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『企業内部紛争36講 ― 経営権争いの教科書 ―』【第27講】

その一件の行為を差し止める ― 株主の360条・監査役の385条の比較

第27講 会社全体ではなく、その一件の行為を止める|明徳法律事務所

第27講裁判・保全・刑事対応

その一件の行為を差し止める

株主の360条・監査役の385条の比較

明徳法律事務所 弁護士 坂本龍亮読了目安 12分

この講の結論

会社の不動産を代表者の関係会社に売ろうとしている、会社の預金を別会社に移そうとしている、承認のない利益相反取引を実行しようとしている。こうした特定の行為を止めたいときに使うのが、株主による取締役の行為の差止め(会社法360条)と、監査役による差止め(385条)です。役員の地位そのものを争う第26講の職務執行停止とは異なり、役員の地位は前提にしたまま、その役員の特定の行為だけを止めます。要件は、取締役が法令・定款に違反する行為をし、またはするおそれがあることと、その行為によって会社に損害が生ずるおそれがあることの二つで、株主が請求する場合の損害要件は、会社の機関設計によって「著しい損害」と「回復することができない損害」に分かれます。監査役の差止めは業務監査権限のある監査役に限られ、その仮処分には担保を要しない特則があります。差止めが認められるかどうかは、止めたい行為を特定し、違法性と待てない理由を別々に示せるかにかかっています。

役員の地位を争わずに行為を止める

適法に選任された取締役であっても、その職務の執行が法令や定款に違反すれば、差止めの対象になります。第26講の職務執行停止の仮処分は、役員の地位に瑕疵があることを本案の根拠とし、その役員の職務全体を止める制度でした。これに対して差止めは、役員の地位は争わずに、特定の行為が違法であることを根拠に、その行為だけを止める制度です。根拠も目的も異なりますから、役員の選任に問題がなくても差止めは使えますし、逆に、地位を争える場合でも、特定の行為だけを止めれば足りるなら差止めの方が会社への影響が小さく、裁判所も認めやすいことがあります。

差止めを検討するときは、まず止めたい行為を特定します。不動産の売却、特定の相手への送金、債務の保証、事業の譲渡、関連会社との契約というように、行為の内容、相手方、時期を具体的に示せなければ、差止めの請求は成り立ちません。そのうえで、その行為だけを止めれば目的を達せられるのか、それとも対象の行為を止めても別の形で同じ損害が生じるおそれがあり、地位全体を止める必要があるのかを比較します。

株主の360条

6か月前(定款でこれを下回る期間を定めたときはその期間)から引き続き株式を有する株主は、取締役が会社の目的の範囲外の行為その他法令・定款に違反する行為をし、またはこれらの行為をするおそれがある場合において、その行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、その取締役に対し、その行為をやめることを請求できます(360条1項)。公開会社でない会社では6か月の継続保有は要りません(同条2項)。請求の相手方は会社ではなく取締役個人であり、差止めの対象は会社の行為ではなく、取締役がしようとしている行為です。

損害の要件は、機関設計によって異なります。監査役設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社では、「著しい損害」ではなく「回復することができない損害」が生ずるおそれが必要です(同条3項)。これは、これらの会社では監査役や監査等委員、監査委員が第一次的に差止めを担うべきであり、株主の差止めは補充的な手段だという考え方によります。ここでいう監査役設置会社には、監査役の監査の範囲を会計に限定する定款の定めがある会社は含まれません(2条9号)。会計限定監査役の会社では監査役に差止権がなく(389条7項)、株主の差止めが第一次的な手段になりますから、損害の要件は「著しい損害」で足ります。中小企業の多くは会計限定監査役の会社か監査役を置かない会社ですから、定款と登記で機関設計を確認することが出発点です。

