『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第3講】
DCF・純資産・配当還元
― 評価手法の解説と株価鑑定書レビューの技法 ―
非上場株式の紛争において当事者の手元に必ず現れる株価算定書・鑑定書。その最終ページの「1株あたり○○円」は、結論ではなく、①評価手法の選択、②パラメータの設定、③ディスカウント・調整という数十個の前提の積み重ねです。本稿は、三大評価手法(DCF法・純資産法・配当還元法)を入門の一歩先まで解剖し、弁護士が株価鑑定書を受け取ったときに、どこに問題があり得るかを自力で検討できる水準を目指す完全保存版です。日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第32号)と主要裁判例に準拠し、最後に28項目の鑑定書レビュー・チェックリストに集約します。
この講の結論
株価鑑定書の最終数値は、①どの評価手法を選ぶか、②事業計画・割引率・継続価値などのパラメータをどう置くか、③非事業用資産の加算やディスカウントをどう扱うか、という前提の積み重ねの結果です。前提を一つ崩せば結論は動く。弁護士の仕事は数字を受け取ることではなく、前提を順に検証することにあります。
検討の順序は、手法選択 → パラメータ → 事業価値から株式価値へのブリッジ → ディスカウント。上流で崩せれば下流の議論は不要になります。DCF法なら事業計画・サイズプレミアム・継続価値・非事業用資産の4点で評価額の大半が動き、事業計画のない中小企業でも、過去実績の正常収益力を基礎にした収益方式は使えます。税務上の評価額は課税のための簡便法であり、裁判所の価格とは別の体系です。
序 ― 鑑定書は「結論」ではなく「前提の束」である
売買価格決定(会社法144条2項)、反対株主の買取価格決定(同117条2項・182条の5・786条2項等)、遺産分割、株主間の任意交渉。これらの場面で多くの弁護士が、算定書の最終数値を所与のものとして戦略を組み立てます。これは危険です。割引率を1%動かすだけで、継続価値の比重が大きい会社の株価は2〜3割動きます。前提を崩せば、結論は崩れるのです。本講は、その「崩し方」と「守り方」を体系化します。
1総論 ― 三大アプローチの体系と、手法選択という第一の戦場
1-1 3つのアプローチ
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| アプローチ | 代表的手法 | 発想 | 向いている会社 | 構造的弱点 |
|---|---|---|---|---|
| インカム | DCF法、収益還元法、配当還元法 | 将来のキャッシュ・利益・配当から逆算 | 継続企業・収益力のある会社 | 事業計画・割引率の設定に裁量が入る |
| ネットアセット | 簿価純資産法、時価(修正)純資産法 | 資産−負債の正味財産 | 不動産・有価証券保有会社、清算局面 | 将来収益力(のれん)を反映しない |
| マーケット | 類似会社比較法(マルチプル法)、取引事例法 | 似た上場会社の倍率や実取引価格を借用 | 類似上場会社が存在する業種 | 中小企業では類似会社の選定が困難 |
図表1:三大アプローチの比較
1-2 手法選択を決める2つの軸 ― 「会社の性質」と「株主の地位」
手法選択は恣意ではなく、概ね2軸で説明できます。第1軸:会社の性質。継続企業として収益を生み続けるのか(→インカム)、資産の塊なのか(→ネットアセット)、清算間近なのか(→処分価値ベースの純資産)。第2軸:評価対象株式の地位。支配株主に渡る株式は会社の将来収益をまるごと享受できる立場ですからDCF法(またはその高比重の併用)に馴染む一方、経営に関与できない少数株主にとって株式から得られる経済的利益は事実上配当だけである、という発想から配当還元法が持ち出されます。買取価格決定の裁判例には、少数非支配株主の株式評価は将来の配当利益を原則的要素とすべきとしてゴードン・モデル法を採用したもの(ダスキン事件・大阪高決平成元年3月28日判時1324号140頁)がある一方、継続企業価値の評価にはDCF法が相応しいと明言した裁判例もあります。
弁護士の最初の仕事は、「この鑑定書が選んだ手法は、この会社の性質とこの株式の地位に整合しているか」を問うことです。手法選択の攻防は、パラメータの攻防の前に決着の大勢を左右します(この対立の理論的深層――交換価値説とプロ・ラタ価値説――は第4講で詳述します)。
図解A:手法選択の2軸マトリクス ― 鑑定書の手法選択が2軸と整合しているかをまず問う
