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『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第2講】

あなたの会社の株には「4つの値段」がある ― 額面・税務・簿価・裁判所:同じ1株に併存する価格の正体 ―

『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第2講】

02第Ⅰ部 価格編 ― 株の値段はこう決まる第2講

あなたの会社の株には「四つの値段」がある
― 額面・税務・簿価・裁判所:同じ1株に併存する価格の正体 ―

「相続税の申告書では、父から相続した株は1株1万円と評価されていました。会社は『申告書どおり1株1万円で買い取る』と言っています。会社の純資産は50億円、発行済株式は10万株です」

「顧問税理士に聞いたところ、少数株主の株は配当還元方式で1株500円だと言われました。この金額で買い集めれば問題ありませんか」

この講の結論

非上場株式の「1株いくらか」という問いに、唯一の正解はありません。同じ1株に、①額面・出資額、②税務上の評価額、③会計上の簿価純資産、④裁判所が決める価格という、出どころも目的も違う四つの値段が併存しています。①には法律上の意味がほとんどなく、②は課税のための画一的な計算値、③は決算書から機械的に出る目安、④が会社法上の買取りの場面で最終的に通用する値段です。

紛争は、会社側が①や②を根拠に低い価格を示し、株主側が④を求める場面で生まれます。交渉の前に、目の前の数字がどの値段なのかを見分けること。そして、いま自分が立っている場面(任意の売買か、譲渡承認請求か、相続税か、遺産分割か)でどの値段が通用するのかを知ること。この二つが、値段をめぐる争いの出発点です。

1「1株いくら」に答えが一つない理由

上場株式であれば、「1株いくらか」は取引所の終値を見れば済みます。相続税の申告も、売買も、遺産分割も、基本的には同じ市場価格を出発点にできます。非上場株式にはこの共通の物差しがありません。そこで、法律や税務のそれぞれの制度が、それぞれの目的に合わせて「値段の決め方」を用意しました。相続税法は課税の公平のために画一的な計算方法を通達で定め、会社法は買取りの場面で裁判所が個別の事情を考慮して価格を決めると定め、会計は決算書上の純資産という数字を毎期作り出します。

その結果、同じ会社の同じ株式に、目的の異なる複数の値段が同時に存在することになります。どれが「本当の値段」かという問いは、そもそも成り立ちません。値段は目的に従属する。これが非上場株式の価格を考えるときの前提です。

ところが、相談の現場では、この前提が共有されていないまま交渉が始まります。会社側は「税理士が計算した評価額」を唯一の正解のように示し、株主側は「会社の純資産を株数で割った金額」を当然の権利のように主張する。どちらも、自分の手元にある値段が四つのうちの一つにすぎないことに気づいていません。本講では、四つの値段を一つずつ解剖し、それぞれがどの場面で通用するのかを整理します。

2四つの値段の一覧

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値段 出どころ 使われる場面 法律上の意味 根拠
① 額面・出資額 設立時・増資時の払込金額。旧額面株式の券面額 心理的な基準。「出資したときの金額で買い戻す」という提案 ほぼない。額面株式は平成13年商法改正で廃止。取得費として税務上の意味は残る 所得税法38条(取得費)
② 税務上の評価額 財産評価基本通達による計算(類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式) 相続税・贈与税の申告、個人・法人間の売買の課税判定 課税のための「時価」。会社法上の買取価格を拘束しない 相続税法22条、財産評価基本通達178〜189、所得税基本通達59-6、法人税基本通達9-1-13・9-1-14
③ 簿価純資産 貸借対照表の純資産の部を発行済株式数で割った額 社内的な目安、簡易な合意、会社法上の「一株当たり純資産額」 売買価格決定の申立てがない場合の法定価格、買取通知時の供託額の基準 会社法141条2項、144条5項、会社法施行規則25条
④ 裁判所が決める価格 DCF法・純資産法・配当還元法等を用いた非訟事件の決定 売買価格決定(144条)、売渡請求の価格決定(177条)、株式買取請求の価格決定(117条・786条等)、スクイーズアウトの価格決定 会社法上の買取りで最終的に通用する価格 会社法144条3項「一切の事情」、117条・786条「公正な価格」

