第26講裁判・保全・刑事対応
役員の職務をいったん止める仮処分
役員の地位を争う間の会社運営
この講の結論
役員の地位を争う本案訴訟の判決が出るまでには時間がかかります。その間、争われている役員が会社の資産を処分し、取引先や従業員との関係を変えてしまえば、勝訴しても取り返しがつきません。取締役や代表取締役の職務執行を停止し、必要に応じて職務代行者を選任する仮処分は、この空白を埋める制度です。仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)の一種であり、役員の地位に関する本案の請求権(選任決議の取消し・無効・不存在、解任の訴え、地位不存在の確認など)と、判決を待てないほどの著しい損害または急迫の危険を、評価ではなく具体的な事実を資料で示して疎明しなければなりません。「社長が信用できない」という評価だけでは足りません。代表取締役の職務だけを止めるのか、取締役としての職務も止めるのか、代行者が必要か、代行者に何をさせるのかを、本案の請求と会社の運営の両面から設計します。代行者は裁判所が選ぶ中立の弁護士であり、申立人の意向で会社の体制を変える道具ではありません。
本案の権利関係を確認する
職務執行停止の仮処分は、本案訴訟で争う権利関係を前提とします。東京地裁商事部の記載例が挙げる被保全権利の類型は、取締役選任決議の不存在確認・無効確認・取消しの訴え(会社法830条、831条)、役員解任の訴え(854条)、取締役の地位不存在確認の訴え、代表取締役選定決議の不存在確認・無効確認の訴えの四つで、申立てではいずれを本案とするかを明示します。「不適切な経営をしている」「信用できない」という評価は本案の請求権にならず、その役員の地位そのものを否定する法的な根拠が必要です。選任決議の瑕疵を主張する場合は、事実上まったくの不存在を主張する場合を除き、瑕疵の具体的な内容を特定して疎明します。第12講と第13講で扱った招集手続や決議方法の瑕疵、第7講で扱った地位の始期と終期が、ここで生きてきます。
解任の訴えを本案とする場合には、854条1項の要件、すなわち職務執行に関する不正の行為または法令・定款違反の重大な事実があること、解任議案が株主総会で否決され(または解任決議が効力を生じず)、総会の日から30日以内であること、申立人が議決権または発行済株式の3%以上を(公開会社では6か月前から引き続き)保有することを疎明します。総会の前に申し立てる場合には、東京地裁の記載例は、解任のための株主総会の招集手続が既にとられていることと、株主構成からみて解任議案が否決されることが確実であることの具体的な主張と疎明を求めています。任期満了や辞任の後に後任が選任されず権利義務役員として職務を続けている者(346条1項)については、最高裁は解任の訴え(854条)の対象にならないとしており(最判平成20年2月26日[出典])、不適任を理由とする職務執行停止の仮処分も本案を欠くことになります。権利義務役員の不適任は、後任を選ぶ手続か、利害関係人の申立てによる一時役員の選任(346条2項)で解決します。他方、任期満了や辞任の有無そのものが争われている場合には、地位不存在確認を本案とする仮処分の余地があります。
保全の必要性を具体化する
保全の必要性は、本案の判決を待つと、どの取引で、いつ、どのような損害や危険が会社に生じるかを、具体的な資料に結び付けて示します。記載例が典型として挙げるのは、会社の信用が従前の代表者個人の信用に基礎を置いており、現在の役員のもとでは対外的な信用が失われるおそれがある場合、現在の役員に経営の能力が欠けている場合、現在の役員が自分または第三者の利益を図る目的で会社財産を処分しようとしている場合です。重要な不動産の売却について買主と接触している(契約書の案や仲介業者とのやり取り)、会社の預金を関連会社に移そうとしている(送金の指示や稟議)、主要な取引先との契約を切り替えようとしている(取引先からの連絡)、帳簿や電子データへのアクセスを遮断している(社内の通信記録)といった形で、事実と裏付け資料を対応させて示します。東京地裁の記載例は、これらの主張が具体的かつ明確にされ、疎明も相当高い客観性をもってされることを求めています。仮の地位を定める仮処分は、原則として相手方が立ち会える審尋の期日を経なければ発令されませんから(民事保全法23条4項)、相手方の反論を織り込んだ資料を用意します。
