『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第25講】
裁判所に値段を決めてもらうといくらかかるのか
― 非訟事件のコスト・期間・鑑定のリアル:申立手数料1,000円の手続が、なぜ数百万円と数年を要するのか ―
「会社から買取通知が届き、20日以内に裁判所に価格決定を申し立てるかどうか決めなければなりません。裁判となると費用が心配です。弁護士費用のほかに、鑑定に何百万円もかかると聞きましたが、本当ですか。いつ終わるのでしょうか」
「私の株は、簿価純資産で計算すると800万円くらいです。会社は300万円と言っています。差額500万円のために裁判所に行く価値がありますか」
「(会社側から)株主から売買価格決定の申立てがされました。裁判所から鑑定費用の予納を求められるかもしれないと聞きました。会社側の負担はどこまでですか。決定までの間、供託したお金は戻らないのですか」
この講の結論
売買価格決定(会社法144条2項)や株式買取請求に伴う価格決定(117条2項、182条の5第2項、786条2項など)は、判決を求める訴訟ではなく非訟事件です(868条以下、非訟事件手続法)。非公開の審問期日で、裁判所が職権で事実を調査し、後見的に「相当な価格」を形成する手続で、申立手数料は収入印紙1,000円、訴訟のように請求額に比例した手数料はかかりません。それでも、この手続には現実の費用と時間がかかります。最大の費用要因は鑑定です。当事者双方の株価算定書が大きく乖離する事案では、裁判所が中立の鑑定人(公認会計士等)を選任し、その費用は事案の規模と論点の複雑さに応じて数百万円規模になることも珍しくなく、申立人が予納を命じられることがあります。期間は、鑑定を経る第一審で1年前後から2年、即時抗告・許可抗告と進めば最高裁の決定まで5年に及んだ例もあります。
この現実は、二つのことを意味します。第一に、対象株式の実質価値が数百万円程度の事案で価格決定手続まで戦い抜くことは、経済合理性を欠く場合がある一方、数千万円から億単位であれば、鑑定費用を投じてでも手続に乗せる価値は十分にあります。第二に、手続コストの見積り自体が交渉材料になるということです。会社側は「裁判所まで行けばあなたの持ち出しも大きい」と圧力をかけ、株主側は「価格決定までいけば実質価値ベースになる」と切り返す。双方の期待値とコストが交差する点に、和解の相場が形成されます。この均衡点を読むには、手続の実際を知っていなければなりません。
1価格決定手続は「訴訟」ではない ― 非訟事件の景色
第21講の売買価格決定、第22講の株式買取請求に伴う価格決定、第14講の全部取得条項付種類株式の取得価格決定や株式等売渡請求の売買価格決定は、いずれも会社法が定める非訟事件です(868条以下)。非訟事件とは、裁判所が権利義務の存否を判断する訴訟ではなく、法律関係を形成し、あるいは後見的に関与する手続で、非訟事件手続法(平成23年法律51号)が一般法として適用されます(会社法875条が適用を除外するのは同法40条と57条2項2号のみ)。訴訟との違いは、費用と期間を理解する前提として押さえておく必要があります。
← 表は横にスクロールできます →
| 項目 | 民事訴訟 | 価格決定の非訟事件 |
|---|---|---|
| 公開 | 口頭弁論は公開 | 非公開(非訟事件手続法30条)。裁判所が相当と認める者の傍聴は可 |
| 事実の収集 | 弁論主義。当事者が主張・立証した事実に基づく | 職権探知。裁判所は職権で事実を調査し、申立てまたは職権で証拠調べをする(同法49条1項)。当事者は協力義務(同条2項) |
| 期日 | 口頭弁論期日・弁論準備手続 | 審問期日。価格決定では裁判所は審問の期日を開いて申立人と相手方の陳述を聴かなければならない(会社法870条2項2号・3号) |
| 証拠調べ | 民事訴訟法の証拠調べ | 民事訴訟法の証拠調べ規定を大部分準用(非訟事件手続法53条)。鑑定もこの枠で行われる |
| 裁判の形式 | 判決。理由を付す | 決定。理由を付す(会社法871条) |
| 不服申立て | 控訴(2週間)→上告・上告受理申立て | 即時抗告(2週間の不変期間。会社法872条5号、非訟事件手続法67条)→高等裁判所の決定に対しては許可抗告(同法77条)または特別抗告(同法75条)で最高裁へ |
| 執行停止 | 控訴により確定が遮断される | 即時抗告には執行停止の効力(会社法873条本文) |
