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『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第19講】

後継者に株を集めたら弟から請求書が届いた ― 遺留分と非上場株式:会社を大きくした後継者ほど、多額の請求を受ける構造 ―

『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第19講】

19第Ⅳ部 相続・事業承継編 ― 株と相続が交わるとき第19講

後継者に株を集めたら弟から請求書が届いた
― 遺留分と非上場株式:会社を大きくした後継者ほど、多額の請求を受ける構造 ―

「父の遺言で、会社の株式は全部私が相続しました。弟には預貯金が渡っています。父は税理士とも相談して『遺留分は侵害していない』と言っていたのですが、弟から『株の本当の価値で計算すれば遺留分が侵害されている』という内容証明が届きました」

「父は15年前に私に株式を贈与し、その後会社は10倍の規模になりました。父の死後、妹から遺留分の請求を受けました。15年前の贈与が、今の株価で計算されるというのは本当ですか」

「後継者の長男に株を贈与しようと思いますが、他の子どもの遺留分が心配です。仲が良い今のうちにできることはありますか」

この講の結論

「全株式を長男に相続させる」という遺言は、事業承継の基本です。しかし兄弟姉妹以外の相続人には遺留分(原則として法定相続分の2分の1。民法1042条)があり、株式を承継しなかった相続人は、後継者に対して遺留分侵害額請求(1046条)ができます。平成30年の相続法改正(令和元年7月1日施行)により、遺留分の権利は「物」の取戻し(旧・遺留分減殺請求)から金銭債権に一本化されました。株式そのものが戻ることはなくなり、経営権の分散の危険は消えましたが、後継者は現金での支払義務を負うことになりました。

ここでも主戦場は株式の評価です。遺留分の算定基礎には、相続財産に加えて、相続人に対する10年以内の特別受益となる贈与が算入され(1044条3項)、その評価は相続開始時が基準です。生前に後継者へ贈与された株式は、贈与後に会社が成長すればするほど高く評価され、遺留分の金額も膨らみます。頑張って会社を大きくした後継者ほど、多額の請求を受けるという皮肉な構造です。この構造への立法的な回答が、経営承継円滑化法の遺留分特例(除外合意・固定合意)です。推定相続人全員の合意という高いハードルがありますが、遺留分対策は、仲が良いうちにしかできない。当事務所が事業承継のご相談で最初に申し上げる言葉です。

1遺言で集中させても、遺留分は消えない ― 制度の基本

遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子とその代襲相続人、直系尊属)に法律上保障された、相続財産の最低限の取り分です(民法1042条)。総体的な遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合は相続財産の3分の1、それ以外は2分の1で、相続人が複数いれば、これに各自の法定相続分を乗じたものが個別の遺留分割合になります。相続人が配偶者と子2人であれば、法定相続分は配偶者2分の1・子各4分の1ですから、個別的遺留分割合は配偶者4分の1・子各8分の1です。

遺言や生前贈与によって、特定の相続人が財産の多くを承継し、他の相続人の取り分が遺留分に満たない場合、その相続人(遺留分権利者)は、受遺者・受贈者に対して、侵害された額に相当する金銭の支払いを請求できます(1046条1項)。これが遺留分侵害額請求です。事業承継の場面では、「株式は後継者に、他の財産は他の相続人に」という遺言が典型ですが、株式の価値が他の財産に比べて大きければ、他の相続人の遺留分が侵害されることになります。遺言で株式を後継者に集中させることはできても、遺留分そのものを遺言で消すことはできません。

2金銭債権化がもたらしたもの ― 株は戻らない、金は払う

平成30年の相続法改正(令和元年7月1日施行)は、遺留分制度を根本的に変えました。改正前の「遺留分減殺請求」は、遺留分を侵害する遺贈や贈与の効力を遺留分の割合で失わせ、その財産を遺留分権利者に取り戻させる仕組みでした。株式が対象であれば、株式そのものが遺留分権利者との共有になり、後継者に集中させたはずの株式が再び分散するという事態が生じていました。