監査役の385条

監査役は、取締役が監査役設置会社の目的の範囲外の行為その他法令・定款に違反する行為をし、またはするおそれがある場合において、その行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、その取締役に対し、その行為をやめることを請求できます(385条1項)。株主が360条で請求する場合とは異なり、損害の要件は「著しい損害」で足り、「回復することができない損害」までは要りません。監査役が差止めの仮処分を申し立てる場合、裁判所は担保を立てさせないものとされています(同条2項)。監査等委員会設置会社の監査等委員(399条の6)と指名委員会等設置会社の監査委員(407条。執行役の行為も対象です)にも、担保不要の特則を含めて同様の差止権があります。

この差止権があるのは業務監査権限のある監査役に限られ、監査の範囲を会計に限定された監査役には385条の適用がありません(389条7項)。第11講で扱ったとおり、監査役は一方の株主の代理人ではなく、会社の機関として独立して判断します。少数株主の側が監査役に差止めを求めても、監査役は違法性、会社への損害、職務上の必要性を自ら検討したうえで動くのであり、監査役が動かなければ、株主自身が360条で請求することになります。一方、監査役の側が差止めを検討するときは、取締役会への報告(382条)や取締役会の招集請求・招集(383条2項・3項)を先行させて社内で止められないかを試み、それでも止まらない場合に仮処分に進むのが通常です。

主体と要件の比較

表は横にスクロールできます。

主体・会社類型根拠行為の要件損害の要件仮処分の担保
株主(監査役設置会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社)360条1項・3項目的の範囲外の行為その他法令・定款違反の行為またはそのおそれ回復することができない損害が生ずるおそれ裁判所が判断
株主(会計限定監査役の会社、監査役を置かない会社)360条1項(非公開会社では継続保有要件なし。同条2項)同上著しい損害が生ずるおそれ裁判所が判断
業務監査権限のある監査役385条同上著しい損害が生ずるおそれ担保を立てさせない(385条2項)
募集株式の発行等の差止めを求める株主210条法令・定款違反、または著しく不公正な方法による発行株主が不利益を受けるおそれ裁判所が判断

募集株式の発行(210条)、新株予約権の発行(247条)、組織再編(784条の2、796条の2、805条の2など)には、株主が会社に対して差止めを請求する固有の制度があり、要件も相手方も360条とは異なります。対象の行為にこうした特則があるときはそちらを使い、特則のない一般の違法行為について360条・385条を使うという整理です。第15講で扱った増資の差止めがその典型で、360条の「会社に著しい損害」ではなく、210条の「株主が不利益を受けるおそれ」が要件になります。

何が違法行為に当たるか

差止めの対象となる「法令・定款に違反する行為」の典型は、必要な承認を経ない利益相反取引や競業取引(第22講)、株主総会の特別決議を欠く事業譲渡(第17講)、取締役会設置会社で取締役会の決議を欠く重要な財産の処分(362条4項1号。取締役会を置かない会社では取締役の過半数の決定を欠く場合、348条2項)、法的根拠のない役員報酬の支払(第21講)、分配可能額を超える配当(461条1項)、目的の範囲外の行為です。ここでいう法令には、個別の手続規定だけでなく、取締役の善管注意義務や忠実義務(330条、355条、民法644条)も含まれると解されており、明文の手続違反や私的な利益の移転にしか使えない制度ではありません。会社に著しく不利な条件での取引や、合理的な検討を欠いた資産の処分も、善管注意義務違反として差止めの対象になり得ます。

ただし、投資や取引の成否について見方が違うというだけでは、違法にはなりません。経営判断に属する事項については、その決定の過程と内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反にならないというのが裁判例の大勢であり(第23講)、差止めの仮処分でも同じ基準で判断されます。債務超過に陥った親会社への資金の預入れの差止めが求められた事案で、裁判所は、会社が親会社の状況に応じて預入れの期間や額を見直してきた経過を認め、判断の過程に不合理な点はないとして、被保全権利と保全の必要性のいずれも否定しました(横浜地決平成29年5月16日)。この決定は、預入れを行う権限のない取締役に対する申立てについては、その点だけで却下しており、差止めの相手方は実際にその行為を行う権限のある取締役でなければならないことも示しています。「経営が下手だから止める」という構成では足りず、情報収集の程度、利益相反の有無、検討の過程、取引の条件を具体的に示して、裁量を逸脱していることを疎明する必要があります。