| 手数料 | 訴額に応じて増加(民事訴訟費用等に関する法律別表第一1項) | 申立て1件につき収入印紙1,000円(同法別表第一16項イ)。請求額に関係なく定額 |
| 手続費用の負担 | 敗訴者負担が原則(民事訴訟法61条) | 各自負担が原則(非訟事件手続法26条1項)。裁判所は事情により他の当事者に負担させることができる(同条2項) |
| 記録の閲覧 | 何人も閲覧可(原則) | 当事者・利害関係を疎明した第三者が裁判所の許可を得て閲覧(非訟事件手続法32条) |
| 和解 | 訴訟上の和解 | 可能。和解を調書に記載すれば確定した終局決定と同一の効力(非訟事件手続法65条) |
図表1 訴訟と非訟の違い ― 手数料は安く、期日は非公開、費用は各自負担が原則
非訟事件の特徴として実務上重要なのは三点です。第一に、職権探知であるため、裁判所は当事者の主張に縛られず、必要と認めれば鑑定を命じることができ、その費用の予納を当事者に求めます。第二に、手続費用は各自負担が原則で、勝っても相手方から弁護士費用や私的鑑定の費用を回収することはできません(鑑定費用の負担については裁判所が裁量で定めます)。第三に、和解が可能で、実務では審理の過程で和解に至る例が多く、和解調書は確定した決定と同じ効力を持ちます。
2手続の流れ ― 申立てから審問、鑑定、決定、抗告まで
図解A 価格決定手続の流れと、費用・時間が発生する地点
図解A 費用と時間の大部分は④の鑑定に集中する
審理の中心は、双方が提出する株価算定書と、それに対する反論です。第3講・第4講で見た評価手法の選択、事業計画の合理性、割引率、非流動性ディスカウントやマイノリティ・ディスカウントの要否が争点となり、裁判所はこれらを整理した上で、双方の算定書だけで判断するか、鑑定を命じるかを決めます。裁判所が鑑定を命じる場合、鑑定人の候補者、鑑定事項、費用の見積りが示され、予納が命じられます。この予納命令が、当事者にとって費用の現実を最も強く感じる瞬間であり、和解の一つの山になります。
3費用の全体像 ― 手数料・私的鑑定・裁判所鑑定・弁護士費用・資金コスト
← 表は横にスクロールできます →
| 費用項目 | 金額の目安 | 誰が負担するか | 備考 |
|---|---|---|---|
| 申立手数料 | 収入印紙1,000円(民事訴訟費用等に関する法律別表第一16項イ) | 申立人 | 請求額に比例しない。即時抗告・許可抗告の申立てにも定額の手数料 |
| 予納郵券 | 数千円(裁判所により異なる。千葉地裁の商事非訟事件一覧表では1,099円分または5,000円分) | 申立人 | 相手方への送付・呼出しに使用 |
| 私的鑑定(自派の株価算定書) | 数十万円〜数百万円 | 依頼した当事者。相手方から回収できない | 公認会計士・税理士・評価機関に依頼。会社の規模、評価手法の数、事業計画の作成を伴うかで変動。算定書の質が裁判所鑑定の要否と結果を左右する |
| 裁判所選任鑑定人の鑑定費用 | 数百万円規模になることも珍しくない。上場会社の大規模事案では数千万円に達した例がある | 裁判所が予納を命じる(申立人が命じられることが多い)。最終的な負担は裁判所が裁量で定める(非訟事件手続法26条) | 会社の規模、論点の複雑さ、鑑定人の作業量で決まる。負担割合も争点になる |
| 弁護士費用 | 事務所・事案により異なる。着手金+成功報酬型が一般的で、対象株式の価値(経済的利益)に応じて設定されることが多い | 依頼した当事者。相手方から回収できない | 抗告審は別途費用が生じるのが通常。見積りの前提(鑑定の有無、抗告の有無)を確認する |
| 資金コスト(会社側) | 供託金(144条の場合、1株当たり純資産額×株数。141条2項)が決定まで拘束される | 会社・指定買取人 | 144条には決定価格に対する利息の定めがない。買取請求(117条4項等)では効力発生日から60日経過後の法定利息が会社の負担になる |
| 資金コスト(株主側) | 決定・支払まで代金を受け取れない(144条では供託金の還付は価格確定後) | 株主 | 買取請求では会社の仮払い(117条5項等)を受けられることがある。144条には仮払いの定めがない |
| 時間・労力 | 資料の収集・整理、鑑定人への説明、期日出頭 | 双方 | 会社側は鑑定人への資料提出の負担が大きい |
図表2 費用の全体像 ― 手数料は安く、鑑定と弁護士費用と資金拘束が実質的な費用