改正後の「遺留分侵害額請求」は、遺留分権利者に金銭債権を与える制度です(1046条1項)。株式は後継者のもとに残り、後継者は侵害額に相当する金銭を支払う義務を負います。経営権の分散という事業承継上の最大の危険は、この改正で解消されました。しかし裏側で、後継者は「株はあるが金がない」という板挟みに陥ることになりました。株式の評価額が高いほど、支払うべき金銭は大きくなり、その金銭を用意するために株式を売却したり会社に買い取らせたりすれば、税務上の問題が生じます(第7節)。

図解A 改正前後の遺留分 ― 後継者にとって何が変わったか

改正前(遺留分減殺請求)遺贈・贈与の効力が遺留分の割合で失われ、株式が遺留分権利者との共有に。経営権が分散「株が戻る」構造
改正後(遺留分侵害額請求、令和元年7月施行)遺留分権利者は金銭の支払いを請求。株式は後継者に残る。後継者は現金で支払う「金を払う」構造。民法1046条
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後継者側の利益経営権は守られる。株式の分散はない
後継者側の負担株式評価額に応じた金銭債務。資金調達の必要。株で払えば代物弁済として譲渡所得課税(第7節)
請求者側の変化株式(売れない財産)ではなく金銭を受け取れる。争点は「いくらか」=株式の評価に集中

図解A 改正は経営権を守り、争点を「株式をいくらと見るか」に一本化した

3算定の仕組み ― 基礎財産に何が入り、いくらで評価されるか

遺留分侵害額を算定するには、まず「遺留分を算定するための財産の価額」(基礎財産)を確定し、これに個別的遺留分割合を乗じて遺留分額を出し、そこから遺留分権利者が実際に受けた財産などを差し引きます。条文に沿って整理します。

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段階計算条文・要点
① 基礎財産相続開始時の被相続人の財産(遺贈される財産を含む)+相続人に対する贈与(原則10年以内、特別受益に該当するものに限る)+第三者に対する贈与(原則1年以内)-債務の全額1043条1項、1044条1項・3項。「損害を加えることを知って」した贈与は期間の制限なく算入(1044条1項後段)。負担付贈与・不相当な対価の有償行為は実質的な贈与部分を算入(1045条)
② 評価の基準時基礎財産に算入する財産は、相続開始時の価額で評価する最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁。贈与時ではない。株式・不動産のように価額が変動する財産は要注意
③ 遺留分額基礎財産 × 個別的遺留分割合(総体的遺留分1/2または1/3 × 法定相続分)1042条
④ 遺留分侵害額遺留分額 -(遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益となる贈与の額)-(遺産分割の対象財産がある場合の具体的相続分に応じた取得額)+(遺留分権利者が承継する債務の額)1046条2項。寄与分は考慮しない
⑤ 負担者と順序受遺者(特定財産承継遺言・相続分の指定を含む)が先に負担し、足りなければ受贈者。複数の受贈者がいれば後の贈与から順に1047条1項。相続人である受遺者・受贈者は、自らの遺留分額を超える部分を限度に負担

図表1 遺留分侵害額の算定手順

非上場株式に関して決定的に重要なのは、②の評価基準時です。相続人に対する贈与は、相続開始前10年以内で、特別受益(婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与)に該当するものが基礎財産に算入されます(1044条3項)。後継者への株式の生前贈与は、会社の経営権を承継させるためのものですから、通常は生計の資本としての贈与、すなわち特別受益に当たります。そしてその評価は、贈与時ではなく相続開始時の価額です。8年前に1株10万円で贈与された株式が、相続開始時に1株30万円になっていれば、30万円で基礎財産に算入されます。後継者が会社を成長させた分が、そのまま遺留分の計算に乗る。これが「頑張った後継者ほど多く払う」構造の正体です。

なお、被相続人が持戻し免除の意思表示(民法903条3項)をしていても、遺留分の算定では、その贈与は基礎財産に算入されます(最決平成24年1月26日家月64巻7号100頁)。持戻し免除は遺産分割上の具体的相続分を修正する効果を持ちますが(第18講)、遺留分の計算からその贈与を外す効果はありません。「持戻し免除の遺言を書いたから遺留分も大丈夫」という理解は誤りです。

