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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第52講】

医療現場でパワハラが起きやすい理由 ― 医師・看護師・事務の階層

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第52講 医療現場でパワハラが起きやすい理由― 医師・看護師・事務の階層

第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係

医療現場では、職種ごとの役割、専門知識の差、少人数の組織運営が重なり、言動への異議を伝えにくくなることがあります。「患者の安全のため」という目的も、伝え方の問題を見落とす理由になりかねません。

この講では、その構造を院長の目線で言葉にし、そのうえで、小規模なクリニックで実際に機能する防止の仕組みを考えます。「うちは大丈夫」と思っている院長ほど、読んでいただきたい講です。

例えば、「うちはパワハラなんて起きていない」と院長は言います。
しかし、退職した看護師が2年で4人。退職理由はどれも「一身上の都合」。残っている職員は、院長の前では何も言いません。院長が処置室に入ると、会話が止まります。
起きていないのではなく、聞こえていないだけかもしれません。

1 起きやすい四つの理由

職種ごとの役割と権限。医師、看護師、医療事務は、それぞれ異なる役割を担います。看護師の業務には療養上の世話と診療の補助があり、すべての行動に医師の指示が必要なわけではありません。また、医療事務職が看護師の指示さえあれば医行為を行えるわけでもありません。業務上の指示関係と、人としての上下関係を混同しないことが大切です。パワハラの「優越的な関係」は、職位だけでなく、専門性や経験への依存、集団からの圧力によっても生じます。

専門知識の差。専門的判断の理由が共有されず、「素人には分からない」で会話が終わると、安全上の疑問も言い出しにくくなります。指示が必要な場面でも、その理由を説明し、不明点や危険を感じたときに確認できる経路を設けます。

少人数の組織。例えば十人程度のクリニックでは、院長が経営、人事、診療、相談対応を兼ねることがあります。担当者を分けにくいからこそ、院長を通さず相談できる経路を用意する意味があります。

「患者の安全」という目的。患者を守る必要があっても、人格否定や執拗な叱責まで認められるわけではありません。第51講の三要素に沿って確認し、指導の必要性と方法の相当性を分けて点検します。パワハラの定義に当たるかとは別に、暴行や侮辱などが不法行為となることもあります。

2 院長が気づきにくい理由

冒頭のような場面だけでは、ハラスメントの有無や退職の原因は分かりません。ただし、相談がないことを、問題がないことの証拠にはできません。

職員が人事評価への影響を心配して意見を控えたり、退職理由を詳しく話さなかったりすることがあります。退職者数や職場の雰囲気は、個人を疑う材料ではなく、相談経路や働き方を点検するきっかけとして扱います。

だから院長には、「自分には見えていない」ことを前提に、見えるようにする仕組みが要ります。これが次の章の話です。

3 小規模クリニックで機能する仕組み

事業主には、方針の明確化と周知、相談体制、迅速で適切な事後対応、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止とその周知などが求められます。医療法人では法人が事業主であり、院長は権限に応じて法人の担当部署や役員と対応します。小規模なクリニックなら、次のような方法が考えられます。

仕組みクリニックでの実装
方針の明確化就業規則その他の服務規律に禁止方針と対処の内容を定め、全職員に周知する。例えば採用時と年1回、院長も対象になることを説明する。この回数は運用例であり、法定の一律回数ではない。
外部の相談窓口院長を経由せず相談できる担当者や委託先を決める。外部窓口では受付対象、守秘、報告範囲、院内調査への引継ぎまで取り決める。医師会等の一般相談先の紹介だけで院内対応を代替しない。
第三者の目例えば年に一度、外部面談や無記名アンケートで声を拾う。少人数では内容から本人が分かることがあるため、回答の保管・共有範囲を絞り、匿名性を過大に約束しない。
医師への研修院長と勤務医が、ハラスメントの定義と境界を学ぶ機会を持つ。「知らなかった」では済まない立場であることを、自覚する場として。
退職時の面談退職する職員に、希望を確認したうえで院長以外の担当者が話を聞く。在職中の相談や面談も併用し、回答を強制しない。

4 医師から医師へ、看護師から事務へ ― 院長以外のハラスメント

行為者は院長に限りません。勤務医、看護師長、同僚などの間でも起こり得ます。部下から上司への言動も、知識への依存や集団の圧力などにより優越的な関係があれば対象になります。事業主は、職位や診療上の貢献度によって対応を変えない体制を整えます。

院長自身が行為者でない場合、対応の難しさは別のところにあります。行為者が診療に不可欠な医師や、長年勤めた看護師長である場合、院長は「その人に辞められると困る」という理由で対応をためらいます。しかし、対応しないことは、被害を受けている職員に「院長は守ってくれない」と伝えることであり、その職員の退職と、外部への相談につながります。診療体制を守るために対応しない、という判断は、結局は診療体制を壊します。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 院長を経由せずに相談できる外部の窓口を用意し、連絡先を職員に示す
  • 就業規則のハラスメント条項を、院長自身の言葉で職員に伝える機会を作る
  • 過去2年の退職者の数と理由を振り返り、「一身上の都合」の中身を考える
  • 退職時の面談を、院長以外の者が行う仕組みにする

やってはいけないこと

  • 「うちは起きていない」と、情報が上がってこない構造を見ない
  • 相談窓口を院長だけにする
  • 行為者が診療に不可欠だからという理由で、対応を先送りする
  • 「患者の安全のため」という言葉で、態様の問題を正当化する

6 よくある質問

職員10人のクリニックに、相談窓口は本当に必要ですか。
相談体制などの措置義務は規模を問いません。院長以外の院内担当者や、外部への委託を検討してください。費用と対応範囲は委託先ごとに異なります。受付だけでなく、相談後に誰が事実を確認し、措置を決めるかまで定めることが大切です。
勤務医が看護師に厳しく、看護師が次々辞めます。医師に注意できません。
まず、具体的な言動、退職理由、患者や職員への危険を確認します。必要な接触回避などは調査と並行して行い、双方の説明を聞いて適切な指導・措置を決めます。処分には就業規則上の根拠と相当性が必要で、必ず一定回数の注意を経るという手順ではありません。法人の診療所では、法人の担当者・役員とも連携してください。
無記名アンケートで院長への不満が出てきました。どう受け止めればよいですか。
声が届いたことを、職場を見直すきっかけにしてください。ただし、不満や評価の記載を、そのまま事実認定に使ってはいけません。回答者を探し出そうとせず、具体的な言動や背景を公正に確かめ、確認できた問題を改善します。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. e-Gov法令検索:保健師助産師看護師法

    42条の2。保健師・看護師・准看護師の守秘義務。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000203
  2. e-Gov法令検索:労働施策総合推進法

    30条の2(相談対応・不利益取扱い禁止)、30条の5・6(援助・調停)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132
  3. 厚生労働省:パワーハラスメント防止指針

    令和2年告示第5号。三要素、判断基準、相談・調査・再発防止等。2026年9月時点の適用内容。

    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf

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