選任に法的な瑕疵があるというだけでは、保全の必要性は認められません。現状のまま本案の判決を待てるのであれば仮処分は不要ですし、特定の行為だけを止めれば足りるのであれば、第27講で扱う差止めの仮処分の方が会社への影響が小さく、認められやすいこともあります。仮の地位を定める仮処分の要件は「著しい損害又は急迫の危険」(民事保全法23条2項)であり、株主による差止請求の要件である「著しい損害」や「回復することができない損害」(360条)とは別の要件ですから、両者を混同して主張を組み立てないようにします。
停止の対象と代行者
停止の対象は、代表取締役としての職務に限るか、取締役としての職務も含めるかで、効果が異なります。代表取締役の職務だけを止めれば、その者は会社を代表して契約や支払をすることはできなくなりますが、取締役として取締役会に出席し、議決に加わることはできます。取締役としての職務も止めれば、取締役会への出席と議決もできなくなります。停止中の取締役は取締役会の定足数の算定の基礎からも除かれるとする見解が有力ですが、明文の規定はないため、実務では、停止されない取締役と併せて取締役会を有効に開催できる人数の職務代行者を選任してもらい、定足数の問題を残さないようにします。求める本案の請求(代表取締役選定決議の無効か、取締役選任決議の取消しか)と対応させて範囲を決め、会社の運営に必要以上の空白を作らないようにします。
職務代行者が必要かどうかは、ほかに適法な代表者がいるか、取締役会が成立するか、日常の業務を誰が担えるかによって決まります。代行者の人数は、職務を停止される取締役の人数と同じである必要はなく、職務を停止されない取締役と併せて取締役会を有効に開催し決議できる人数で足ります。代行者は裁判所が利害関係のない者、通常は弁護士の中から選任し、申立人の推薦を受け付けない運用が一般的です。申立人が希望する人物が当然に選ばれる制度ではなく、選ばれた代行者は中立の立場で職務を行い、必ずしも申立人の意向に従うわけではありません。この点を依頼者に最初に説明しておかないと、発令後に「代行者が動いてくれない」という不満が生じます。
職務代行者の権限
仮処分命令により選任された取締役または代表取締役の職務代行者は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に属しない行為をするには裁判所の許可を得なければなりません(352条1項)。これに違反した行為は無効ですが、会社はこれをもって善意の第三者に対抗できません(同条2項)。「常務」とは、その会社として日常行われるべき通常の業務をいい、最高裁は、取締役の解任を目的とする臨時株主総会の招集は常務に属しない行為に当たり、それが少数株主の招集請求に基づく場合であっても同様であるとしています(最判昭和50年6月27日[出典]。旧商法下の判例ですが、現行352条1項も同じ規律です)。計算書類の承認などを議題とする定時株主総会の招集や、通常の仕入れ・販売・給与の支払・既存契約の履行は常務に属しますが、定時総会であっても役員の選任・解任議案を付議する場合は許可を得るのが実務です。事業の譲渡、重要な資産の処分、新たな借入れ、役員構成を変える総会の招集、会社の重要な権利を処分する内容の訴訟上の和解(役員の地位を争う本案訴訟の和解を含みます)などは、許可を要する行為と考えておくべきです。
この規律から分かるように、職務代行者は会社を現状のまま維持するために置かれるのであって、代行者を通じて役員を入れ替え、会社の体制を変えることはできません。役員構成を変えたいのであれば、本案で地位を確定させるか、株主総会で正規に選任すべきであり、代行者に許可を得て臨時総会を招集させる場合でも、裁判所は本案の争いに影響する行為には慎重です。なお、仮処分の後に株主総会で新たに取締役が選任されても、仮処分が取り消されない限り職務代行者の権限は失われないとした判例があります(最判昭和45年11月6日民集24巻12号1744頁)。
準備する資料と費用
申立てに備えて集める資料と、相手方が確認する事項は、争点ごとに次のように整理できます。
表は横にスクロールできます。
| 争点 | 申立側が用意する資料 | 相手方が確認・反論する事項 |
|---|---|---|