4ここでも主戦場は「株式の評価」― 税務上の株価と私法上の株価

遺留分侵害の有無と金額は、基礎財産に算入される株式の評価額で大きく変わります。遺産分割(第18講)と同じく、遺留分の算定においても、相続税申告で用いた財産評価基本通達による評価額は基準になりません。基準になるのは私法上の株価、すなわち株式の実質的な価値であり、争いがあれば訴訟で鑑定を含む本格的な企業価値評価の攻防になります。

この点は、遺言を作成する段階で見落とされがちです。税理士と相談して「遺留分に配慮した」遺言を作った、という事案は多くありますが、その配慮が税務上の株価を前提にしていれば、私法上の株価で計算し直したときに遺留分侵害が生じている可能性があります。

計算例 ― 税務上の株価では侵害なし、私法上の株価では侵害あり 相続人は子3人(B・C・D)。遺言で、会社の株式(税務上の評価額1億円)は後継者Cに、預貯金5,000万円はBとDに2,500万円ずつ。個別的遺留分割合は各6分の1です。税務上の株価で計算すると、基礎財産は1億5,000万円、遺留分額は各2,500万円で、BとDは遺言で2,500万円ずつ受け取るため侵害はありません。ところが株式の私法上の株価が1億9,000万円であれば、基礎財産は2億4,000万円、遺留分額は各4,000万円となり、BとDにはそれぞれ1,500万円の遺留分侵害額が生じます。同じ遺言が、株式の評価の仕方だけで「侵害なし」から「合計3,000万円の請求」に変わります。

遺留分権利者側(株式を承継しなかった相続人)から見れば、後継者から「遺留分は侵害していない」と説明されても、その説明が税務上の株価を前提にしていないかを確認する必要があります。会社の計算書類や税務上の株価の評価明細の提供を後継者に求め、簿価純資産法で暫定的に試算し、必要に応じて公認会計士による私法上の株価の算定を依頼する。第18講で見た手順と同じです。後継者側から見れば、遺言作成の段階で、税務上の株価だけでなく私法上の株価でも遺留分の計算をしておかなければ、「配慮した」つもりの遺言が紛争の種になります。

5生前贈与の落とし穴 ― 10年ルール、「損害を加えることを知って」、低額売買

生前に株式を後継者へ移転しておけば遺留分の問題を避けられる、と考える方がいますが、そうではありません。三つの落とし穴があります。

落とし穴① 10年以内の贈与は算入される

相続人に対する特別受益となる贈与は、相続開始前10年以内のものが基礎財産に算入されます(1044条3項)。株式の贈与から10年以内に贈与者が亡くなれば、その株式は相続開始時の価額で遺留分の計算に入ります。「贈与したから相続財産ではない」という理解は、遺留分については通用しません。

落とし穴② 10年より前でも「損害を加えることを知って」いれば算入される

贈与から10年を超えていても、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、期間の制限なく基礎財産に算入されます(1044条1項後段・3項)。「損害を加えることを知って」とは、遺留分権利者に損害を加えることになる事実の認識があれば足り、加害の意思は要しないとされ(大判昭和4年6月22日民集8巻618頁)、判例上、贈与当時、贈与財産の価額が残存財産の価額を超えることを知っていただけでは足りず、将来相続開始時までに被相続人の財産が増加しないことを予見していた事実が必要とされています(大判昭和11年6月17日民集15巻1246頁)。被相続人が会社を引退して収入が乏しくなり、贈与した株式が財産の大部分を占め、その後財産が増える見込みがなかった、という事情があれば、15年前の贈与でも算入される可能性があります。冒頭の二つ目の相談例は、まさにこの構図です。

落とし穴③ 低額での売買は「贈与」とみなされる

贈与ではなく売買の形で株式を後継者に移していても、不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、対価を負担の価額とする負担付贈与とみなされ(1045条2項)、株式の本来の価額と売買代金との差額が贈与として基礎財産に算入されます。税務上の株価が5,000万円と分かっていながら500万円で売買した、私法上の株価の算定書を取得していながら大幅に低い価額で売買した、といった事情があれば、「損害を加えることを知って」の認定は容易になります。

