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『企業内部紛争36講 ― 経営権争いの教科書 ―』【第10講】

代表者登記・実印・銀行口座をどう守るか ― 法的な権限と対外的な外観を一致させる―

第10講 代表者の登記・実印・銀行口座をどう守るか|明徳法律事務所

第10講役員・機関・意思決定

代表者の登記・実印・銀行口座をどう守るか

法的な権限と対外的な外観を一致させる

明徳法律事務所 弁護士 坂本龍亮読了目安 20分

この講の結論

代表者の登記、会社の実印、銀行口座の利用権限は、いずれも会社を動かすうえで欠かせない道具ですが、そのどれも代表権そのものではありません。代表権は、株主総会や取締役会の適法な決議によって生じ、辞任や解職によって失われます。登記や実印は、その実体を外部に示す手段にすぎません。内紛が起きたときにまず確認すべきは、実体上の役員の地位がどうなっているかであり、そのうえで登記の是正、印章と認証情報の管理、銀行や取引先への説明を、順序を決めて進めます。

同時に、会社法908条や354条のように誤った外観を信じた第三者を保護する規律があるため、実体と食い違う外観を放置すること自体が会社の負担になることも忘れてはなりません。

登記で分かること、分からないこと

株式会社の登記事項証明書からは、商号、本店、目的、資本金の額、発行済株式の総数、株式の譲渡制限、取締役会や監査役の有無といった機関設計、取締役の氏名、代表取締役の氏名と住所、役員の就任や退任の年月日などを確認できます(会社法911条3項)。役員の職務執行停止や職務代行者選任の仮処分がされていれば、それも登記されます(917条)。令和6年10月1日からは、申出により代表取締役等の住所のうち市区町村までしか表示しない措置(代表取締役等住所非表示措置。商業登記規則31条の3)が設けられましたので、住所が途中までしか記載されていない証明書を見ても不自然に思う必要はありません。

他方で、登記からは分からないことも多くあります。誰が株主で、どれだけの議決権を持っているかは株主名簿の問題であり、登記事項ではありません。取締役を選任した株主総会や代表取締役を選定した取締役会が実際に適法に開かれたのか、辞任届が本人の真意によるものなのかも、登記からは読み取れません。登記官は、申請書と添付書面が法令の定める形式を満たしているかを審査し、申請人でない者が申請していると疑うに足りる相当な理由があるときは本人確認の調査を行いますが(商業登記法23条の2、24条)、会社内部の実体的な争いに立ち入って決議の有効性を判断する立場にはありません。したがって「登記されている」ことは「その選任が有効である」ことの証明にはなりませんし、逆に「登記されていない」ことが「その地位にない」ことを意味するわけでもありません。

身に覚えのない役員変更の登記を見つけたときは、まず履歴事項全部証明書を取得して、変更の前後の登記事項と、登記の原因年月日および登記年月日を保存します。登記簿の附属書類(議事録や辞任届など申請に添付された書面)は、閲覧について利害関係を有する者であれば手数料を納めて閲覧を請求できますので(商業登記法11条の2)、どのような議事録や辞任届が添付されたのかを早い段階で確認しておきます。不正な申請が予想される段階であれば、不正登記防止申出という制度もあります。会社の代表者が登記所に出頭し、警察への相談など理由に対応する措置を執っていることを示して申し出ると、登記官が相当と認めた場合には、申出から3か月以内にその登記の申請があったときに本人確認の調査が行われ、申出人にも申請があった旨が通知されます(商業登記等事務取扱手続準則49条)。ただし、この申出は申請を当然に却下させるものではなく、実体上の争いを解決する手段でもありません。申出をするのは登記上の会社代表者ですから、まだ登記されていない後任者の側からは使いにくい面もあります。法務局への相談は、あくまで入口です。

