会事由・買戻価額の算定方法・手続が明文で定められ、加入時にその規約が交付・説明され、加入申込書に規約を承認する旨の署名がある場合です。「取得価額」なのか「配当還元価額」なのか、算定の基準日はいつか、死亡・懲戒解雇・定年・自己都合で価額が変わるのか。これらが規約に書かれていなければ、退職者は「そんな条件は知らなかった」と主張し、会社側はそれを覆す証拠を持ちません。

柱② 配当の実績 ― 「株を持つ意味」が保有期間中にあったか

平成7年判決は年8〜30%の配当を、平成21年判決は配当が実施され利益が会社に留保されるだけではなかったことを認定しています。額面で取得し額面で返すという制度は、株価の値上がり益を従業員に与えない代わりに、保有期間中の配当で従業員に利益を還元する仕組みとして合理性が認められています。配当をほとんど実施していない会社が、取得価額での買戻しだけを強制する設計は、この合理性の根拠を失い、公序良俗違反の主張を招く急所になります。「利益は会社に留保され、株価は上がったのに、従業員には配当も値上がり益もない」という構図は、裁判所が有効性を認めた前提と正反対です。

柱③ 任意加入と独立した運営 ― 会社の道具ではないか

平成21年判決は、加入が強制されていないことにも言及しています。加入が事実上強制されている、退会の自由がない、理事長を会社が指名し会社の指示で運営されている、といった事情は、持株会が従業員の財産形成制度ではなく会社の株式管理の道具であることを示す方向に働きます。これは後述する税務上の否認リスク(第7節)とも直結します。

「最高裁のお墨付き」を過信しない 当事務所に持ち込まれる持株会紛争の多くは、相続税対策のために20年以上前に導入され、配当はほぼゼロ、規約は一枚紙、理事長は総務部長が兼務、という持株会です。この状態で退職者から時価買取りを求められたとき、「最高裁が額面買戻しを認めている」という反論は、判例の前提事実を欠いているために弱くなります。判例は、持株会を作れば額面買戻しが認められると言ったのではなく、従業員の財産形成制度として実質を備えた持株会の額面買戻しを認めたのです。

5退会・死亡・買戻しの実務 ― 資金と手続

退会時の処理は、規約に定めた手続に従って進めます。退職・死亡などの退会事由が生じると、持株会は退会者(または相続人)に対して、規約の算定方法による払戻金を支払い、その持分に対応する株式を持株会内に留めます。持株会が留めた株式は、他の会員の新規の積立金による取得に充てられ、会員間で循環するのが本来の姿です。

問題は、この循環が回らないときに起きます。定年退職者が続き、新規加入者が少ない会社では、持株会が買い戻すための資金が足りなくなります。この場合の選択肢は、①会社が持株会から株式を自己株式として取得する、②オーナーや後継者が買い取る、③会社が持株会に資金を貸し付ける、のいずれかです。①は会社法上の自己株式取得の手続と財源規制に従う必要があり(156条以下、461条。第12講)、特定の株主からの取得として株主総会の特別決議を要し、他の株主に売主追加請求権が生じます(160条)。③は貸付金の回収可能性と、会社が持株会を実質的に支配していると見られる税務上のリスクを伴います。

会員が死亡した場合、持株会の持分は相続財産として相続人に承継されます。規約で「会員の死亡は退会事由とし、相続人に払戻金を支払う」と定めておくのが通常で、相続人が株式そのものの引渡しを求めることはできません。相続人が持株会への加入資格を持たない(従業員でない)以上、株式が外部に流出することを防ぐ設計です。ただし、規約にこの定めがなく、持分の相続の扱いが不明確な持株会では、相続人との間で払戻額を争うことになります。また、退会者や相続人に連絡がつかず、払戻しが長期間放置されると、持株会の会員名簿に実態のない持分が残り、第15講で扱う所在不明株主と同じ問題が持株会の内部で生じます。

図解B 退会時の処理フローと、詰まりやすい箇所

① 退会事由の発生退職・定年・死亡・懲戒解雇など。規約に列挙された事由か、事由ごとの価額の違いを確認詰まり:規約に事由がない/価額の定めが曖昧
② 払戻額の算定規約の算定方法(取得価額/配当還元価額/簿価純資産など)で計算。基準日を確定詰まり:算定方法が「時価」など不明確/退会者が時価買取りを主張
③ 払戻金の支払い持株会の資金から支払う。不足なら会社の自己株式取得・オーナーの買取り・貸付けを検討詰まり:持株会に資金がない/自己株式取得の財源規制・手続
▼
④ 株式の再配分持株会が留めた株式を他の会員の積立金で再配分。会員名簿・持分台帳を更新詰まり:新規加入者不足で株式が滞留
⑤ 記録と期限管理退会日・払戻額・支払日を記録。相続人への連絡と払戻しの期限を管理詰まり:放置による所在不明持分の発生(第15講)