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株式移転の形遺留分算定への算入後継者側・請求者側の実務
遺言(相続させる旨・遺贈)相続開始時の財産として当然に算入遺言作成時に私法上の株価でも遺留分を試算する。他の相続人への財産の配分、遺留分特例(第8節)
相続開始前10年以内の贈与特別受益に該当すれば相続開始時の価額で算入(1044条3項)贈与時ではなく相続開始時の株価。会社の成長分が乗る。固定合意(第8節)で価額を固定できる
10年より前の贈与原則算入されない。ただし当事者双方が損害を加えることを知っていれば算入(1044条1項後段)請求者側は、贈与当時の被相続人の財産状況・収入の見込みを立証。後継者側は、贈与当時の資料(決算書・株価評価書・被相続人の他の財産)を保管
低額での売買不相当な対価で、当事者双方が損害を加えることを知っていれば、差額を贈与とみなして算入(1045条2項)売買価格の根拠資料(税務上・私法上の株価)を残す。著しい低額売買は税務(第13講)と遺留分の両面で危険

図表2 株式の移転の形と遺留分算定への算入

6請求の手続と期限 ― 1年の時効、調停、訴訟、支払期限の許与

遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅し、相続開始の時から10年を経過したときも同様です(1048条)。1年は短く、「知った時」がいつかは争いになりやすいため、請求者側の実務では、被相続人の死亡から1年以内に権利を行使しておくのが安全です。行使は受遺者・受贈者への意思表示で足り、具体的な侵害額が算出できていなくても「遺留分侵害額請求権を行使する」旨の通知で足ります。通知の時期と内容を証明できるよう、内容証明郵便で行うのが通常です。

権利行使の後、具体的な侵害額を示して協議し、まとまらなければ家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立てます。管轄は相手方の住所地または合意で定めた家庭裁判所です(家事事件手続法245条1項)。調停前置主義により、原則として訴え提起前に調停を経る必要がありますが(同法257条1項)、調停の見込みがない場合は調停を経ずに訴えを提起することも実務上あります。訴訟は、遺留分侵害額請求訴訟として地方裁判所(訴額140万円以下は簡易裁判所)に提起し、株式の評価が争点であれば鑑定を含む本格的な企業価値評価の攻防になります。

後継者側にとって重要な規定が、支払期限の許与です。裁判所は、受遺者・受贈者の請求により、遺留分侵害額請求により負担する債務の全部または一部の支払につき、相当の期限を許与することができます(1047条5項)。株式という換金しにくい財産を承継した後継者が、直ちに多額の金銭を用意できない場合に、裁判所が支払いに猶予を与える仕組みです。資金調達の見通しを示して期限の許与を求めることが、後継者側の防御の一つになります。

図解B 遺留分侵害額請求の時間軸

相続開始遺言の存在と内容、生前贈与の有無を確認。株式の評価資料(計算書類・税務上の評価明細)の収集請求者側は計算書類の閲覧(会社法442条3項)
知った時から1年(1048条)内容証明で権利行使の意思表示。侵害額が未算定でも可死亡から1年以内の行使が安全
協議私法上の株価の算定(簿価純資産法の試算→私的鑑定)を踏まえた侵害額の提示と交渉後継者側は資金調達の見通しを示す
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調停(家庭裁判所)調停前置(家事257条1項)。見込みがなければ訴訟へ管轄は相手方の住所地等(245条1項)
訴訟(地方裁判所)株式の評価をめぐる鑑定。判決で侵害額を確定後継者側は支払期限の許与を請求(1047条5項)
支払い金銭で支払う。株式で支払えば代物弁済として譲渡所得課税(第7節)相続開始から10年で請求権消滅(1048条後段)

