『非上場株式27講 ― 売れない株の教科書 ―』【第15講】
連絡のつかない株主をどうするか
― 所在不明株主の株式売却と経営承継円滑化法の特例:「5年」を「1年」に短縮する制度の使い方 ―
「M&Aの買い手から『100%の株式を引き渡すこと』が条件だと言われました。株主名簿に載っている株主のうち3人は、30年以上前に退職した従業員で、招集通知は毎年戻ってきます。連絡先も分かりません」
「設立時に名前を借りた叔父が亡くなり、その相続人が誰なのかも分かりません。株主名簿には叔父の名前が残ったままです」
「所在不明の株主の株を会社が処分できる制度があると聞きました。ただ、うちは株主総会の招集通知を長年送っていませんでした。それでも使えますか」
この講の結論
設立から数十年を経た会社では、株主名簿に記載はあるものの、通知が届かず配当も受け取らない株主が一定数生じます。所在不明株主は、株主総会の運営を不安定にするだけでなく、M&A・事業承継の場面で「発行済株式の100%を引き渡せない」という致命的な障害になります。会社法は、会社からの通知が5年以上継続して到達せず、かつ5年間配当を受領しなかった株主の株式を、公告・催告を経て、競売または裁判所の許可を得て売却できると定めています(196条〜198条)。
この「5年」の壁を破るのが、令和3年8月2日施行の経営承継円滑化法の特例です。代表者の高齢・健康状態等により経営の継続に支障があり(経営困難要件)、所在不明株主の存在により円滑な承継が困難であること(円滑承継困難要件)について都道府県知事の認定を受けた会社は、5年の要件が1年に短縮されます(同法15条)。ただし、原則ルートも特例ルートも、「通知を発送し続けていた実績」が出発点です。招集通知を送っていなかった会社は、まず通知を送り始めることから逆算して計画を立てることになります。そして所在不明株主対策は、株式等売渡請求(90%)や株式併合(3分の2)といった他の集約手法(第14講)との比較の中で、最適なルートを選ぶべき問題です。
1「株主名簿にはいるが、どこにいるか分からない」― 所在不明株主が生まれる経路
所在不明株主は、ある日突然生まれるものではありません。第5講で見た株主名簿の不備が、時間とともに所在不明という形で表面化します。典型的な経路は四つあります。
第一に、退職した従業員株主です。従業員に株式を持たせたが、退職時に買い戻す仕組み(第9講の取得条項、第11講の持株会規約)がなく、退職者が株式を持ったまま転居し、連絡が途絶えた場合です。第二に、設立時の名義株主です。平成2年商法改正前の設立に必要だった7名の発起人のうち、名前を借りただけの親戚や知人が、その後の付き合いの消滅とともに所在不明になります(第6講)。第三に、亡くなった株主の相続人です。株主の死亡を会社が把握せず、名簿上は故人のまま通知を送り続け、相続人が誰かも分からない状態です(第16講)。第四に、取引先や金融機関の関係者で、取引の終了後に株式だけが残ったものです。
いずれの経路でも、共通するのは「会社が株主と連絡を取ろうとしなかった期間」の存在です。配当がなく、株主総会も形式的に済ませている会社では、株主と連絡を取る機会そのものがありません。数十年後、M&Aや事業承継の局面で株主名簿を開いたとき、初めて所在不明株主の存在が問題になります。
2所在不明株主が引き起こす四つの障害
所在不明株主は、平時には無害に見えます。議決権を行使せず、帳簿閲覧も請求せず、株を売れとも言わない。しかし次の四つの場面で、障害として立ち現れます。
図解A 所在不明株主が障害になる四つの場面
図解A 所在不明株主は「いない株主」ではなく「いつ現れるか分からない株主」
とくに④は見落とされがちです。所在不明株主の株式は、その株主が死亡すれば相続人に承継されます。相続人は、相続財産の調査の過程で株式の存在を知り、会社に連絡してきます。その時点で会社が事業承継やM&Aの途中であれば、相続人は自分の株式に高い価値があることを知ることになります。所在不明株主の問題は、放置すれば消えるのではなく、最も都合の悪い時期に、最も情報を持った相手として現れる問題です。
3会社法の原則 ― 5年ルール(196条〜198条)
会社法は、所在不明株主の株式を会社が処分するための制度を三つの条文で定めています。
