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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第75講】

院内事故調査は誰がどう進めるか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第75講 院内事故調査は誰がどう進めるか

第Ⅷ部 医療事故・紛争対応

医療事故調査制度では、管理者は速やかに原因を明らかにするために必要な調査を行います(医療法6条の11第1項)。報告手続が終わるまで資料の保全や初期の情報収集を待つのではなく、並行して進めます。小規模な施設でも、支援団体の力を借りて体制を整えることが大切です。

この講では、調査体制、資料の収集、聞き取り、報告書と説明の手順を扱います。制度の対象でない事故でも、原因分析と再発防止の考え方は参考になります。ただし、法定の手続と自主的な検討を区別し、事案の重大性と必要性に応じて調査を設計します。

例えば、医療事故調査・支援センターへの報告を終えた院長に、次の課題が来ました。「院内で調査をしてください」。
調査するのは誰か。当事者である担当医か、その上司である自分か。何を集め、誰に話を聞き、どうまとめるのか。そして、まとめた報告書は、後で訴訟の証拠になるのか。
クリニックに、調査の経験者はいません。

1 調査の目的 ― 原因の解明と再発防止

院内調査の目的は、事故の原因を明らかにし、再発を防止することです。個人の責任を追及することではありません。この点は、通知(平成27年5月8日医政発0508第1号)が明確にしており、調査の方法も報告書の書き方も、この目的に沿って設計されています。

最初から誰かの責任を決めてしまうと、事実を十分に集められなくなります。当時、何が分かり、どのような判断や行為があり、どのような体制だったかを確認します。個人の診療判断も組織の仕組みも検討対象です。原因を体制の問題だけに決めつけないでください。

2 誰が調査するか ― 独立性の確保

調査を行う責任は管理者にあります。医療法6条の11第2項は、支援団体に必要な支援を求めるものとしています。専門分野の助言、外部委員、解剖・死亡時画像診断の体制等について相談し、事案に合った支援を受けます。すべての事案で同じ人数・構成の委員会が法律上義務付けられているわけではありません。

例えば、院長が全体を管理し、当該分野の外部専門家を中心に医学的な評価を行い、必要に応じて医療安全や法律の専門家の助言を受ける方法があります。当事者から事実を聴きますが、自分の行為の評価を本人だけで決めない体制にします。院長自身が当事者の場合も、評価の独立性に配慮してください。

3 集めるもの

調査で収集・確認する資料は、通知が示す方法に沿えば、おおむね次のとおりです。第71講で保全したものが、ここで使われます。

血液・尿等の検体についても、分析と保存の必要性を検討します。資料を誰が、いつ、どの状態で確保したかを記録し、個人情報と現物の安全な管理を続けてください。

資料確認する内容
診療録・看護記録時系列の経過。記載の有無と内容。電子カルテの場合は記録の日時とログ。
検査結果・画像事故の前後の所見。読影や確認の時期。
医薬品・医療機器使用した薬剤の種類・量・時期。機器の設定・動作記録・保守の状況。現物の保全。
解剖・死亡時画像診断必要性と得られる情報を検討し、遺族に説明して同意を得たうえで手配する。実施の可否を早めに検討し、同意が得られない場合も、他の資料による調査を進める。
関係者の聞き取り担当医、看護師、その他の職員から聴く。必要に応じて遺族や搬送先等からも情報を集め、資料との整合性を確認する。
院内の規程・手順その処置についての院内の手順書、確認のルール、教育の記録。体制の問題を明らかにするために必要。

4 聞き取りの作法

関係者からの聞き取りは、調査の中核であると同時に、最も慎重を要する部分です。

  • 目的と資料の扱いを伝える。原因分析と再発防止のための聞き取りであること、記録の利用範囲と守秘の限界を説明する。将来の責任追及が一切ないと約束しない。
  • 事実を時系列で聴く。何をしたか、見たか、当時どう判断したかを尋ねる。反省や結論を先に求めず、本人の記憶と後から知った情報を区別する。
  • 複数の関係者から、別々に。一人ずつ、他の関係者の話を聞かせずに。食い違いは、食い違いとして記録する。
  • 記録し、確認してもらう。聞き取りの記録を本人に見せ、内容の確認を得る。
  • 心身の状態に配慮する。当事者の職員は、強い自責の中にいる。聞き取りの時期と長さに配慮し、必要なら支援を用意する。

通知では、当事者の聞き取り結果を内部資料として扱い、法的強制力がある場合を除いて開示しないことを、対象者に伝えるとしています。ただし、裁判所への提出等を一律に免れる特権があるわけではありません。報告書に必要な事実・分析を記載することと、聞き取り原資料の開示は区別し、資料を適切に保存します。

5 報告書 ― 何を書き、何を書かないか

調査を終えたら、原則として先に遺族へ結果を説明し、その後、遅滞なくセンターへ報告します(医療法6条の11第4項・5項)。遺族がいない、所在が不明の場合には説明の例外があります。報告書では、調査の目的を示し、次の内容を整理します。

