第36講承継・退出・再発防止
終戦後に整備する「七つの仕組み」
定款・情報・利益配分・承継・権限管理
この講の結論
内部紛争が終わった後の再発防止は、争いを生んだ事実を確認し、会社の規模と実態に合うルールを定め、それを毎年運用し続けることです。この連載で扱った紛争の多くは、株式の帰属が曖昧なまま放置されていたこと、意見が対立したときの決め方が定められていなかったこと、役員の任期と登記が管理されていなかったこと、情報が一方に偏っていたこと、報酬と配当の根拠が説明されていなかったこと、承継の準備がなかったこと、銀行・印章・システムの権限が一人に集中していたことのいずれかから始まっています。定款や株主間契約を作るだけでは足りず、適法な意思決定とその記録、株主への説明、権限の引継ぎを継続することが再発防止の中身です。将来の紛争を完全に防ぐ万能の条項はありませんが、対立が起きたときに法的に何ができるかを知ったうえで運営する会社と、知らずに運営する会社では、紛争の規模も期間も大きく違います。
原因を振り返る
紛争が終わると、当事者は疲れ、原因の検証よりも忘れることを望みます。しかし、原因を確かめないまま元の運営に戻れば、同じ紛争が別の人との間で起きます。振り返りの項目として使えるのは、株式の帰属の曖昧さ(名義株、相続未了、株主名簿の不備。第2講、第14講)、意見が対立したときの手順の欠如(第31講〜第33講)、長い任期と登記の放置(第7講)、情報の偏り(第18講)、報酬と配当の根拠の不透明さ(第21講)、承継の未整備(第31講)、管理権限の集中(第10講)の七つです。原因がこの七つに限られるわけではありませんが、ほとんどの内部紛争はこのいずれかに当てはまります。
振り返りの記録には、実際に起きた出来事、もっと早く気付けたはずの兆候、既存のルールがあったのに機能しなかった理由を書きます。特定の人を責める記録にすると、その人がいなくなった後に意味を失います。「誰が悪かったか」ではなく「どの仕組みがなかったか」を残し、次の担当者でも運用できる改善につなげることが目的です。紛争の和解で合意した情報提供や買取りの条件も、この記録に含めておきます。
定款と株主間契約
再発防止の道具は定款と株主間契約の二つです。定款は会社と将来の株主すべてを拘束し、株主間契約は契約の当事者だけを拘束します。定款で定められることは会社法が許す範囲に限られ、変更には原則として株主総会の特別決議が必要です(466条、309条2項11号。譲渡制限を新たに設ける場合は309条3項の特殊決議と反対株主の買取請求〔116条1項1号〕を伴います)。剰余金の配当や議決権について内容の異なる種類株式(108条1項)、非公開会社における剰余金の配当・残余財産の分配・議決権についての株主ごとの異なる取扱い(109条2項。この定めを設け、または変更する定款変更には、総株主の半数以上かつ総株主の議決権の4分の3以上の特殊決議を要します。廃止は除きます。309条4項)、役員選任権付種類株式(108条1項9号)、株式の譲渡制限(107条1項1号、108条1項4号)、相続人等に対する売渡請求(174条)、取締役の任期の伸長(332条2項。短縮は定款のほか株主総会の決議でもできます。同条1項ただし書)、取締役会決議の省略(370条)は、いずれも定款で定めるべき事項です。他方、株主間の議決権行使の合意は、当事者間では有効ですが、合意に反する議決権行使によって成立した決議は原則としてそれだけでは取り消されません(第32講)。定款で対応できることは定款に落とし込み、定款に定めるのが適さないこと(定款に書いても会社法上の効力が直接には生じない協議の手順や情報提供の頻度、外部の閲覧にさらしたくない退出時の価格の算式など)を株主間契約で補うという役割分担が基本です。
株主間契約を作るときは、会社自身を契約の当事者に加えるか、将来の株主(相続人や譲受人)に契約上の地位を承継させるか、定款の定めと矛盾していないかを確認します。会社を当事者に加えれば、会社に対する情報提供義務や買取りの協力義務を直接定められますが、会社に財源規制(461条)を超える買取りを約束させることはできません。また、株主の法定の権利(会計帳簿閲覧請求権、代表訴訟提起権など)や強行規定を、合意によって無制限に排除することもできません。契約で決められることと決められないことを区別したうえで、契約の期間、見直しの時期、承継の扱いを明記します。