まず、会社が株主に対してする通知または催告が5年以上継続して到達しない場合には、会社はその株主に対する通知・催告をすることを要しません(196条1項)。招集通知を毎年送り、5年間戻ってくる状態が続けば、以後は送らなくてよいということです。次に、この通知不要の状態にある株式で、かつその株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったものについて、会社はその株式を競売し、代金を株主に交付することができます(197条1項)。競売に代えて、市場価格のない株式については裁判所の許可を得て競売以外の方法で売却することができ(同条2項)、会社自身がその株式を買い取ることもできます(同条3項)。そして、競売または売却をするには、株主その他の利害関係人が一定の期間(3か月以上)内に異議を述べることができる旨を公告し、かつ当該株主と登録株式質権者には各別に催告しなければなりません(198条1項)。
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| 要件・手続 | 内容 | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| 要件① 通知の不到達5年 | 会社からの通知・催告が5年以上継続して到達しないこと(196条1項、197条1項1号) | 「到達しない」とは、送ったが届かなかったこと。送っていなければ要件は始まらない。不到達の記録(返送された封筒、配達証明)を保管する |
| 要件② 配当の不受領5年 | その株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったこと(197条1項2号) | 配当を行っていない会社でも要件を満たすと解されているのが一般的。配当を行った会社では、当該株主が受領していないことの記録が必要 |
| 手続① 公告と個別催告 | 利害関係人が3か月以上の期間内に異議を述べられる旨を公告し、株主・登録株式質権者に各別に催告(198条1項)。催告は名簿上の住所へ(同条2項)。196条の通知不要規定はこの催告には適用されない(同条4項) | 公告は定款所定の方法(官報など)。期間内に異議があれば手続は進められない。株券発行会社では期間満了で株券が無効になる(同条5項) |
| 手続② 競売または裁判所の許可を得た売却 | 競売(197条1項)。または市場価格のない株式について裁判所の許可を得て競売以外の方法で売却(同条2項)。許可申立ては取締役全員の同意による | 非上場株式では競売は現実的でなく、裁判所の許可を得た売却が通常。売却価格の相当性を示す株価算定資料が必要 |
| 手続③ 会社による買取り | 売却する株式の全部または一部を会社が買い取ることができる。買い取る株式数と対価の総額を定める(取締役会設置会社は取締役会決議。197条3項・4項) | 会社が買い取る場合は分配可能額の範囲内(461条1項6号) |
| 手続④ 代金の交付 | 売却代金を株主に交付する(197条1項) | 株主が所在不明で交付できないため、弁済供託(民法494条)を行う |
図表1 所在不明株主の株式売却 ― 会社法の原則ルート
実務上の最大のポイントは、要件①の「5年間の通知不到達」が、通知を発送し続けていた実績を前提にすることです。株主総会の招集通知を送っていなかった会社は、そもそもこの制度のスタートラインに立てません。「通知を送っていないから届かなかった」ことと「送ったが届かなかった」ことは別であり、前者は所在不明株主の要件を満たしません。したがって、招集通知を出していなかった会社が所在不明株主対策を始めるなら、まず名簿上の住所に通知を送り始めることから逆算して、最低5年がかりのプロジェクトになります。
4売却手続の実際 ― 公告・催告、裁判所の許可、会社による買取り
要件が揃った後の手続を、時系列で示します。
図解B 所在不明株主の株式売却の流れ(原則ルート)
図解B 公告期間3か月と裁判所の許可手続が、要件充足後の所要期間を決める
裁判所の許可手続では、売却価格の相当性が審査されます。所在不明株主は自分の株式が売られることを知りませんから、裁判所は、その株主の利益を保護する立場から、価格が不当に低くないかを確認します。税務上の配当還元価額のような低い価格ではなく、会社の実質的な価値を反映した価格(第3講・第4講)を示す算定資料を準備する必要があります。売却価格は、後に株主や相続人が現れたときに供託金として受け取る金額でもありますから、「安く処分できた」という発想は、後日の紛争の種になります。
5経営承継円滑化法の特例 ― 5年を1年に短縮