1-3 裁判例にみる手法選択の実例マップ
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| 事案の性質 | 採用手法 | 裁判例 |
|---|---|---|
| 再生計画実行中の大企業・営業譲渡反対株主の買取請求 | DCF法単独(市場株価法・配当還元法等を排斥) | カネボウ事件:東京地決平成20年3月14日(金判1289号8頁)、東京高決平成22年5月24日(金判1345号12頁) |
| 成長途上のベンチャー企業(デジタルコンテンツ配信業)・売主は40%株主、指定買取人は60%株主 | 収益還元法単独 | 東京地決平成20年1月22日(金判1295号55頁)・東京高決平成20年4月4日(金判1295号49頁) |
| 明治期創業の水上バス事業会社・売主は24.4%株主、買主は指定買取人 | DCF 0.35+純資産 0.35+配当還元 0.3 の併用 | 東京都観光汽船事件:東京地決平成26年9月26日(金判1463号44頁) |
| 譲渡制限株式・少数株主の譲渡承認拒否後の買取 | 配当還元法(ゴードン・モデル) | ダスキン事件:大阪高決平成元年3月28日(判時1324号140頁) |
| ゴルフ場経営会社・株式交換反対株主 | DCF法を基礎に修正簿価純資産法を下支えとして使用 | 東京高決平成28年9月14日(判タ1433号134頁)。原審の2,740円を3万5,000円に変更 |
図表2:手法選択の実例。最後の例では手法の組み方と前提の修正で裁判所認定額が10倍以上動いた
2DCF法の解剖 ― 鑑定書の急所は5か所
2-1 DCF法の構造(5ステップ)
図解B:DCF法の構造と5つの急所 ― 各ステップに攻撃対象がある
FCFの基本算式は「営業利益×(1−実効税率)+減価償却費−設備投資−運転資本増加額」です。以下、急所①〜⑤を順に見ます。
2-2 急所①:事業計画 ― DCFの生命線にして最大の操作点
DCF法の評価額は、投入される事業計画次第でいかようにも変わります。企業価値評価ガイドラインは、評価者に対し、非現実的な将来情報を無批判に受け入れて機械的に使用するのではなく、批判性を発揮して基礎資料としての有用性を判断せよと求めています。鑑定書がこの批判的検討を経ているかが、第一のチェックポイントです。
- 作成主体と作成時期:誰が・いつ・何の目的で作成した計画か。紛争発生の後に評価目的で新規作成・改訂された計画は、それだけで中立性に疑義。銀行提出用・取締役会承認済みの既存計画との異同を照合します。
- 過去実績との連続性:実績横ばいの会社が計画初年度から急成長する「ホッケースティック型」計画は、成長の具体的根拠(受注残・新製品・設備増強・人員計画)を示せなければ崩せます。市場縮小業界で自社だけ成長する計画には競合からシェアを奪う根拠が、売上が伸びるのに人員・投資が増えない計画には内部整合性の説明が要ります。
- 過去計画の達成率:毎期未達の会社の強気計画は割り引いて見るべき経験則が働きます。
- 予測期間:5年程度が標準で、10年超の予測は精度への疑問が生じます。
- どちら側の計画か:カネボウ事件のように事業再生計画が公表されている会社では、評価機関に提供された将来予測の数値と公表済みの計画の数値との異同そのものが争点になります。「どの計画を評価機関に渡したか」自体が攻撃対象になるということです。
2-3 急所①の派生問題:事業計画が存在しない・信用できない場合 ― 収益方式は放棄すべきか
中小企業の株価紛争では、精緻な事業計画が存在しないことがむしろ通常です。また、計画が存在しても、紛争当事者である会社側が作成・提供したものである以上、恣意的に作成されたおそれが常につきまといます。この場合、DCF法をはじめとする収益方式は使えないのか。答えは「使える。ただし形を変えて」です。
図解C:事業計画がない/信用できない場合の対応フロー ― 収益方式は「組み替えて」使う
(1) 事業計画が存在しない場合 ― 過去実績ベースの収益方式へ
- 収益還元法への転換:収益還元法は、DCF法がFCFを用いるのに対し、将来期待される純利益を資本還元率で還元して現在価値を算定する手法であり、その「将来期待純利益」は精緻な事業計画がなくとも、過去実績の正常収益力(直近数期の利益から固定資産売却益・保険差益等の非経常損益を除去し正常化した水準)から導けます。事業計画に依存しない収益方式の代表形として、中小企業の価格決定実務で多用されます。
