『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第9講】
もめない会社は定款が違う
― 種類株式・属人的株式による予防設計:会社法が非公開会社にだけ許した「設計の自由」の使い方 ―
「長男に会社を継がせたいのですが、株を全部渡すと妻と次男の遺留分が心配です。かといって次男に株を渡すと、将来兄弟でもめるのが目に見えています」
「幹部社員3人に株を持たせて士気を上げたい。ただ、辞めたときに株を持ち出されるのは困ります。退職したら会社に戻す仕組みは作れますか」
「引退はするが、息子が暴走したときに止められる手段は残しておきたい。『黄金株』というものを聞いたのですが、危険はないのでしょうか」
この講の結論
第5講から第8講まで見てきた紛争の多くは、株式の設計と定款の工夫で予防できます。会社法は、公開会社でない会社(全株式譲渡制限会社)に対して、上場会社には認めない柔軟な設計の自由を与えています。議決権のない株式を発行済株式の過半数にしてもよく(115条の制限は公開会社のみ)、株主ごとに議決権や配当を別扱いにする「属人的な定め」を置くこともでき(109条2項)、取締役を選ぶ権限を特定の種類の株主に与えることもできます(108条1項9号)。「財産としての株」と「支配のための株」を分け、株が会社の外に出ていく経路を塞ぎ、引退した先代に歯止めの権限を残す。これらはすべて、定款の条文で実現できます。
ただし、この自由には三つの制約がつきます。第一に、設計の変更には重い決議要件があり、属人的な定めの新設には総株主の半数以上かつ総株主の議決権の4分の3以上の賛成(309条4項)、取得条項の追加には株主全員の同意(110条・111条1項)が必要です。第二に、特定の株主を締め付けるだけの設計は、株主平等原則の趣旨に反して無効とされます(東京地裁立川支部平成25年9月25日判決)。第三に、株式の設計は相続税・贈与税の評価と事業承継税制の適用に直結します。会社法・税務・将来の紛争シナリオの三つを同時に見て設計しなければ、「もめない定款」は10年後の紛争の種になります。
1紛争予防の最強ツールは定款 ― 非公開会社に与えられた設計の自由
株式会社の株式は、原則として一株ごとに同じ内容で、株主は持株数に応じて平等に扱われます(109条1項)。この原則を前提にすると、株式を持つ人の数と比率が、そのまま会社の支配構造を決めることになります。後継者に経営を任せたければ株式の過半数を渡さなければならず、他の相続人に財産を分けようとすれば議決権も一緒に分散します。従業員に株を持たせれば、退職後もその人は株主のままです。第5講から第8講で扱った紛争の多くは、この「株式の数がすべてを決める」構造から生まれています。
会社法は、この構造を変える道具を用意しています。一つは、発行する全部の株式の内容として、譲渡制限・取得請求権・取得条項を定めること(107条)。もう一つは、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権、譲渡制限、取得請求権、取得条項、全部取得条項、拒否権、役員の選解任という九つの事項について、内容の異なる二以上の種類の株式を発行すること(108条1項)です。そして、公開会社でない会社に限って、株式の内容ではなく株主その人に着目して、配当・残余財産分配・議決権について株主ごとに異なる取扱いを定款で定めることが認められています(109条2項、いわゆる属人的株式)。
これらのうち、非公開会社にだけ許されている自由は少なくありません。議決権制限株式の数を発行済株式の2分の1以下に抑える義務(115条)は公開会社にしか課されていませんから、非公開会社では発行済株式の9割を無議決権株式にすることもできます。役員選解任権付の種類株式(108条1項9号)は公開会社では発行できません。属人的な定め(109条2項)も非公開会社に限られます。種類株式の内容も、非公開会社では定款に要綱だけを定めて、詳細は株式を発行するときまでに株主総会(取締役会設置会社では取締役会)で決めることができます(108条3項)。上場を目指さない会社にとって、この自由を使わない理由はありません。
図解A 「一株一議決権・株主平等」の原則と、非公開会社に許された例外
図解A 上場会社には認められない設計の自由が、非公開会社の予防設計の土台になる
2予防設計のメニュー ― 七つのツールと使いどころ
予防設計に使うツールを、目的別に一覧にします。以下の節で、実務上の使い方と落とし穴を順に見ていきます。
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| ツール | 内容 | 条文 | 典型的な使い方 |