図解B 退会処理は規約・資金・記録の三点で詰まる。詰まったところが紛争の入口になる

6議決権と会社支配 ― 理事長の議決権行使と持株会の独立性

持株会が保有する株式の議決権は、株主名簿上の株主である理事長が行使します。上場会社の持株会では、理事長が会員の指示に従って議決権を不統一行使する仕組み(313条)が整えられていますが、非上場会社では、理事長が持株会の理事会や規約に基づいて一括して行使するのが一般的です。会社法上、株主は議決権を統一しないで行使することができ、取締役会設置会社では総会の3日前までに会社に通知する必要があります(313条1項・2項)。他人のために株式を有する者でない株主の不統一行使は会社が拒めますが(同条3項)、持株会の理事長は会員のために株式を有する者ですから、不統一行使を求めることができます。

会社側から見ると、持株会は「安定株主」です。理事長が経営陣に協力的であれば、持株会の議決権は経営陣の支配基盤になります。しかしここに、二つの落とし穴があります。第一に、独立性です。持株会の理事長を会社の役員や総務担当者が兼ね、会社の指示で議決権を行使している場合、持株会は従業員の財産形成制度ではなく、オーナーの議決権を隠す器と評価される危険があります。これは税務上、持株会経由の株式がオーナーの同族株主グループの株式と同視されて配当還元方式が否認されるリスク(第7節)と、会社法上、名義株(第6講)と同様の争いを招くリスクの両方につながります。第二に、理事長の交代です。理事長が退職し、後任の理事長が経営陣と対立する人物になれば、持株会の議決権はそのまま反対派の議決権になります。持株会が発行済株式の10%を持っていれば、理事長は帳簿閲覧請求も総会招集請求も解散の訴えもできる立場です(第7講)。

この二つの落とし穴は、方向が逆です。会社が持株会を支配しすぎれば独立性を失い、支配しなければ理事長の人選に会社の運命が左右されます。実務上の答えは、理事長の選任方法(会員の選挙)、理事会の構成、議決権行使の方針(規約で「持株会の利益および会員の財産形成に資するよう行使する」と定める、重要事項は会員の意向を確認する手続を置く、など)を規約に明記し、会社は規約に従った運営を尊重する、という関係を作ることです。

7税務 ― 配当還元方式と、否認される持株会

持株会がオーナーの相続税対策として機能するのは、相続税の財産評価において、同族株主以外の株主が取得した株式が配当還元方式で評価されるからです。財産評価基本通達188は、原則的評価方式ではなく配当還元方式で評価する株式を四つの類型で定めており、その第一が「同族株主のいる会社の株式のうち、同族株主以外の株主の取得した株式」です。同族株主とは、株主の一人とその同族関係者の議決権の合計が総議決権の30%以上(筆頭グループが50%超なら50%超)となる場合のその株主グループをいいます。従業員持株会の会員は通常オーナー一族の同族関係者ではありませんから、持株会が取得した株式はこの類型に当たり、配当還元方式で評価されます。

配当還元方式の評価額は、「その株式に係る年配当金額 ÷ 10% × その株式の1株当たりの資本金等の額 ÷ 50円」で計算します(通達188-2)。年配当金額は直前期末以前2年間の平均で、2円50銭未満または無配の場合は2円50銭とします。たとえば1株当たりの資本金等の額が500円で無配の会社なら、2.5円 ÷ 10% × 500円 ÷ 50円 = 250円、つまり額面の半額程度の評価になります。原則的評価方式による価額が1株数万円になる会社でも、持株会が持つ株式はこの水準で評価されるわけです。オーナーが保有株式の一部を持株会に移せば、その分の相続財産の評価は劇的に下がります。これが持株会が相続税対策として使われる理由です。

