第73講 「謝ったら負け」なのか― 患者家族への説明と謝罪
第Ⅷ部 医療事故・紛争対応
医療事故の後、「謝ると責任を認めたことになるのでは」と迷い、言葉が出なくなることがあります。しかし、説明を避けることは患者・家族の不安を強めます。何が分かり、何がまだ分からないのかを伝えながら、相手の苦痛に向き合う必要があります。
お悔やみや共感、対応の不十分さへの謝罪、診療上の誤りや賠償責任を認める発言は、分けて考えられます。ただし、言葉を分類すれば法的な影響がなくなるわけではありません。発言の内容と経緯が重要です。確認できた事実は率直に伝え、不明な原因や責任を推測で断定しないことが基本です。
例えば、事故から2日目、家族との面談で「一言、謝ってもらえませんか」と言われました。院長は保険や法的責任への影響が気になり、何も答えられませんでした。家族は「何が起きたのか、説明してほしい」と訴えました。
1 謝罪の三つの層
「謝る」という行為を、三つに分けて考えてください。
| 層 | 内容と法的な意味 |
|---|---|
| ①共感・遺憾の表明 | お悔やみや、苦痛に対する共感を伝える言葉。通常、それだけで診療上の過失や賠償義務のすべてを認めたことにはならない。ただし、具体的な発言内容と前後の説明によって評価される。 |
| ②対応への謝罪 | 「ご連絡が遅くなり、申し訳ありませんでした」など、確認できた対応上の不備への謝罪。診療行為の過失とは区別するが、説明や連絡の不備自体が責任の問題になる場合もある。 |
| ③診療上の誤り・責任の説明 | 「薬剤を取り違えました」などの事実の説明と、「すべて私の責任です」などの責任評価を区別する。いずれも後の証拠になり得る。確認できた誤りは隠さず伝え、未確認の原因や賠償範囲を断定しない。 |
この表は、発言を整理するための目安です。共感やお悔やみは原因の確定を待たず伝えられます。確認できた対応上の不備には率直に謝罪します。一方、どの言い回しなら必ず責任の承認にならない、という保証はありません。
2 事実の説明と、原因・責任の判断を分ける
事故直後は、原因や結果への影響が十分に分かっていないことがあります。その段階で責任の全体を断定すると、後に説明が変わり、不信を招きかねません。ただし、投薬の取り違えなど既に確認できた誤りまで、調査中を理由に伏せてはいけません。分かった事実、検討中の原因、まだ判断できない点を分けて説明します。
医師賠償責任保険では、示談、賠償額の約束、責任の承認等について、保険会社との事前協議や承認が必要な場合があります。適用条件と違反時の扱いは契約によるため、「謝罪すると保険が使えない」と一括りにはできません。早めに相談しつつ、必要な事実説明や患者への対応を止めないでください(第79講)。
3 説明の中身 ― 何を、どう伝えるか
謝罪の層を理解したうえで、事故後の説明は次の要素で組み立てます。
- 事実。「現時点で把握していること」を、時系列で。把握できていないことは「把握できていない」と言う。推測は「推測ですが」と明示するか、言わない。
- 原因。未解明なら、確認している事項と調査の進め方を伝える。調査終了日を無理に約束せず、次に経過を伝える時期を決める。新たな事実が判明したら追加説明する。
- 今後。調査の結果をいつ、どう説明するか。窓口は誰か。家族が質問できる方法。
- 共感と対応への謝罪。①②の層で、率直に。
説明は、事情を把握した院長・担当医等が行います。患者本人を基本に、家族への共有は本人の意思や病状、死亡時は遺族の状況に配慮します。対面で話す機会を設けつつ、緊急の連絡を面談まで遅らせないでください。同席者、日時、説明内容、質問と応答を記録し、必要に応じて要点を書面で渡します。録音がある場合の扱いは第63講も参照してください。
4 「弁護士を通します」と言われたら
患者・家族に代理人がついた場合は、委任の範囲と希望する連絡方法を確認します。紛争・賠償に関する窓口は代理人を通すことを基本に、自院の弁護士と保険会社にも連絡してください。緊急の診療連絡まで一律に止めることは避け、診療や調査結果の説明方法を調整します。代理人の関与によって、誠実に説明する姿勢が変わるものではありません。
なお、患者側の代理人から診療録の開示や照会が来た場合の対応は、第78講で扱います。
5 院長自身の言葉で
言い回しを工夫して責任を逃れることが、この整理の目的ではありません。確認できたことを正確に伝え、患者・家族の苦痛に向き合いながら、まだ分からないことを誠実に説明するためのものです。
患者・家族の希望を聞き、何を疑問や不安に感じているのかを確認します。共感の言葉だけで説明を終えず、確認できた事実、必要な治療、調査の経過を伝えてください。謝罪だけで紛争が解決するとは限りませんが、法的な不安を理由に必要な説明を避けないことが大切です。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 共感、対応上の不備への謝罪、診療上の誤りや責任の説明を区別し、職員と共有する
- 事故後の説明の組み立て(事実・原因・今後・共感)を、様式として用意する
- 医師賠償責任保険の約款で、責任承認に関する条項を確認する
- 説明の記録の方法(同席者・書面・録音される前提)を決める
やってはいけないこと
- 「謝ったら負け」と考えて、共感の言葉すら言わない
- 未確認の原因・法的責任を断定する、又は確認済みの誤りを調査中という理由で伏せる
- 推測を事実のように話す
- 家族に弁護士がついた途端、防御的な姿勢に変わる
7 よくある質問
- 家族に「謝れ」と迫られています。何と言えばよいですか。
- まず相手の言葉を受け止め、病状や結果に応じてお悔やみ・共感を伝えます。確認できた説明不足等があれば、その点を具体的に謝罪してください。そのうえで、分かっている事実と未解明の点、次の説明予定を伝えます。「この言葉なら法的影響はない」と考えて定型句だけを使うことは避けます。
- 調査の結果、明らかに過失がありました。認めるべきですか。
- 確認できた事実と診療上の問題点は、誠実に説明してください。保険会社・弁護士とは並行して相談し、法的責任、因果関係、賠償範囲を整理します。その整理のためだけに、必要な事実説明や謝罪を不当に遅らせないことが大切です。
- 担当医が家族に「自分のミスだ」と言ってしまいました。
- その発言の内容と経緯を記録し、直ちに保険会社と弁護士に伝えてください。発言があったこと自体は変えられませんが、調査によって事実を確定させ、発言の位置づけを整理することはできます。担当医を責めるより、担当医の状態を確認することが先です。
主な法令・参考資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針
遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html - e-Gov法令検索:民事訴訟法
179条・220条・224条・234条・247条等。証拠の評価、文書提出、証明妨害、証拠保全。368条・382条等の少額訴訟・支払督促。
https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109