損害を具体的に説明する

損害の要件は、金額の大きさだけでは決まりません。会社の事業の中核となる資産を失うこと、顧客や技術が流出すること、いったん移転すれば取り戻すのが困難であること、取締役や相手方に資力がなく損害賠償で回復できないことなどを、資料で示します。「回復することができない損害」が要件となる会社では、金銭で賠償できるかどうかが一つの目安になりますが、高額だから当然に回復不能、金銭に換算できるから当然に回復可能、と機械的に決めるわけではありません。事業の継続に不可欠な不動産や許認可、主要な取引先との契約のように、失えば会社の事業そのものが立ち行かなくなるものは、金銭に換算できても回復困難と評価されることがあります。

差止めの請求は、まず取締役に対して書面で行い、その行為をやめるよう求めます。しかし、警告だけで行為が止まるとは限らず、内紛の場面ではむしろ実行を急がせることもあります。実行が迫っているときは、差止請求権を被保全権利として、その行為を禁止する仮処分を申し立てます。仮の地位を定める仮処分ですから、被保全権利と保全の必要性(著しい損害または急迫の危険。民事保全法23条2項)の疎明(13条2項)、原則として相手方が立ち会う審尋(23条4項)、担保(14条1項)を経て発令されます。審尋には時間がかかりますから、契約の締結日や決済日から逆算して申立ての時期を決めなければ、命令が出たときには実行済みという事態になります。

実行された場合

差止めの仮処分に違反して取引が実行された場合、その取引が当然に無効になるわけではありません。差止めの命令は取締役個人に対する不作為の命令であり、取引の相手方を拘束するものではないため、通常の資産の売買や契約については、取引の安全の観点から、原則として相手方との関係では有効と解されています。ただし、相手方が仮処分の存在を知っていた場合には無効と解する見解が有力ですから、仮処分が出たら相手方にも決定書を送付し、知らなかったとは言えない状態にしておくことが実務上重要です。最高裁は、旧商法下で、新株発行の差止めの仮処分命令に違反してされた新株発行について、仮処分違反が新株発行無効の訴えの無効原因になるとしていますが(最判平成5年12月16日[出典])、これは当然無効ではなく無効の訴え(現行法では828条1項2号)を通じて効力を否定するものであり、新株発行について差止めの制度が法定され、発行前に差し止める機会を株主に与えた制度の趣旨を実効化するための判断ですから、通常の資産取引にそのまま当てはまるものではありません。取引の効力は、利益相反取引であれば承認の有無と、間接取引や第三者との関係では相手方の悪意(第22講)、事業譲渡であれば特別決議の欠缺(第17講)といった、それぞれの取引類型ごとの規律で判断します。

実行された後の対応は、取引の効力を争って財産を取り戻す請求、取締役に対する損害賠償請求(423条)、受領者に対する不当利得の返還請求、相手方の資産に対する仮差押えを組み合わせます。差止めの仮処分に違反したことは、取締役の任務懈怠を裏付ける有力な事情になりますが、損害賠償には損害の発生と因果関係の立証が別に必要であり、警告に応じなかったという事実だけで責任が自動的に成立するわけではありません。

PRACTICE NOTE

止める対象を特定する

「会社に損害を与える行為を一切してはならない」という抽象的な請求では、何が禁止されるのかが明確でなく、裁判所は命令を出せません。差止めの申立ては、「債務者は、別紙物件目録記載の不動産を株式会社Xに売却し、その所有権移転登記手続をしてはならない」というように、対象の行為、相手方、予定される時期を特定し、その行為が違法である理由と、実行されれば会社に回復困難な損害が生じる理由を、それぞれ資料で示す必要があります。相手方や取引条件が分からないときは、第18講の閲覧請求や第19講の検査役、社内の資料から、契約の案、稟議、取引先とのやり取りを集めて特定します。