図表1 同じ株式に併存する四つの値段

3第一の値段:額面・出資額 ― 法律上の意味はほぼ失われた

「設立のときに1株5万円で出資してもらったのだから、5万円で買い戻す」。オーナー側からこの提案が出ることは珍しくありません。感覚としては理解できる考え方ですが、法律上の根拠はありません。

かつての商法には額面株式の制度があり、株券に券面額が記載されていました。しかし、この制度は平成13年の商法改正で廃止され、現在の会社法に額面株式はありません。株式は会社の価値を細分化した持分であり、会社が成長して純資産や収益力が大きくなれば、1株の価値も出資時から離れていきます。逆に、会社が損失を重ねていれば、出資額を下回ることもあります。出資額は、株式を取得した時点の「原価」であって、現在の「価値」ではありません。

ただし、出資額は税務の場面で意味を持ちます。株式を売却したときの譲渡所得は、売却代金から取得費を差し引いて計算され(所得税法33条・38条)、設立時の払込額や購入代金がこの取得費になります。相続で取得した株式は、被相続人の取得費を引き継ぎます(同法60条1項)。また、財産評価基本通達の配当還元方式では、「1株当たりの資本金等の額」が算式に組み込まれており、資本金等の額を50円で割った株数に換算して計算します。額面は消えましたが、その名残は税務の計算式の中に生きています(第13講)。

交渉の場で「額面で」「出資額で」と言われたときは、それが法律上の基準ではなく、提案者の希望価格にすぎないことを確認したうえで、他の三つの値段と比べる必要があります。

4第二の値段:税務上の評価額 ― 課税のための画一的な計算

「時価」とは何か

相続税法は、相続や贈与で取得した財産の価額を「当該財産の取得の時における時価」によると定めています(相続税法22条)。最高裁は、この時価とは客観的な交換価値をいうと解しています(最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁)。ただ、非上場株式の客観的な交換価値を個別に算定することは納税者にも税務署にも負担が大きいため、国税庁は財産評価基本通達で画一的な計算方法を定め、実務はこれに従って動いています。通達そのものは法律ではなく、国民を直接拘束する効力はありませんが、実際には法源と同じように機能しています。

ここで押さえておくべきことは、税務上の評価額は「課税の公平」という目的のために設計された数字であり、その株式を売買したときに実際に得られる価値を示すものではないということです。同じ株式でも、取得した株主が誰かによって計算方法が変わるという一点だけでも、これが売買の値段とは別物であることが分かります。

誰が取得するかで計算方法が変わる ― 株主区分

財産評価基本通達は、非上場株式を「取引相場のない株式」と呼び、まず株式を取得した株主が「同族株主等」に当たるかどうかで評価方法を分けます。同族株主等に当たれば、会社の資産や収益に着目した原則的評価方式(類似業種比準方式・純資産価額方式、またはその併用)で評価します。当たらなければ、配当を受けること以外に株式から利益を得られない立場と見て、特例的評価方式である配当還元方式で評価します(通達188・188-2)。

図解A 財産評価基本通達による評価方式の決まり方(概要)

株式を取得した株主は「同族株主等」か同族株主(30%以上のグループ。50%超のグループがあればそのグループのみ)に属し、取得後の議決権割合が5%以上、または5%未満でも中心的な同族株主・役員など
▼該当する/しない
同族株主等に該当 → 原則的評価方式会社規模(従業員数・総資産・取引金額)で大会社・中会社・小会社に区分し、
大会社:類似業種比準方式(純資産価額方式も選択可)
中会社:類似業種比準と純資産価額の併用(L=0.9/0.75/0.6)
小会社:純資産価額方式(併用も選択可)
株式保有特定会社・土地保有特定会社・開業後3年未満などの「特定の評価会社」は原則として純資産価額方式(通達189)
該当しない → 特例的評価方式(配当還元方式)配当還元価額=(年配当金額÷10%)×(1株当たりの資本金等の額÷50円)
年配当金額は直前期末以前2年間の平均。2円50銭未満または無配の場合は2円50銭として計算
原則的評価方式による価額を超える場合は、原則的評価方式による価額とする