訴訟と比べたとき、価格決定手続の手数料の安さは際立ちます。1億円の請求を訴訟で起こせば手数料は数十万円になりますが、非訟事件の申立てなら1,000円です。しかしそれは、手続の実質的な費用が手数料以外のところにあることを意味します。双方の算定書、裁判所鑑定、弁護士費用、そして決定までの資金拘束。これらを合計して初めて、手続の「値段」が見えます。
4最大のコスト要因「鑑定」 ― 選任、予納、負担、そして回避
鑑定が行われる場合。非上場株式の価格が争われる事案では、双方の算定書が大きく乖離するのが通常です。会社側は配当還元法や簿価純資産を基礎に低い価格を、株主側はDCF法や時価純資産法を基礎に高い価格を主張し、数倍から十数倍の差が生じることもあります。裁判所は、双方の算定書と主張立証で判断できると考えれば鑑定を命じませんが、評価の前提となる事実(事業計画の合理性、資産の時価、正常収益力)について中立の専門家の判断が必要と考えれば、鑑定人を選任します。鑑定人には公認会計士等が選任され、裁判所が鑑定事項(評価基準日、評価手法の指定または裁量、考慮すべき事情)を定めます。
予納と負担。鑑定費用は、裁判所が見積りに基づいて当事者に予納を命じます。予納を命じられるのは申立人であることが多く、株主側が申し立てた事案では株主側が、会社側が申し立てた事案では会社側が、まず立て替えることになります。最終的な負担は、非訟事件手続法26条により裁判所が定めます。各自負担が原則ですが(同条1項)、裁判所は事情により他の当事者に負担させることができ(同条2項)、実務では、双方の主張額と決定額との乖離に応じて按分する、折半する、申立人の負担とする、など事案に応じた判断がされています。上場会社の全部取得条項付種類株式の取得価格決定をめぐって、鑑定費用が約5,000万円に及び、少数株主がその負担を求められたことに対する国会請願が提出された例もあります(第168回国会・請願第924号)。非上場会社の事案の鑑定費用はこれより小さいのが通常ですが、数百万円規模は現実の数字です。
鑑定を回避する。双方の私的算定書と主張立証が充実していれば、裁判所が鑑定を経ずに価格を形成する例もあります。裁判所にとっても鑑定は時間と費用のかかる手続ですから、当事者が提出した算定書が信頼できる資料に基づき、評価手法の選択と計算過程が検証可能であれば、それを基礎に判断する方向に傾きます。したがって、私的算定書に投じる費用は、裁判所鑑定の費用と時間を節約する投資になります。反面、粗い算定書で高い金額を主張すれば、裁判所は鑑定に頼らざるを得なくなり、費用と時間が増えます。主張立証の質が、手続コストを直接左右します。
鑑定人への働きかけ。鑑定が命じられた場合、鑑定人は会社から計算書類・帳簿・事業計画・資産明細などの資料を取得して評価を行います。株主側は会社内部の資料にアクセスできませんから、鑑定人に対して「考慮すべき事項」(含み益のある不動産、オーナーへの過大な報酬や関連取引、簿外の負債や資産)を書面で指摘することが重要になります。会社側は、鑑定人の資料要求に対応する事務負担を負う一方、事業計画や設備投資の見込みなど、評価を下げる方向の事情を正確に伝える機会を持ちます。鑑定書が提出された後、双方は意見書を提出し、鑑定の前提や計算に誤りがあれば指摘します。裁判所は鑑定結果に拘束されませんが、実務上は鑑定結果を基礎として、必要な修正を加えて決定する例が多く見られます。
5期間の現実 ― 第一審1年前後、最高裁まで5年の例、その間の利息
第一審。申立てから決定までの期間は、鑑定を経ない場合で1年前後、鑑定を経る場合で1年半から2年程度を見込むのが実務感覚です。鑑定人の選任、鑑定事項の確定、資料の収集、鑑定書の作成、意見書の交換のそれぞれに数か月を要するためです。
抗告審以降。即時抗告がされれば高等裁判所での審理が加わり、さらに許可抗告が認められれば最高裁判所の判断を待つことになります。第4講・第21講で扱った最決令和5年5月24日(非流動性ディスカウントを許容)の事案は、第一審の広島地裁福山支部の決定が平成30年5月25日、抗告審の広島高裁の決定が令和3年12月21日、最高裁の決定が令和5年5月24日でした。第一審決定から最高裁決定まで5年、抗告審だけで3年半を要しています。すべての事案がこれほど長期化するわけではありませんが、法令解釈に争いのある論点(評価手法、ディスカウントの可否、基準時の解釈)を含む事案では、最終的な価格の確定まで数年を覚悟する必要があります。
