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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第119講】

病院の土地建物が配偶者・親名義 ― 離婚・親族対立で診療場所を失う

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第119講 病院の土地建物が配偶者・親名義― 離婚・親族対立で診療場所を失う

第Ⅻ部 家族経営・離婚・名義持分

診療所の土地建物が院長以外の名義であることは珍しくありません。親の土地に建てた、配偶者の名義で買った、相続で共有になった。名義人との関係が良好な間は、何も起きません。関係が変わる出来事――親の死亡、離婚、兄弟の対立――が起きたとき、診療の場所を使い続ける権利が、契約書のない「好きに使え」の上に乗っていたことがわかります。

この講では、誰が所有し、誰がどの契約で使っているかを整理します。無償で借りる使用貸借も法律上の契約です。賃貸借への変更や買取りが適切かは、契約の目的・期間、相続、税務、資金繰りによって異なります。契約書や登記を整えることは重要ですが、それだけであらゆる明渡しや紛争を防げるわけではありません。

例えば、クリニックの建物は院長の父名義の土地に建っています。父は「好きに使え」と言い、賃料は取らず、契約書もありません。開業から18年、父は先月亡くなりました。
四十九日の席で、院長の弟が言いました。「あの土地は、遺産だ。兄さんだけがただで使い続けるのは公平じゃない。買い取るか、家賃を払うか、出ていくか、決めてほしい」
院長は、土地の上にある自分の建物と、その中で明日も診療を待つ患者のことを考えました。

1 「好きに使え」の法律上の名前 ― 使用貸借

無償で使用・収益し、終了時に返還する合意は、使用貸借です(民法593条)。口頭の合意でも成立し得ます。借地借家法による賃借人保護とは異なるため、何の目的で、いつまで使える約束だったかが重要です。古い契約では改正民法の経過措置も確認します。

項目内容
終了

使用貸借(無償):現行民法では期間満了、目的に沿った使用の終了、期間がなく目的に必要な期間が経過した場合の解除等を区別する。期間も目的もなければ貸主はいつでも解除できる(597・598条)。契約内容と適用法を確認する。

賃貸借(有償):普通借地・普通建物賃貸借では更新拒絶等に正当事由を要する制度がある。定期借地・定期建物賃貸借、契約違反による解除等は別に確認する。

借主の死亡

使用貸借(無償):法律上は借主の死亡が終了事由(597条3項)。死亡後も継続する合意の有無等を確認する。法人が借主なら、院長個人の死亡と法人たる借主の終了を混同しない。

賃貸借(有償):賃借権は相続される。

貸主の死亡

使用貸借(無償):貸主の死亡だけでは終了しない。貸主の契約上の地位を承継した相続人も、元の契約に拘束される。相続人が単独で直ちに解除・明渡しを請求できるとは限らない。

賃貸借(有償):賃貸人の地位が相続人に承継され、賃貸借は続く。

第三者への対抗

使用貸借(無償):土地が第三者に売られれば、使用借権を主張できない。

賃貸借(有償):借地では借地権登記や、借地権者名義の登記建物の所有等、建物賃貸借では引渡しが重要(借地借家法10条・31条)。先行担保権等との順位は別に確認する。

税務

使用貸借(無償):個人間の土地の使用貸借では、使用する権利の価額をゼロとして贈与税を扱う取扱いがある。法人が関わる土地利用では、借地権・権利金・地代等の別の税務検討が必要。

賃貸借(有償):賃料の所得・経費処理は実態と税法による。個人事業で生計を一にする親族への対価には所得税法56条の特則があり、親族側の対応する経費等も併せて処理する。

設例では、父の死亡だけで使用貸借は終わりません。弟が相続したというだけで、従前の合意を無視して直ちに退去を迫れるわけでもありません。契約の目的・期間、父の言動、建物の建築経緯、相続人と持分、解除等を行う権限を確認します。18年という年数だけで、使用に必要な期間が終わったと決めることもできません。