対立時と退出の手順
共同経営を続ける会社では、対立が起きたときの決め方を、対立が起きる前に合意しておきます。事前協議を要する重要事項の範囲、協議の期間、顧問税理士や弁護士など中立的な第三者の関与、それでも決まらないときに誰の判断で決めるのか、そして退出を申し出る手順と株式の買取条件です。一方が価格を提示し、他方がその価格で買うか売るかを選ぶ方式(第33講)は、双方の資金力と情報が対等であれば公平に機能しますが、資金力や情報に大きな差がある場合には、資金のある側が有利な価格を提示できてしまいます。方式を選ぶ前に、双方の実情に照らして機能するかを検討します。
価格の算式には、評価の基準日、一時的な異常損益の除外、役員との貸借の清算、事業に使っていない資産の扱い、簿外債務と偶発債務、算式に争いが生じたときの手順(共通の算定人の選任など)を含めます。事業の内容が変われば算式も合わなくなりますから、数年ごとに見直す時期を定めます。会社が買い取る場合の分配可能額の制約(461条1項3号)と自己株式取得の手続(156条、160条。他の株主の売主追加請求は定款で排除できます。164条)、他の株主や第三者が買い取る場合の譲渡制限株式の承認手続(136条〜145条)と整合させ、実行できない約束にしないことが重要です。
役員・監査・報酬を整える
会社の規模に合う機関設計を選び、役員の選任、就任承諾、任期、登記を一覧で管理します。非公開会社では取締役の任期を定款で最長10年まで伸ばせますが(332条2項)、10年の任期は改選の機会を失わせ、対立した役員を任期満了で交代させることを難しくします。任期を短くすればすべて解決するわけではなく、改選のたびに選任決議が必要になる負担、任期途中で解任した場合の損害賠償(339条2項)との比較が必要です。役員の登記を長期間怠れば、登記懈怠として代表取締役等が過料の対象になり(976条1号、915条1項)、最後の登記から12年が経過した会社は休眠会社として、法務大臣の公告から2か月以内に、事業を廃止していない旨の届出または何らかの登記をしなければ、その期間の満了時に解散したものとみなされます(472条1項。みなし解散の後3年以内であれば株主総会の特別決議で継続できます。473条)。任期10年の会社でこの見落としが起きやすいため、任期表と登記の期限を毎年確認します。
役員報酬(361条)、退職慰労金、親族や関連当事者との取引(356条、365条)、補償契約とD&O保険(430条の2、430条の3。第24講)は、毎年の定時株主総会に合わせて確認します。監査役を置くなら、その役割に見合う情報と独立性を与えます。名前だけの監査役は、監督として機能しないだけでなく、紛争になったときに監査役自身の責任(423条)を問われる立場に置かれます。監査役の権限を会計に関するものに限定している会社(389条)では、取締役の違法行為を止める権限も、取締役と会社の間の訴訟で会社を代表する権限もないことを理解したうえで、その限定を続けるかを判断します(第11講)。
意思決定の実体と記録を残す
株主総会と取締役会は、適法な招集(299条、368条)、必要な資料、審議と採決、議事録(318条、369条3項)という手順を守ります。その事項について議決権を行使できる株主の全員が書面または電磁的記録で同意した提案は株主総会の決議があったものとみなされ(319条1項)、取締役会についても定款に定めがあれば、議決に加わることができる取締役全員の書面または電磁的記録による同意によって決議を省略できます(370条。監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に限定している会社は含まれません。2条9号)では、監査役が異議を述べないことが条件です)。これらは適法な選択肢であり、「必ず対面で集まること」だけが予防策ではありません。同意の書面や電磁的記録は、決議があったものとみなされた日から10年間、本店に備え置く必要があります(株主総会につき319条2項、取締役会につき371条1項)。