待っている間の利息 期間の長さは、その間の資金の扱いによって重みが変わります。株式買取請求に伴う価格決定(117条、182条の5、470条、786条、798条、807条)では、会社は効力発生日から60日経過後の法定利率による利息を支払わなければならず(117条4項等)、会社側は利息負担を避けるため「公正な価格と認める額」を仮払いすることができます(同条5項等。第22講)。これに対し、譲渡承認請求に伴う売買価格決定(144条)には利息の定めも仮払いの定めもありません。会社側が供託した1株当たり純資産額×株数は、価格確定後に代金に充当されます(144条6項)が、決定額との差額に利息はつかず、株主は供託金の還付も価格確定まで受けられません。144条の手続では、時間の経過が株主側の負担になる構造であり、会社側が手続を急ぐ動機は弱くなります。株主側は、この構造を前提に、早期の和解と長期の決定のどちらが有利かを判断することになります。
6「コスト倒れ」ラインの見極め ― 三つの試算例
費用と期間の見積りができれば、手続に乗せる価値があるかを判断できます。対象株式の実質価値(第2講の「四つの値段」のうち、裁判所が決めると見込まれる価格)と、会社側の提示額との差額が、手続で得られる利益の上限です。そこから費用を差し引き、期間と不確実性を考慮したものが、手続の期待値になります。
← 表は横にスクロールできます →
| 項目 | 試算A 小規模 | 試算B 中規模 | 試算C 大規模 |
|---|---|---|---|
| 会社側の提示額 | 300万円(額面・配当還元ベース) | 1,500万円(簿価純資産の一部) | 5,000万円(配当還元と純資産の折衷) |
| 裁判所の決定の見込み額(実質価値ベース) | 800万円 | 6,000万円 | 3億円 |
| 差額(手続で得られる利益の上限) | 500万円 | 4,500万円 | 2億5,000万円 |
| 私的鑑定書 | 50万円〜 | 100万円〜200万円 | 200万円〜 |
| 裁判所鑑定(行われた場合の予納見込み) | 200万円〜(小規模でも作業量は減らない) | 300万円〜500万円 | 500万円〜数千万円 |
| 弁護士費用(着手金・報酬の合計。事務所により異なる) | 差額に対して相対的に高率になりやすい | 差額の一定割合 | 差額の一定割合 |
| 期間 | 1年〜2年 | 1年半〜2年、抗告があればさらに | 2年〜5年 |
| 判断 | 費用倒れの危険が大きい。鑑定なしで決着する見込みがなければ、任意交渉での上積みを優先 | 手続に乗せる価値あり。私的鑑定の質を高めて裁判所鑑定を回避できれば費用対効果が高い | 鑑定費用を投じても十分に合理的。抗告審まで見込んだ資金・時間計画が必要 |
図表3 三つの試算例 ― 差額が数百万円なら費用倒れ、数千万円以上なら合理的(数値は説明のための仮定)
試算Aのような事案では、手続に乗せて得られる500万円の差額の大部分が費用に消える可能性があります。この場合、手続の準備(私的算定書の取得と申立ての意思表示)を交渉材料として使い、任意交渉で提示額を上積みさせることが現実的な選択です。試算Bは、私的算定書の質で裁判所鑑定を回避できるかが分岐点で、費用対効果が最も設計次第で変わる領域です。試算Cは、費用を惜しむ理由がなく、むしろ抗告審・許可抗告まで見込んだ長期の資金計画と、その間の税務・相続(株主が高齢の場合、手続中に相続が発生することもあります)を考慮する必要があります。
もう一つの視点は、複数の少数株主が同時に手続をとる場合です。同じ会社の株式について複数の株主が価格決定を申し立てれば、評価の論点は共通ですから、私的鑑定書の費用を分担でき、裁判所鑑定も一つの手続で済むことが多く、一人あたりの費用は大きく下がります。第20講で見た少数株主の連携は、費用の面でも意味を持ちます。
7コストは交渉材料 ― 和解相場の形成と和解の時期
手続コストの見積りは、手続に乗せるかどうかの判断に使うだけでなく、交渉そのものの材料になります。会社側は「裁判所まで行けば、あなたも鑑定費用を予納し、弁護士費用を払い、2年待つことになる。今、この金額で決着したほうが得ではないか」と主張します。株主側は「価格決定までいけば、裁判所は実質価値ベースで決める。会社側も供託金を拘束され、鑑定に協力し、弁護士費用を払う。今、実質価値に近い金額で決着したほうが会社にとっても得ではないか」と切り返します。双方の期待値(見込まれる決定額×その確率)から費用と時間の負担を差し引いた値が交差する点に、和解の相場が形成されます。