同族株主等の判定は、課税時期における取得者とその同族関係者の議決権割合で行います。図中の区分は概要であり、実際の適用には通達本文と実務資料の確認が必要です。

図解A 同じ株式でも「誰が取得したか」で評価方式が変わる

設例で見る配当還元方式の低さ

配当還元方式がどれほど低い数字になるかを、設例で確認します。資本金等の額1,000万円、発行済株式数200株(1株当たりの資本金等の額5万円)、純資産5億円、無配が続いている会社を想定します。

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計算 数値 説明
1株当たりの資本金等の額 5万円 1,000万円÷200株
50円換算の株式数 20万株 1,000万円÷50円
年配当金額(50円換算1株当たり) 2円50銭 無配なので最低額の2円50銭を用いる
50円換算1株当たりの配当還元価額 25円 2円50銭÷10%
実際の1株当たりの配当還元価額 2万5,000円 25円×(5万円÷50円)
参考:1株当たり簿価純資産 250万円 5億円÷200株

図表2 設例:無配会社の配当還元価額と簿価純資産の比較(数値は説明のための仮定)

この設例では、配当還元方式による評価額は簿価純資産の100分の1です。無配の会社では配当還元価額は下限の計算になるため、会社の実態がどうであれ、資本金等の額から機械的に決まる金額に張り付きます。会社側が「税理士が評価した金額」として少数株主に提示する数字は、多くの場合この配当還元価額です。それは相続税や贈与税の申告では正しい数字ですが、その株主が会社法の手続で買取りを求めたときに裁判所が採用する数字とは別物です。

所得税・法人税の「時価」 ― 売買の場面の税務評価

相続税評価とは別に、株式を売買したときの課税でも「時価」が問題になります。個人が法人に株式を譲渡する場合、所得税基本通達59-6は、財産評価基本通達を一定の修正を加えて準用します。修正の主な内容は、同族株主かどうかの判定を「譲渡直前」の譲渡人の議決権数で行うこと、中心的な同族株主に当たる場合は会社を小会社として評価すること、土地や上場株式は時価で評価すること、純資産価額の計算で法人税額等相当額を控除しないこと、です。最高裁は、この「譲渡直前」の判定を通達の文言以前に法の趣旨から導き(最判令和2年3月24日集民263号63頁)、国税庁はこれを受けて令和2年8月に通達の文言を改めました。法人が株式を評価する場合も、法人税基本通達9-1-13・9-1-14が同様の考え方を定めています。

この場面で問題になるのは、税務上の時価より著しく低い価格で売買したときの課税です。個人が法人に時価の2分の1未満で譲渡すれば時価で譲渡したものとみなされ(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)、個人間で著しく低い価額で譲り受けた側には贈与税がかかり(相続税法7条)、法人が低額で取得すれば受贈益が課税され得ます。つまり、「安く買い取れた」つもりが、税務上は時価との差額に課税されることがあります。この論点は第13講で扱いますが、四つの値段の中で②の税務評価が独自の存在感を持つのは、売買の場面でも課税の物差しとして必ず登場するからです。

5第三の値段:簿価純資産 ― 決算書から出る目安と、会社法上の意味

三つめの値段は、貸借対照表の純資産の部の合計額を発行済株式数(自己株式を除く)で割った、1株当たりの簿価純資産です。決算書があれば誰でも計算でき、会社の「解散価値」の目安として直感的に理解しやすいため、社内の株式移動や親族間の売買では、この数字が使われることが少なくありません。