- 実績趨勢の延長:裁判例には、直近2期の利益実績と事業の進展経緯から「その後も同程度の利益が確実に見込まれる」と認定して収益方式単独で評価したもの(東京地決平成20年1月22日・東京高決平成20年4月4日)があります。過去実績それ自体が将来予測の合理的基礎になり得るのであり、実績が安定している会社では、計画がないことはむしろ推計の恣意性を減らす方向にも働きます。
- 評価者による計画の構築:鑑定人がマネジメント・インタビューと過去実績・業界データから将来FCFを自ら推計する方法。ただし恣意性の問題が「会社の計画」から「評価者の推計」に移転するだけなので、推計の前提が実績とマクロ指標に接続されているかを、通常の計画と同じ厳しさでレビューする必要があります。
(2) 事業計画の信用性が認められない場合 ― 5つの対応と立証活動
- 計画の補正:鑑定人が不合理な部分(根拠のない急成長、恣意的な費用計上)だけを保守的に補正して使う。攻撃側は補正すべき箇所を具体的に特定した主張が必要。
- 過去実績ベースへの切替え:計画全体の信用性が崩れているなら、正常収益力ベースの収益還元法に切り替えるよう主張する。
- 予測期間の短縮・早期の継続価値化:信頼できる期間(直近1〜2年の予算部分等)のみを予測期間とし、以降を早期に継続価値へ移行させる。
- 収益方式の比重引下げ:併用方式の折衷割合において収益方式の比重を下げるよう主張する(第6章)。東京都観光汽船事件(東京地決平成26年9月26日)では、買主側が配当還元法を7割とする併用方式で1株90円と主張したのに対し、裁判所はDCF法845円を含む三手法の併用で1株693円と決定しました。恣意的な前提に基づく低額の主張がそのまま通らないことを示す例です。
- 複数シナリオ・感応度による幅の管理:不確実性を単一値でなくシナリオ別評価とレンジで表現させ、その中で自己に有利な採用点を理由付けて主張する。
これらの主張の土台になるのが立証活動です。恣意性は抽象論では認定されません。①銀行提出用の経営改善計画・予算・中期計画・取締役会資料など別バージョンの計画を、帳簿閲覧請求(第7講)・文書提出命令・求釈明で炙り出し、評価に使われた計画との異同を突く。②過去の計画と実績の対比表を作り、達成率の低さを可視化する。③恣意の方向性を押さえる――会社・支配株主側が買い取る場面では計画は下振れに、売る場面では上振れに歪むインセンティブがあるので、計画の作成時期と紛争の時系列を並べるだけで説得力が生まれます。
(3) 留意点 ― 「収益方式の全面放棄」は最後の手段
計画の信用性攻撃が行き過ぎて収益方式自体を全面放棄する方向に流れると、評価は純資産法等に寄り、収益力のある会社の売主側にはかえって不利になり得ます(純資産法はのれんを反映しません)。売主側の正しい戦い方は、多くの場合「会社側計画の恣意性を突きつつ、過去実績ベースの正常収益力による収益方式を対案として立てる」ことであり、収益方式の放棄ではありません。逆に買主側は、実績の不安定性・業界環境の悪化を立証して収益方式の信頼性そのものを削り、資産価値ベースへの誘導を図ることになります。どちらの側でも、「計画が信用できない→だから収益方式は使えない」ではなく、「計画が信用できない→では何を将来収益の基礎とするか」が真の争点である、と捉えてください。
2-4 急所②:割引率(WACC)― 1%の攻防が数千万円を動かす
割引率には株主資本コストと負債コストの加重平均であるWACCを用いるのが標準で、株主資本コストはCAPMで推定します(株主資本コスト=リスクフリーレート+β×株式リスクプレミアム+サイズプレミアム)。
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| パラメータ | 実務の標準 | 鑑定書レビューの視点 |
|---|---|---|
| リスクフリーレート | 長期国債利回り | 基準日はいつか。評価基準日と異なる時点の金利を使っていないか |
| 株式リスクプレミアム | 市場データの実証値(概ね5〜6%前後) | 観察期間の取り方で数値が変わる。出典と期間の明示があるか |
| β(ベータ) | 類似上場会社数社の中央値等。過去2年週次または5年月次データ | 類似会社の選定基準、アンレバード/リレバード処理、異常値の機械的混入 |
| サイズプレミアム | 小規模企業への追加リスクとして3.5〜5.3%程度(Duff & Phelps等準拠) | 加算の要否と水準は代表的争点。米国データの妥当性、二重計上の有無 |
