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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第115講】

妻を「持分あり社員」にしていた ― 離婚時に何が起きるか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第115講 妻を「持分あり社員」にしていた― 離婚時に何が起きるか

第Ⅻ部 家族経営・離婚・名義持分

持分あり医療法人では、配偶者が保有する持分の払戻しが、当初の出資額を大きく超えることがあります。ただし、決算書の純資産に出資割合を掛ければ、請求額が自動的に確定するわけではありません。定款の解釈、退社の効力、財産評価等を順に確認します。

配偶者から法人への払戻請求と、夫婦間の財産分与は、請求先も根拠も異なります。ただし、双方の持分や払戻金を夫婦の財産全体の中でどう清算するかは関係します。別々の請求額を単純に足すのではなく、同じ価値を二重に数えていないかを確認します。この講では、法人の資金繰りと夫婦の清算を分けて整理します。

例えば、平成19年4月より前に設立された持分あり医療法人で、院長が900万円、妻が100万円を出資し、その後の出資関係に変更がなかったとします。20年後、妻が退社を申し出ました。代理人の書面には、「退社時の評価額を6億円とすれば、持分割合10%による払戻額は6,000万円と試算されます。夫婦間の財産分与も協議したい」とあります。院長は、当初の100万円だけを返せば済むとは限らないと知りました。

1 持分あり医療法人 ― 何が「持分」なのか

平成19年4月以降、持分ありの社団医療法人は新たに設立できません。既存の持分あり法人は経過措置により存続しています。出資持分は、定款に従い払戻しや残余財産の分配を受ける財産上の権利です。社員としての議決権とは別であり、持分を多く持つだけで社員総会の票が増えるわけではありません。

類型払戻し・分配の内容
持分あり医療法人
(経過措置型の一般的な定款)
最高裁平成22年4月8日判決は、当該法人の定款を、退社時の法人財産の評価額にその時点の出資割合を乗じた返還請求を認める趣旨と解釈した。すべての定款に同じ金額計算が当然に適用されるわけではない。
出資額限度法人定款で退社時の払戻し・解散時の分配を払込出資額の範囲に制限する持分あり法人。変更手続、出資者の権利調整、退社・解散等の時点での課税も確認する。定款変更の時点で当然に贈与税がかかると決めつけない。
持分なし医療法人出資持分に基づく払戻し・残余財産分配の権利がない。基金返還や貸付金の返済は別。移行と認定・税制特例の適用は別の手続であり、要件・申告・移行後の維持条件を満たす必要がある。

設例の6,000万円は、定款が上記判決と同じ解釈を受け、退社時の法人財産の評価額が6億円、出資割合が10%という前提での試算です。帳簿の数字と払戻しに用いる評価額は一致するとは限りません。最高裁判決も、具体的な請求額や権利濫用の成否等の審理を原審に差し戻しています。

2 二つの請求 ― 払戻しと財産分与

妻の持分の払戻請求(法人に対する請求)

妻の退社により払戻請求権が発生するか、またその額はいくらかは、定款、出資関係、退社の効力、法人財産の評価、権利濫用の成否等によって判断します。冒頭の前提では6,000万円が一つの試算になりますが、金額が自動的に確定するわけではありません。請求先は院長個人ではなく法人です。

院長名義の持分の財産分与(院長に対する請求)

院長名義の出資持分も、婚姻中の夫婦の協力によって取得・維持された範囲では財産分与の対象となり得ます。婚姻前の固有財産やその値上がりが当然にすべて分与対象になるわけではなく、原資、形成・維持への寄与及び評価時点を確認します。寄与の程度が異なることが明らかでなければ相等しいとする民法768条3項も踏まえ、医師で収入が高いというだけで、当然に分与割合が変わるものではありません。

配偶者自身の持分や、払戻しを受けて得た金銭も、形成の原資や夫婦の協力に応じて清算の検討対象になります。また、法人に払戻債務が発生すれば、残る持分の評価にも関係します。「妻の払戻額」と「払戻前の院長持分の半額」をそのまま合算する計算は避け、同じ基準で双方の資産・債務を整理してください。

院長名義の持分をどのように財産分与するかは、当事者の合意又は裁判所の判断で定まります。持分の移転、他の財産との調整、金銭支払等を検討しますが、社員資格は持分とは別であり、移転の可否・手続、法人支配への影響及び税務を確認する必要があります。法人資金を院長個人の離婚給付に充てることは、役員報酬・貸付け等の法務・税務上の条件を満たす必要があり、当然に選べる方法ではありません。