  • 事故の日時・場所・診療科、医療機関の名称・所在地・管理者・連絡先、患者の性別・年齢等
  • 臨床経過(客観的な事実の経過)
  • 原因を明らかにするための調査の結果——調査の項目と方法、結果の分析。原因が必ずしも特定できない場合もあり、その場合はその旨を記載する。
  • 再発防止策——可能な限り検討し、検討した場合は講ずる対策を記載する。実施の担当者・期限・効果の確認方法も具体化する。関係者や遺族の意見がある場合は、その旨も記載する。

センター提出用の報告書は、省令に従い、関係する医療従事者等が識別されないよう加工します。一方、原資料は適切に保存します。個人の責任追及を目的にしないことは、診療上の問題点を記載しないという意味ではありません。判断や行為に問題が認められたなら、その根拠とともに記載し、体制上の要因も検討します。

遺族への説明は、口頭、報告書や説明資料などの書面、又はその双方で行います。遺族が希望する方法で説明するよう努め、関係者の識別や第三者の情報に配慮します。口頭説明も内容を診療録に残します。質問や異なる意見を受け止め、調査の限界も伝えてください。

6 報告書と民事紛争

院長が最も気にする点でしょう。率直に整理します。

院内調査の報告書も、民事訴訟で証拠として提出される可能性があります。文書提出命令の対象になるかは、文書の内容や法定の要件・例外によります(民事訴訟法220条等)。訴訟を意識して事実を隠したり、報告書を事実と異なる内容にしたりしてはいけません。

報告書では、事実、医学的な分析、未解明の点を区別します。裁判上の過失や賠償責任の最終判断を目的にするものではありませんが、診療上の問題点や医療機関に不利な事実を除外してはいけません。医学的評価は後の法的判断にも関わり得ます。誠実な調査を行ったこと自体で、責任が免除されるわけではありません。

なお、調査の過程で得た聞き取りの記録は、報告書とは別に内部資料として管理します。開示の要否が問題になった場合は、その時点で弁護士と検討してください。

7 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 自院が調査の支援を受けられる支援団体を確認し、連絡先を控える
  • 調査の手順(責任者・外部の関与・資料・聞き取り・報告書)を、簡単な文書にしておく
  • 事故が起きたら、第71講で保全した資料を調査の出発点にする
  • 聞き取りは「責任ではなく原因」を目的とすることを、関係者に最初に伝える

やってはいけないこと

  • 当事者や直接の上司だけで調査を完結させる
  • 聞き取りで反省や責任を求める
  • 報告書に個人の責任追及の内容を書く
  • 「訴訟で不利になる」という理由で、事実と異なる報告書を作る

8 よくある質問

クリニックに調査できる人がいません。院長一人で調査してよいですか。
管理者として必要な支援を支援団体に求め、専門家の助言や外部委員等を含む体制を検討します。院長が当事者なら、医学的な評価を自分だけで完結させないことが特に大切です。外部の関与だけで質が保証されるわけではなく、資料の収集と分析の過程も確認してください。
原因が特定できませんでした。報告書にはどう書けばよいですか。
「原因は特定できなかった」と、そのまま書きます。検討した項目と、特定に至らなかった理由を記載します。原因が分からないことを無理に埋めることは、調査の信頼性を損ないます。
制度の対象でない事故(患者は回復した)についても、調査は必要ですか。
死亡・死産に至らない事故は、この医療事故調査制度の報告対象ではありません。ただし、医薬品・医療機器の安全性に関する報告等、別の制度の要否は確認します。医療安全のための院内検討も必要です。重大性と再発の危険に応じて調査の範囲を決め、小規模な施設という理由だけで不十分な検討にしないでください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 医療法施行規則

    医療事故調査(1条の10の2〜4)、管理者変更等の届出、面接指導実施医師(65条)、記録・安全管理。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050

  3. e-Gov法令検索:民事訴訟法

    179条・220条・224条・234条・247条等。証拠の評価、文書提出、証明妨害、証拠保全。368条・382条等の少額訴訟・支払督促。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109
  4. 日本医療安全調査機構:医療事故調査制度と関係法令・通知

    医療法、施行規則、2015年5月8日通知及び2016年6月24日通知の関係部分。対象判断、説明・報告の順序、調査資料の扱い。

    https://www.medsafe.or.jp/survey
  5. 日本医療安全調査機構:よくあるご質問

    報告・調査、外部委員、当事者の関与、搬送先との連携等。

    https://www.medsafe.or.jp/survey/faq
  6. 日本医師会:院内調査の要点2024

    医療安全対策委員会答申。現場の関係者と協力して情報を集め、調査を進める考え方。日本医療安全調査機構掲載。

    https://www.medsafe.or.jp/med-cms/wp-content/uploads/2025/06/2024_ijiho.pdf

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