| 資本構成(D/Eレシオ) | 類似上場会社平均か循環計算 | 実際の資本構成と乖離した想定でWACCを恣意的に上下させていないか |
図表3:CAPM/WACCパラメータ別レビュー表
売主側(高い株価を主張する側)は割引率を下げる方向、買主側は上げる方向にインセンティブが働きます。サイズプレミアム・リスクプレミアムの観察期間・βの類似会社選定は、双方の鑑定書が食い違う定番ポイントです。
2-5 急所③:継続価値(ターミナルバリュー)― 評価額の過半を支配する「最終年度」
予測期間後の価値は「最終年度の翌年のFCF÷(割引率−永久成長率)」等で一括計算されます。急所は2つ。第1に比重:予測期間5年なら継続価値が事業価値の5〜7割を占めることは珍しくなく、DCF評価の過半は「6年目以降永遠にこのFCFが続く」という仮定の産物です。最終年度FCFが一時的な好調・不調を含めば、その歪みが永久に引き伸ばされます。最終年度の正常化(設備投資と減価償却の均衡、一時的損益の除去)を必ず確認してください。第2に永久成長率:長期インフレ率等を参考に0〜1%程度で保守的に置くのが通例で、2%、3%と置くと株価は劇的に膨らみます。会社側が0%を主張してくる場面も多く、双方向で争点化します。継続価値をEBITDA倍率等で算定する「倍率法」の妥当性自体も争点になります。
図解D:継続価値の比重 ― 検算はまず「継続価値÷事業価値」から
2-6 急所④:事業価値から株式価値への「ブリッジ」― 足し忘れ・引き過ぎを探す
DCF法が直接算定するのは事業価値であり、株式価値に至るには調整が要ります。地味ですが実額のズレが最も見つけやすい急所です。
- 非事業用資産の加算漏れ:遊休不動産、賃貸不動産、余剰現預金、投資有価証券、保険積立金(解約返戻金ベース)等はFCFに寄与しないため、別途時価で加算が必要。会社側鑑定書では、この加算が「漏れる」「簿価のまま」「余剰現預金の範囲を極端に狭く取る」形で株価が圧縮されがちです。貸借対照表と勘定科目内訳明細書の突合を。
- 有利子負債の範囲:役員借入金(実質資本のことも多い)やリース債務の扱い。
- 計算誤り:DCFは計算過程が長く、評価人の単純な計算ミスで株価の大幅修正に至った実例もあります。検算を厭わないこと。
2-7 急所⑤:感応度 ― 「レンジ」の中のどこを取ったか
まともな算定書は、割引率±0.5〜1%等を動かした感応度分析を付し、評価額をレンジで示します(カネボウ事件で会社側が依拠した第三者機関のDCF評価も、レンジをもって示されていました)。①感応度分析が開示されているか、②レンジのどこを最終評価額として採用し理由が説明されているか。レンジの端を黙って取る算定書は、それ自体が偏りの徴表です。
3純資産法の解剖 ― 「時価」の中身を疑う
3-1 簿価か時価か、再調達か処分か
紛争実務で意味を持つのはほぼ時価純資産法(修正純資産法)です。時価の取り方に、事業継続を前提とする再調達時価と清算を前提とする処分時価の別があり、継続企業なのに処分時価で評価した鑑定書、清算必至なのに再調達時価で膨らませた鑑定書は、前提と時価概念の不整合を突けます。
3-2 修正項目チェックリスト ― 簿外・含みの主戦場
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| 修正項目 | 見るべきポイント |
|---|---|
| 不動産の含み損益 | 時価の根拠(不動産鑑定評価書か、路線価÷0.8の簡便換算か、固定資産税評価額か)。高額物件は鑑定評価書まで要求。借地権・底地の評価漏れも頻出 |
| 有価証券・ゴルフ会員権 | 上場株は基準日時価、非上場の持合い株は再帰的評価が必要(簿価放置が多い) |
| 保険積立金 | 簿価ではなく解約返戻金相当額への引直し。節税型保険の含み益は見落としの定番 |
| 退職給付債務 | 中小企業では無計上・過少計上が多く、要支給額ベースの計上漏れは株価の過大評価要因。逆に過大計上での圧縮にも注意 |
| 貸倒引当金・滞留在庫 | 実査に基づくか、恣意的な一括減額でないか |
| 未払残業代・偶発債務 | 計上の要否と金額の根拠 |
| 評価差額に対する法人税等相当額 | 含み益への税金相当額(税務の通達方式では37%)を控除するか・いくら控除するかは裁判評価でも代表的争点。継続企業で満額控除する理論的根拠は自明でない |
図表4:時価純資産法の修正項目チェックリスト
3-3 継続企業への単独適用という理論問題