未登記と不実登記――会社法908条

会社法908条1項は、登記すべき事項は登記の後でなければ善意の第三者に対抗できないと定め、登記の後であっても、第三者が正当な事由によって登記があることを知らなかったときは同様とします。代表取締役の退任や解職は登記事項ですから、退任登記をしないままでいる間は、会社は、退任の事実を知らない第三者に対して「その人はもう代表者ではない」と主張できません。退任登記を済ませた後は、第三者が登記を見ていなかったとしても、原則として退任を対抗できます。ここでいう正当な事由は、災害による交通の途絶のように登記簿の調査を客観的に妨げる事情に限られると解されており、単に多忙で確認しなかったというだけでは足りません。

最高裁は、退任登記がされた元代表取締役が会社名義で振り出した約束手形について、退任と代表権の喪失は登記事項であるから会社法908条1項に当たる規定のみが適用され、民法112条(代理権消滅後の表見代理)を適用する余地はないと判断しています(最判昭和49年3月22日民集28巻2号368頁)。登記を済ませることが、元代表者による会社名義の行為から会社を守る最も確実な手段だということです。逆に言えば、解職や辞任があったのに登記を放置していると、その間の元代表者の行為について、会社が責任を負う場面が広がります。

908条2項は、故意または過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることを善意の第三者に対抗できないと定めます。ここで「登記した者」とは登記を申請した会社であり、無断で偽造書類を使って登記された場合のように会社に故意も過失もないときには、この規定は働きません。ただし、最高裁は、取締役でない者が就任登記に承諾を与えていた場合について、自らも不実の登記の出現に加功した者として同項を類推適用し、善意の第三者に対して取締役でないことを主張できないとしています(最判昭和47年6月15日民集26巻5号984頁)。辞任したのに登記が残っている取締役については、原則として第三者への責任を負わないものの、辞任後もなお積極的に取締役としての対外的または内部的な行為をあえてした場合や、不実の登記を残存させることに明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情があれば、同項の類推適用により責任を負うとされています(最判昭和62年4月16日判時1248号127頁、最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)。内紛で「自分は辞めたはずだ」と主張する側も、登記を放置したまま名義の利用を黙認したり、辞めたはずの肩書で振る舞ったりしていると、この規律が不利に働きます。

会社実印・印鑑カード・電子証明書

会社の実印と呼ばれるものは、登記所に提出した印鑑です(商業登記規則9条)。印鑑を提出した者は、手数料を納めて印鑑証明書の交付を請求できます(商業登記法12条1項)。印鑑証明書の交付を受けるには、印鑑カードの提示が必要です(商業登記規則22条2項、9条の4)。令和3年2月15日以降、オンラインで登記を申請する場合には印鑑の提出が任意になりましたが、書面で申請する場合や、契約、融資、行政手続で法人の実印と印鑑証明書を求められる場面は依然として多く、多くの会社は依然として印鑑を提出しています。会社には、このほかに銀行に届け出た銀行印や、請求書などに押す角印、電子印影のデータもあり、内紛ではそれぞれの所在を確認する必要があります。

この制度で押さえておくべき点が二つあります。第一に、印鑑は会社に一つあるのではなく、代表者ごとに提出されます。印鑑証明書は「この会社の代表取締役である誰々の印鑑」を証明する書面であり、代表者が交代すれば、新しい代表者が自分の印鑑を提出し直します。前任者から同じ印章を引き継いで使うこともできますし、別の印章を新たに提出することもできます。第二に、登記が変わるまでは、前任者が印鑑カードを持っていれば印鑑証明書を取り続けることができるということです。解職や辞任の効力が生じていても、退任登記が完了していなければ、登記所は登記上の代表者として印鑑証明書を交付します。したがって、代表者を交代させた側にとっては、退任と就任の登記を速やかに完了させることが、印章の問題への最初の対処になります。