図解B 和解相場の形成 ― 双方の期待値とコストの交差点
図解B 「裁判所がいくらと決めるか」の読みの精度が、和解の着地点を決める
和解の時期。非訟事件でも和解は可能で、和解調書は確定した決定と同一の効力を持ちます(非訟事件手続法65条)。実務上、和解が成立しやすい時期は三つあります。第一に、申立ての直前・直後です。株主側が私的算定書を添えて申立てをした(またはその準備を示した)段階で、会社側が「裁判所に行かれるより任意で買い取ったほうが安く早い」と判断する例です。第二に、鑑定費用の予納命令の前後です。裁判所が鑑定の見積りを示し予納を命じる段階で、双方が費用の現実に直面し、裁判所も和解を勧めます。第三に、鑑定書の提出後です。中立の鑑定人の評価額が出れば、決定の見込額がほぼ見えますから、その金額を基礎に和解が成立します。第一審の決定後、抗告審で和解する例もあります。
和解の条項。和解では、価格だけでなく、代金の支払時期と方法(分割払いなら担保や期限の利益喪失条項)、株券・名義書換、供託金の還付手続、他の株主権・請求権の放棄、口外禁止、税務上の処理(会社が買主なら源泉徴収の扱い)を定めます。第12講で見た株式譲渡契約の条項と、企業内部紛争36講・第35講の「実行できる和解」の視点がそのまま当てはまります。
8会社側・株主側それぞれの費用戦略
← 表は横にスクロールできます →
| 局面 | 株主側(申立人になることが多い) | 会社側・指定買取人 |
|---|---|---|
| 申立て前 | 計算書類・会計帳簿の閲覧(442条3項・433条)で評価の基礎資料を集め、私的算定書の精度を上げる。裁判所鑑定を回避できる質を目指す。複数株主なら共同で費用を分担 | 144条の供託資金(1株当たり純資産額×株数)の準備。分配可能額が足りないなら指定買取人ルート(第21講)。会社側も私的算定書を用意し、根拠のない低額提示を避ける |
| 申立て | 20日(144条)・30日+30日(117条等)の期限を守る。申立書に算定書と評価の主張を添付 | 株主側の申立てを待つか、会社側から申し立てるかを判断。144条では申立てがなければ純資産額で確定するため、会社側は申し立てない選択もある |
| 審問 | 鑑定人に指摘すべき事項(含み益、過大報酬、関連取引)を書面で整理。会社側の算定書の前提を検証 | 事業計画・設備投資・含み損・係争の資料を整え、評価を下げる方向の事情を正確に示す。鑑定人への資料提出の体制を組む |
| 鑑定の予納命令 | 予納額と決定見込額を比較し、和解を検討。予納が困難なら手続上の救助(非訟事件手続法29条)の申立ても制度上はあるが、要件は厳格 | 予納が会社側に命じられることもある。この段階の和解提案は費用対効果が高い |
| 鑑定書提出後 | 鑑定の前提・計算の誤りを意見書で指摘。鑑定額を基礎とする和解の検討 | 同左。鑑定額が会社側の想定を超える場合、抗告のコストと比較 |
| 決定・抗告 | 抗告のコスト(弁護士費用・期間・144条の無利息)と、決定額を受け入れる場合の比較。法令解釈の論点があれば許可抗告の可能性 | 抗告による執行停止(873条)で支払を遅らせることはできるが、117条等では利息が累積する |
| 税務 | 買主が会社なら、みなし配当か譲渡所得か(第13講・第22講)。相続株式の3年10か月(措法9条の7)は、手続の長期化で期限を過ぎるおそれがあるため、譲渡の時期の扱いを税理士と確認 | 会社が買主なら源泉徴収(20.42%)の要否と時期。供託金・仮払金の処理 |
図表4 局面ごとの費用戦略 ― 会社側は「時間」を、株主側は「情報と算定書の質」を武器にする
会社側の費用戦略の中心は、時間です。144条の手続では利息がつかず、供託金は拘束されるものの、決定が遅れるほど株主側の実質的な受取額は目減りします。会社側にとっては、根拠のある算定書で争い、鑑定に協力しつつ、和解のタイミングを見計らうのが基本です。ただし、根拠のない低額提示や資料の出し渋りは、裁判所の心証を損ね、鑑定を長引かせ、結果として会社側の費用も増やします。
株主側の費用戦略の中心は、情報と算定書の質です。申立て前の情報収集で会社の実力を把握し、信頼できる算定書を用意すれば、裁判所鑑定を回避できる可能性が高まり、和解交渉でも決定見込額を正確に読めます。逆に、情報のないまま高額を主張すれば、鑑定に頼らざるを得ず、費用と時間が増え、その負担は144条では株主側に寄ります。
PRACTICE NOTE