純資産法は「今解体したらいくらか」の発想を含むため、継続企業の評価手法として単独で用いることへの理論的批判が一貫して存在します(国税庁の有識者会議でも、純資産価額方式は清算前提の評価方法であり継続企業の評価に相応しくないとの意見が紹介されています)。のれんを反映しない点で、収益力のある会社の売主側には不利に、収益力のない資産保有会社の売主側には有利に働きます。純資産法を単独採用・高比重併用する鑑定書には、「なぜこの会社に資産価値ベースが相応しいのか」の理由付けの厚みを検証してください。
4配当還元法の解剖 ― 3つの型と「無配」の罠
4-1 3つの型を区別する
カネボウ事件の裁判所も整理したとおり、配当還元法には、①実際配当還元法(現実の配当額を資本還元)、②標準配当還元法(一般に妥当とされる配当性向を仮定)、③ゴードン・モデル法(内部留保の再投資による将来の配当増加を織り込む)の3類型があります。鑑定書が「配当還元法」とだけ書いていたら、まずどの型かを確認してください。内部留保の厚い会社では③>②>①の順に高くなるのが通常です。
4-2 「無配だから価値が低い」という循環論法
非上場同族会社の多くは無配です。しかし配当の有無・多寡は支配株主が決める配当政策の産物であり、無配を理由に実際配当還元法で株価をゼロ近くまで潰す評価は、支配株主が自ら作出した状態を評価に流用する循環論法だという批判が成り立ちます。少数株主側は、標準配当(標準的な配当性向を用いた裁判例として大阪地決平成27年7月16日金判1478号26頁)やゴードン・モデルへの引き上げ、さらには配当還元法自体の排斥を主張することになります。近年は、配当還元法を不採用としてDCF法を単独で採用した裁判例(最決令和5年5月24日の原審である広島高決令和3年12月21日)や、清算処分時価純資産法を単独で採用した裁判例(京都地決令和5年4月25日)も現れています。逆に会社側は、少数株主が現実に享受し得る利益は配当のみという地位の実態を強調します。
4-3 税務の「配当還元方式」との峻別
財産評価基本通達188-2の配当還元方式(直前2期平均配当を10%で還元)は課税目的の簡便法であり、裁判所の価格決定における配当還元法とは似て非なるものです。「顧問税理士が配当還元方式で計算したら1株500円だった」という数字を交渉のアンカーにされたら、体系の違いから切り返す必要があります(第7章)。
5マーケット・アプローチ補論 ― 類似会社比較法の急所
急所は3つ。①類似会社の選定:事業内容・規模・収益構造の類似性の説明があるか。数千億円規模の上場会社を数億円規模の対象会社の「類似」とする無理はないか。②倍率の選択:EV/EBITDA、PER、PBRのどれを使い、なぜか。赤字会社にPERは使えず、倍率の選択自体が結論を動かします。③異常値処理:各社倍率のばらつきが大きいのに単純平均していないか。中央値・異常値除外の処理が開示されているか。上場会社の倍率を使う以上、非流動性の扱い(ディスカウントの可否)は第4講の最高裁判例の射程問題に直結します。
6併用方式 ― 「折衷割合」に根拠はあるか
裁判実務では複数手法の加重平均(併用方式)が広く用いられ、DCF 0.35+純資産 0.35+配当還元 0.3(東京地決平成26年9月26日)のような比率が現れます。総じて収益性に重心を置き配当還元の比重は低い傾向がある一方、「折衷が原則」とまでは言えず、収益還元単独・ゴードン単独の例もあります。
弁護士として問うべきは比率の根拠です。0.35と0.5の間に理論的な一線はなく、折衷割合は評価の「最後の裁量」として恣意性批判に晒され続けてきました。①比率が会社の性質・株式の地位と整合的に説明されているか、②比率を±0.1動かした場合の評価額の変動(ここでも感応度)を把握し、③自分側に有利な比率の理由付け(資産保有割合の高さ、収益の不安定性等)を積極的に構築する。裁判所がどの手法をどの比率で採用するかは、株主の立場(議決権割合)、事業継続性、資産構成といった個別事情で判断されるのが実務です。
7税務評価との「二重基準」― 通達方式の数字に引きずられない
相続税・贈与税の場面で用いられる財産評価基本通達(178条以下)の類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式(国税庁方式)は、課税の便宜のための画一的な簡便法であり、裁判所の価格決定の「公正な価格」「一切の事情を考慮した価格」とは体系が異なります。裁判所の株価算定で相続税評価額がそのまま採用されることは基本的にない、というのが実務の共通理解です。したがって相続税評価額と裁判所の決定価格が数十倍離れるという事態は、制度上当然に起こり得ます(第2講図解B)。