前任者が実印、印鑑カード、通帳などを渡さない場合でも、後任の代表者が就任の登記をし、新しい印章を作成して印鑑届をすれば、印鑑証明書を受けられるようになります。印鑑届は就任の登記の申請と同時に出すことができます。印鑑カードは、前任者が資格を喪失したときに後任者が申出により承継することもできますが(商業登記規則9条の4第3項)、前任者がカードを手放さない場面では承継せず、新規に交付を受けるべきです。承継すると、旧カードで新しい印鑑の証明書が取れてしまいます。ただし、登記の申請には注意が必要です。代表取締役の就任による変更の登記には、その選定に係る議事録などに押した議長や出席取締役、出席監査役の印鑑について市区町村長の印鑑証明書を添付しなければならず、変更前の代表取締役が登記所に提出している印鑑を押している場合に限って添付が省略されます(商業登記規則61条6項)。取締役会設置会社では、再任の場合を除き、新しい代表取締役の就任承諾書にも個人の実印を押して印鑑証明書を添付する必要があり、これは前任者が協力しても省略されません(同条4項・5項)。代表取締役の辞任による変更の登記も、辞任届に登記所提出印を押すか、個人の実印を押して印鑑証明書を添付することが求められます(同条8項)。前任者が協力しない内紛では、出席した取締役と監査役の全員について個人の実印と印鑑証明書を揃えなければなりません。そして、申請から登記の完了までには通常1週間から2週間ほどかかり、その間は印鑑証明書も銀行の手続も動きませんので、この空白期間の決済をどう回すかを、申請の前に考えておきます。

電子証明書についても同じ整理です。商業登記に基づく電子証明書(商業登記法12条の2)は代表者個人に対して発行されるもので、同一人の重任のように証明事項が変わらない場合には影響がなく、商号や本店の変更のように記録事項が変わった場合には残りの証明期間について再発行を受けられますが、代表者が別の人に交代した場合には失効し、後任者が新たに発行を受けることになります。会社が電子契約や行政手続で電子証明書を使っていたなら、後任者の名義で取り直すことを引継ぎ項目に入れます。

印章については、持っている者に権限があるように見えやすいのが実務の難しさです。しかし、実印を持っていることと代表権があることは別です。会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限は代表取締役に属し(会社法349条4項)、印章はその権限を行使するための道具にすぎません。代表権のない者が会社の印章を使って作った契約書は、それだけで会社に効力を及ぼすものではなく、代表権の有無、表見代表取締役や表見代理の規律、相手方の善意悪意によって効力が判断されますし、無断で会社名義の文書を作成する行為は刑事上の問題にもなり得ます。印章の管理者、保管場所、使用履歴を記録し、無断使用のおそれがあれば印章の変更や、会社の所有物としての返還請求を検討します。印章を変えたからといって、既に締結された契約の効力が自動的に失われるわけではありません。取引先への通知は、これとは別に行います。

銀行口座と決済の権限

会社の預金口座の名義人は会社です。代表者が交代しても口座の帰属は変わりませんが、銀行に対する届出(代表者名、届出印、取引担当者、インターネットバンキングの利用者や承認者、電子証明書やトークン)は、届け出ている内容のとおりに扱われます。多くの銀行は、代表者の変更届に登記事項証明書、届出印、来店者の本人確認書類などを求め、当座預金や融資の取引があれば会社の印鑑証明書も求めます。ここでも、登記が完了していなければ手続は進みません。融資を受けている会社では、金銭消費貸借契約や銀行取引約定に代表者変更の届出義務が定められているのが通例ですし、前任者が経営者保証をしていれば、代表者の交代によって保証が当然に外れるわけではなく、保証の解除や差替えは銀行との別の交渉になります。手形帳や小切手帳、法人カード、電子記録債権の利用者権限も、回収と変更の対象です。