|---|---|---|---|
| ① 譲渡制限 | 株式の譲渡に会社の承認を要する | 107条1項1号、108条1項4号、136条以下 | すべての予防設計の前提。第三者への流出を止める(第3講・第4講) |
| ② 相続人等に対する売渡請求の定め | 相続などで株式を取得した者に、会社が売渡しを請求できる | 174条〜177条 | 相続による分散の防止。ただし多数派の相続時に逆用される危険(第17講) |
| ③ 議決権制限株式・配当優先株式 | 議決権のない(または限定された)株式。配当を優先する設計と組み合わせることが多い | 108条1項1号・3号 | 後継者以外の相続人には無議決権株式で財産価値だけを承継させる |
| ④ 取得条項付株式 | 一定の事由が生じたときに会社が強制的に取得できる | 107条1項3号、108条1項6号 | 「退任時」「死亡時」「退職時」に会社が取得。従業員株主・役員株主に |
| ⑤ 拒否権付種類株式(黄金株) | 特定の決議事項について、その種類株主総会の承認を必要とする | 108条1項8号 | 引退する先代が1株保有し、後継者の暴走への歯止めに |
| ⑥ 役員選解任権付種類株式 | その種類株主総会で取締役・監査役を選任・解任する | 108条1項9号(非公開会社のみ) | 共同経営で、各派が一定数の取締役を確保する |
| ⑦ 属人的な定め(属人的株式) | 株主ごとに議決権・配当・残余財産分配を別扱い | 109条2項・3項 | 「先代が保有する間は1株につき100個の議決権」など。登記されない |
| (補)遺留分に関する民法の特例 | 後継者が贈与を受けた株式を遺留分算定から除外(除外合意)、または価額を固定(固定合意) | 経営承継円滑化法4条、7条、8条 | 後継者への株式集中と遺留分紛争の予防(第19講) |
図表1 予防設計の主なメニュー ― 単独で使うことは少なく、組み合わせて設計する
3譲渡制限と売渡請求条項 ― 株が外に出ない仕組み
すべての予防設計の土台は譲渡制限です。株式の譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定め(107条1項1号)があれば、株主が第三者に株式を売ろうとしても、会社は承認を拒み、代わりに会社または指定買取人が買い取ることができます(136条以下、第3講・第4講)。株式買取業者への譲渡が問題になるのも、この譲渡制限があるからこそ会社側に対抗手段があるのです(第26講)。現在の非上場会社の大多数は全株式譲渡制限会社ですが、古い会社の中には、定款に譲渡制限の定めがないまま、実質的には身内だけで株を持ち合っている会社もあります。この場合、譲渡制限を新設する定款変更は、議決権を行使できる株主の半数以上であって、その議決権の3分の2以上の賛成という特殊決議を要し(309条3項1号)、反対株主には株式買取請求権が生じます(116条1項1号)。株主が一致しているうちに済ませておくべき作業です。
譲渡制限は、譲渡による取得を止める仕組みですから、相続や合併といった一般承継による取得は止められません。株主が亡くなれば、相続人は会社の承認なしに株主になります。この穴を埋めるのが、相続人等に対する売渡請求の定め(174条)です。定款にこの定めを置けば、会社は、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対して、その株式を会社に売り渡すことを請求できます。株式の分散を防ぐには有力な手段ですが、この定めには重大な逆効果があります。請求は株主総会の特別決議で決めますが(175条1項)、売渡請求の相手となる相続人はその決議で議決権を行使できません(同条2項)。つまり、多数派である社長が亡くなったとき、少数派だけの決議で社長の相続人から株式を買い取る決議ができてしまうのです。「相続クーデター」と呼ばれるこの危険と対策は、第17講で詳しく扱います。売渡請求の定めを置くかどうかは、「誰が先に亡くなるか」を含めた紛争シナリオを描いてから決める必要があります。
4議決権制限株式・配当優先株式 ― 「財産の株」と「支配の株」を分ける
事業承継の設計でもっとも多く使われるのが、議決権制限株式です。株主総会で議決権を行使できる事項について制限のある株式(108条1項3号)を発行し、後継者には議決権のある株式(普通株式)を、後継者以外の相続人には議決権のない株式を渡すことで、「財産としての株」と「支配のための株」を分けることができます。無議決権株式を受け取る相続人の納得を得るために、剰余金の配当を優先する内容(108条1項1号)と組み合わせることが多く、これを「配当優先無議決権株式」と呼びます。公開会社であれば議決権制限株式は発行済株式の2分の1までしか置けませんが(115条)、非公開会社にこの制限はありません。