2 場面ごとに何が起きるか

名義と場面起きること
親名義・親の死亡遺言や相続関係を確認し、従前の使用契約を踏まえて遺産分割を協議する。遺産共有と通常の共有では分割手続が異なる。相続しただけで当然に賃料や明渡しを請求できるわけではない。
親名義・親の認知症認知症という診断だけで契約・遺言が一律に不可能になるわけではない。行為時の意思能力等を確認する。成年後見等では本人の利益を守り、利益相反や処分に必要な手続も検討する。子の都合だけで契約を変更できない。
配偶者名義・離婚取得の時期だけでなく原資と夫婦の協力を確認して、財産分与を検討する。院長が所有権を取得できるとは限らず、離婚だけで使用貸借が当然に終了するわけでもない。
配偶者の親名義離婚後も契約が続くかは、貸した目的・期間・条件等による。賃貸借なら契約類型と解除・更新拒絶の要件を確認する。親族関係の変化だけで自動的に終了しない。
兄弟との共有原則として自己の持分を超える使用の対価を償還する義務があるが、別段の合意があれば異なる(民法249条2項)。利用の合意、借地権等、共有の種類と分割方法を確認する。分割・売却だけで建物が当然に敷地利用権を失うとは限らない。
医療法人が親族の土地建物を使う法人と個人の契約を明確にする。無償の使用貸借もあり得るが、土地の借地権課税等を検討する。無償返還の届出は税務上の取扱いであり、利用期間や明渡義務をすべて決めるものではない。

3 守る方法 ― 賃貸借・登記・所有

診療場所を失わないために

  1. 賃貸借契約を結ぶ 名義人と院長(または法人)との間で、期間・賃料・更新・修繕・解約の条件を定めた契約書を作る。賃料は、無償や著しく低額ではなく、周辺相場に照らした適正額。適正額であれば、名義人の側にも、他の相続人や配偶者に対して「正当な取引だった」と説明できる。
  2. 契約類型を選ぶ 建物所有目的の普通借地と、定期借地・事業用定期借地では期間や更新の扱いが異なる。建物も普通借家と定期借家を区別する。診療継続に必要な期間と、締結の要式・説明を確認する。
  3. 対抗力と順位を確認する 借地では借地権の登記、又は借地権者名義の登記建物の所有等が重要。建物賃貸借では引渡しによる対抗力がある。法人が土地を借り、院長個人名義の建物を建てる等の不一致や、先行する抵当権にも注意する。
  4. 所有権を取得する 取得価格の根拠、資金、売主・買主それぞれの課税を検討する。個人間の著しい低額譲渡と、法人が関わる取引は税務が異なる。親からの贈与なら贈与税と、他の相続人の特別受益・遺留分等も確認する。
  5. 遺言を整える 親の意思に基づき、診療に使う土地建物を誰に承継させるかを明確にする。遺留分侵害額請求への支払資金、他の財産との配分、遺言の方式・有効性も検討する。
  6. 配偶者名義の場合 財産分与の対象範囲と、所有権の取得・賃貸借・買取り等を協議する。院長が取得することを最初から当然の前提にしない。
  7. 法人が使う場合 実際の借主と契約当事者を合わせる。理事の利益相反取引等なら必要な承認を得る。借地権課税では権利金、相当の地代、無償返還の届出等の条件を税理士と確認する。届出だけですべての課税がなくなるわけではない。
  8. 移転の備え 移転費用・休診期間と候補地を把握する。開設許可・届出、廃止、保険医療機関指定等の手続を保健所・地方厚生局へ事前に確認し、移転を決める前に診療と保険請求の空白を避ける日程を組む。

4 冒頭の事案 ― 弟にどう応じるか

まず現在の使用を続ける権利があるかを確認します。弟の示した三択を、そのまま法律上の義務として受け入れる必要はありません。そのうえで、相続人間の関係と長期の診療継続を考え、土地の取得や利用条件の合意を検討します。