留意点は3つ。①税理士作成の通達評価だけを見て売買・遺産分割・買取交渉に応じることの危険は、いくら強調してもしすぎることはありません。②定款・株主間契約・過去の取引慣行が「相続税評価額による」と定めている場合は、その合意の解釈が先行します。③相手方が税務の数字を裁判所基準であるかのように流用してきたら、その混同自体を指摘できます。なお、国税庁は2026年4月から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、類似業種比準方式を廃止して簿価純資産に数年分の超過収益を加える方式(残余利益方式)を主軸とすること、配当還元方式は対象株主の範囲を見直したうえで存置することなどを方向性として示しています(同年8月20日の第5回会議資料)。改正通達の適用は早ければ令和10年からとされており、税務評価の世界そのものが動いている点にも注意が必要です。もっとも、それが裁判所の価格決定とは別の体系であることに変わりはありません。
8【保存版】株価鑑定書レビュー・チェックリスト
鑑定書を受け取ったら、以下を順に検討してください。◎は結論を大きく動かし得る最重要項目です。
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| # | チェック項目 | 重要度 |
|---|---|---|
| 1 | 評価目的・評価基準日は事案(買取請求日・売買日・相続開始日等)と整合しているか | ◎ |
| 2 | 評価者の独立性:依頼者との関係、報酬体系、過去の関与 | ○ |
| 3 | 依拠資料の一覧が開示され、非開示資料(事業計画等)の有無が判るか | ◎ |
| 4 | 手法選択の理由が、会社の性質・株式の地位と整合的に説明されているか | ◎ |
| 5 | 排斥した手法の排斥理由が書かれているか(沈黙は追及点) | ○ |
| 6 | 【DCF】事業計画の作成主体・時期・目的。紛争後に作られた計画でないか | ◎ |
| 7 | 【DCF】計画値と過去実績の連続性。ホッケースティックの根拠 | ◎ |
| 8 | 【DCF】FCF算式の各項目(税率・設備投資・運転資本)の根拠 | ○ |
| 9 | 【DCF】計画不存在・信用性欠如の場合:過去実績の正常収益力等の代替基礎への切替え・補正が検討されているか(2-3) | ◎ |
| 10 | 【DCF】リスクフリーレートの基準日・年限 | ○ |
| 11 | 【DCF】株式リスクプレミアムの出典と観察期間 | ○ |
| 12 | 【DCF】βの類似会社選定基準、アンレバード/リレバード処理 | ◎ |
| 13 | 【DCF】サイズプレミアムの要否・水準・出典(3.5〜5.3%の幅のどこか、二重計上はないか) | ◎ |
| 14 | 【DCF】想定資本構成の設定方法 | ○ |
| 15 | 【DCF】継続価値の算定方法(永久成長か倍率か)と評価額に占める比重 | ◎ |
| 16 | 【DCF】永久成長率の水準と根拠(0〜1%を超えるなら要精査) | ◎ |
| 17 | 【DCF】最終年度FCFの正常化(一時損益・投資と償却の均衡) | ◎ |
| 18 | 【DCF】非事業用資産の加算の網羅性(遊休不動産・保険積立金・余剰現預金) | ◎ |
| 19 | 【DCF】純有利子負債の範囲(役員借入金・リース債務の扱い) | ○ |
| 20 | 【純資産】時価概念(再調達か処分か)と継続/清算前提の整合 | ◎ |
| 21 | 【純資産】不動産時価の根拠資料のレベル(鑑定評価書か簡便換算か) | ◎ |
| 22 | 【純資産】保険積立金の解約返戻金評価、退職給付債務の計上、偶発債務 | ○ |
| 23 | 【純資産】評価差額に対する法人税等相当額控除の要否・率 | ○ |
| 24 | 【配当還元】3類型(実際・標準・ゴードン)のどれか。無配の扱いの循環論法性 | ◎ |
| 25 | 【併用】折衷割合の根拠。比率の感応度 | ◎ |
| 26 | 感応度分析の開示。レンジ内のどこを採用し、その理由は何か | ◎ |
| 27 | ディスカウント(非流動性・マイノリティ)の適用が判例の射程と整合するか(→第4講) | ◎ |
| 28 | 計算検証:主要な計算を再現できるだけの過程開示があるか。検算 | ○ |
図表5:株価鑑定書レビュー・チェックリスト(全28項目)
9手続の実際 ― 私的鑑定・専門委員や裁判所鑑定人との協働