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論点ルール持株会設計への含意
誰の株式が配当還元方式になるか同族株主以外の株主が取得した株式(通達188(1))ほか四類型。取得者ごとに判定する持株会の会員がオーナーの同族関係者(親族・支配法人)でないことが前提。役員が会員の場合は188(2)(4)の役員除外に注意
配当還元方式の計算年配当金額(2年平均、最低2円50銭)÷10%×1株当たり資本金等の額÷50円(通達188-2)。原則的評価方式による価額を超える場合はその価額配当を増やせば評価は上がるが、配当実績は買戻条項の有効性(第4節)を支える。両者のバランスが設計の要
オーナーから持株会への譲渡価額オーナー(同族株主)が持株会(同族株主以外)に譲渡する場合、譲受人側の評価は配当還元価額。ただし著しく低い価額での譲渡はみなし贈与・寄附金などの問題を生じうる譲渡価額の設定は税理士と個別に検討。「額面で譲渡すれば問題ない」とは限らない
否認のリスク持株会が実体を欠き、オーナーが実質的に支配していると認められれば、持株会名義の株式がオーナーの株式と同視され、原則的評価方式で課税される可能性規約に基づく独立した運営、会員による理事長選任、実際の配当と払戻しの実施、会員の任意加入が、実体を示す事実になる

図表2 持株会と相続税評価 ― 配当還元方式が使える条件と、否認される持株会

否認のリスクについて補足します。持株会が形だけで、実際には積立金の徴収も配当の分配も退会時の払戻しも行われておらず、理事長はオーナーの指示で動いているだけ、という状態であれば、持株会名義の株式は実質的にオーナーの株式であると認定される危険があります。これは第6講で見た名義株の問題と本質的に同じです。第4節で見た「三つの柱」(規約・配当・独立運営)は、会社法上の買戻条項の有効性を支えるだけでなく、税務上の実体を示す事実でもあります。会社法と税務は、持株会については同じ方向を指しています。

8労務と導入手順 ― 給与天引き、奨励金、規約の周知

持株会の積立金を給与から天引きするには、労働基準法上の手当が必要です。賃金は全額を直接支払うのが原則で、賃金の一部を控除して支払うには、法令に定めがある場合を除き、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ないときは労働者の過半数を代表する者)との書面による協定が必要です(労働基準法24条1項)。持株会の積立金の天引きには、この労使協定(いわゆる24条協定)に持株会積立金を控除項目として明記しておく必要があります。協定なしに天引きすれば、賃金全額払いの原則に違反します。

会社が会員の積立金に一定割合の奨励金を上乗せする制度も広く行われています。奨励金は会員にとって給与所得(賞与や給与として課税)になり、会社にとっては福利厚生費または給与として処理されます。奨励金の率が高すぎると、加入の任意性や持株会の独立性の評価に影響しうるほか、実質的に会社が株式の取得資金を提供していると見られる余地もあるため、率の設定は慎重に行います。

導入の手順としては、①目的の確認(福利厚生か、相続税対策か、安定株主か、その組合せか)、②持株会規約と細則の作成(次節)、③発起人会・設立総会の開催と理事長の選任、④労使協定の締結、⑤会社と持株会との間の事務委託や株式の譲渡・発行に関する取り決め、⑥従業員への説明会と加入申込みの受付、⑦株主名簿への理事長名義の記載、という流れになります。⑥の説明会と加入申込書は、後日「制度を了解して加入した」ことを証明する証拠になりますから、規約を配付し、買戻価額の定めを口頭でも説明し、申込書に規約承認の署名を求めることが必要です。

