第120講 家族だから契約書はいらない、が一番危ない― 親族間取引の作法
第Ⅻ部 家族経営・離婚・名義持分
家族との取引でも、何を約束し、誰が何を行い、いくら支払ったかを説明できることが重要です。契約書がないだけで取引が無効・架空になるわけではありませんが、条件や実態を後から確かめにくくなります。反対に、書類が整っていても、実際の業務や返済がなければ、それだけで適正な取引にはなりません。
第Ⅻ部の締めくくりとして、親族との賃貸借・貸借・委託・売買等を整理します。法人と個人、取引の実態、対価の根拠、必要な承認、税務を順に確認します。すべての親族取引に同じ法定手続が必要なわけではありません。
例えば、医療法人の税務調査で、次の取引について資料の提出を求められたとします。妻の会社への委託料年600万円、父から借りる土地の周辺相場を大きく上回る賃料、長男への貸付金2,000万円、母への顧問料月10万円。契約、業務報告、返済予定などが十分に残っていません。担当者は、家族だから任せていた取引ほど、説明に必要な資料が不足していると気づきました。
1 親族間取引が問題になる四つの場面
| 場面 | 内容 |
|---|---|
| 税務 | 何が問われるか:当事者が個人か法人か、対価と役務の実態を確認する。給与・寄附金・所得税・贈与税等はその関係によって異なる。法人から個人への贈与は原則として贈与税ではなく所得税。生計一親族への対価には所得税法56条の特則がある。 問題になる典型:冒頭の4項目すべて |
| 医療法 | 何が問われるか:非営利性。理事・親族への実質的な利益分配(54条の剰余金配当禁止の潜脱)。理事の利益相反取引の理事会承認。運営管理指導要綱の「役員・親族との取引」の確認事項。認定医療法人の「特別の利益供与」の禁止。 問題になる典型:親族への過大な賃料・報酬・委託料 |
| 相続 | 何が問われるか:貸付けなら債権・債務、贈与なら特別受益の該当性等を確認する。親族間のすべての利益が当然に持戻し対象となるわけではない。法人の貸付け・免除と、親個人の贈与を混同しない。 問題になる典型:長男への貸付、親の土地の無償使用 |
| 離婚 | 何が問われるか:法人・配偶者・配偶者の会社の財産を分け、実際の役務、対価、債権の帰属を確認する。配偶者の会社への適正な支払を、当然に配偶者個人への隠し財産の移転と扱わない。 問題になる典型:妻の会社へのコンサルティング料 |
2 取引の類型ごとの作法
賃貸借(土地・建物・設備)
- 契約書:物件、期間、賃料、更新、修繕負担、解約条件。
- 賃料:物件の条件、周辺の取引、査定等から根拠を残す。相場と税務上の「相当の地代」は同一ではない。土地では権利金・借地権・無償返還の取扱いも確認し、高低だけで一律に贈与と決めない。
- 法人が借りる場合:理事の当事者性・代表関係・利益の対立等から、利益相反の承認が必要か確認する。重要な業務執行や院内規程による承認も別に確認する。
- 対抗要件:借地では借主と登記建物所有者の一致等を確認する。建物賃貸借では引渡しによる対抗力を確認し、先行する担保権にも注意する(第119講)。
金銭の貸借
- 借用書(金銭消費貸借契約書):金額、利率、返済期限、返済方法。
- 利息:貸主・借主の関係、貸付目的、条件から、法人の受取利息や役員等への経済的利益等を検討する。個人間の無利息貸付も、利息相当の利益と元本の贈与を区別する。
- 返済の実行:返済能力、期限、実際の返済等から真正な貸借かを判断する。一度返済が遅れただけで元本全部が直ちに贈与になるわけではないが、初めから返す意思・見込みのない形式的な貸付けにはしない。
- 法人からの貸付:法人の業務・利益との関係、返済能力、利息、担保、必要な承認を確認する。役員でない親族への貸付けが、常に役員貸付金になるわけではない。
業務委託・顧問(配偶者の会社、親族)
- 契約書:業務の内容、成果物、報告の方法、期間、報酬。
- 実態:相談記録、報告、連絡履歴、作業記録等を業務に応じて残す。助言業務などでは物としての成果物がないこともあり、「成果物なし」だけで架空と断定しない。
- 報酬:同種業務の相場に加え、範囲、頻度、専門性、責任を示す。配偶者の会社との取引であっても、実態と適正な対価があれば、親族関係だけで否定されるものではない。
- 親族への顧問料:年齢や来院回数だけで判断せず、役務の有無・内容を調べる。実態がなければ、返還、法人側の寄附金・役員給与等の取扱い、受取人の所得税等を事実に応じて整理する。法人からの贈与は、原則として贈与税ではなく所得税の対象となる。
資産の売買
- 契約書と時価の根拠(不動産鑑定、査定、相場)。
- 低額譲渡:個人間では「著しく低い価額」かを個別に判断し、時価との差額について贈与税を検討する。法人が関わる場合は、売主・買主それぞれの所得税・法人税等を分けて検討する。
- 法人と理事長・親族との売買:利益相反取引や重要な業務執行に該当するかを確認し、必要な決議・議事録を整える。親族というだけで一律に法定承認の対象としない。
労務(雇用・役員報酬・専従者給与)