申立て前の費用・期間シミュレーション
当事務所が、価格決定の申立てをするかどうかのご相談で、依頼者と一緒に埋める表です。この表が埋まらないまま20日の期限を迎えることのないよう、買取通知が届く前から準備します。
← 表は横にスクロールできます →
| 項目 | 確認・試算の内容 | 判断への影響 |
|---|---|---|
| ① 会社側の提示額・供託額 | 買取通知・供託書面の金額。144条なら1株当たり純資産額×株数(施規25条) | 申立てをしなければこの額で確定する(144条5項)。差額の計算の起点 |
| ② 決定見込額のレンジ | 簿価純資産→時価純資産→DCF・収益還元の各手法での概算。売主・買主の属性、非流動性ディスカウントの見込み(第3講・第4講) | レンジの下限でも提示額を十分に上回るか。144条なら非流動性ディスカウント(最決令和5年5月24日)を織り込む |
| ③ 私的算定書の費用と期間 | 公認会計士等の見積り。申立期限(20日)に間に合う簡易版と、審理用の詳細版の二段構え | 算定書なしの申立ては裁判所鑑定を招きやすい |
| ④ 裁判所鑑定の見込み | 双方の算定書の乖離、評価の前提事実の争いの程度。過去の類似事案での鑑定の有無 | 鑑定が見込まれるなら予納額(数百万円規模)を資金計画に入れる |
| ⑤ 弁護士費用 | 着手金・報酬の算定基準、抗告審の扱い、鑑定対応の費用を確認 | 差額に対する比率で費用倒れの判定 |
| ⑥ 期間と資金拘束 | 第一審1年〜2年、抗告があればさらに。144条は無利息・仮払いなし、117条等は60日後から利息・仮払いあり | その間に代金を受け取れなくても生活・事業に支障がないか。株主が高齢なら相続発生のリスク |
| ⑦ 税務 | 買主が会社か指定買取人か。みなし配当の有無、相続株式の3年10か月の期限、譲渡の時期の扱い | 手取りベースでの差額を計算する(第13講) |
| ⑧ 和解の設計 | 下限額(これ以下なら手続を続ける)、和解の時期の候補(申立て直後・予納命令前後・鑑定後)、和解条項の準備 | 手続は和解のためにも使う。下限を決めておくことで交渉がぶれない |
| ⑨ 他の株主との連携 | 同じ立場の少数株主の有無、共同申立て・費用分担の可否 | 一人あたりの費用が下がり、交渉力が上がる |
この表を埋めた結果、「申し立てない」という結論になることもあります。その場合でも、算定書と申立ての準備を示して任意交渉で提示額を上積みさせる、という使い方が残ります。手続を知ることは、手続を使わないための判断にも役立ちます。
実務チェック
- 会社側の提示額・供託額と、実質価値ベースの決定見込額(レンジ)を比較し、差額を把握したか。
- 私的算定書の費用・期間の見積りを取り、申立期限に間に合う準備をしたか。
- 裁判所鑑定が行われる見込みと、その場合の予納額(数百万円規模)を資金計画に入れたか。
- 弁護士費用の算定基準(着手金・報酬・抗告審・鑑定対応)を確認し、差額との比率で費用倒れを判定したか。
- 144条の手続には利息も仮払いもなく、時間の経過が株主側の負担になる構造を理解したか。117条等では60日後から利息・仮払いがあることと区別したか。
- 期間(第一審1年〜2年、抗告審・許可抗告でさらに数年)の間の資金・生活・相続のリスクを検討したか。
- 買主が会社か指定買取人かによる税務(みなし配当の有無、3年10か月の期限)を手取りベースで計算したか。
- 和解の下限額と、和解の時期の候補(申立て直後・予納命令前後・鑑定後)を決め、和解条項を準備したか。
- 同じ立場の他の株主との共同申立て・費用分担の可否を検討したか。
- (会社側)供託資金・指定買取人の選択、私的算定書の用意、鑑定人への資料提出体制、和解提案の時期を設計したか。
よくある質問
裁判所に価格を決めてもらうのに、結局いくらかかるのですか。
裁判所に納める手数料は収入印紙1,000円と予納郵券数千円で、訴訟のように請求額に比例した手数料はかかりません(民事訴訟費用等に関する法律別表第一16項イ)。実質的な費用は三つです。第一に、自派の株価算定書(私的鑑定)の費用で、公認会計士等への報酬として数十万円から数百万円。第二に、裁判所が鑑定人を選任した場合の鑑定費用で、会社の規模と論点の複雑さにより数百万円規模になることも珍しくなく、申立人が予納を命じられることが多いです(最終的な負担は裁判所が定めます。非訟事件手続法26条)。第三に、弁護士費用で、事務所・事案により異なりますが、着手金と成功報酬を対象株式の価値に応じて設定する形が一般的です。これらに加えて、決定までの1年から2年(抗告があればさらに)の間、代金を受け取れない資金拘束があり、譲渡承認請求に伴う144条の手続では利息もつきません。対象株式の実質価値と会社側の提示額の差額が数百万円程度なら費用倒れの危険があり、数千万円以上なら手続に乗せる価値は十分にあります。まず、差額と費用の試算表(第9節)を埋めることをお勧めします。