図解B 「1年」は請求者側の期限、「期限の許与」は後継者側の防御

7後継者側の資金 ― 株で払うと譲渡所得税、会社に買い取らせると3年10か月

遺留分侵害額請求を受けた後継者は、金銭を用意しなければなりません。ここで税務が絡みます。

第一に、株式で払うことの税務です。「金銭がないので株式の一部を渡して解決する」という合意は可能ですが、遺留分侵害額請求権が金銭債権である以上、金銭の支払いに代えて株式を移転することは代物弁済に当たり、後継者は消滅した債務の額で株式を譲渡したものとして譲渡所得税の課税を受けます(所得税基本通達33-1の6。第13講)。後継者の取得費は被相続人から引き継いだ低い取得費ですから、多額の譲渡益が生じます。「株で払えば現金は要らない」という解決は、後継者に別の現金支出(税金)を生じさせます。

第二に、会社に株式を買い取らせる方法です。後継者が相続した株式の一部を会社に自己株式として取得させ、その対価で遺留分侵害額を支払う方法は、代償金の資金調達(第18講)と同じ構造です。相続人からの取得には他の株主の売主追加請求権が適用されず(会社法162条)、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すればみなし配当課税を受けずに譲渡所得として扱われる特例(措法9条の7)と、取得費加算の特例(措法39条)が使えます。遺留分の交渉や訴訟が長引いてこの期限を過ぎると、同じ株式を会社に売っても後継者の税負担が大幅に増えます(第13講)。遺留分紛争の解決スケジュールを、この税務上の期限から逆算して組む必要があります。

第三に、会社からの借入れ・金融機関からの借入れです。後継者が会社から借り入れる場合は利益相反取引の承認手続(356条1項2号、365条1項)を経ます。金融機関からの借入れは、会社からの配当や役員報酬による返済計画が前提になります。いずれの方法でも、支払期限の許与(1047条5項)を求めて時間を確保することが、資金調達の現実的な条件になります。

8予防の切り札 ― 経営承継円滑化法の遺留分特例(除外合意・固定合意)

後継者への株式集中と遺留分の衝突は、事業承継における構造的な問題です。この問題への立法的な回答が、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)の「遺留分に関する民法の特例」(同法第2章、3条以下)です。

特例の骨格は、旧代表者(特例中小会社の代表者であった者で、後継者に株式を贈与した者)の推定相続人全員と会社事業後継者が、書面で合意することにより、後継者が贈与を受けた株式について、次のいずれかの定めをすることができるというものです(同法4条1項)。

図解C 遺留分特例の二つの合意

除外合意(4条1項1号)後継者が旧代表者から贈与を受けた株式の全部または一部について、その価額を遺留分算定の基礎財産に算入しない株式が遺留分の計算から完全に外れる。効果は最も強い
固定合意(4条1項2号)基礎財産に算入する株式の価額を、合意時の価額に固定する。価額は弁護士・弁護士法人・公認会計士・監査法人・税理士・税理士法人が「相当な価額」として証明したものに限る合意後の企業成長分は遺留分の計算から切り離される
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併せてできる合意後継者が贈与を受けた株式以外の財産の除外(5条)。後継者以外の推定相続人が贈与を受けた財産の除外など、推定相続人間の衡平を図る措置(6条)
手続合意から1か月以内に経済産業大臣の確認を申請(7条)→確認から1か月以内に家庭裁判所に許可を申立て(8条1項)→家庭裁判所は合意が当事者全員の真意に出たものとの心証を得て許可(8条2項)
効力許可により、除外合意の株式は基礎財産に算入されず、固定合意の株式は合意した価額で算入される(9条1項・2項)

図解C 推定相続人全員の合意+大臣の確認+家庭裁判所の許可で、遺留分の計算から株式を外す・固定する

要件を整理します。対象となる会社は、一定期間以上(省令で3年以上)継続して事業を行っている非上場の中小企業者(特例中小会社)です(3条1項)。旧代表者は、その会社の代表者であった者(現に代表者である者を含む)で、後継者に株式を贈与した者。会社事業後継者は、旧代表者から株式の贈与を受けた者(またはその者から相続により取得した者)で、総株主の議決権の過半数を有し、かつ会社の代表者である者です(同条2項・3項)。合意ができるのは、後継者が対象株式を除いても議決権の過半数を超える場合は除かれます(4条1項ただし書)。すでに過半数を持っている後継者への追加の贈与は、この特例の対象になりません。