価格決定事件の典型的な進行は、①双方が私的鑑定書(算定書)を提出し、②準備書面で相手方鑑定の前提を攻撃し合い、③裁判所が株式評価に精通した専門家(公認会計士)を専門委員として関与させ、専門委員の意見を踏まえて、心証を形成して和解案を提示し、④まとまらなければ、心証に基づく決定を下すか、あるいは裁判所選任の鑑定人による裁判所鑑定を実施のうえ、をその結果を踏まえて決定に至る、という流れです。
要点は4つ。
- 私的鑑定書は必ず出す。自らの主張額の算定根拠を評価書の形で示さない側の主張は、裁判所鑑定人からも採用されにくくなる傾向が指摘されています。
- 資料の非対称と戦う。事業計画・月次試算表・勘定科目内訳・保険証券等は会社側が握っています。少数株主側は、帳簿閲覧請求(第7講)や求釈明を駆使して、鑑定の土台となる資料を引き出す必要があります。
- 専門委員・裁判所鑑定人と弁護士の協働。専門委員や裁判所鑑定人任せにせず、弁護士が事案の法的枠組み(「公正な価格」の意味、判例の射程)を彼らと共有し、彼らからファイナンス理論上の相手方の弱点を吸い上げる双方向の連携が、主張の説得力を決めます。
- 裁判所鑑定等への対応。鑑定書の前提に誤りがあれば、鑑定人質問・補充鑑定の申立て・反対意見書で争う余地がありますが、裁判所が自ら選任した鑑定を覆すハードルは高いため、鑑定に進む前の私的鑑定・主張立証の段階で勝負の大勢を決める意識が重要です。
まとめ ― 弁護士のための行動指針
- 数字ではなく前提を読む。鑑定書の最終数値は数十の前提の関数であり、攻撃対象は常に前提です。
- 手法選択→パラメータ→ブリッジ→ディスカウントの順に検討する。上流で崩せれば下流の議論は不要になります。
- DCFなら「事業計画・サイズプレミアム・継続価値・非事業用資産」の4点をまず見る。この4つで評価額の大半が動きます。事業計画が存在しない・信用できない場合も、収益方式の放棄ではなく「何を将来収益の基礎とするか」の組み替えで戦う(2-3)。
- 感応度を必ず要求する。レンジのどこを取ったかの説明がない鑑定書は、それ自体が偏りの徴表です。
- 税務評価の数字に交渉をアンカーさせない。通達方式は課税の簡便法であり、裁判所の「公正な価格」とは別の世界です。
なお、評価額からの減価(非流動性ディスカウント・マイノリティ・ディスカウント)の可否をめぐる最高裁平成27年決定・令和5年決定と、その背後にある交換価値説vs.プロ・ラタ価値説の理論対立は、次の第4講で徹底的に扱います。手法の解剖(本講)とディスカウントの判例法理(第4講)は、株価紛争の車の両輪です。
明徳法律事務所(大阪市西区)では、公認会計士等の評価人と連携した私的鑑定書の準備、相手方鑑定書の問題点を踏まえた主張立証の組み立てから、売買価格決定・買取価格決定の申立ての追行まで、売主側・買主側・会社側いずれの立場でもお引き受けしています。鑑定書を受け取った段階でのセカンドオピニオンにも対応しています。
よくある質問
非上場株式の評価手法にはどのようなものがありますか?
大きく3系統です。将来のキャッシュ・利益・配当から逆算するインカム・アプローチ(DCF法・収益還元法・配当還元法)、資産から負債を引いた正味財産で見るネットアセット・アプローチ(時価純資産法等)、類似上場会社の倍率を借用するマーケット・アプローチ(類似会社比較法)です。裁判実務では複数手法を加重平均する併用方式も広く用いられます。
DCF法の株価鑑定書は、どこをチェックすればよいですか?
急所は5か所です。①事業計画(作成主体・時期、過去実績との連続性、紛争後作成でないか)、②割引率(β の類似会社選定、サイズプレミアムの要否と水準)、③継続価値(評価額に占める比重と永久成長率の根拠)、④事業価値から株式価値へのブリッジ(遊休不動産・保険積立金等の非事業用資産の加算漏れ)、⑤感応度分析(レンジのどこを採用したかの理由)。この順に検討すれば主要な問題点は概ね発見できます。
事業計画がない中小企業でも、DCF法などの収益方式は使えますか?
使えます。将来期待純利益を過去実績の正常収益力(非経常損益を除去した直近数期の利益水準)から導く収益還元法に切り替える方法が代表的で、中小企業の価格決定実務で多用されます。裁判例にも、直近の利益実績と事業の進展経緯から将来も同程度の利益が見込まれるとして収益方式単独で評価したものがあります。実績が安定した会社では、計画がないことはむしろ推計の恣意性を減らす方向にも働きます。
会社側が作成した事業計画が恣意的で信用できない場合、どう争えばよいですか?