PRACTICE NOTE

持株会規約の条項チェック

当事務所が持株会の新設または見直しの際に確認する規約の条項を整理します。紛争予防と税務上の実体確保の両方の観点から、抜けやすい項目に印を付けています。

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条項設計・運用の要点抜けたときの帰結
目的・法的性質従業員の財産形成を目的とする民法上の組合であることを明記性質が不明確だと、持分の扱いや払戻しの根拠が争われる
会員資格・加入・退会の自由資格(正社員、勤続年数)、加入は任意、いつでも退会できることを明記任意性を欠くと買戻条項の有効性と税務上の実体の双方に影響
退会事由退職、定年、死亡、休職・出向の扱い、懲戒解雇、資格喪失を列挙事由がない退会について払戻しの根拠を失う
買戻(払戻)価額の算定方法「取得価額」「配当還元方式による価額」「簿価純資産による価額」のいずれかを明確に。基準日、端数処理、事由別の差異を明記「時価」「相当な価額」といった表現は紛争の直接の原因になる
払戻しの手続と期限退会届、算定、支払期限、資金不足時の処理(会社の自己株式取得、オーナーの買取り)放置による所在不明持分の発生。相続人との紛争
死亡時の処理死亡を退会事由とし、相続人に払戻金を支払う。相続人は株式の引渡しを請求できないことを明記相続人が株主としての権利を主張し、株式が外部に流出
配当の分配持株会が受けた配当を持分に応じて会員に分配(または再投資)。分配の時期と方法配当が会員に届かない持株会は、買戻条項の有効性の根拠を失う
理事長・理事の選任と独立性会員の総会または理事会で選任。会社の役員の兼任制限。任期会社の支配下にある持株会と評価され、税務否認と名義株の争いの両方を招く
議決権行使の方針理事長が持株会と会員の利益のために行使。重要事項について会員の意向を確認する手続理事長の人選に会社の支配が左右される
持分の譲渡・質入れの禁止会員は持分を第三者に譲渡・担保提供できないことを明記持分が外部に流出する経路になる
会計・報告持株会の会計年度、会員への持分残高と配当の通知、決算報告実体を示す記録がなく、税務調査で持株会の存在を説明できない
規約の変更変更手続(総会決議の要件)。買戻価額の変更は既存会員の同意を要するか一方的な不利益変更は既存会員との争いになる

既存の持株会を見直す場合、買戻価額の算定方法を変更することは、既存会員の権利に直接影響します。取得価額買戻しから配当還元価額買戻しに変える(会員に有利)のは比較的問題が少ないものの、逆方向の変更や、既存会員に不利益となる変更は、会員全員の同意を得るか、変更後の加入者にのみ適用する形にするのが安全です。

実務チェック

  • 持株会規約に、退会事由と買戻(払戻)価額の算定方法が、解釈の余地なく明文で定められているか。「時価」「相当な価額」といった表現を使っていないか。
  • 加入時に規約を交付し、買戻価額の定めを説明し、加入申込書に規約承認の署名を得ているか。その記録が残っているか。
  • 持株会の株式に対して、継続的に配当を実施し、会員に分配しているか。無配が続いている場合、買戻条項の有効性への影響を検討したか。
  • 理事長は会員の選挙で選ばれているか。会社の役員・総務担当者が理事長を兼務していないか。理事会・総会が実際に開かれ、記録が残っているか。
  • 退会者・死亡者の払戻しが期限内に処理されているか。長期間処理されていない持分が残っていないか。
  • 持株会が買い戻す資金は確保されているか。不足時の処理(会社の自己株式取得、オーナーの買取り)を検討しているか。
  • 積立金の給与天引きについて、労働基準法24条の労使協定に控除項目として明記されているか。
  • 持株会経由の株式について、税理士と配当還元方式の適用と否認リスクを確認しているか。

よくある質問

退職した元従業員から「額面ではなく時価で買い取れ」と請求されました。規約には額面買戻しと書いてあります。応じる必要はありますか。

規約の定めが有効であれば、額面(取得価額)での払戻しで足ります。最高裁は、従業員持株制度において退職時に取得価額で株式を売り渡す旨の合意を有効と認めています(最判平成7年4月25日集民175号91頁、最判平成21年2月17日判時2038号144頁)。ただし、これらの判決は、従業員が制度の内容を了解して任意に加入していたこと、保有期間中に相応の配当が実施されていたことなどを前提にしています。規約が加入時に交付・説明されていたか、配当が実際に行われていたか、持株会が独立して運営されていたかを確認し、これらが揃っていれば額面での処理を維持できる見込みが高くなります。逆に、無配が続き規約の周知もされていない場合は、公序良俗違反の主張を受けるリスクを踏まえ、和解的な解決も含めて対応を検討することになります。

持株会の会員が亡くなりました。相続人は従業員ではありません。株式はどうなりますか。

会員が持っていたのは株式そのものではなく持株会の持分ですから、相続人は持分を相続します。規約に「会員の死亡は退会事由とし、持株会は相続人に規約の算定方法による払戻金を支払う」と定めていれば、相続人には払戻金を支払い、株式は持株会に留まります。相続人が株式の引渡しを求めても、規約上の根拠がなければ応じる必要はありません。規約に死亡時の定めがない、または持分の相続の扱いが不明確な場合は、相続人との間で払戻額を争うことになり、民法の組合脱退の原則(脱退時の組合財産の状況による計算。681条)を持ち出される余地があります。死亡時の処理は規約に明記しておくべき条項の一つです。