銀行は、預金規定に基づき、払戻請求書などに押された印影を届出の印鑑と照合して相違ないと認めて支払ったときは、その支払について責任を負わない旨を定めているのが通例です。民法478条も、受領権者としての外観を有する者に善意無過失で弁済した場合の効力を認めています。したがって、届出印や利用者IDを前任者が保持したままでは、会社の意思に反する払戻しや振込がされる危険が続きます。他方で、代表者の地位に争いがあることを銀行が知ると、銀行はどちらの主張にも与せず、疑義が解消するまで取引を止めることが少なくありません。誰に払えばよいか分からない預金について、銀行が債権者不確知を理由に供託する(民法494条2項)ことも制度上はあり得ます。給与、社会保険料、仕入代金、借入金の返済が止まれば、事業への打撃は内紛そのものより大きくなりかねません。

そこで、銀行への対応は、権限の主張ではなく資料の提示で進めます。選定または解職の決議の議事録、就任承諾書、登記事項証明書、仮処分や判決があればその正本を揃えて、銀行が求める届出の変更手続を行い、あわせて当面の資金繰りに必要な支払を止めないための方法を協議します。争っている相手方に対して「口座に触るな」という通知を送ることはできますが、銀行がそれに従う義務はありません。銀行が見るのは登記と届出であり、その二つを整えることが最も早く確実です。インターネットバンキングについては、前任者に紐づく利用者IDや承認権限を停止し、承認者を変更したうえで、操作ログを保存します。

電子契約・クラウド・認証情報

電子契約サービス、会計や労務のクラウド、行政手続の電子申請、電子申告、社会保険の電子手続などは、いずれもサービスごとに本人確認と権限の移管方法が異なります。管理者権限が前任者の個人メールアドレスに紐づいているケースは珍しくなく、引継ぎを怠ると、代表者が変わった後も前任者が会社の契約書に電子署名をしたり、会計データを閲覧したりできる状態が続きます。

ここで避けるべきなのは、前任者のIDとパスワードをそのまま使い続けることや、後任者にそれを渡すことです。アクセス制御機能のある電子計算機に、他人の識別符号を入力してアクセスする行為は、その識別符号の利用権者や管理者の承諾がない限り不正アクセス行為に当たり、3年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になります(不正アクセス行為の禁止等に関する法律2条4項1号、3条、11条)。業務その他正当な理由がないのに他人の識別符号を第三者に提供する行為も禁止されています(同法5条)。会社の管理者権限をサービス事業者所定の手続で後任者に移管するか、新しいアカウントを発行して前任者のアカウントを停止するのが原則です。税務署や自治体への異動届、社会保険や労働保険の事業所関係の変更届、建設業許可などの許認可の役員変更届も、期限を確認して進めます。権限の変更は、いつ、誰が、何を変更したかのログを残しながら行い、後日「勝手にデータを消した」「無断で契約を結んだ」と争われたときに説明できる状態にしておきます。

表見代表取締役と取引の安全

会社法354条は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、その取締役がした行為について、会社が善意の第三者に対して責任を負うと定めます。代表権がなくても、会社がそのような肩書を与えていれば、肩書を信じた相手方との関係では会社が責任を負います。判例は、第三者は善意であれば足り無過失までは要しないとしつつ(最判昭和41年11月10日民集20巻9号1771頁)、代表権がないことを知らなかったことについて重大な過失がある第三者は悪意の者と同視され、会社は責任を負わないとしています(最判昭和52年10月14日民集31巻6号825頁)。取締役でない使用人に代表取締役の承認のもとで常務取締役の名称を使わせていた場合(最判昭和35年10月14日民集14巻12号2499頁)、「代表取締役代行者」という名称の使用を認められた者の行為(最判昭和44年11月27日民集23巻11号2301頁)、無効な取締役会決議によって選定された代表取締役の行為(最判昭和56年4月24日判時1001号110頁)にも、この規定が類推適用されています。他方で、この規定は取引の安全を図るものであり、訴訟における会社の代表権の有無を判断する場面には適用されません(最判昭和45年12月15日民集24巻13号2072頁)。