ただし、簿価純資産には二つの限界があります。第一に、帳簿価額と時価のずれです。取得から数十年を経た土地、株式、保険積立金には含み益が、回収の見込みのない売掛金や陳腐化した在庫、計上されていない退職給付債務には含み損が隠れています。第二に、収益力を反映しないことです。同じ純資産の会社でも、毎年安定して利益を出す会社と赤字が続く会社では、株式の価値は当然に異なります。裁判所の価格決定では、簿価純資産法がそのまま採用されることはほとんどなく、資産を時価に引き直した時価純資産法や、収益力を反映するDCF法との併用が行われます(第3講)。

一方で、簿価純資産は会社法上、独自の役割を持っています。会社法は「一株当たり純資産額」という概念を定めており(会社法施行規則25条)、譲渡承認請求の手続で会社または指定買取人が買取りを通知するときは、この一株当たり純資産額に株式数を乗じた額を供託しなければなりません(会社法141条2項、142条2項)。さらに、買取通知から20日以内に売買価格決定の申立てがなく、協議も成立しなかった場合には、この一株当たり純資産額に株式数を乗じた額が売買価格になります(144条5項)。相続人等に対する売渡請求の場面には供託の規律はありませんが、請求から20日以内に申立てがなく協議も成立しなければ、売渡請求そのものが効力を失うという別の形の期限が置かれています(177条5項)。

この規律は、株主側にとって重要な意味を持ちます。裁判所への申立てを期限内にしなければ、価格は簿価ベースの純資産額で自動的に決まってしまうということです。含み益や収益力のある会社の株主にとっては、申立期限を落とすことが、④の値段を求める道を自ら閉ざすことになります。逆に、含み損を抱えた会社では、簿価純資産額が実際の価値より高いこともあり、会社側にとっては申立てをする動機になります。

6第四の値段:裁判所が決める価格 ― 「一切の事情」の中身

四つめの値段は、会社法の手続で裁判所が決める価格です。譲渡承認請求に伴う売買価格決定では、裁判所は「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情」を考慮して価格を決めます(144条3項)。相続人等に対する売渡請求の価格決定も同じ文言です(177条3項)。反対株主の株式買取請求では「公正な価格」(116条1項、785条1項等)、特別支配株主の株式等売渡請求や株式併合による締出しでも「公正な価格」や「売買価格」が裁判所によって決められます。

条文には計算方法が書かれていません。そこで裁判所は、公認会計士等の鑑定人による評価や当事者の提出する株価算定書を踏まえ、DCF法、時価純資産法、配当還元法などの評価手法を、事案に応じて選択し、あるいは加重平均して価格を決めてきました。どの手法を、どの割合で使うかは、会社の性質(継続企業か資産保有会社か)と、株式の地位(支配株主か少数株主か)に左右されます。この選択そのものが第一の争点であり、評価手法の中身が第3講、裁判所の考え方の変遷と学説の対立が第4講のテーマです。

ここでは、④の値段の性格を理解するために、最高裁が示した二つの判断を挙げておきます。

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裁判例 場面 判断
最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁 非上場会社の吸収合併に際する反対株主の株式買取請求(785条)。収益還元法で買取価格を決定 収益還元法を用いて価格を決定する場合、非流動性ディスカウント(市場性がないことを理由とする減価)を行うことはできない
最決令和5年5月24日判タ1514号33頁、金判1684号9頁 譲渡承認請求に伴う売買価格決定(144条2項)。DCF法で評価 譲渡制限株式に市場性がないことを理由に減価を行うのが相当と認められるときは、任意に譲渡される場合と同様に非流動性ディスカウントを行うことができる。DCF法の算定過程で市場性がないことが考慮されていない場合、評価額から減価できる(原審は30%の減価を是認)