合意の効力は、合意の当事者以外の者に対する遺留分侵害額請求には影響しません(9条3項)。また、確認が取り消された場合、旧代表者の生存中に後継者が死亡した場合、合意の当事者以外の者が新たに推定相続人となった場合などには、合意の効力が失われます(10条)。合意後に旧代表者が再婚して新たな推定相続人が生じるといった事情の変化には注意が必要です。

実務上のハードルは、推定相続人「全員」の合意です。後継者以外の子は、自分の遺留分を放棄する内容の合意に応じる理由を持ちません。だからこそ、この合意は、親が健在で、兄弟姉妹の関係が良好で、後継者以外の相続人に別の財産(不動産・預貯金・生命保険)が用意されている段階で、「なぜ株式を後継者に集中させる必要があるのか」「その代わりに他の相続人には何が渡るのか」を親自身が説明できるときにしか成立しません。固定合意は、後継者以外の相続人にとって「今の価値での遺留分は保障される」という納得を得やすく、除外合意より合意に至りやすいことがあります。固定合意をしておけば、その後の企業成長分は遺留分の計算から切り離され、後継者は安心して企業価値の向上に取り組めます。

PRACTICE NOTE

遺留分対策の設計手順

後継者への株式集中を計画する段階で、当事務所が行う遺留分対策の設計手順です。すべての手順は、旧代表者が健在で判断能力があり、推定相続人の関係が良好なうちにしか実行できません。

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手順作業要点
① 推定相続人と遺留分割合の確定戸籍で推定相続人を確定し、各人の個別的遺留分割合を計算配偶者・子・直系尊属。兄弟姉妹には遺留分なし。再婚・養子縁組の予定があれば合意の効力への影響(円滑化法10条)
② 株式の私法上の株価の把握税務上の株価だけでなく、私法上の株価(純資産法・DCF法)を公認会計士等に算定させる税務上の株価で「遺留分は大丈夫」と判断しない。両方の株価で遺留分侵害額を試算
③ 全財産の棚卸しと配分案株式以外の財産(不動産・預貯金・生命保険)を把握し、後継者以外の相続人に何を渡せるかを設計生命保険金は原則として遺留分算定の基礎に入らず、後継者以外の相続人への配分や後継者の支払資金に使える(受取人の設計が要)
④ 移転の方法の選択遺言(特定財産承継遺言)、生前贈与、売買、持株会社化の組合せ。各方法の遺留分算定への算入(図表2)と税務(第13講)を比較10年ルール・「損害を加えることを知って」・低額売買のみなし贈与を踏まえる。売渡請求条項との関係(第17講)
⑤ 遺留分特例の検討除外合意か固定合意か。後継者が対象株式を除いて過半数を超えないか(4条1項ただし書)。推定相続人全員の合意の見込み固定合意は合意に至りやすい。証明者(弁護士・税理士・公認会計士等)の選任。合意→1か月以内に大臣確認→1か月以内に家裁許可の日程
⑥ 後継者の支払資金の準備特例が使えない場合や、特例後も残る遺留分に備え、生命保険・会社の自己株式取得(3年10か月の特例)・借入れの計画支払期限の許与(1047条5項)を求める前提となる資金計画
⑦ 資料の保存贈与時・売買時の株価評価書、決算書、被相続人の財産状況、合意書、遺言後日「損害を加えることを知って」や「不相当な対価」を争われたときの証拠
⑧ 定期的な見直し株価の変動、推定相続人の変動、会社の業績に応じて配分案と合意を見直す固定合意後も、株式以外の財産の配分は見直しが必要

③で触れた生命保険は、遺留分対策の実務で重要な道具です。死亡保険金は受取人固有の財産として原則として遺留分算定の基礎財産に含まれず、後継者を受取人にすれば遺留分侵害額の支払資金に、後継者以外の相続人を受取人にすれば株式に代わる財産の配分に使えます。ただし、保険金の額が遺産の総額に比べて著しく大きいなど、相続人間の不公平が到底是認できないほど著しい特段の事情がある場合には、特別受益に準じて持戻しの対象になるとした判例があり(最決平成16年10月29日民集58巻7号1979頁)、バランスを欠く設計はできません。