内紛の場面でこの規律が意味を持つのは、会社が「名称を付した」といえるかどうかです。本人が勝手に社長を名乗った場合と、会社がその名称の使用を認めたり黙認したりしていた場合とでは、扱いが異なります。解職された前任者の名刺、ウェブサイトの代表者紹介、契約書の署名欄、取引先への連絡窓口がそのまま残っていれば、会社が肩書の使用を容認していたと評価される材料になります。代表者を交代させた側は、登記の完了とあわせて、対外的な表示を正確なものに更新します。前任者が退任後も代表取締役を名乗って取引先に接触しているなら、名称の使用をやめるよう書面で求め、応じなければ差止めを検討するとともに、主要な取引先には登記事項証明書を添えて事実を通知します。

ただし、ここには反対方向の注意もあります。代表権の有無をまさに争っている最中に、一方の当事者が「前社長は解任された」「現在の代表者は無権限である」といった内容を、確定した事実であるかのように取引先や社員に広く発表すると、後に決議が無効と判断されたときに、名誉や信用を害したという新たな争点を生みます。対外的な説明は、「何月何日の取締役会で解職の決議がされ、何月何日に登記が完了した」というように、根拠となる事実と手続を示す形で行い、評価にわたる表現は控えます。

登記の是正と仮処分

実体と合わない登記を是正する手順は、争いの形によって異なります。前任者が解職や辞任を認めており、単に登記が遅れているだけであれば、通常の変更登記の申請で足ります。役員の変更の登記は、変更が生じた日から2週間以内にしなければならず(会社法915条1項)、登記を怠った取締役は100万円以下の過料の対象になります(976条1号)。内紛を理由に期限が延びることはありませんので、争いのある事項についても、申請できる部分から順に登記を進めます。辞任した役員について会社が退任登記をしない場合には、辞任した役員が会社を相手に退任登記の手続を求める訴えを提起し、確定判決によって会社の申請の意思表示があったものとみなして(民事執行法177条)登記を申請する方法もあります。

選任や解職の決議自体の効力が争われている場合には、決議の無効確認、不存在確認または取消しの訴えの認容判決が確定したときに、裁判所書記官が職権で登記所に登記を嘱託します(937条1項1号ト)。登記された事項について無効の原因があることを理由に当事者が抹消を申請する制度もありますが(商業登記法134条1項2号)、訴えをもってのみ無効を主張できる場合は除かれており、また登記官が実体的な争いに立ち入って判断する立場にないため、争いのある事案では判決を得て嘱託登記によって是正するのが通常です。不正な登記が完了してしまった後は、この是正とあわせて、その登記を信じた第三者との関係の整理と、登記をした者への損害賠償の請求を検討します。

判決を待てない場面では、取締役や代表取締役の職務執行の停止と職務代行者の選任を求める仮処分を検討します。仮処分命令が発せられると、裁判所書記官が登記所にその登記を嘱託し(民事保全法56条)、会社の登記に職務執行停止や職務代行者選任の旨が記録されます(会社法917条)。これにより、登記上の代表者が登記を根拠に取引や銀行手続を進めることを止められます。選任された職務代行者は、仮処分命令に別段の定めがない限り、会社の常務に属しない行為をするには裁判所の許可を要し、これに違反した行為は無効ですが、会社はその無効を善意の第三者に対抗できません(352条)。代表取締役としての職務だけを停止するのか、取締役としての職務も停止するのかによって効果が異なる点は、第26講で扱います。仮処分が変更または取り消されたときはその決定も嘱託により登記されますが、本案の終了などによって仮処分が効力を失ったときの登記の抹消は、裁判所の嘱託によらず会社の側で申請しなければならない場合がありますので、裁判の終わり方とあわせて登記の後始末まで計画に入れます。