私の株は簿価純資産で800万円、会社の提示は300万円です。500万円の差額のために裁判所に行く価値がありますか。
慎重な判断が必要な領域です。500万円の差額に対し、私的算定書の費用、弁護士費用、そして裁判所鑑定が行われればその予納が必要になり、費用の合計が差額のかなりの部分を占める可能性があります。もっとも、二つの点を確認してください。第一に、800万円は簿価純資産であり、裁判所の決定見込額はそれと異なることがあります。含み益のある不動産があれば時価純資産はもっと高く、収益力が高ければDCF法・収益還元法による価値も高くなります(第3講)。差額が500万円ではなく2,000万円であれば判断は変わります。第二に、手続に乗せなくても、算定書を用意して申立ての意思を示すこと自体が交渉材料になります。会社側にとっても、手続に応じれば供託金の拘束、鑑定への協力、弁護士費用という負担が生じますから、「裁判所に行かれるより上積みして任意で決着したほうが安い」と判断する余地があります。会社側の提示額300万円が実質価値の半分以下であれば、その上積みを求める交渉には十分な根拠があります。手続の準備を、手続を使わないための交渉に使う、という設計です。
(会社側)株主から価格決定の申立てがされました。鑑定費用は会社が払わなければなりませんか。供託したお金はいつ戻りますか。
鑑定費用の予納は、裁判所が当事者に命じます。申立人(この場合は株主側)に命じられることが多いですが、会社側に命じられることもあり、最終的な負担は裁判所が事情に応じて定めます(非訟事件手続法26条)。双方の主張額と決定額の乖離に応じて按分する、折半する、といった判断がされています。会社側が費用を抑える最も効果的な方法は、根拠のある私的算定書を提出し、鑑定人への資料提出に誠実に協力して、鑑定を不要にするか短期で終わらせることです。資料の出し渋りや根拠のない低額主張は、鑑定を長引かせ、会社側の費用も増やします。供託金(144条の場合、1株当たり純資産額×株数)は、売買価格が確定したときに代金に充当され(144条6項)、確定までは拘束されます。決定額が供託額を上回れば差額を追加で支払い、下回れば差額の還付を受けることになります。144条の手続では決定額に利息はつきませんが、株式買取請求に伴う価格決定(117条等)では効力発生日から60日経過後の法定利息が会社の負担になりますので、その場合は「公正な価格と認める額」の仮払い(117条5項等)で利息を抑えることを検討してください(第22講)。会社が買主となる場合の源泉徴収(みなし配当部分の20.42%)の要否と時期も、税理士と確認が必要です。
手続はどのくらいの期間かかりますか。その間、お金は受け取れないのですか。
第一審は、鑑定を経なければ1年前後、鑑定を経れば1年半から2年程度を見込みます。即時抗告がされれば高等裁判所での審理が加わり、法令解釈の重要な論点があれば高裁の許可を得て最高裁まで進むこともあります。最決令和5年5月24日の事案では、第一審の決定(平成30年5月)から最高裁の決定(令和5年5月)まで5年を要しました。その間の代金の扱いは手続によって異なります。譲渡承認請求に伴う売買価格決定(144条)では、会社側が供託した金額は価格確定後に代金に充当され、株主が受け取れるのは確定後で、決定額に利息もつきません。株式買取請求に伴う価格決定(117条、786条等)では、会社は効力発生日から60日経過後の法定利息を支払う義務があり、決定前に「公正な価格と認める額」を仮払いすることができますので、仮払いがあればその部分は先に受け取れます。144条の手続では時間の経過が株主側の負担になる構造ですから、早期の和解と長期の決定のどちらが有利かを、決定見込額と時間の価値を比較して判断します。高齢の株主の場合、手続中に相続が発生すれば、相続人が手続を承継することになり、相続税の申告との関係も生じますので、その点も考慮に入れます。
「裁判所に価格を決めてもらう」ことと「業者に株を売る」ことは、どちらが得ですか。