図表3 非流動性ディスカウントに関する二つの最高裁決定

同じ非上場株式でも、株式買取請求の場面と譲渡承認請求の場面で、市場性のないことを減価の理由にできるかどうかが分かれました。前者は会社の組織再編によって株主が退出を強いられる場面であり、後者は株主が自らの意思で株式を譲渡しようとする場面です。裁判所の決める価格が「一切の事情」を考慮するといっても、それは場面ごとの制度の趣旨に沿った考慮であり、手続が違えば同じ株式に違う値段がつくことを、この二つの決定は示しています。

もう一点。④の値段は、常に②や③より高いわけではありません。少数株主の株式を会社が買い取る場面で、裁判所が配当還元法を相当の比重で用いた例は多く(第1講図表2、第4講)、少数株主の側から見れば期待を下回る価格になることもあります。他方、少数株主に配当還元法を用いたうえで、さらに少数株主であることを理由とするマイノリティ・ディスカウントを重ねることは相当でないとした裁判例もあります(大阪地決平成25年1月31日判時2185号142頁)。裁判所の価格は、鑑定と主張立証の積み重ねで決まる、動く値段です。

7四つの値段の開きが紛争を生む

四つの値段の開きは、実際の裁判例の数字で見ると分かりやすくなります。第1講で触れた札幌の事件(札幌地決平成16年4月12日判タ1216号274頁、札幌高決平成17年4月26日判タ1216号272頁)では、会社が少数株主(持株比率6.56%)の株式を買い取る売買価格決定で、配当還元法による評価額が600円、再調達時価純資産法とDCF法による評価額がいずれも1万7,383円で、裁判所は0.25:0.25:0.5の割合で加重平均して1万3,187円と決定しました。

図解B 同じ株式に対する評価額の開き(札幌高決平成17年4月26日の事案)

  • 配当還元法600円
  • 再調達時価純資産法1万7,383円
  • DCF法1万7,383円
  • 裁判所の決定価格1万3,187円(0.25:0.25:0.5で加重平均)

配当還元法による評価額は、他の二つの手法の約29分の1でした。少数株主の株式であっても、裁判所は配当還元法だけで価格を決めたわけではありません。

図解B 評価手法による開きと、裁判所の決定価格

この事案で、もし会社が配当還元法の600円を「税理士の評価額」として提示し、株主がそれを受け入れていれば、裁判所の決定価格の20分の1以下で手放していたことになります。逆に、株主が「純資産で1万7,383円が当然だ」と主張し続けていれば、裁判所の決定価格には届きませんでした。四つの値段のどれかを唯一の正解と信じることが、双方にとって判断の誤りになる。これが本講の要点です。

紛争の典型的な構図は、次のように整理できます。会社側は、②の税務評価(とくに配当還元価額)や①の出資額を根拠に低い価格を提示します。株主側は、③の簿価純資産や、それを時価に引き直した金額、あるいはDCF法による評価を根拠に高い価格を求めます。双方が自分の値段を「正しい値段」と信じている限り交渉は動かず、最後に④の手続に進んで、裁判所が両者の中間に位置する値段を決める。この構図を最初から見通しておけば、交渉の落としどころも、手続に進むかどうかの判断も、はるかに合理的になります。

8場面別に、どの値段が通用するか

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場面 通用する値段 注意点
任意の売買交渉(会社・オーナー・他の株主との売買) 法律上の基準はない。四つの値段はいずれも交渉材料 合意した価格が税務上の時価と著しく離れると、みなし譲渡・みなし贈与・受贈益の課税が生じ得る(第13講)。会社が自己株式として取得する場合は財源規制と手続の制約がある(第12講)
譲渡承認請求に伴う会社・指定買取人の買取り ④ 裁判所が決める価格。協議が調えば協議価格 買取通知から20日以内に申立てがなければ③の一株当たり純資産額で確定(144条5項)
相続人等に対する売渡請求 ④ 裁判所が決める価格。協議が調えば協議価格 請求から20日以内に申立てがなければ売渡請求自体が失効(177条5項)
反対株主の株式買取請求、スクイーズアウト ④ 「公正な価格」 組織再編のシナジーの分配や、手続の公正さが価格判断に影響する(第14講・第22講)
相続税・贈与税の申告 ② 税務上の評価額 取得者が同族株主等かどうかで評価方式が変わる。申告書の評価額は遺産分割の基準ではない
遺産分割 分割時の時価。相続人間で合意できなければ家庭裁判所で鑑定 相続税評価額や額面での分割提案に応じる義務はない(第18講)
遺留分侵害額請求 相続開始時の時価(民法1043条1項) 株式を後継者に集中させた場合に、他の相続人との間で評価が争点になる(第19講)
従業員持株会の退会時の買戻し 持株会規約の定め(取得価額や配当還元価額)が有効とされることがある 規約と運用の実態による(第11講)