重要なのは、何を決め、誰がどのように参加し同意したかが、実際の手続と一致していることです。第12講で見た「議事録はあるのに総会がない」という状態は、内部紛争で最も多く争われる原因の一つであり、実際には開かれていない総会の議事録を作る運用、空欄に押印した議事録用紙を預ける運用、実際と違う日付や出席者を記載する運用は、紛争が起きたときに議事録の信用性を失わせ、決議の存在と有効性を会社が立証できなくなる原因になります(第12講)。書面決議を使うなら、提案の書面、各株主の同意の書面、日付を残し、招集して開催するなら、招集通知の控え、出席者の記録、採決の結果を残します。議事録の備置きを怠ることも過料の対象です(976条8号)。
情報・権限・承継
株主が法定の閲覧請求(433条、442条)や検査役の選任(358条)に至る前に不信を解消するには、決算の説明の機会、定期的な報告、株主からの質問に答える窓口を、経営に関わらない株主にも用意しておくことです。営業秘密や個人情報への配慮を理由に情報を出さない運用は、株主の情報取得権と衝突し、第18講で見たとおり、要件を満たす閲覧請求を会社が拒める事由は限られています。出せる情報と出せない情報を整理し、前者は求められる前に出す方が、会社の負担も小さくなります。
銀行口座、印章、電子証明書、基幹システム、主要な契約の担当者と、その人が不在のときの代行手順を記録し、複数の人が確認できる状態にします。第10講で扱った代表者の交代時の混乱の多くは、権限が一人に集中し、引継ぎの手順がなかったことから生じています。ただし、複線化を「パスワードを共有する」方法で実現してはいけません。個人の認証情報の共有は、誰が操作したかの記録を失わせ、不正の調査を不可能にします。創業者から後継者への移行(第31講)、役員の退任、相続(第32講)があったときに、この記録を誰が更新するかも定めておきます。事業承継税制の特例措置は、特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日、適用期限が令和9年12月31日ですから、承継を予定している会社は、この期限を念頭に計画を進めます。
年次点検表
表は横にスクロールできます。
| 点検 | 確認する内容 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 株主名簿・株式の履歴 | 譲渡と承認の記録、相続と準共有の権利行使者、自己株式、種類株式の内容、名義株の有無 | 121条、125条、106条、136条〜145条 |
| 定款・契約 | 現行の定款、変更の履歴と決議、株主間契約との整合、見直しの時期 | 466条、309条2項・4項 |
| 役員・任期 | 選任と就任承諾、任期の満了日、欠員と権利義務役員、登記の期限 | 332条、336条、346条、915条、472条 |
| 決議の記録 | 招集通知、書面決議の提案と同意、採決、議事録の署名と備置き | 299条、318条、319条、369条、370条、371条 |
| 利益配分 | 報酬の決議、配当と分配可能額、退職慰労金の基準、親族・関連当事者との取引 | 361条、454条、461条、356条、365条 |
| 管理権限 | 銀行、印章、電子証明書、システムの権限一覧、代行と退任時の手順 | 第10講 |
| 承継・退出 | 個人保証の状況、相続の見込み、株式の評価、買取資金、合意できない場合の手順 | 174条、経営者保証に関するガイドライン、事業承継税制 |
点検は年に一度の定時株主総会に合わせるのが最も確実ですが、増資、役員の交代、相続、大型の取引、金融機関との契約の変更があったときにも更新します。点検に要する期間と費用は、会社の規模と資料の整備状況によって異なり、初回は資料の所在を確かめるだけで時間がかかりますが、二回目以降は前年との差分の確認になります。
本書を実務で使い続ける
この連載は、紛争が起きたときに目的から手段を探せるように構成しています。紛争が発覚した直後の初動は第3講、役員の地位、取締役会、株主総会、議決権の数え方といった意思決定の問題は第7講から第14講、増資、事業の移転、情報取得、資金の流用、報酬、役員責任といった資産・情報・責任の問題は第15講から第24講、裁判手続の選択と管理は第25講から第30講、承継、分離、和解は第31講から第35講へ戻ってください。合同会社の内部紛争は補講1、役員と従業員の区別は補講2で扱います。
各講に記載した条文と裁判例は、公開の時点で確認したものですが、法令は改正され、裁判例は積み重なります。実際の事案では、現行の法令と裁判例、そして自社の定款と株主間契約を確認したうえで、原則と例外を事実に当てはめてください。資料の所在と判断の経緯を記録しておくことが、次に問題が生じたときの対応を支えます。