| 申立人の株主資格 | 株主名簿、株券、原始定款、株式引受けや払込みの資料、法人税申告書の別表 | 名義と実質、譲渡承認の有無、相続による準共有(第14講) |
| 役員の地位 | 定款、登記事項証明書、株主総会・取締役会議事録、就任承諾書、任期の計算 | 有効な選任の存在、任期、権利義務役員としての地位 |
| 決議の瑕疵 | 招集通知、出席と投票の記録、議事録、当事者間の通信、登記所で閲覧した登記申請書と添付書類 | 手続の実体、瑕疵の程度、裁量棄却の余地 |
| 損害・危険 | 資産処分の予定を示す資料、送金記録、取引先からの連絡、決算書と月次推移、陳述書 | 緊急性の欠如、代替措置の存在、停止によって会社に生じる損害 |
| 代行者の必要性 | 機関構成、ほかの代表者の有無、業務と資金繰りの予定 | ほかの代表者による運営の可能性、代行者の費用負担 |
選任決議の瑕疵を主張する場合、登記所で登記簿の附属書類(登記申請書と添付された議事録など)を閲覧して、登記に使われた議事録の内容を確かめておくことが有益です。費用の面では、担保金のほか、職務代行者の報酬を申立人が予納する必要があります。東京地裁商事部では、担保の目安として会社について100万円から150万円程度、取締役について30万円から50万円程度、代行者の報酬の予納として6か月分相当額程度を求める運用が示されており、事案によって追納を求められることもあります。代行者は会社の機関として職務を行うため、その報酬は本来会社が負担すべきものと考えられていますが、申立ての時点では申立人が予納しなければならず、予納金が会社から償還されるかは事案と会社の資金状況によります。申立ての時点で資金を用意できるかが、申立ての可否と代行者の人数を左右します。
発令後の実務
仮処分命令が発令されると、裁判所書記官が会社の本店所在地の登記所に登記を嘱託し(民事保全法56条)、職務執行停止と職務代行者の選任が登記されます(会社法917条)。仮処分の効力は登記を待たずに生じますが、登記の前は、仮処分を知らない善意の第三者に職務執行停止を主張できません(会社法908条1項)。登記がされて初めて、原則として善意の第三者にも主張できる状態になります。もっとも、登記が変わったからといって、銀行の届出印や口座の権限者、電子証明書、契約の窓口が自動的に切り替わるわけではありません。第10講で扱ったとおり、命令の正本と登記事項証明書を持って、銀行、主要な取引先、行政の許認可窓口に、誰が会社を代表するのかを届け出る作業が必要です。
職務代行者には、支払の予定、係属中の訴訟や交渉、許認可の更新期限、重要な契約の期限、保全した証拠を引き継ぎます。申立人の側から、会社の事業内容や資産状況が分かる資料を提供し、代行者と打合せをして業務を円滑に始められるようにすることが、記載例でも求められています。常務に属しない行為が必要になれば、命令に別段の定めがあるかを確認し、なければ裁判所の許可を得てから進めます。代行者が会社の状況を把握できずに支払や契約が止まれば、仮処分を得た側が会社の信用を損なう結果になりかねません。
不服・本案・終了
仮処分命令に対して、相手方は保全異議(民事保全法26条)を申し立てることができ、異議の決定に対しては保全抗告(41条)ができます。発令後に事情が変われば、相手方は事情変更による取消し(38条)を申し立てることもできます。申立てが却下された場合、申立人は告知から2週間以内に即時抗告ができます(19条1項)。申立人の側も、本案の見通しや会社の状況が変われば、一部取下げなどにより停止の範囲や代行者の要否を見直します。相手方の申立てにより裁判所から起訴命令(37条1項)が出れば、定められた期間(2週間以上)内に本案を提起して証明書面を提出しなければ、相手方の申立てにより仮処分は取り消されますし(同条3項)、起訴命令がなくても、決議取消しの3か月、解任の訴えの30日といった本案固有の期限は仮処分とは無関係に進みます(第25講)。
本案の判決が確定し、または和解が成立しても、仮処分の登記、代行者の職務の清算、報酬の精算が自動的に片付くわけではありません。仮処分の取下げまたは取消決定に基づく登記の抹消(変更や取消しの決定も書記官の嘱託で登記されます)、代行者の報酬の清算、代行者が保管する資料や印章の返還、後任の役員への引継ぎを、和解条項や判決後の手順として決めておきます。
PRACTICE NOTE
代表の職務停止だけでは足りるか