引継ぎ項目を一枚にする

代表者の交代に伴って動かすべき項目は多岐にわたり、しかもそれぞれの完了時期がずれます。次の表は、内紛の中で代表者を交代させる側が最初に作る一覧の例です。

表は横にスクロールできます。

項目確認する資料完了の確認
役員・代表権選任・選定・解職の決議の議事録、就任承諾書、辞任届、定款、株主名簿実体上の有効性の検討、変更登記の完了(履歴事項全部証明書で確認)
登記所の印鑑・証明印鑑届、印鑑カード、商業登記電子証明書後任者の印鑑届と印鑑カードの交付、前任者名義の証明書の扱いの確認
金融機関各口座の届出印、代表者変更届、インターネットバンキングの利用者・承認者設定、トークン、融資関係書類銀行ごとの受付と変更完了の確認、前任者のIDの停止
電子契約・クラウド・行政手続管理者アカウント、電子証明書、契約名義、連絡先メールアドレス事業者所定の手続による移管、前任者アカウントの停止、ログの保存
税務・社会保険・許認可異動届出書、社会保険・労働保険の変更届、許認可の役員変更届、電子申告や行政手続の識別番号と暗証番号各届出の提出と受付の控え、識別番号等の後任者への引継ぎ
対外的な表示名刺、ウェブサイト、契約書式、請求書、取引先への連絡窓口登記完了後の更新、主要取引先への事実に即した通知
裁判手続仮処分決定、判決、嘱託登記の記録手続の終了時に必要となる登記の整理

PRACTICE NOTE

登記・銀行・社内権限を一枚で照合する

代表者の交代をめぐる相談では、「決議はしたが登記はまだ」「登記は済んだが銀行は前の社長のまま」「銀行の届出は変えたがネットバンキングの承認者は前任者」といった食い違いが必ずといってよいほど見つかります。新旧の代表者、解職または選定の決議の日、就任承諾の日、登記の申請日と完了日、各銀行の届出変更日、電子証明書の取得日、送金の承認権限の変更日を一つの時系列に並べてみると、どの期間に誰が何をできる状態だったかが見えてきます。この時系列は、後日、前任者が行った取引の効力や、その間の資金移動の正当性を検証するときの基礎資料になります。

銀行から資料の提出や取引の制限を求められたときは、法的な代表権の有無という問題と、銀行が必要とする本人確認や届出が完了したかという問題を分けて考えます。前者について銀行を説得しようとするより、後者を淡々と整えるほうが早く事態が動きます。争いのある権限を断定する通知を大量に送るのではなく、決議、登記、裁判所の決定といった根拠を示す説明を用意し、あわせて会社の給与や決済の予定表を持参して、止めてはならない支払について協議します。

実務チェック

  • 履歴事項全部証明書を取得し、登記と、決議・辞任・就任承諾の実体を照合する。
  • 解職や辞任があれば、退任と就任の登記を2週間以内に申請し、必要な印鑑証明書を揃える。
  • 印章、印鑑カード、電子証明書、認証情報の所在と使用履歴を記録し、後任者名義に切り替える。
  • 銀行の届出変更と代表者登記を別の作業として管理し、インターネットバンキングの権限も見直す。
  • 対外的な表示は登記完了後に更新し、争いのある事項を断定する発表は控える。
  • 仮処分や判決で手続が終わるときも、停止・代行者・是正の登記まで整理する。
  • 紛争が続く間は、登記情報提供サービスなどで履歴事項を定期的に確認する。

よくある質問

登記上の社長なら、必ず正当な代表者ですか。

そうとは限りません。登記官は申請書類の形式を審査するだけで、選任決議の有効性を判断するわけではありませんから、登記と実体が食い違うことはあります。他方で、登記されている代表者と取引した第三者は会社法908条や354条によって保護される場面がありますので、会社の内部で「あの登記は無効だ」と主張するだけで外部との取引がすべて消えるわけでもありません。実体を確定させる手続と、登記を是正する手続の両方が必要です。