実務チェック

  • 後継者に株式を集中させる遺言・贈与の計画について、税務上の株価だけでなく私法上の株価で遺留分侵害額を試算したか。
  • 生前贈与から10年以内に相続が開始する可能性、10年より前の贈与が「損害を加えることを知って」と認定される事情(贈与当時の財産状況・収入見込み)、低額売買のみなし贈与を検討したか。
  • 持戻し免除の意思表示が遺留分の算定には効かないことを理解しているか。
  • 経営承継円滑化法の遺留分特例(除外合意・固定合意)の要件(特例中小会社、旧代表者、後継者の議決権過半数と代表者、対象株式を除いて過半数を超えないこと)を確認し、推定相続人全員の合意の見込みを検討したか。
  • 特例を使う場合、合意から1か月以内の経済産業大臣の確認申請、確認から1か月以内の家庭裁判所の許可申立ての日程を組んだか。証明者を選任したか。
  • 後継者以外の相続人に渡す財産(不動産・預貯金・生命保険)と、後継者の支払資金(生命保険・自己株式取得・借入れ)を設計したか。
  • 請求を受けた側は、1年の時効、支払期限の許与(1047条5項)、株式で払う場合の譲渡所得課税、会社に買い取らせる場合の3年10か月の期限を把握しているか。
  • 請求する側は、死亡から1年以内に内容証明で権利行使したか。計算書類を取得し、私法上の株価の試算・算定を進めているか。

よくある質問

父は税理士と相談して「遺留分を侵害しない」遺言を作りました。それでも弟から請求が来るのはなぜですか。

税理士が前提にした株式の評価が、相続税申告用の財産評価基本通達による評価額(税務上の株価)だった可能性があります。遺留分の算定基礎に算入する株式の価額は、私法上の株価、すなわち株式の実質的な価値であり、税務上の株価には拘束されません。税務上の株価は課税の便宜のための画一的な算定方式による数字で、業績が好調で純資産が厚い会社では実質的な価値より大幅に低いことが珍しくありません。たとえば税務上1億円の株式の私法上の価値が1億9,000万円であれば、遺留分の基礎財産が9,000万円増え、遺留分権利者が遺言で受け取った財産では遺留分に足りなくなることがあります(本文の計算例)。弟側は、会社の計算書類を取得し、簿価純資産法やDCF法で私法上の株価を算定して請求してくると考えられます。請求を受けた側は、評価の争い方(第3講)、支払期限の許与(民法1047条5項)、資金調達の方法を早期に検討する必要があります。

父は15年前に私に株式を贈与しました。妹から遺留分の請求を受けましたが、15年前の贈与が今の株価で計算されるのですか。

二段階の問題があります。第一に、相続人に対する贈与が遺留分の算定基礎に算入されるのは原則として相続開始前10年以内のものですから(民法1044条3項)、15年前の贈与は原則として算入されません。ただし、当事者双方(父とあなた)が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、期間の制限なく算入されます(同条1項後段)。判例上、贈与当時に贈与財産の価額が残存財産の価額を超えることを知っていただけでは足りず、将来相続開始時までに父の財産が増加しないことを予見していた事実が必要とされています。父が贈与当時すでに会社を引退して収入が乏しく、株式が財産の大部分を占め、財産が増える見込みがなかったという事情があれば、算入される可能性があります。第二に、算入される場合の評価は、贈与時ではなく相続開始時の価額です(最判昭和51年3月18日)。会社が10倍になっていれば、その価値で計算されます。妹側は贈与当時の父の財産状況を立証する必要があり、あなたの側は当時の資料(決算書・株価評価書・父の他の財産)を集めて反論することになります。

