遺言で集中させても、遺留分は消えない
「全株式を長男に相続させる」という遺言は、事業承継の基本です。しかし兄弟姉妹以外の相続人には遺留分(原則として法定相続分の2分の1。民法1042条)があり、株式を承継しなかった相続人は、後継者に対して遺留分侵害額請求(民法1046条)ができます。
平成30年相続法改正(2019年7月1日施行)により、遺留分の権利は「物」の取戻し(旧・遺留分減殺請求)から金銭債権に一本化されました。株式そのものが戻ることはなくなり、経営権の分散リスクは解消された一方、後継者は現金での支払義務を負うことになりました。株式の評価額が高いほど、後継者は「株はあるが金がない」という板挟みに陥ります。
ここでも主戦場は「株式の評価」
遺留分侵害額の算定では、相続財産に加えて、相続人に対する10年以内の特別受益としての贈与(民法1044条3項)が基礎財産に算入されます。生前に後継者へ贈与された株式は、相続開始時の時価で評価されるのが原則です。つまり、贈与後に会社が成長すればするほど、遺留分の金額も膨らむ。頑張って会社を大きくした後継者ほど、多額の請求を受けるという皮肉な構造です。
評価をめぐる攻防は遺産分割(第18講)と同様、訴訟では鑑定を含む本格的な企業価値評価の争いになります。時効にも注意が必要です。遺留分侵害額請求権は、相続の開始および侵害する贈与・遺贈を知った時から1年で時効消滅します(民法1048条)。
予防の切り札 ― 経営承継円滑化法の遺留分特例
この構造問題への立法的な回答が、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)の遺留分に関する民法特例(同法4条以下)です。推定相続人全員と後継者の書面合意+経済産業大臣の確認+家庭裁判所の許可により、
- 除外合意:後継者に贈与された自社株式を遺留分算定の基礎財産から除外する
- 固定合意:基礎財産に算入する株式の価額を合意時の価額に固定する(弁護士・税理士・公認会計士による証明が必要)
という強力な効果を得られます。固定合意をしておけば、その後の企業成長分は遺留分の計算から切り離され、後継者は安心して企業価値向上に邁進できます。
推定相続人「全員」の合意という高いハードルこそありますが、関係が良好なうちに合意を取り付けておくことに、この制度の意味があります。遺留分対策は、仲が良いうちにしかできない。当事務所が事業承継のご相談で最初に申し上げる言葉です。