図表4 場面別に通用する値段

表を見れば分かるとおり、②の税務評価が「正解」になる場面は、相続税・贈与税の申告と、売買の課税判定に限られます。それ以外の場面で②を持ち出すのは、交渉上の一つの主張にすぎません。逆に、株主側が④を求めるためには、譲渡承認請求などの会社法上の手続に乗る必要があり、任意の交渉で「裁判所ならこう決めるはずだ」と主張しても、それだけでは相手を拘束しません。どの値段が通用するかは、どの手続に乗っているかで決まるのです。

PRACTICE NOTE

四つの値段を自分で並べる手順

交渉に入る前に、四つの値段を一枚の表に並べておくと、相手の提示額がどこに位置するのかが一目で分かります。会社側でも株主側でも、手順は同じです。

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値段 手に入れる方法 見るべき点
① 出資額・取得価額 設立時の定款・払込証明、株式譲渡契約書、相続税申告書、贈与契約書 取得費として譲渡所得の計算に使う。売買価格の根拠にはならない
② 税務上の評価額 相続税・贈与税申告書に添付された「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」。なければ税理士に依頼 どの株主区分・どの評価方式で計算されたか。配当還元方式なら、同族株主等が取得した場合の原則的評価額も併せて把握する
③ 簿価純資産 直近の貸借対照表の純資産の部合計÷(発行済株式数−自己株式数) 含み益・含み損の大きい資産(土地、有価証券、保険積立金、回収不能債権、退職給付債務)を洗い出し、時価に引き直した場合の概算も作る
④ 裁判所が決める価格の見込み 公認会計士等による株価算定。費用と時間がかかるため、まず③の時価修正と収益力の概算から幅を見積もる 会社の性質(継続企業か資産保有か)と株式の地位(支配か少数か)から、裁判所が採りそうな手法を想定する(第3講・第4講)

株主側は、②と③のもとになる資料が手元にないことが多いはずです。計算書類は株主であれば閲覧・謄写を請求でき(会社法442条3項)、総株主の議決権または発行済株式の3%以上を持つ株主は、理由を明らかにして会計帳簿とその関連資料の閲覧・謄写を請求できます(433条1項)。最高裁は、譲渡制限株式を譲渡しようとする株主が適正な価格を算定する目的で会計帳簿の閲覧を請求することは、特段の事情がない限り拒絶事由に当たらないとしています(最判平成16年7月1日民集58巻5号1214頁)。資料の取得方法は第7講で扱います。

会社側は、②の配当還元価額だけを提示して交渉を始めることの限界を知っておくべきです。株主が会社法の手続に進めば④の値段が問題になり、そのときに②と④の差が大きければ、交渉で費やした時間は無駄になります。最初から③の時価修正後の数字と、④の見込みの幅を把握したうえで、どこまで出せるかを決めておくほうが、結果として早く安く収まることが多いといえます。