5年という期間は、事業承継を急ぐ会社にとって長すぎます。代表者が高齢で、後継者への承継やM&Aを数年内に実行したい会社が、所在不明株主のために5年待つことは現実的ではありません。この壁を破るために、令和3年8月2日施行の改正で、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)に、所在不明株主の株式の競売・売却に関する特例が設けられました。
特例の内容は、次のとおりです。非上場の株式会社である中小企業者が、①代表者が年齢、健康状態その他の事情により継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であるため事業活動の継続に支障が生じており、②一部の株主の所在が不明であることにより、その経営を代表者以外の者に円滑に承継させることが困難であると認められること(同法12条1項1号ホ)について認定を受けた場合、その会社(特例株式会社)については、会社法197条の「5年間」が「1年間」に読み替えられます(同法15条1項)。通知の不到達が1年以上継続し、配当の不受領が1年間継続していれば、売却手続に進めるということです。
ただし、特例株式会社は、会社法198条の公告・催告に先立って、特例法上の公告と個別催告(3か月以上の異議期間)を行わなければならず(同法15条2項)、この期間内に異議が述べられた場合や、催告が株主に到達した場合には、特例は適用されません(同条3項)。つまり、特例ルートでは、特例法上の公告・催告(3か月以上)と会社法上の公告・催告(3か月以上)の二段階を経ることになります。
図解C 原則ルートと特例ルートの比較
図解C 特例で短縮されるのは「5年→1年」の要件期間。公告・許可の手続は原則ルートより一段階多い
特例の認定は法律上は経済産業大臣の権限ですが、都道府県知事に委任されており、申請先は会社の主たる事務所の所在地の都道府県です。認定の有効期間は原則2年で、期間内に裁判所への売却許可の申立てがあれば、その株式の買取りの日まで延長されます。
6認定申請の実務 ― 二つの要件と疎明資料
特例は「事業承継ニーズの高い会社」に対象を絞った制度で、認定申請には二つの要件についての疎明が求められます。
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| 要件 | 内容 | 疎明の考え方 |
|---|---|---|
| 経営困難要件 | 代表者が年齢、健康状態その他の事情により、継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であるため、事業活動の継続に支障が生じていること | 中小企業庁の手引きでは、代表者の年齢が60歳を超えていること、健康状態が業務に支障を及ぼしていること、その他の事情が例示されている。年齢は登記事項証明書・住民票等で、健康状態は診断書等で示す |
| 円滑承継困難要件 | 一部の株主の所在が不明であることにより、経営を代表者以外の者(株式会社事業後継者)に円滑に承継させることが困難であること | 所在不明株主の議決権割合が、承継の方法に応じた一定の水準にあること(株式譲渡による承継なら所在不明株主の議決権が10分の1超など、特別決議を要する手法なら3分の1超など、手引きに具体的な基準がある)。株主名簿、所在不明の経緯(不到達の記録)、後継者と承継計画の説明資料で示す |
| 対象会社 | 上場株式・店頭登録株式を発行していない株式会社である中小企業者 | 中小企業者の定義(業種ごとの資本金・従業員数)を満たすこと |
| 申請先・添付資料 | 主たる事務所の所在地の都道府県。認定申請書、登記事項証明書、定款、株主名簿、誓約書など | 都道府県の窓口により運用の細部が異なる。事前相談を経て申請する |
図表2 特例認定の要件と疎明資料(中小企業庁「所在不明株主に関する会社法の特例」パンフレットに基づく)
認定を得ても、裁判所の売却許可手続(非訟事件)は必要であり、売却価格の相当性についての疎明(株価算定資料)も欠かせません。認定申請(行政手続)と売却許可申立て(裁判手続)を、通知の発送実績の整理、公告・催告の日程、算定資料の準備とあわせて一つの工程として設計できるかが、所要期間を左右します。行政手続と裁判手続を別々の専門家に依頼して順番に進めると、それぞれの待ち時間が積み上がります。
7他の集約手法との比較 ― 売渡請求・株式併合・相続人調査