取引は、交渉、契約の締結、代金の決済、資産の移転(登記や引渡し)という段階を追って進みます。契約締結前なら締結を禁止する命令、締結後なら決済や移転登記を禁止する命令というように、段階によって求める命令の内容が変わりますし、登記が済んでしまえば差止めではなく取引の効力を争う場面に移ります。相手方の予定は途中で変わりますから、日程を更新しながら、どの段階で何を止めるのかを常に確かめておきます。

実務チェック

  • 止めたい行為、相手方、予定日を特定し、地位全体を止める職務執行停止と比べてどちらが目的に合うかを判断する。
  • 定款と登記で機関設計(会計限定監査役か、監査役設置会社か)を確認し、株主の損害要件が「著しい損害」か「回復することができない損害」かを決める。
  • 新株発行や組織再編など固有の差止制度がある行為かを確認し、特則があればそちらを使う。
  • 違法性(手続違反、利益相反、善管注意義務違反)と、判決を待てない理由(損害の内容と回復困難性)を別々に資料で示す。
  • 審尋と担保に要する時間を見込んで申立ての時期を決め、実行された場合の効力の争い方と責任追及も準備しておく。

よくある質問

社長の関係会社への資産の売却は、必ず止められますか。

関係会社への売却というだけでは止められません。利益相反取引としての承認の有無、取締役会や株主総会の決議の要否、対価の相当性、会社の事業への影響を確認し、法令・定款違反または善管注意義務違反と、会社の損害のおそれを疎明できたときに差止めが認められます。承認を得て相当な対価で行われる取引であれば、差止めの対象にはなりません。

担保金は、勝訴したら自動的に返ってきますか。

自動的には返りません。担保取消しの決定(民事保全法4条2項、民事訴訟法79条)が必要で、本案で勝訴が確定したときは担保の事由が消滅したことを証明して(同条1項)、申立ての取下げや和解で終わったときは相手方の同意を得るか(同条2項)、権利行使の催告をして相手方が期間内に損害賠償請求をしなければ同意があったものとみなされる手続(同条3項)を経て、供託金を取り戻します。発令時の担保の準備だけでなく、事件終了後の担保の処理も手順に組み込んでおきます。

監査役に差止めをしてもらえば、株主は費用をかけずに済みますか。

監査役の差止めの仮処分には担保が要らないという利点はありますが、監査役は株主の代理人ではなく、違法性と会社の損害を自ら判断して動くかどうかを決めます。会計限定監査役の会社では監査役に差止権そのものがありません。監査役が動かない、または動けない場合には、株主自身が360条で請求することになります。

この講の主な根拠・判例原文

  • 会社法〔e-Gov法令検索〕2条9号、210条、247条、330条、348条2項、355条、360条、362条4項1号、382条、383条、385条、389条7項、399条の6、407条、423条、461条1項、784条の2、796条の2、805条の2、828条1項2号
  • 民法〔e-Gov法令検索〕644条
  • 民事保全法〔e-Gov法令検索〕4条2項、13条2項、14条1項、23条2項・4項
  • 民事訴訟法〔e-Gov法令検索〕79条(担保の取消し)
  • 最判平成5年12月16日民集47巻10号5423頁〔裁判所ウェブサイト〕新株発行差止めの仮処分命令に違反してされた新株発行について、仮処分違反が新株発行無効の訴えの無効原因になるとした判例。差止めの制度を実効化するための判断であり、通常の取引に関する差止めに結論を一般化しない
  • 横浜地決平成29年5月16日(LEX/DB25560693)債務超過に陥った親会社への資金の預入れについて株主が360条に基づく差止めの仮処分を求めた事案で、判断の過程に不合理な点はないとして被保全権利と保全の必要性を否定した裁判例

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。

公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日

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