- 雇用と役員就任を区別:職員の労働条件明示、社団医療法人の役員選任手続を整える。理事報酬は定款に額がなければ社員総会で決め、個別額を委任する場合は権限の根拠を確認する。
- 勤務・職務の実態:職務、勤務記録、在宅での業務等を確認する。出勤の有無だけで判断せず、役割と報酬額の関係を説明できるようにする。
- 個人事業の青色事業専従者給与:届出、適正額、専従の実態。
保証・担保提供
- 保証・担保:債権者、主債務、範囲、期間等を明確にする。保証契約は書面等を要し、個人根保証や事業用融資の個人保証には追加の要件・例外がある。担保提供と保証を区別し、離婚・死亡時の扱いを確認する。
- 離婚しても保証は当然には外れない。家族内の約束だけで金融機関を拘束できず、保証の解除・変更には債権者との調整が必要。相続時も保証の種類と契約内容から承継を検討する。
3 医療法人の利益相反取引 ― 理事会の承認
医療法は、一般社団法人法84条を準用し、理事が自己又は第三者のために医療法人と取引をしようとするとき等に、重要な事実を開示し、理事会の承認を受けることを求めています(医療法46条の6の4)。理事長が自分の土地を法人に貸す、理事である妻の会社が法人から委託を受ける、理事の子に法人が貸し付けるといった取引は、理事の当事者性、代表関係、利益の対立等を確認し、利益相反取引に該当する場合は理事会承認と議事録が必要です。承認の要否にかかわらず、条件の相当性と法人への不利益の有無を記録してください。
承認の決議では、特別の利害関係を有する理事は議決に加われません。定足数、重要事実の開示、事後の報告、議事録等を整えます。承認があっても、不相当な対価や架空の役務、税務上の問題が解消されるわけではありません。
承認は形式ではありません。理事会が、取引の内容と対価の適正を検討し、法人にとって必要かつ相当と判断した記録が残っていることが、税務調査・立入検査・相続・離婚の各場面で「正当な取引だった」と説明する根拠になります。
4 契約書に入れるもの ― 共通の作法
親族間取引の契約書と記録
- 当事者 法人か個人か。医療法人の取引なら法人名で、理事長が代表として署名。
- 取引の内容 何を、いつからいつまで、どのように。曖昧な「コンサルティング」「顧問」ではなく、具体的な業務。
- 対価と根拠 金額と、それが適正であることの根拠(相場、査定、同種取引の例)を契約書または別紙に残す。
- 支払・返済の条件 期限、方法(振込)、遅延時の扱い。
- 終了の条件 期間、更新、解約。関係が変わったとき(離婚、相続)にどうなるかを、可能なら定める。
- 機関の承認 利益相反、重要な業務執行、報酬等、それぞれの法令・定款・院内規程による決定権限を確認する。法人の取引すべてについて理事会決議が法定されているわけではない。
- 実態の記録 業務の報告書、成果物、勤務記録、返済の振込記録。契約書だけでは足りない。
- 税務の確認 契約前に税理士に、対価の適正性と課税関係を確認させる。
- 他の家族との関係 将来の相続・承継への影響を整理する。ただし親族だから当然に法人資料や患者・職員情報を開示してよいわけではなく、必要な範囲と権限を守る。
5 冒頭の事案 ― 是正の方向
| 項目 | 是正 |
|---|---|
| 妻の会社へのコンサルティング料 | 過去の業務・対価・承認を資料で確認する。今から作る書類には確認日と根拠を残し、過去の契約や成果を捏造しない。実態のない支払は停止・返還請求等を検討し、関係者ごとの課税と申告を整理する。 |
| 父からの土地の賃借(高額な賃料) | 物件条件と賃料の根拠を確かめ、改定は契約・協議・法定手続に従う。一方的な減額や、過去の差額全額が当然に返還されるとは考えない。過大部分の税務は当事者と実態に応じて処理する。 |
| 長男への貸付 | 真正な貸付けか、無断流用等かを確認する。貸付けなら残高・返済能力・条件を整理する。回収不能なら自由に給与・贈与へ変えられるわけではない。法人の債権と父個人の相続における特別受益も別の問題である。 |
| 母への顧問料 | 役務を確かめ、実態がなければ支払停止と過去分の返還・課税等を検討する。母の生活援助が目的なら、法人の事業費用を装わず、理事長個人の負担として整理する。 |
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 法人(または診療所)と親族との間の取引を、賃貸借・貸借・委託・売買・労務・保証の類型ごとに一覧にする
- 各取引について、契約書・対価の根拠・機関の承認・実態の記録の有無を確認する
- 欠けているものを、関係が良好なうちに整える
- 税理士に、親族間取引の課税関係を一覧で確認してもらう
やってはいけないこと
- 「家族だから」を理由に契約書を省く
- 対価を相場と照らさずに決める
- 法令・定款・院内規程で必要な承認を省き、理事や親族と取引する
- 法人の資金で、家族の扶養や生活費を賄う
7 よくある質問
- 親族との取引に契約書を作ると、かえって「取引の存在」を認めることになり、税務上不利ではありませんか。