実務チェック

  • 相手から提示された金額が、四つの値段のどれに当たるか(出資額か、税務評価額か、簿価純資産か、鑑定評価か)を確認する。
  • 税務評価額が示された場合、どの株主区分・評価方式で計算されたものかを評価明細書で確認する。配当還元方式なら原則的評価方式による金額も把握する。
  • 直近の貸借対照表から1株当たり簿価純資産を計算し、含み益・含み損のある資産・負債を洗い出す。
  • いま自分が立っている場面(任意交渉、譲渡承認請求、相続税申告、遺産分割、遺留分)で、どの値段が通用するかを図表4で確認する。
  • 譲渡承認請求や売渡請求の手続に入っている場合は、20日の申立期限を確認し、期限を落とすと一株当たり純資産額で確定することを前提に方針を決める。
  • 任意の売買で合意する場合は、価格と税務上の時価との差から生じる課税(みなし譲渡・みなし贈与・受贈益)を事前に税理士と確認する。

よくある質問

会社から「相続税申告書の評価額で買い取る」と提案されました。妥当な金額といえますか。

相続税評価額という一事で妥当性は判断できません。相続税評価額は財産評価基本通達による課税のための計算値であり、その株式の実際の価値を示すものではありません。とくに取得者が同族株主等に当たらない場合の配当還元価額は、会社の純資産や収益力と無関係に低い金額になります。妥当かどうかは、簿価純資産や時価修正後の純資産、可能であれば公認会計士等による評価と比べて判断します。相続税評価額が実際の価値に近いこともありますが、それは比べてみなければ分かりません。

会社の決算書の純資産を株数で割った金額が「本当の値段」ではないのですか。

一つの目安ですが、本当の値段とはいえません。帳簿上の純資産には、土地や有価証券の含み益、回収不能債権や簿外債務の含み損が反映されていません。また、会社の収益力(毎年どれだけの利益を生むか)も反映されません。裁判所の価格決定では、簿価純資産法がそのまま採用されることはほとんどなく、時価純資産法やDCF法との併用が行われます。ただし、会社法上は「一株当たり純資産額」に独自の意味があり、売買価格決定の申立てがされなかった場合の法定価格や、買取通知の際の供託額の基準になります(会社法141条2項、144条5項)。

少数株主の株式は、裁判所でも配当還元法で安く評価されるのですか。

配当還元法が用いられることは多いですが、配当還元法だけで決まる例は限られます。裁判所は、会社の性質と株式の地位を考慮しつつ、DCF法や時価純資産法と配当還元法を加重平均する方法をしばしば採っています。第1講図表2の事案では、配当還元法の比重は0.25から0.5の間でした。また、配当還元法を用いたうえでさらに少数株主であることを理由とするディスカウントを重ねることは相当でないとした裁判例もあります。他方、無配の会社では配当還元法の評価額が極端に低くなるため、その比重が結果を大きく左右します。手法の選択と比重の争いが、少数株主側の主張立証の中心になります(第3講・第4講)。

税務上の評価額より安く株式を買い取ると、何が起きますか。

買い手が法人(発行会社を含む)で、売り手が個人の場合、時価の2分の1未満の価格で譲渡すると、売り手は時価で譲渡したものとみなされて譲渡所得が課税されます(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)。買い手の法人には、時価との差額が受贈益として課税され得ます。個人間の売買で著しく低い価額であれば、買い手に贈与税がかかります(相続税法7条)。「安く買えた」分が課税で相殺されるどころか、双方に想定外の税負担が生じることがあります。売買価格を決める前に、税務上の時価を必ず確認してください(第13講)。

四つの値段のうち、株主側が交渉で使うべき値段はどれですか。

交渉では、④の裁判所が決める価格の見込みを軸にするのが合理的です。会社が任意の交渉に応じなければ、株主側の次の手は譲渡承認請求などの会社法上の手続であり、その先で通用するのは④の値段だからです。ただし、④の見込みを示すには、会社の資料と、可能であれば専門家による算定が必要です。資料がない段階では、③の簿価純資産と、含み益を考慮した概算で幅を示し、会社側の提示額(多くは②の配当還元価額)との開きを可視化することから始めます。