持株会に退職者の株式を買い戻す資金がありません。どうすればよいですか。

選択肢は三つです。第一に、会社が持株会から株式を自己株式として取得する方法。特定の株主からの取得として株主総会の特別決議が必要で(会社法156条、160条)、他の株主には自分も売主に加わることを求める権利(売主追加請求権、160条3項)が生じ、取得価額は分配可能額の範囲内でなければなりません(461条)。第二に、オーナーや後継者が持株会から株式を買い取る方法。譲渡制限株式であれば譲渡承認の手続を経ます。第三に、会社が持株会に払戻資金を貸し付ける方法。ただし、会社の資金で持株会が運営されている状態は、持株会の独立性を疑わせ、税務上の否認リスクを高めます。恒常的に資金が不足する持株会は、新規加入者が少なく制度として循環していないということですから、制度の存続そのものを見直す時期といえます。第12講で自己株式取得の手続を扱います。

相続税対策として持株会を作れば、オーナーの株式の評価は下がりますか。

オーナーが持株会に譲渡した株式については、持株会の会員が同族株主以外の株主であれば、配当還元方式で評価されます(財産評価基本通達188、188-2)。配当還元方式の評価額は年配当金額(最低2円50銭)を10%で還元し資本金等の額で調整したもので、原則的評価方式による価額と比べて大幅に低くなるのが通常です。ただし、持株会が実体を欠き、オーナーが実質的に支配していると認められれば、持株会名義の株式がオーナーの株式と同視され、原則的評価方式で課税される可能性があります。また、オーナーから持株会への譲渡価額の設定にも税務上の検討が必要です。相続税対策は、規約・配当・独立運営という「従業員の財産形成制度」としての実質を備えた持株会でなければ機能しません。税理士と弁護士の双方が関与して設計することをお勧めします。

持株会の理事長が退職後も理事長のまま居座り、経営陣に敵対しています。会社は何ができますか。

理事長の地位は持株会の規約で決まります。規約に「理事長は会員でなければならない」「退職により会員資格を失う」と定めていれば、退職と同時に理事長の地位も失い、持株会は規約の手続で後任を選任します。規約にその定めがなければ、持株会の総会で理事長を解任・改選する手続をとることになり、会社が直接介入することはできません(介入すれば独立性を否定する事実になります)。株主名簿上の名義は「持株会理事長」ですから、後任理事長への名義変更を会社に請求することになります。この事態を防ぐには、規約に理事長の資格・任期・解任手続を明記しておくことが唯一の方法です。

おわりに ― 相続税対策「だけ」で作らない

持株会をオーナーの相続税評価の引下げの道具としてのみ設計すると、配当ゼロ、形骸化した運営、曖昧な規約という三拍子が揃い、退職者との紛争と税務否認のリスクを同時に抱え込みます。最高裁が額面買戻しを有効と認めた持株会は、従業員が了解して任意に加入し、配当で利益を受け、独立して運営されていた持株会でした。この実質を備えた持株会は、福利厚生としても、相続税対策としても、安定株主としても機能します。実質を欠いた持株会は、その三つのすべてで裏切ります。

明徳法律事務所(大阪市西区)では、持株会の新設・規約の見直し・退会者との紛争対応を、労務(労使協定)・税務(税理士との共同)・会社法を横断してお引き受けしています。20年前に作った持株会の規約を一度も見直していない会社は、退職者から内容証明が届く前にご相談ください。

次回 第12講「株式を買い集める技術」から第Ⅲ部・株式集約編に入ります。分散した株式を任意交渉と自己株式取得で取り戻す実務と、その落とし穴を扱います。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

  • 会社法〔e-Gov法令検索〕127条、156条〜160条、313条、461条
  • 民法〔e-Gov法令検索〕90条、667条、668条、676条、681条
  • 労働基準法〔e-Gov法令検索〕24条1項(賃金全額払いの原則と控除の労使協定)
  • 財産評価基本通達188・188-2〔国税庁〕同族株主以外の株主等が取得した株式の類型と配当還元方式の計算
  • 最判平成7年4月25日集民175号91頁従業員持株制度に基づき額面額で取得した株式を退職時に額面額で譲渡する合意を、株式譲渡自由の原則・公序良俗に反しないとした判例
  • 最判平成21年2月17日判時2038号144頁日刊新聞発行会社の持株会が額面額で株式を買い戻す制度を、会社法127条・公序良俗に反しないとした判例
  • 加藤真朗編著『株主管理・少数株主対策ハンドブック』(日本加除出版、2022年)

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。税務上の取扱いは記事作成時点の通達に基づいており、個別の適用は税理士にご確認ください。

公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日

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