本講で見たとおり、価格決定手続には費用と時間がかかります。この負担感につけ込む形で登場したのが、「非上場株式を買い取ります」と謳う株式買取業者でした。業者に売れば、手続の費用も時間もかからず、すぐに現金になる、という訴求です。しかし、次の第26講で詳しく扱うとおり、大阪高判令和6年7月12日(判タ1530号86頁)は、株式買取業者が譲渡制限株式を買い取って会社に対して権利を行使し換価するというビジネスモデルの一類型について、弁護士法73条に違反し売買契約自体が無効であると判断しました。無効であれば、売却したつもりの株主は株主の地位に戻り、受け取った代金の清算が問題になります。また、業者が提示する価格は、業者が後に会社との交渉や価格決定で得ようとする金額から業者の利益と費用を差し引いたものですから、株主が自ら手続を進めた場合より低くなるのが通常です。手続の費用と時間は、弁護士と公認会計士に依頼して自分で手続を進めることで管理でき、和解による早期解決も可能です。「手間の省略」を業者に委ねることの対価は、価格の大幅な下落と、契約無効のリスクです。
おわりに ― 値段の値段を知る
非上場株式の値段は、最終的には裁判所が決めることができます。しかし、裁判所に決めてもらうこと自体に値段があります。手数料は1,000円でも、算定書、鑑定、弁護士費用、そして時間と資金の拘束を合計すれば、その値段は数百万円と数年になり得ます。この「値段の値段」を知っていれば、手続に乗せるべき事案と乗せるべきでない事案を見分けられ、乗せない場合でも手続の準備を交渉に使え、乗せた場合でも和解の時期と金額を設計できます。第Ⅰ部で見た評価の理論と、本講の手続の現実の両方を持っていることが、非上場株式の紛争で「相場」を読む条件です。
明徳法律事務所(大阪市西区)では、価格決定の申立てをするかどうかの判断のための費用・期間シミュレーション、公認会計士・税理士と協働した私的算定書の準備、申立てから審問・鑑定対応・抗告までの手続代理、各段階での和解の設計を、株主側・会社側いずれの立場でもお引き受けしています。次回は、この手続の負担感につけ込んだ株式買取業者のビジネスモデルを裁判所が違法と断じた、本連載の核心となる判決を扱います。
この講の主な根拠条文・裁判例・資料
- 会社法〔e-Gov法令検索〕117条、141条2項、144条、182条の5、433条、442条3項、470条、786条、798条、807条、868条1項、870条2項2号・3号、870条の2、871条〜873条、875条
- 非訟事件手続法〔e-Gov法令検索〕26条(手続費用の負担)、29条(手続上の救助)、30条(非公開)、32条(記録の閲覧)、49条(職権探知)、53条(証拠調べ)、65条(和解)、66条・67条(即時抗告)、75条(特別抗告)、77条(許可抗告)
- 民事訴訟費用等に関する法律〔e-Gov法令検索〕3条、別表第一16項イ(非訟事件の申立て 1,000円)
- 租税特別措置法〔e-Gov法令検索〕9条の7
- 最決令和5年5月24日判タ1514号33頁(原々審・広島地福山支決平成30年5月25日、原審・広島高決令和3年12月21日)会社法144条2項の売買価格決定において非流動性ディスカウントを許容した判例。第一審決定から最高裁決定まで5年を要した事案(第4講・第21講)
- 大阪高判令和6年7月12日判タ1530号86頁株式買取業者による譲渡制限株式の譲受けを弁護士法73条違反により無効とした判決(第26講)
- 裁判所ウェブサイト「商事非訟事件 予納郵便切手等一覧表」(千葉地方裁判所)売買価格決定・買取価格決定申立ての申立手数料・予納郵券
- 参議院「株式を強制取得された少数株主が価格の決定を求めた場合等において、鑑定費用を株主負担としないことに関する請願」(第168回国会・請願第924号)上場会社の取得価格決定事案における鑑定費用約5,000万円とその負担に関する記載
- 加藤真朗編著『株主管理・少数株主対策ハンドブック』(日本加除出版、2022年)、同編著『弁護士・公認会計士の視点と実務 中小企業のM&A〔第2版〕』(日本加除出版、2023年)第4章
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。費用・期間の目安は当事務所の実務経験と公表資料に基づく一般的な水準であり、個別の事案により異なります。
公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日