ホーム ─ 連載コラム ─ 病院・クリニック経営150講 ─ 第117講

『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第117講】

離婚をきっかけに医療法人の社員が敵対した

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第117講 離婚をきっかけに医療法人の社員が敵対した

第Ⅻ部 家族経営・離婚・名義持分

離婚は夫婦の問題ですが、夫婦が医療法人の社員であれば、法人の問題になります。社員総会が開けない、役員が選べない、定款が変えられない、そして最悪の場合、法人の運営そのものが止まる。第111講で「終わらせにくい」と書いた構造が、実際に動き出した状態です。

この講では、主に社団医療法人について、社員の対立で止まる事項と、続けられる業務を分けて整理します。社員資格、理事・理事長の権限、定款の決議要件を確認することが出発点です。株式会社の株主総会と似た問題があっても、会社法上の手続がそのまま使えるわけではありません。

例えば、医療法人の社員は4人。院長、妻、妻の兄(設立時に頼んで社員になってもらった)、そして院長の大学の後輩の医師です。
離婚の協議が始まると、妻と妻の兄は、社員総会の招集に応じず、招集されても欠席するようになりました。定款は、社員総会の定足数を「総社員の過半数」としています。4人のうち2人が欠席すれば、定足数は満たせない。役員の改選期が来ましたが、社員総会が開けません。
理事の任期が切れた日、院長は考えました。「この法人は、今、誰が動かしているのか」。

1 社員の対立で何が止まるか

事項内容
社員総会の開催

止まる仕組み:原則として総社員の過半数の出席が必要で、定款に別段の定めがあり得る。欠席者がいても、必要数を満たせば議事・決議は可能。書面・代理人による議決も確認する。

影響:必要な定足数を満たさなければ、その総会での議事・決議が進まない。

役員の選任・改選

止まる仕組み:役員は社員総会で選任する。任期満了後の再任も社員総会。

影響:任期満了後の権利義務継続の要件と、後任選任を確認する。

役員の解任

止まる仕組み:社団では社員総会で解任する。反対票だけでなく、特別利害関係者の議決参加制限、議長、法令・定款の要件を確認する。監事解任には特別の決議要件がある。

影響:要件を満たす決議ができなければ解任が進まない。正当な理由のない解任では損害賠償も問題になる。

定款変更

止まる仕組み:必要な社員総会決議と、原則として知事の認可。一部の変更は届出による。

影響:必要な決議・手続ができなければ、予定した定款変更が進まない。

事業の重要な変更

止まる仕組み:事業譲渡、解散、合併等について、法令・定款が要求する決議、認可その他の手続を個別に確認する。

影響:承継・出口戦略(第ⅩⅤ部)が組めない

日常の業務執行

止まる仕組み:理事会・理事長の権限で処理できる事項は継続し得る。法令・定款で社員総会決議を要する事項まで迂回できるわけではない。

影響:理事会が機能していれば、診療と日常の経営は続く

社員総会が開けなくても、理事会・理事長が適法な権限を持つ範囲で診療や支払等を続けられる場合があります。ただし、社員総会の決議が必要な事項を代行できるわけではありません。まず機関の構成、任期、代表権と決定権限を確認します。

2 理事の任期が切れたら

任期満了又は辞任によって法令・定款等の役員員数を欠く場合、退任した役員は後任が就任するまで権利義務を有します(医療法46条の5の3第1項)。理事長についても46条の6の2第3項により準用されます。解任等による退任とは区別してください。

設例でも、任期満了後の理事と理事長がそれぞれ上記の要件を満たすかを確認します。「任期が切れたから全員無権限」「理事だったから必ず代表を続けられる」と決めないことが重要です。権限の根拠を整理して銀行・行政等に説明し、適法な後任選任と必要な登記・届出を進めます。

医療法46条の5の3第2項は、所定の役員の員数が欠け、業務の遅滞により損害が生じるおそれがあるとき、知事が利害関係人の請求又は職権で「一時役員の職務を行うべき者」を選任する制度を定めています。理事長にも準用されます。社員の対立だけで当然に選任される制度ではなく、欠員・損害のおそれと必要な職務を具体的に示します。

3 対立の中で法人を動かす手段

社員が対立したときの確認と手段

  1. 定款を読む 招集権者、通知、定足数、議長、決議要件、退社・除名、任期を確認する。書面・代理人による議決は医療法46条の3の3第5項を基本に定款の別段の定めを調べる。電磁的方法は、その方法が認められる法的根拠と要件を別に確認する。
  2. 社員の構成を確定する 入社の意思、必要な承認、名簿とその後の取扱いを調べる。「普段参加しない」「持分がない」というだけで社員から外さない。自分に有利な名簿だけで定足数を数えない。
  3. 招集を適法に行い、記録を残す 法令・定款に従って目的事項を通知し、到達、出欠、書面議決等を残す。欠席の理由も確かめ、欠席が続いたことだけで違法な妨害や除名事由と決めない。
  4. 理事会で動かせるものを動かす 理事会の権限に属する業務執行の決定は、社員総会が開けなくても行える。理事会の定足数と、妻が理事として出席・反対することの影響を確認する。
  5. 都道府県に相談する 一時役員等の制度の適用、届出、運営上の是正について相談する。行政が院長側の味方として夫婦間の争いを解決する制度ではない。
  6. 裁判所の手続 社員資格や決議の効力を争う訴訟、職務執行の差止め等の仮処分が必要か、請求権と保全の必要性に即して検討する。会社法上の招集許可や決議取消しの訴えを、そのまま医療法人に当てはめない。
  7. 金融機関・取引先への説明 役員の任期切れや社員の対立が対外的に知られる前に、理事長として法人を代表し業務を続けていることを説明できるよう準備する。