実務上の注意点は三つあります。第一に、無議決権株式も種類株式ですから、その種類株主に損害を及ぼすおそれのある定款変更や組織再編をするときには、その種類株主総会の決議が必要になります(322条1項)。「議決権がないから何も口を出せない」わけではなく、種類株主としての保護は残ります。定款で322条の種類株主総会を不要とする定めを置くこともできますが(同条2項)、その場合も一部の事項は除外できず、定めを置く際には種類株主全員の同意が必要になる場面があります(同条4項)。第二に、無議決権株式の株主も、帳簿閲覧請求や株主代表訴訟のような監督権は持ちます(433条は「発行済株式の3%」でも請求できます。第7講)。第三に、税務上の評価です。
無議決権株式の相続税評価 ― 「5%減額」の選択 国税庁は、平成19年3月9日付け「種類株式の評価について(情報)」で、配当優先の無議決権株式、社債類似株式、拒否権付株式の三類型について評価方法を示しています。配当優先株式は、類似業種比準方式では株式の種類ごとに実際の配当金額で「1株当たりの配当金額」を計算し、純資産価額方式では配当優先の有無にかかわらず通常どおり評価します。無議決権株式については、原則として議決権の有無を考慮しませんが、同族株主が相続または遺贈で取得した場合に、一定の要件(申告期限までに遺産分割が確定していること、同族株主全員から調整計算の届出書を提出すること、評価明細書に算定根拠を記載すること)のもとで、その価額から5%を控除して評価し、控除した金額を同族株主が取得した議決権のある株式の価額に加算することを選択できます。つまり無議決権株式を受け取る相続人の税負担は軽くなり、その分が後継者の側に乗る仕組みです。「議決権がないから半額」といった評価はできませんので、設計段階で税理士と数字を確認する必要があります。
5取得条項付株式 ― 退任・死亡のときに会社が取り戻す
従業員や役員に株式を持たせる会社は多いですが、その人が退職・退任した後も株主のまま残ることが、後の紛争の原因になります。退職者が株式買取業者に株を売る、相続人が現れて買取りを求める、といった場面です(第11講の従業員持株会もこの問題を扱います)。これを防ぐのが取得条項付株式です。会社は、一定の事由が生じたことを条件として株式を取得できる旨を、全部の株式の内容(107条1項3号)または種類株式の内容(108条1項6号)として定款に定めることができます。「当該株主が当会社の取締役または従業員の地位を失ったとき」「当該株主が死亡したとき」を取得事由とし、取得の対価(金銭、または他の種類の株式)とその算定方法を定めておけば、事由が生じた時点で会社は株式を取得できます(170条)。取得の対価が金銭であれば、分配可能額の範囲内でなければならないという財源規制がかかります(170条5項。461条2項の分配可能額が基準になります)。
取得条項付株式の最大のハードルは、設定のときの決議要件です。すでに発行されている株式に取得条項を後から付ける定款変更には、全部の株式についてであれば株主全員の同意(110条)、種類株式についてであればその種類株主全員の同意(111条1項)が必要です。株主が身内だけで一致しているとき、あるいは従業員に株を渡す前に取得条項付の種類株式を用意しておくときにしか、使えないということです。対立が起きてから「退職したら会社に戻す株式に変えよう」としても、対象となる株主の同意なしにはできません。予防設計は、平時にしかできない。この制度はそのことをもっとも端的に示しています。
取得の対価の算定方法も、慎重に定める必要があります。「取得時の簿価純資産額を基準とする」「取得価額と同額とする」といった定めは適法ですが、著しく低い対価は、株主の側から株主平等原則や公序良俗を理由に争われる余地があります。従業員株主については、取得価額と同額で会社が取り戻すという設計が、従業員持株会の規約と併せて広く使われています(第11講)。
6拒否権付種類株式(黄金株)― 先代の1株の使い方と危険
拒否権付種類株式は、株主総会(取締役会設置会社では株主総会または取締役会)で決議すべき事項のうち、特定の事項について、その決議のほかに当該種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を必要とする株式です(108条1項8号)。一般に「黄金株」と呼ばれます。典型的な使い方は、経営を後継者に譲る先代が、1株だけ黄金株を保有し、「代表取締役の選定・解職」「合併・事業譲渡」「重要な財産の処分」などについて拒否権を残す、というものです。後継者は経営の実権を握りつつ、暴走したときには先代が止められる。事業承継の過渡期の設計としては合理的です。