対応は5つです。①不合理な部分の保守的補正、②過去実績ベースの収益還元法への切替え、③予測期間の短縮・早期の継続価値化、④併用方式における収益方式の比重引下げ、⑤シナリオ別評価と感応度による幅の管理。立証面では、銀行提出用計画・予算・取締役会資料など別バージョンの計画を帳簿閲覧請求や求釈明で入手して評価用計画との異同を突き、過去計画の達成率を可視化し、計画作成時期と紛争の時系列を並べて恣意の方向性を示すことが有効です。なお収益方式の全面放棄は純資産法等への誘導となり、収益力のある会社の売主側にはかえって不利になり得る点に注意が必要です。
配当をしていない会社の株式は、配当還元法でほぼ無価値になるのですか?
なりません。配当の有無は支配株主が決める配当政策の産物であり、無配を理由に実際配当還元法で株価を潰す評価には循環論法との批判が成り立ちます。標準的な配当性向を仮定する標準配当還元法、内部留保の再投資を織り込むゴードン・モデル法への引き上げや、配当還元法自体の排斥を主張する余地があり、近年は配当還元法を不採用としてDCF法や純資産法を単独採用する裁判例も現れています。
相続税申告のときの株価評価額と、裁判所が決める株価は同じですか?
異なります。財産評価基本通達による評価(国税庁方式)は課税のための画一的な簡便法であり、裁判所の価格決定における「公正な価格」とは体系が別です。相続税評価額と裁判所の決定価格が数十倍離れることも、制度上当然に起こり得ます(第2講図解B)。税理士の通達評価だけを見て売買や遺産分割、買取交渉に応じるのは危険です。
裁判所の鑑定結果が出たら、もう争えないのですか?
争う余地はあります。鑑定書の前提(事業計画・割引率・非事業用資産の扱い等)に誤りがあれば、鑑定人への質問、補充鑑定の申立て、反対意見書の提出などで争えます。ただし裁判所が自ら選任した鑑定を覆すハードルは高いため、鑑定に進む前の私的鑑定書の提出と主張立証の段階で勝負の大勢を決める意識が重要です。
- 会社法〔e-Gov法令検索〕117条2項、144条2項・3項、182条の5、785条・786条2項
- 最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁、金判1466号8頁(道東セイコーフレッシュフーズ事件)評価手法の選択は裁判所の合理的な裁量に委ねられるが、採用した手法の内容・性格からして考慮することが相当でない要素を考慮して価格を決定することは許されないとし、収益還元法による買取価格の決定では非流動性ディスカウントを行うことができないとした決定
- 最決令和5年5月24日判タ1514号33頁、金判1684号9頁会社法144条2項の売買価格決定において、DCF法による評価額から非流動性ディスカウントを行うことができるとした決定。原審は広島高決令和3年12月21日
- 東京地決平成20年3月14日金判1289号8頁、東京高決平成22年5月24日金判1345号12頁(カネボウ事件)事業再生途上の会社の営業譲渡に反対する株主の買取請求について、配当還元方式・時価純資産方式・類似会社比準方式を排してDCF法を採用し、マイノリティ・ディスカウントおよび非流動性ディスカウントを否定。配当還元法の3類型を整理
- 東京地決平成20年1月22日金判1295号55頁、東京高決平成20年4月4日金判1295号49頁成長途上のベンチャー企業の40%株主の株式について、直近の利益実績と事業の進展から収益還元法単独で評価(1株1万2,929円)
- 東京地決平成26年9月26日金判1463号44頁(東京都観光汽船事件)DCF法845円・再調達時価純資産法997円・配当還元法162円を0.35:0.35:0.3で加重平均し1株693円と決定
- 大阪高決平成元年3月28日判時1324号140頁(ダスキン事件)少数株主の株式について配当還元法(ゴードン・モデル)を採用
- 東京高決平成28年9月14日判タ1433号134頁ゴルフ場経営会社の株式交換に反対する株主の買取請求について、DCF法を基礎に修正簿価純資産法を下支えとして用い、原審の2,740円を3万5,000円に変更
- 大阪地決平成27年7月16日金判1478号26頁標準配当還元法を用いて売買価格を決定
- 京都地決令和5年4月25日清算処分時価純資産法を用いて売買価格を決定
- 日本公認会計士協会・経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(改正2013年)、同第41号「事例に見る企業価値評価上の論点」
- 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第5回(2026年8月20日)資料
- 久保田安彦「譲渡制限株式の売買価格〔上〕〔下〕」商事法務2357号4頁・2358号62頁
条文のリンクは法令本文へ移動します。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。最高裁の裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。本講は公開時点の法令・裁判例・実務資料に基づく一般的な解説であり、個別の事案への適用については必ず専門家にご相談ください。
公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日