おわりに ― 値段の名前を呼び分ける

非上場株式の交渉で最初に必要なのは、相手の示す数字に「それはどの値段ですか」と問い返せることです。額面か、税務評価額か、簿価純資産か、鑑定評価か。名前を呼び分けられれば、その数字がどの場面で通用し、どの場面では単なる希望にすぎないのかが見えてきます。会社側にとっては、税務評価額だけを頼りにした低額提示が交渉を長引かせる原因になっていないかを、株主側にとっては、純資産を株数で割っただけの金額を「当然の権利」と信じていないかを、それぞれ確認するところから始めていただきたいと思います。

明徳法律事務所(大阪市西区)は、非上場株式の評価をめぐる交渉と会社法上の価格決定手続を、会社側・株主側・相続人側のいずれの立場からも取り扱っています。提示された金額の妥当性を検討したい段階、あるいは提示額を決める段階でのご相談にも対応しています。

次回 第3講「DCF・純資産・配当還元 ― 評価手法の解説と株価鑑定書レビューの技法」では、本講で「④裁判所が決める価格」と呼んだ値段の中身、すなわち三大評価手法の構造と、株価算定書のどこに争点が潜むかを、実務家の目線で解剖します。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

  • 会社法〔e-Gov法令検索〕116条1項、117条、141条2項、142条2項、144条、175条〜177条、433条1項、442条3項、785条1項、786条
  • 会社法施行規則〔e-Gov法令検索〕25条(一株当たり純資産額)
  • 民法〔e-Gov法令検索〕1043条1項
  • 相続税法〔e-Gov法令検索〕7条、22条
  • 所得税法〔e-Gov法令検索〕・所得税法施行令〔e-Gov法令検索〕所得税法33条、38条、59条1項2号、60条1項/所得税法施行令169条
  • 財産評価基本通達(国税庁)178〜189(取引相場のない株式の評価。株主区分・会社規模・原則的評価方式・配当還元方式・特定の評価会社)
  • 所得税基本通達59-6(国税庁)、法人税基本通達9-1-13・9-1-14個人・法人が非上場株式を譲渡・評価する場合の時価の算定
  • 最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁相続税法22条の時価は客観的な交換価値をいうとし、評価通達によらない評価が許される場合について判断した判例
  • 最判令和2年3月24日集民263号63頁個人から法人への非上場株式の譲渡につき、所得税基本通達59-6の適用における同族株主の判定は譲渡直前の譲渡人の議決権数によるべきとした判例
  • 最判平成16年7月1日民集58巻5号1214頁譲渡制限株式の譲渡のため適正な価格を算定する目的での会計帳簿閲覧請求は、特段の事情がない限り拒絶事由に当たらないとした判例
  • 最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁非上場会社の吸収合併に際する反対株主の株式買取請求において、収益還元法による買取価格の決定では非流動性ディスカウントを行うことができないとした決定
  • 最決令和5年5月24日判タ1514号33頁、金判1684号9頁会社法144条2項の売買価格決定において、DCF法による評価額から非流動性ディスカウントを行うことができるとした決定
  • 大阪地決平成25年1月31日判時2185号142頁少数株主の株式につき配当還元法を一定の割合で採用したうえで、さらに少数株主であることを理由とするディスカウントを行うことは相当でないとした決定
  • 札幌地決平成16年4月12日判タ1216号274頁・札幌高決平成17年4月26日判タ1216号272頁図解Bに掲げた売買価格決定事件
  • 加藤真朗編著『非上場株式の相続と会社法 ― 評価・遺産分割・換価・経営参加の法律実務』(新日本法規、2025年)第3章税務上の時価と私法上の時価の区別、評価通達の概要
  • 久保田安彦「譲渡制限株式の売買価格〔上〕〔下〕」商事法務2357号4頁・2358号62頁

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例は掲載誌の巻号頁を記載しています。最高裁の裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。設例の数値は説明のための仮定であり、特定の会社を指すものではありません。

公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日

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