3 法人はどう対応できるか

配偶者の退社・払戻請求への対応

  1. 定款を確認する 払戻しの規定(「出資額に応じて」か「払込出資額を限度」か)、退社の手続(社員総会の承認の要否)、社員の除名事由。
  2. 退社の効力と時点を確認する 定款、届出・承認等の手続、意思表示と経緯を確認する。払戻額の基準時、支払時期、遅延損害金も、この確認を前提に検討する。
  3. 評価の根拠を確認する 定款と適用する判断枠組みに沿い、資産・負債の範囲、時価、含み損益、既発生の払戻債務等を資料で確かめる。将来設備を更新したいという事情だけで、その費用を当然に負債として控除できるわけではない。営業価値等を加減する場合も、採用できる法的・評価上の根拠を確認する。
  4. 支払方法を交渉する 一括が難しければ、資金繰りを示して分割、期限、担保、利息等を協議する。病院の継続が重要でも、法人の判断だけで支払期限を延ばせるわけではない。
  5. 全体の解決を協議する 払戻し、持分の譲渡、財産分与の方法を関連づけて協議することはできる。ただし法人の債務と個人の債務を分け、法人側の権限・利益相反の手続と当事者全員の合意を確認する。持分を移しても社員資格まで自動的に移るわけではない。
  6. 社員構成を整える 退社によって少人数となる場合は、残る社員と定款に基づく機関運営を確認する。厚生労働省の定款例は社員3名以上を望ましいとしている。第三者を加えるなら、必要な入社手続と実際に意思決定へ参加できることを確認し、名義だけの社員を置かない。
  7. 税務 持分払戻しでは、みなし配当、持分の譲渡に係る所得、法人の源泉徴収等を検討する。単に受取額から当初出資額を引くだけとは限らない。財産分与は通常、受ける側に贈与税はかからないが、過大な分与等には例外がある。不動産等を渡す場合の譲渡所得課税は、原則として渡した側の問題である。

4 事前にできたこと

設立時に整理できたことと、その後に利用できる制度を分けて考えます。将来の払戻しを想定した見直しは、離婚への備えだけでなく、死亡や事業承継への備えにもなります。

  • 社員資格と出資を分ける 経営への参加と財産上の持分は別に設計する。定款等に従い、出資なしの社員や社員でない出資者という関係もあり得る。配偶者を経営に迎えるために、必ず出資持分まで持たせる必要はない。
  • 出資額限度法人への変更を検討する 定款変更の認可、出資者の権利と合意、税務等を確認する。有効な変更が適用される前提では払戻しの上限を定められるが、すでに発生した払戻請求権を後から一方的に100万円へ減らせるわけではない。
  • 持分なしへの移行を検討する 放棄や払戻し等で持分を消滅させ、必要な定款変更を行う。認定制度の税制特例を使うなら、認定だけでなく申告・移行期限・移行後の運営要件等も満たす。法人と出資者それぞれの課税を確認する。
  • 夫婦間の合意を整理する 原資、持分の帰属、離婚時の清算方法等を文書にする場合は、内容と効力を個別に検討する。民法755条の夫婦財産契約は婚姻の届出前の制度であり、婚姻中に作る合意書と同じではない。法人の決議や第三者の権利まで夫婦の合意だけで変更できない。

関係が良好なうちの見直しほど選択肢は多くなります。離婚協議が始まった後も、定款変更や移行の可否を含め、法人・出資者・当事者それぞれの手続と合意可能性を個別に検討します。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 自院の医療法人が持分ありか、出資額限度か、持分なしかを確認する
  • 出資者名簿と出資・譲渡等の資料から割合を確かめ、定款に沿う前提を明示して払戻額を試算する。直近の帳簿純資産だけで確定額としない
  • 定款の払戻規定と退社・除名規定を読む
  • 持分なし医療法人への移行(認定制度)を検討し、期限を確認する

やってはいけないこと

  • 「出資額は100万円だから100万円返せばよい」と考える
  • 離婚後に備えて他の出資者の権利を一方的に奪う定款変更・持分処理を進める
  • 払戻請求を無視し、退社を認めないまま放置する(退社の効力と遅延損害金の問題を生む)
  • 法人の資金で財産分与を払い、会計混同を作る

6 よくある質問

妻が退社を申し出ました。社員総会で退社を認めなければ、払戻しを避けられますか。
まず自院の定款を確認します。届出による退社を定める例もあり、常に社員総会の承認が必要ではありません。承認条項がある場合も、その解釈、退社理由、拒否の理由・経緯等によって効力を検討します。単に承認しないと言い続ければ払戻しを免れられるとは限りません。支払時期と遅延損害金にも注意し、退社の効力と額を具体的に整理します。
妻の持分を、離婚前に院長が買い取ることはできますか。
定款、出資関係、既存の合意等を確認して検討します。譲渡の条件と社員の入退社手続は別です。価格、支払能力、低額譲渡等の課税、財産分与との調整を確認し、独立した意思で合意したことを残します。相手の財産を隠したり、不当に低い価格での処分を強いたりしてはいけません。
持分なし医療法人に移行すれば、妻の払戻請求権はなくなりますか。
全員が無償で放棄する方法だけが移行方法ではありません。放棄・払戻し等で持分を適切に消滅させ、定款を変更する必要があります。すでに発生した払戻請求権も別に整理します。配偶者の権利を無視して移行し、債務を一方的に消すことはできません。また、持分なしへ移っても、社員・役員の地位や夫婦間の財産分与の問題まで消えるわけではありません。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 厚生労働省:認定医療法人制度

    認定期限2029年12月31日、認定申請・移行・移行後の手続。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000205627.html

  4. 厚生労働省:持分なし医療法人への移行に関する手引書

    持分あり・持分なしの類型と移行制度。期限等は資料の作成時点による。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000940229.pdf

  5. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  6. 最高裁判所:平成22年4月8日第一小法廷判決

    平成20年(受)第1809号。持分払戻額、先行する払戻請求権の扱い、権利濫用。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-80092.pdf
  7. 国税庁:離婚して財産をもらったとき

    No.4414。通常の財産分与と過大な分与等の贈与税。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4414.htm
  8. 国税庁:離婚して土地建物などを渡したとき

    No.3114。財産分与をした側の譲渡所得と時価。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3114.htm
  9. e-Gov法令検索:所得税法

    25条のみなし配当、37条・45条の経費・家事費等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033

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