ただし、黄金株には三つの危険があります。第一に、黄金株そのものの相続です。先代が黄金株を持ったまま亡くなれば、黄金株は相続財産として相続人に承継されます。後継者以外の相続人、たとえば経営に関与していない次男の手に黄金株が渡れば、次男は1株で会社の重要決定を止められる立場になります。黄金株には、保有者の死亡や一定の年齢到達を取得事由とする取得条項(108条1項6号)を付け、会社が取得できるようにしておくのが標準的な設計です。第二に、事業承継税制との関係です。法人版事業承継税制(非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予)は、会社が拒否権付株式を発行している場合、後継者以外の者がそれを保有していると適用を受けられません。先代が黄金株を持ち続ける設計は、納税猶予を使う計画と両立しない可能性があります。第三に、黄金株の存在は登記されることです。種類株式の内容は登記事項ですから(911条3項7号)、取引先や金融機関は登記事項証明書で黄金株の存在を知ります。「先代が拒否権を持っている会社」と外部から見られることが、後継者の信用にどう影響するかも考慮する必要があります。
税務上は、拒否権付株式は普通株式と同様に評価されます(前掲・国税庁「種類株式の評価について(情報)」)。拒否権があるからといって高く評価されることはありません。
7属人的株式 ― 登記されない設計と、その限界
非公開会社ならではの制度が、属人的な定め(109条2項)です。公開会社でない会社は、剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会における議決権について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができます。株式の内容ではなく「株主その人」に着目するのが特徴で、「株主Aが保有する株式については、1株につき100個の議決権を有する」「株主Bが取締役の地位にある間は、その保有株式に議決権を認めない」「株主Cに対する配当は他の株主の2倍とする」といった定めが可能です。この定めがある場合、その株主の株式は、当該事項について内容の異なる種類の株式とみなされ、種類株式に関する規定が適用されます(109条3項)。
実務上の妙味は、属人的な定めは登記されないことです。種類株式の内容は登記事項ですが(911条3項7号)、属人的な定めは株主ごとの取扱いであって株式の内容ではないため、登記されず、登記事項証明書を見ても外部からは分かりません。典型例は、後継者に株式の大半を生前贈与しつつ、先代が保有する少数の株式に複数議決権を認めて経営の実権を維持する設計です。「株数では後継者が9割、議決権では先代が過半数」という状態を、外部に見せずに作ることができます。先代の死亡や引退時に定めの効力が失われるよう、「株主Aが代表取締役の地位にある間に限り」といった条件を付けるのが通常です。
この自由には、二つの重い制約があります。第一に、決議要件です。属人的な定めを新設または変更する定款変更は、総株主の半数以上であって、総株主の議決権の4分の3以上に当たる多数による決議を要します(309条4項)。通常の特別決議(出席株主の議決権の3分の2)ではなく、分母が「総株主」であることに注意が必要です。株主の頭数の半数と議決権の4分の3の両方を満たさなければならず、少数派の株主が4分の1を超えていれば新設できません。
第二に、内容の限界です。東京地裁立川支部は、経営陣と対立した特定の株主の議決権と配当受領権を100分の1に縮減する属人的な定めを新設した定款変更決議について、差別的な取扱いが合理的な理由に基づかず、その目的において正当性を欠く場合や、特定の株主の基本的な権利を実質的に奪うものであるなど、差別的取扱いが手段の必要性や相当性を欠く場合には、そのような定款変更の株主総会決議は株主平等原則の趣旨に違反して無効となるとして、決議を無効と判断しました(東京地立川支判平成25年9月25日金判1518号54頁)。属人的な定めは、事業承継や共同経営のために「誰かに厚く」するための道具として使うことはできますが、対立する株主を「締め付ける」ための道具として使えば無効になる、ということです。
図解B 属人的な定めの適法性 ― 東京地裁立川支部判決の判断枠組み
図解B 属人的な定めは「誰かに厚く」は許されるが、「誰かを締め付ける」は許されない