土地を取得する 遺産分割で院長が取得し、必要な代償金を支払う方法等を協議します。評価は相続税評価と遺産分割での評価を区別します。生前の無償使用を特別受益とするかも、贈与の内容や使用目的等によるため、18年分の賃料を機械的に加算しません。個人の取得費を法人へ無条件に負担させないことも必要です。

利用契約を整える 相続人・所有者との間で、借主、期間、地代、更新・終了条件等を協議します。共有地では長期の借地権設定等に必要な同意を確認します。契約と対抗要件を整えたうえで、将来の売却・分割時にもその権利を主張できるかを検討します。

生前に契約と登記を整え、遺言や相続時の資金を準備しておけば、争点を減らすことはできます。ただし、賃貸借があっても解除・更新等の問題は残り、遺言があっても有効性や遺留分等で争いが生じ得ます。今からでも、従前の合意と資料を確かめ、継続できる条件を具体化してください。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 診療所の土地・建物の登記名義を確認し、院長・法人以外の名義があれば、使用の法律上の根拠(契約書の有無、賃料の有無)を確認する
  • 使用貸借なら、名義人と賃貸借契約を結ぶ交渉を、関係が良好なうちに始める
  • 借地なら建物の登記が院長(法人)名義であるかを確認する
  • 名義人が親なら、遺言の有無を確認し、なければ作成を依頼する

やってはいけないこと

  • 「好きに使え」という言葉だけで、期間・目的・終了条件がすべて明確だと思い込む
  • 親が認知症になってから、契約や遺言を整えようとする
  • 無償利用の契約条件・権限・税務を確認しないまま放置する
  • 根拠・承認・会計処理なく、個人の代償金を法人へ負担させる

6 よくある質問

親に賃料を払うと、親の所得税と、将来の相続財産が増えます。無償の方がよいのではありませんか。
有償・無償のどちらが適切かは、借主が個人か法人か、生計を一にする親族か、契約期間、相続方針等によって変わります。個人事業では所得税法56条により賃料を通常の経費にできない場合もあります。無償なら必ず場所を失う、有償なら必ず安全という二択ではなく、税務と継続利用の条件を併せて比較します。
妻名義の建物で開業しています。婚姻中に妻の親からの贈与で買ったものです。
妻が親から贈与された資金で取得した部分は、原則として妻の固有の財産として整理します。ただし原資やその後の維持への寄与も確認します。院長の使用が続くかは別の契約問題であり、離婚だけで当然に明渡義務が生じるとは限りません。利用継続の合意、賃貸借や買取り等を協議してください。
土地を法人名義にすれば安心ですか。
法人が適法に取得すれば親族所有者との利用契約の問題は減りますが、借入れ・担保・法人の債務や承継等のリスクは残ります。売主の譲渡所得、取得に伴う税・費用、法人の資金繰り、利益相反等を確認し、個人所有のまま利用条件を整える方法と比較します。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 衆議院:民法の一部を改正する法律(平成29年法律44号)

    附則10条4項。債権の消滅時効の経過措置。

    https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/19320170602044.htm
  4. e-Gov法令検索:借地借家法

    建物賃貸借の更新・解約申入れ・借賃増減請求等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
  5. e-Gov法令検索:所得税法

    25条のみなし配当、37条・45条の経費・家事費等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
  6. 国税庁:個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき

    No.4423。著しい低額かの個別判断、時価と対価の差額等。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4423.htm
  7. 国税庁:親の土地に子供が家を建てたとき

    No.4552。土地の使用貸借と贈与税・相続税の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4552.htm
  8. 国税庁:必要経費の知識

    No.2210。生計を一にする親族への賃料等と対応する経費。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2210.htm
  9. 国税庁:相当の地代及び相当の地代の改訂

    No.5732。権利金に代わる相当の地代の税務上の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5732.htm
  10. 国税庁:土地の無償返還に関する届出

    C1-63。契約上の無償返還の定め、届出時期、個人土地所有者の場合の提出。

    https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/hojin/annai/1554_48.htm

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