4 対立を終わらせる手段

手段内容と限界
妻の退社(自発的)妻が社員を退社すれば、社員間の対立は解消に向かう。持分ありの場合の払戻請求権の有無・範囲は、定款や出資関係等を確認する(第115講)。離婚の財産分与と一体で交渉する。
除名定款の除名事由に該当する具体的事実、通知・説明等の手続、定足数・決議要件を確認する。対象者の特別利害関係による議決参加制限も考慮する。反対・欠席だけで自動的に除名できず、特別決議が一律に必要とも限らない。
妻の兄の退社本人の意思を確認し、退社と持分の処理を個別に協議する。親族だから必ず同じ意見とも、退社を望むとも決めない。
新たな社員を迎える新たな社員の入社は社員総会の決議を要するのが通例であり、対立中は困難。
持分の譲渡・買取り妻の持分を院長が買い取り、妻が退社する。価格と税務(第115講・第116講)。
院長が法人を出る退社、持分の処理、理事・理事長や管理者の退任、新規開業を別々に検討する。理事長は原則として医師又は歯科医師である理事から選び、知事認可の例外もある。診療継続や職員・患者への影響を踏まえ、機能停止を交渉の脅しに使わない。
離婚の条件として一括解決夫婦間の給付と、法人・他の社員が関わる退社・役員変更・払戻しを関連づけて協議する。夫婦だけの合意で法人や第三者を当然に拘束できないため、必要な当事者の合意と法人手続をそろえる。

一括して協議する場合も、配偶者の社員資格を単なる「金銭に換える拒否権」と扱わないことが重要です。社員には法人の意思決定に参加する立場があり、退社を求めれば当然に対価の支払義務が生じるわけではありません。持分払戻し、財産分与、慰謝料等の根拠と負担者を区別し、診療の継続を損なわない合意を目指します。

5 対立を起こさない構成

第111講で述べたことを、対立の実際に即して言い直します。

  • 配偶者の役割を選ぶ 業務を担うこと、理事になること、社員になることは別。必要な職務と経営参加の程度に応じて決め、理事への就任も当然の前提にしない。
  • 親族だけに依存しない 親族の立場だけで賛否を予測せず、法人の目的を理解し、実際に意思決定へ参加できる人を選ぶ。
  • 人数と意思決定を設計する 定款例は社員3名以上を望ましいとしているが、奇数や院長側の人数だけで安定が保証されるわけではない。議長・特別利害関係・定足数を踏まえ、名目的な社員を置かない。
  • 定款の定足数・決議要件を確認する 欠席時も適法に意思を反映できる書面・代理人の制度を整える。多数派形成のためだけに手続を省略したり、要件を後付けで変えたりしない。
  • 持分なし医療法人への移行 出資持分の問題と社員の議決権の問題は別。放棄・払戻し等の処理を要し、すでに発生した請求権を一方的に消す制度ではない。
  • 役員改選を毎回実際に行う 任期切れの理事が権利義務理事として続いている状態を作らない。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 社員名簿で、社員の構成と、配偶者・配偶者の親族の人数を確認する
  • 定款の定足数・決議要件・除名事由・書面議決権行使の可否を読む
  • 役員の任期と、次の改選期を確認する
  • 社員総会・理事会の議事録が毎回作成され、保存されているかを確認する

やってはいけないこと

  • 配偶者の親族を「人数合わせ」で社員にする
  • 対立が始まってから、招集手続を省略して社員総会を開いたことにする(決議無効の原因になる)
  • 役員の任期切れを放置して届出をしない
  • 配偶者の権利や法人の負担を整理せず、威圧的に退社を迫る

7 よくある質問

妻が社員総会に出席せず、定足数が満たせません。妻抜きで決議できませんか。
法令・定款上必要な定足数を満たさないまま、決議が成立したと扱うことはできません。書面・代理人による議決とその出席の扱い、特別利害関係等を確認します。本人が議決権を行使しない場合に、賛成や出席をしたことにはできません。一時役員等の選任も、社員総会の定足数不足を直接解消する制度ではありません。
妻が理事として理事会にも出席し、すべての議案に反対します。
理事会は原則として、議決に加われる理事の過半数が出席し、その過半数で決議します。定款による加重要件と特別利害関係者の除外も確認します(医療法46条の7の2、準用一般法人法95条)。人数や出席状況によっては1人の反対で成立しないこともあります。正当な異論と任務違反を区別し、増員・解任等にも適法な社員総会手続が必要です。
都道府県は、夫婦の対立に介入してくれますか。
知事には医療法人の監督や、要件を満たす場合の一時役員等の選任に関する権限があります。ただし、夫婦間の財産の帰属や離婚条件を決める機関ではなく、院長側への支援が保証されるわけでもありません。法人の業務・診療への具体的な支障と、法令上必要な対応を整理して相談します。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  4. 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱

    医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf

  5. e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律

    医療法により準用される理事会の決議等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048

  6. e-Gov法令検索:民事保全法

    13条・23条等。仮処分の申立てと保全の必要性。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/401AC0000000091

病院・クリニック経営150講 目次へ戻る