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『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第14講】

部下を引き連れて独立した元役員の責任

引き抜き事案の中でも、取締役が在任中の地位・情報を利用して独立を準備し、従業員や顧客に働きかける類型では、会社法355条の忠実義務や356条の競業取引規制等が問題となり得ます。責任の有無は、準備行為の内容・時期・会社への影響等を具体的に検討します。

在任中の準備行為の限界

取締役が退任後の独立を準備すること自体が直ちに義務違反となるわけではありません。他方、在任中に従業員への組織的な移籍勧誘、主要顧客への新会社との取引勧誘、会社の営業秘密・顧客情報の持ち出し・利用、承認を得ない競業取引等を行えば、忠実義務違反・競業取引規制違反等が問題となります。各行為について会社法上の要件と事実関係を分けて検討します。

これらは、取締役が「会社の利益より自己の利益を優先した」行為であり、忠実義務の中核に反するものです。従業員の引き抜きについては、ラクソン事件(第13講)が在任中の取締役の責任を認めた事案でもあります。

責任追及の手段

(1)会社法423条による損害賠償:任務懈怠に基づく会社に対する損害賠償責任です。競業取引については、取締役が得た利益の額が損害と推定されます(423条2項)。従業員の引き抜きや顧客の奪取については推定規定はありませんが、忠実義務違反として、失われた顧客との取引利益・従業員の採用・教育コストなどを損害として主張します。

(2)株主代表訴訟:会社が取締役等の責任を追及しない場合、一定の要件を満たす株主は会社に提訴請求をし、原則としてその請求の日から60日以内に会社が訴えを提起しないときは、株主代表訴訟を提起できます(会社法847条)。会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合の例外等もあるため、具体的要件を確認します。

(3)退職慰労金:退職慰労金について競業・忠実義務違反を考慮する場合は、株主総会決議等の会社法上の手続、退職慰労金規程・決議の内容、支給請求権が具体化しているか、会社の損害賠償請求権との相殺が可能か等を個別に確認します。規程がない場合に当然に不支給・返還や相殺ができるわけではありません。

(4)不競法・不法行為:営業秘密の持ち出しがあれば不競法(第Ⅳ部)、顧客の不当な奪取があれば不法行為(民法709条)で構成します。新会社に対しては、共同不法行為(民法719条)または不競法2条1項8号等による責任追及を検討します(第25講)。

「役員」であることの証明と、名ばかり役員

責任追及の前提として、その者が会社法上の取締役であったかを確認します。登記されていない執行役員・部長等は、その名称だけでは会社法上の取締役ではありません。従業員兼務取締役については、取締役としての地位と労働者としての地位が併存し得るため、それぞれの行為がどの立場でなされたかを検討します。登記上の取締役であっても、その具体的な権限・職務内容は責任の内容や損害算定等の判断事情となり得ます。

予防 ― 役員に対する事前の設計

取締役の独立を完全に防ぐことはできませんが、①役員委任契約で在任中の忠実義務の具体的内容(従業員・顧客への勧誘禁止)と退任後の競業避止義務を定める、②退職慰労金規程に不支給・返還規定を置く、③取締役に対しても秘密情報の管理とアクセスログの記録を適用する、④取締役会での競業取引の承認手続を実際に運用する、という措置により、責任追及の基盤を整えることができます(第9講)。

実務ポイント

・在任中の従業員・顧客への組織的勧誘、情報持ち出し、競業取引の開始は忠実義務違反(会社法423条)。

・手段は423条責任・株主代表訴訟・退職慰労金の不支給返還・不競法・不法行為の組み合わせ。

・役員委任契約と退職慰労金規程の整備が、責任追及の基盤になる。

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