【設例】取締役3名(A、B、C)の会社で、Aが代表取締役です。Aを代表取締役に選定した取締役会決議の効力を争い、Aの代表取締役としての職務を止めたいと考えていますが、Aは取締役でもあります。代表取締役の職務だけを止める命令を得た場合、Aは会社を代表することはできなくなりますが、取締役会には出席でき、B・Cと対立していれば取締役会の運営は変わらず難航します。取締役としての職務も止めるには、Aの取締役としての地位を否定する本案(選任決議の取消しなど)が別に必要です。
代行者の要否も分かれます。BまたはCが代表取締役として適法に選定できるなら、代表取締役の職務代行者は不要かもしれません。逆に、AとBが同じ側で、Cだけでは取締役会を開けない場合には、取締役の職務代行者を選任して取締役会を成立させる必要があります。給与の支払、仕入れの決済、許認可の届出を誰が担うのかまで具体的に描いてから、停止の範囲と代行者の人数を決めます。
実務チェック
- 本案の請求権(決議の瑕疵、解任の訴え、地位不存在)を特定し、停止を求める役職(代表取締役か取締役か)と対応させる。
- 本案を待てない具体的な危険(資産処分、資金移動、契約の切替え)を資料で示し、差止めの仮処分で足りないかも比較する。
- ほかの代表者や取締役会の成立可能性を確認し、代行者の要否と人数、担保と報酬予納の資金を見積もる。
- 発令後の登記、銀行、取引先への届出と代行者への引継ぎを、発令前から段取りしておく。
- 本案の期限と起訴命令を管理し、終了時の取下げ・登記・報酬清算・引継ぎまで和解条項や手順に組み込む。
よくある質問
仮処分が出れば、相手は取締役会にも出られなくなりますか。
命令の対象によります。代表取締役としての職務だけを止める命令であれば、取締役としての取締役会への出席と議決は妨げられません。取締役としての職務も止めるには、取締役の地位を否定する本案を前提にした命令が必要です。
職務代行者に臨時総会を開いてもらい、役員を入れ替えられますか。
取締役の解任を目的とする臨時株主総会の招集は会社の常務に属しないとするのが最高裁の判例で、少数株主の招集請求に基づく場合も同じです。仮処分命令に別段の定めがない限り裁判所の許可が必要で、本案の争いの帰趨に影響する行為について裁判所は慎重です。役員の入替えは、本案で地位を確定させるか、正規の株主総会で行うのが筋です。
職務代行者は申立人の指示で動いてくれますか。
申立人の指示で動く立場にはありません。代行者は裁判所が選任した中立の立場で職務を担い、申立人の意向に従う義務はありません。申立人ができるのは、会社の事業や資産の状況が分かる資料を提供し、業務の引継ぎに協力することです。代行者の報酬は申立人が予納します。本来は会社が負担すべきものと考えられていますが、確実に償還される保証はありません。
この講の主な根拠・判例原文
- 会社法〔e-Gov法令検索〕346条、352条、360条、830条、831条、854条、908条1項、917条
- 民事保全法〔e-Gov法令検索〕19条1項、23条2項・4項、26条、37条、38条、41条、56条
- 取締役等の職務執行停止・職務代行者選任の仮処分命令申立書の記載例〔東京地方裁判所民事第8部〕申立ての趣旨、被保全権利の類型、保全の必要性の疎明、職務代行者の選任と報酬予納、担保の目安、留意事項
- 最判平成20年2月26日民集62巻2号638頁〔裁判所ウェブサイト〕任期満了後も後任が選任されず取締役の権利義務を有する者は、役員解任の訴えの対象にならず、一時役員の選任によって対処すべきであるとした判例
- 最判昭和45年11月6日民集24巻12号1744頁職務執行停止・職務代行者選任の仮処分の後に株主総会で新たに取締役が選任されても、仮処分が取り消されない限り職務代行者の権限は失われないとした判例
- 最判昭和50年6月27日民集29巻6号879頁〔裁判所ウェブサイト〕会社の常務とは当該会社として日常行われるべき通常の業務をいい、取締役の解任を目的とする臨時株主総会の招集は常務に属しない行為であって、少数株主の招集請求に基づく場合も同様であるとした判例
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。
公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日