税務についても付言します。国税庁が評価方法を公表している種類株式は前節までに見た三類型に限られ、属人的な定めのある株式について公表された評価の指針はありません。議決権を厚くした株式や配当を厚くした株式の相続税・贈与税評価は、個別に税理士と検討する必要があり、税務上の不確実性が残ることは設計時に織り込むべきです。
8設計は三位一体 ― 会社法・税務・紛争シナリオ
種類株式・属人的株式の設計は、①会社法上の適法性、②税務上の評価と税制への影響、③将来の紛争シナリオの想定、という三つを同時に満たさなければなりません。三つのうち一つでも欠けると、次のような失敗が起きます。
会社法だけを見た設計は、税務で躓きます。黄金株を先代に残したまま事業承継税制を申請しようとして要件を満たさない、無議決権株式の評価を「半額程度」と見込んで遺産分割を組んだところ実際は5%しか減額されない、といった事態です。税務だけを見た設計は、会社法で躓きます。節税のために株式を分散させた結果、後継者の持株が特別決議の3分の2に届かず、定款変更も組織再編もできなくなる会社を、私たちは実際に見ています。そして会社法と税務を満たした設計も、紛争シナリオを描いていなければ、実際の紛争の場面で機能しません。売渡請求の定めを置いたまま多数派が先に亡くなる、黄金株が後継者以外の相続人に渡る、属人的な定めの条件に「代表取締役の地位にある間」と書いたために解職と同時に議決権が消える。どれも設計時に「この会社で、誰と誰が、どういう順番で対立しうるか」を考えていれば避けられたものです。
図解C 予防設計の三位一体
図解C 三つの視点のうち一つでも欠けた設計は、10年後の紛争の種になる
ひな形の流用は、この三位一体の反対にあります。インターネット上や書籍の定款ひな形は、どの会社にも当てはまるように書かれているため、その会社の株主構成・相続関係・事業承継の時間軸を反映していません。「相続人等に対する売渡請求」の条項が入ったひな形をそのまま採用した会社が、社長の死亡後に少数派から売渡請求を受けた例は、決して珍しくありません。定款は、その会社の紛争シナリオを一つずつ潰していく設計図であって、コピーして済ませる書類ではありません。
PRACTICE NOTE
場面別の設計例と決議要件
当事務所が予防設計のご相談を受ける典型的な三つの場面について、組み合わせの例と注意点を整理します。いずれも例であり、実際の設計は株主構成・相続関係・税務の数字を確認して個別に組みます。
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| 場面 | 設計の組合せ(例) | 注意点 |
|---|---|---|
| 事業承継型 | 後継者1人に経営を集中し、他の相続人には財産を分ける。 普通株式を後継者に生前贈与または遺言で承継。他の相続人には配当優先無議決権株式(108条1項1号・3号)。先代は取得条項付(死亡・一定年齢で会社が取得)の黄金株1株を保有(108条1項6号・8号)。遺留分対策として除外合意または固定合意(円滑化法4条) |
黄金株と事業承継税制の要件を確認。無議決権株式の評価は5%減額まで。売渡請求の定め(174条)を置くなら先代死亡時の逆用を検討。種類株主総会(322条)の排除の要否 |
| 共同経営型 | 創業者2〜3人が対等に出資し、離脱時の処理を決めておく。 各派が取締役を選任できる役員選解任権付種類株式(108条1項9号)。離脱時に会社または他の株主が取得できる取得条項(108条1項6号)または取得請求権(同5号)。属人的な定めで代表者在任中の議決権を厚くする(109条2項)。定款で書けない事項(価格算定式、競業避止、デッドロック解消)は株主間契約へ(第10講) |
50対50はデッドロックの典型(第24講)。取得の対価の算定方法を明確に。属人的な定めは総株主の半数以上・議決権4分の3以上(309条4項) |
| 従業員株主型 | 幹部社員に株式を持たせるが、退職時には会社に戻す。 従業員向けに取得条項付の種類株式を発行(取得事由:退職、取得対価:取得価額と同額など)。配当優先・無議決権とすることも多い。従業員持株会を組織するなら規約で退会時の処理を定める(第11講) |
取得条項は発行前に設定(発行後の追加は種類株主全員の同意、111条1項)。取得対価は分配可能額の範囲内(170条5項)。著しく低い対価は争いの余地 |
設計の実行に必要な決議要件を一覧にします。要件を満たせるかどうかが、その設計が「今できるか、もうできないか」を決めます。
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| 定款変更の内容 | 決議要件 | 条文・付随する手続 |
|---|---|---|