旧社長の実印を変更すれば、旧社長の契約を止められますか。

退任と就任の登記を完了させ、後任者の印鑑を登記所に届け出れば、旧社長は印鑑証明書を取ることができなくなり、新たな無断利用の防止には役立ちます。しかし、印章を変えても、旧社長が結んだ契約の効力が自動的に失われるわけではなく、その契約は、締結時点の代表権の有無、退任登記の有無、表見代表取締役の規律、相手方の善意悪意によって個別に判断されます。旧社長の行為から会社を守るうえで最も効果があるのは、退任登記を速やかに完了させることです。

前社長が印鑑カードと通帳を持ち出したまま返しません。

後任の代表者が就任の登記をして新しい印鑑を届け出れば、前社長の協力がなくても印鑑証明書を受けられるようになります。銀行についても、登記事項証明書と新しい届出印で代表者変更と届出印の変更を行い、通帳やキャッシュカードは再発行を受けます。持ち出された印章や通帳は会社の所有物ですから、返還を求めることができ、緊急性があれば仮処分も検討します。あわせて、持ち出しから変更完了までの間の口座の入出金を取引明細で確認し、不審な資金移動がないかを点検します。

この講の主な根拠条文・裁判例

  • 会社法〔e-Gov法令検索〕349条、352条、354条、908条、911条、915条、917条、937条、976条
  • 商業登記法〔e-Gov法令検索〕11条の2、12条、12条の2、23条の2、24条、134条
  • 商業登記規則〔e-Gov法令検索〕9条、9条の4、22条、31条の3、61条
  • 民事保全法〔e-Gov法令検索〕56条
  • 民事執行法〔e-Gov法令検索〕177条
  • 民法〔e-Gov法令検索〕112条、478条、494条
  • 不正アクセス行為の禁止等に関する法律〔e-Gov法令検索〕2条4項、3条、5条、11条
  • 法務省「代表取締役等住所非表示措置について」令和6年10月1日施行の住所非表示措置の概要
  • 法務省「商業登記規則が改正され、オンライン申請がより便利になりました(令和3年2月15日から)」オンライン申請における印鑑提出の任意化
  • 商業登記等事務取扱手続準則(平成17年3月2日付け法務省民商第500号民事局長通達)〔法務省PDF〕49条(不正登記防止申出)
  • 最判昭和35年10月14日民集14巻12号2499頁取締役でない使用人に代表取締役の承認のもとで常務取締役の名称を使用させていた場合に表見代表取締役の規定を類推適用した判例
  • 最判昭和41年11月10日民集20巻9号1771頁表見代表取締役の規定による会社の責任について、第三者は善意であれば足り無過失を要しないとした判例
  • 最判昭和44年11月27日民集23巻11号2301頁「代表取締役代行者」の名称の使用を認められた者の行為について表見代表取締役の規定を類推適用した判例
  • 最判昭和56年4月24日判時1001号110頁無効な取締役会決議によって選定された代表取締役の行為について表見代表取締役の規定を類推適用した判例
  • 最判昭和45年12月15日民集24巻13号2072頁表見代表取締役の規定は訴訟上の代表権の有無の判断には適用されないとした判例
  • 最判昭和47年6月15日民集26巻5号984頁取締役就任の登記に承諾を与えた者は、不実登記に関する規定の類推適用により、善意の第三者に対して取締役でないことを対抗できないとした判例
  • 最判昭和49年3月22日民集28巻2号368頁代表取締役の退任登記後は商業登記の効力に関する規定のみが適用され、民法112条を適用する余地はないとした判例
  • 最判昭和52年10月14日民集31巻6号825頁代表権がないことを知らなかったことに重大な過失がある第三者は悪意の者と同視され、会社は表見代表取締役の規定による責任を負わないとした判例
  • 最判昭和62年4月16日判時1248号127頁、最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁辞任登記未了の取締役は原則として第三者に責任を負わないが、辞任後も積極的に取締役として行為した場合や、不実の登記を残存させることに明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情があれば不実登記に関する規定の類推適用により責任を負うとした判例

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。

公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日

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