PRACTICE NOTE
毎年の総会で確認する七つの記録
定時株主総会の準備に合わせて、株主名簿、現行の定款、役員の任期表、報酬に関する決議、関連当事者との取引の一覧、議事録と書面決議の同意記録、銀行・印章・システムの権限一覧の七つを照合します。この七つは、この連載で扱った紛争のほとんどで争点になった記録です。形式上の名簿や規程と実際の運用がずれている箇所(株主名簿にない人が配当を受けている、任期が切れた役員が登記されたまま、議事録の出席者が実際と違う、退任した役員が銀行の権限を持ったまま)を見つけたら、その年のうちに是正します。
紛争の和解で合意した情報提供の義務や、将来の買取りの条件、保証解除の協力義務も、担当者、期限、必要な資料を定めて通常の業務に組み込みます。和解書だけが金庫に保管され、翌年には誰も履行状況を確認していないという状態は、和解を次の紛争の火種に変えます。
実務チェック
- 紛争の原因を七つの項目に当てはめて記録し、それぞれに対応する改善策を割り当てる。
- 定款で定めるべき事項と株主間契約で補う事項を区別し、契約の効力と会社法上の効力を混同しない。
- 役員の任期表と登記の期限を管理し、休眠会社のみなし解散と過料を避ける。
- 決議の実体(招集、参加、同意)と記録を一致させ、書面決議の同意書と議事録を法定の期間備え置く。
- 年次点検と、増資・役員交代・相続・大型取引の際の更新を担当者に割り当て、和解で合意した義務の履行状況も点検に含める。
よくある質問
小さな会社にも株主間契約が必要ですか。
常に同じ契約が必要なわけではありません。株主が一人の会社には不要ですし、家族だけの会社でも、共同経営や承継の具体的なリスクがあるかどうかで必要な範囲が変わります。共同経営者がいる、相続で株式が分散する見込みがある、経営に関わらない株主がいるという会社では、対立時の手順、情報提供、退出の条件の三つを定めた簡潔な契約が、後の紛争の費用に比べればはるかに安価です。
書面決議は紛争の原因になるので避けるべきですか。
避ける必要はありません。議決権を行使できる株主全員の書面または電磁的記録による同意(319条)、定款の定めに基づく取締役全員の同意(370条)という法定の要件を満たし、提案、同意、日付を記録して保存すれば、有効な運営方法です。紛争の原因になるのは書面決議そのものではなく、実際の手続をせずに議事録だけを作る運用です。
紛争が終わった後、相手だった株主とどのように付き合えばよいですか。
共同保有を続けるなら、和解で合意した情報提供と協議の手順を、感情とは切り離して淡々と履行することです。定期的な決算の説明、質問への回答、重要事項の事前協議を約束どおりに続ければ、法的な請求に至る前に多くの不信は解消します。逆に、和解直後は履行していても翌年から怠れば、相手は再び閲覧請求や検査役の申立てに戻ります。約束した手順を通常の業務に組み込み、担当者を決めておくことが、関係を安定させる最も確実な方法です。
この講の主な根拠・判例原文
- 会社法〔e-Gov法令検索〕2条9号、106条、107〜109条、116条、121条、125条、136〜145条、156条、160条、164条、174条、299条、309条2項・4項、318条、319条、332条、336条、339条2項、346条、356条、358条、361条、365条、368〜371条、389条、423条、430条の2、430条の3、433条、442条、454条、461条、466条、472条、473条、915条、976条1号・8号
- 法人版事業承継税制〔中小企業庁〕特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)と特例措置の適用期限(令和9年12月31日)
- 事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則〔中小企業庁〕事業承継時の保証の取扱い、前経営者の保証解除
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。
公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日