| 譲渡制限の新設(全部の株式) | 議決権を行使できる株主の半数以上、かつその議決権の3分の2以上(特殊決議) | 309条3項1号。反対株主の株式買取請求(116条1項1号) |
| 種類株式の新設・内容の定め(一般) | 特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上) | 309条2項11号。ある種類の株主に損害を及ぼすおそれがあれば種類株主総会(322条1項1号) |
| 取得条項の追加(全部の株式) | 株主全員の同意 | 110条 |
| 取得条項の追加(ある種類の株式) | 当該種類株主全員の同意 | 111条1項 |
| ある種類の株式への譲渡制限・全部取得条項の追加 | 特別決議+当該種類株主総会の特殊決議等 | 111条2項、324条。反対株主の株式買取請求(116条1項2号) |
| 属人的な定めの新設・変更 | 総株主の半数以上、かつ総株主の議決権の4分の3以上 | 309条4項(廃止は特別決議) |
| 相続人等に対する売渡請求の定めの新設 | 特別決議 | 309条2項11号。個別の請求も特別決議(175条1項、対象株主は議決権なし) |
この表を見れば分かるとおり、予防設計の多くは、株主が一致している平時にしか実行できません。株主全員の同意や総株主の4分の3という要件は、対立が生じた後には満たせないからです。「今はもめていないから必要ない」という判断が、もっとも高くつく判断です。
実務チェック
- 定款に全株式の譲渡制限の定めがあるか。ない場合、株主が一致している今のうちに新設できるか(309条3項、116条)。
- 相続人等に対する売渡請求の定め(174条)があるか。ある場合、多数派株主が先に亡くなったときに少数派から逆用される危険を検討したか。
- 後継者以外の相続人に株式を渡す計画があるなら、無議決権株式・配当優先株式で「財産の株」と「支配の株」を分ける設計を検討したか。
- 従業員・役員に株式を持たせる前に、退職・退任時の取得条項を付けた種類株式を用意しているか(発行後の追加は全員同意)。
- 黄金株を発行する場合、保有者の死亡・引退時の取得条項を付けているか。事業承継税制の要件と両立するか。
- 属人的な定めを置く場合、総株主の半数以上・議決権4分の3以上の決議要件を満たせるか。特定の株主を締め付ける内容になっていないか。
- 設計案について、会社法・税務・紛争シナリオの三つの観点から、弁護士と税理士の双方が確認したか。ひな形をそのまま使っていないか。
よくある質問
後継者の長男に株を集めたいのですが、次男にも財産として株を分けたい。兄弟でもめない方法はありますか。
公開会社でない会社では、議決権のない株式を発行済株式の過半数にすることができます(会社法115条の制限は公開会社にのみ適用されます)。長男には議決権のある普通株式を、次男には配当を優先する無議決権株式(108条1項1号・3号)を渡せば、次男は配当という財産的利益を受けつつ、経営の決定には関与しない形になります。次男の側の納得と、遺留分への配慮(経営承継円滑化法の除外合意・固定合意。第19講)が必要です。無議決権株式の相続税評価は、一定の要件のもとで5%の減額を選択できるにとどまり(国税庁「種類株式の評価について(情報)」)、大幅に低くなるわけではありません。設計は弁護士と税理士が同時に関与して行う必要があります。
幹部社員に株を持たせる予定です。退職したら会社に戻してもらう仕組みは作れますか。
作れます。従業員に渡す株式を、「当該株主が当会社の従業員の地位を失ったとき」を取得事由とする取得条項付の種類株式(会社法108条1項6号)として発行し、取得の対価(たとえば取得価額と同額の金銭)を定款に定めておけば、退職時に会社が株式を取得できます(170条)。重要なのは、取得条項は株式を発行する前に設定しておくことです。すでに発行した株式に後から取得条項を付けるには、その種類株主全員の同意が必要になります(111条1項。全部の株式なら110条で株主全員の同意)。取得の対価が金銭の場合は分配可能額の範囲内でなければなりません(170条5項)。従業員持株会を通じて株式を持たせる方法もあり、第11講で扱います。
黄金株を1株持ったまま引退しようと思います。危険はありますか。
三つあります。第一に、黄金株も相続財産ですから、あなたが亡くなれば相続人に承継され、後継者以外の相続人に渡れば、その人が1株で会社の重要な決定を止められるようになります。黄金株には保有者の死亡や一定の年齢到達を取得事由とする取得条項(会社法108条1項6号)を付け、会社が取得できるようにしておくのが標準です。第二に、法人版事業承継税制(相続税・贈与税の納税猶予)は、後継者以外の者が拒否権付株式を保有していると適用を受けられません。納税猶予を使う計画があるなら、黄金株を先代が持ち続ける設計とは両立しない可能性があります。第三に、黄金株の存在は登記されるため(911条3項7号)、取引先や金融機関に「先代が拒否権を持つ会社」と見られます。拒否権の対象事項を絞り、期限や取得条項を付けた上で使うべき道具です。