遺留分の支払いに現金がありません。株式の一部を渡して解決してはいけませんか。

できますが、税金が生じます。遺留分侵害額請求権は金銭債権ですから(民法1046条1項)、金銭の支払いに代えて株式を移転することは代物弁済に当たり、あなたは消滅した債務の額で株式を譲渡したものとして譲渡所得税の課税を受けます(所得税基本通達33-1の6)。取得費は被相続人から引き継いだ低い額ですから、譲渡益は大きくなります。代替案として、①相続した株式の一部を会社に自己株式として取得させ、その対価で支払う方法(相続税の申告期限後3年以内なら措法9条の7でみなし配当課税を回避。会社法162条で他の株主の売主追加請求権も不適用)、②会社または金融機関からの借入れ、③裁判所に支払期限の許与を求めて時間を確保すること(民法1047条5項)があります。どの方法が税負担の総額を最小にするかは、税理士と共同で試算する必要があります。第13講と第18講で詳しく扱っています。

後継者の長男に株式を贈与する予定です。他の子どもの遺留分について、今できることは何ですか。

三つあります。第一に、経営承継円滑化法の遺留分特例です。推定相続人全員と長男が書面で合意し、経済産業大臣の確認(合意から1か月以内に申請)と家庭裁判所の許可(確認から1か月以内に申立て)を得れば、贈与した株式を遺留分の算定基礎から除外する(除外合意)か、その価額を合意時の価額に固定する(固定合意)ことができます(同法4条、7条〜9条)。固定合意なら、その後の企業成長分は遺留分の計算から外れます。要件として、あなたが会社の代表者であった(または現に代表者である)こと、長男が贈与後に議決権の過半数を持ち代表者であること、長男が対象株式を除いても過半数を超えていないことなどが必要です。第二に、他の子どもに渡す財産の設計です。不動産・預貯金・生命保険(受取人指定)で、株式に見合う配分を用意します。第三に、私法上の株価での遺留分の試算です。税務上の株価だけで判断しないことが前提です。いずれも、あなたが健在で、兄弟の関係が良好なうちにしかできません。

遺留分を請求する側です。いつまでに何をすればよいですか。

遺留分侵害額請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年で時効により消滅します(民法1048条)。「知った時」は争いになりやすいため、被相続人の死亡から1年以内に、受遺者・受贈者(後継者)に対して内容証明郵便で「遺留分侵害額請求権を行使する」旨を通知しておくのが安全です。具体的な金額が算出できていなくても、権利行使の通知だけで時効は止まります。その上で、会社の計算書類(1株でも閲覧できます。会社法442条3項。ただし株式を承継していなければ株主ではないため、後継者に任意の提供を求めることになります)や税務上の株価の評価明細の提供を求め、簿価純資産法で暫定的に試算し、必要に応じて公認会計士に私法上の株価の算定を依頼します。生前贈与があれば、株主名簿や法人税申告書の別表二で贈与の時期と株数を特定します。協議がまとまらなければ家庭裁判所の調停、さらに地方裁判所での訴訟に進みます。

おわりに ― 遺留分対策は、仲が良いうちにしかできない

後継者に株式を集中させることと、他の相続人の遺留分を尊重することは、事業承継における最も根本的な緊張関係です。金銭債権化によって経営権の分散は避けられるようになりましたが、後継者が支払う金銭の額は株式の評価で決まり、会社を成長させた後継者ほど多くを支払う構造は残っています。この構造を根元から解くのが遺留分特例ですが、推定相続人全員の合意が必要です。親が健在で、兄弟姉妹が同じ食卓に座れるうちに、親自身が「なぜ株式を後継者に集めるのか、その代わりに何を用意するのか」を語る。それができる時期は、思っているより短いものです。

明徳法律事務所(大阪市西区)では、事業承継の設計段階での遺留分の試算(私法上の株価による)、遺留分特例の合意書作成から大臣確認・家庭裁判所許可までの手続、他の相続人への財産配分と生命保険の設計、そして請求を受けた後継者側・請求する相続人側それぞれの交渉・調停・訴訟の代理を、会社法と相続法を日常的に扱う立場からお引き受けしています。

次回 第20講「売れない株を金に換える5つのルート」から第Ⅴ部・少数株主・経営権紛争編に入ります。ここまで会社側・後継者側の視点を中心に見てきた道具を、今度は少数株主の側から、株式を現金に換えるための戦略として組み直します。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。遺留分特例の運用の細部は中小企業庁の手引きをご確認ください。

公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日

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