- 契約書がないだけで、税務当局が必ず最も不利な課税をするわけではありません。実際の合意、送金、役務、返済等から判断します。ただし、書面は条件や実態を説明する重要な資料です。過去分を確認する書類は作成日を偽らず、確認した事実と今後の条件を分けて記載してください。
- 配偶者の会社(MS法人)に業務を委託する形は、それ自体が問題ですか。
- 配偶者の会社への委託自体が直ちに違法になるわけではありません。ただし、外注すれば医療法人の業務範囲や医療行為等の規制を回避できるわけではありません。適法に委託できる業務か、役務・価格・選定理由、利益相反等の承認、個人情報の取扱い、終了時の引継ぎを確認します。
- 親族間の取引を整えると、家族の関係がぎくしゃくしませんか。
- 誰かを疑うためではなく、担当者の交代や相続の際にも約束を確かめられるようにするためだと説明します。まず取引の一覧と、双方の理解が一致している点から始めると進めやすくなります。家族の合意と、法人として必要な決定をそれぞれ記録することが大切です。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 国税庁:役員に対する給与
定期同額給与等と役員給与の損金算入。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf
- e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律
医療法により準用される理事会の決議等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048
- 国税庁:役員等に対する経済的利益
No.5202。個人費用の負担、債務免除等と役員給与の取扱い。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5202.htm - 国税庁:金銭を貸し付けたとき
No.2606。役員・使用人への無利息・低利貸付と利息相当額の給与課税。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2606.htm - 国税庁:貸倒損失として処理できる場合
No.5320。金銭債権の切捨て、全額回収不能等の要件。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5320.htm - e-Gov法令検索:法人税法
22条・34条。損益、役員給与の損金算入条件、過大・隠蔽仮装給与等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034 - 国税庁:青色事業専従者給与と事業専従者控除
No.2075。親族への給与と必要経費算入等の税務上の制度。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2075.htm - e-Gov法令検索:所得税法
25条のみなし配当、37条・45条の経費・家事費等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033 - 国税庁:贈与税がかかる場合
No.4402。法人から個人への贈与は所得税。個人からの贈与と暦年課税の基礎控除等。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4402.htm - 国税庁:親から金銭を借りた場合
No.4420。返済能力・返済状況、利子相当の利益と元本の贈与の区別。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4420.htm - 国税庁:個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
No.4423。著しい低額かの個別判断、時価と対価の差額等。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4423.htm - 国税庁:必要経費の知識
No.2210。生計を一にする親族への賃料等と対応する経費。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2210.htm - 国税庁:相当の地代及び相当の地代の改訂
No.5732。権利金に代わる相当の地代の税務上の取扱い。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5732.htm - 国税庁:土地の無償返還に関する届出
C1-63。契約上の無償返還の定め、届出時期、個人土地所有者の場合の提出。
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/hojin/annai/1554_48.htm - 国税庁:権利金の認定課税について
No.5730。法人所有地についての相当の地代・無償返還届出と課税の扱い。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5730.htm