属人的株式で、対立している株主の議決権を減らすことはできますか。
できません。属人的な定め(会社法109条2項)は、非公開会社が株主ごとに議決権・配当・残余財産分配を別扱いにできる制度ですが、東京地裁立川支部は、経営陣と対立した特定の株主の議決権と配当受領権を100分の1に縮減する定款変更決議について、差別的な取扱いが合理的な理由に基づかず、目的の正当性を欠き、特定の株主の基本的な権利を実質的に奪うものであるなど手段の必要性・相当性を欠く場合には、株主平等原則の趣旨に違反して無効になるとして、決議を無効としました(東京地立川支判平成25年9月25日金判1518号54頁)。そもそも属人的な定めの新設には総株主の半数以上かつ総株主の議決権の4分の3以上の賛成が必要で(309条4項)、対立する株主が4分の1を超えていれば決議自体ができません。属人的な定めは、事業承継や共同経営の安定のために平時に使う道具です。
種類株式や属人的株式を導入すると、税務上の評価はどうなりますか。
国税庁は平成19年3月9日付け「種類株式の評価について(情報)」で、①配当優先の無議決権株式、②社債類似株式、③拒否権付株式の三類型について評価方法を示しています。配当優先株式は類似業種比準方式で種類ごとの実際の配当金額を用い、無議決権株式は同族株主が相続・遺贈で取得した場合に一定の要件のもとで5%の減額を選択でき(減額分は議決権のある株式に加算)、拒否権付株式は普通株式と同様に評価します。属人的な定めのある株式については公表された評価の指針がなく、個別の検討が必要です。また、法人版事業承継税制の適用には黄金株の保有者に関する要件があります。株式の設計は相続税・贈与税の負担を直接動かしますので、税理士との共同作業が前提です。
おわりに ― 予防設計は平時にしかできない
本講で見た道具の多くは、株主全員の同意や総株主の4分の3という重い決議要件を伴います。これは、株主が一致している平時にしか使えないということを意味します。対立が表面化した後に「定款を変えて守ろう」としても、対立する株主の同意なしにはできない設計ばかりです。そして、いま株主が一致している会社ほど、「もめていないから必要ない」と判断しがちです。予防設計の最大の敵は、この判断です。
明徳法律事務所(大阪市西区)では、株主構成と相続関係の確認から、種類株式・属人的株式・売渡請求条項を組み合わせた定款の設計、株主間契約(第10講)の作成、税理士との共同による評価と税制の検証まで、事業承継と共同経営の予防設計をお引き受けしています。株主間紛争の「出口」を日常的に扱っている立場から、10年後の紛争シナリオを描いた上で設計します。
- 会社法〔e-Gov法令検索〕107条〜111条、115条、116条、136条以下、170条、174条〜177条、308条、309条2項〜4項、322条、324条、433条、461条2項、911条3項7号
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律〔e-Gov法令検索〕4条(除外合意・固定合意)、7条(経済産業大臣の確認)、8条(家庭裁判所の許可)
- 国税庁「種類株式の評価について(情報)」(平成19年3月9日)配当優先の無議決権株式・社債類似株式・拒否権付株式の評価方法。無議決権株式の5%減額の選択とその要件
- 国税庁「法人版事業承継税制」非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予の要件
- 東京地立川支判平成25年9月25日金判1518号54頁特定の株主の議決権・配当受領権を100分の1に縮減する属人的な定めの新設を、株主平等原則の趣旨に違反し無効とした裁判例
- 加藤真朗編著『株主管理・少数株主対策ハンドブック』(日本加除出版、2022年)、同編著『非上場株式の相続と会社法 ― 評価・遺産分割・換価・経営参加の法律実務』(新日本法規、2025年)
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。税務上の取扱いは記事作成時点の公表資料に基づいており、個別の適用は税理士にご確認ください。
公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日