所在不明株主の株式を処理する方法は、196条以下の売却制度だけではありません。他の集約手法との比較の中で、最適なルートを選ぶ必要があります。
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| 手法 | 要件 | 所在不明株主に対して機能するか | 所要期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 所在不明株主の株式売却(本講・原則) | 通知不到達5年+配当不受領5年 | 所在不明株主のための制度。他の株主には影響しない | 要件充足後、公告3か月+許可手続。要件充足まで5年 |
| 所在不明株主の株式売却(本講・特例) | 都道府県知事の認定+通知不到達1年+配当不受領1年 | 同上。事業承継の局面に限定 | 認定+要件充足1年+公告6か月以上+許可手続 |
| 特別支配株主の株式等売渡請求(第14講) | 議決権の90%以上 | 機能する。通知は名簿上の住所に発すれば足り(126条)、対価は供託。所在不明株主以外の少数株主も同時に処理できる | 通知から20日余り。90%があれば最速 |
| 株式併合(第14講) | 株主総会の特別決議(3分の2) | 機能する。招集通知・併合の通知は名簿上の住所へ。端数代金は供託。所在不明株主以外の少数株主も同時に処理 | 総会招集から効力発生・端数処理まで数か月 |
| 相続人の調査と任意買取り(第16講) | 株主が死亡している場合 | 相続人を戸籍で調査し、判明した相続人と交渉する。相続人が判明すれば「所在不明」ではなくなり、任意の買取りや売渡請求(174条)の対象になる | 調査数か月+交渉 |
図表3 所在不明株主への対処法の比較 ― 90%を確保できるなら売渡請求のほうが早い
この比較から分かるとおり、多数派が90%以上を確保できるなら、所在不明株主だけを狙った売却制度より、株式等売渡請求で所在不明株主を含む少数株主全員を一度に処理するほうが早く、3分の2以上なら株式併合が使えます。所在不明株主の株式売却制度が独自の意味を持つのは、①多数派の持株が3分の2に届かない、②所在不明株主以外の少数株主は残したい(従業員株主や協力的な親族など)、③スクイーズアウトのような強制的な手法を避けたい、といった場合です。どのルートを選ぶかは、株主構成の全体を見て決めます。
また、所在不明株主が実は死亡している場合、その株式は相続人に承継されています。相続人を戸籍で調査し(会社は正当な理由があれば弁護士を通じて戸籍・住民票を取得できます)、判明した相続人に連絡を取れば、その株主は「所在不明」ではなくなり、任意の買取りの相手になります。定款に相続人等に対する売渡請求の定めがあれば、売渡請求(174条)も使えますが、会社が相続を知った日から1年という期限があります(176条1項。第17講)。
8「所在不明にさせない」― 平時の株主管理
所在不明株主対策の最善の方法は、株主を所在不明にさせないことです。本講で見た制度はいずれも、要件を満たすまでに年単位の時間がかかり、公告・裁判所の許可・供託という手続を伴います。平時の株主管理で防げるなら、それに越したことはありません。
具体的には、第一に、毎年、全株主に招集通知を発送することです。会社法上の義務であるだけでなく(299条)、不到達の記録を積み上げることが、将来の所在不明株主対策の出発点になります。返送された封筒は、日付とともに保管します。第二に、住所変更の届出を株主に求めることです。株主名簿記載事項の変更は株主からの届出によりますが、会社の側から定期的に住所確認の連絡をする運用が有効です。第三に、株主の死亡を早期に把握することです。年賀状や配当の受領確認など、株主との接点を年に一度は持つことで、死亡や転居の情報が入ります。第四に、退職・退任時に株式を回収する仕組みを持つことです。取得条項付株式(第9講)、持株会規約(第11講)、株主間契約の買取条項(第10講)が、所在不明株主の発生を根元で止めます。
PRACTICE NOTE
所在不明株主対策のロードマップ
所在不明株主の相談を受けたとき、当事務所が最初に確認し、次に設計する項目を、順に示します。
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| 段階 | 作業 | 要点 |
|---|---|---|
| ① 株主名簿の確定 | 名簿上の全株主について、住所・持株数・取得経緯・最後に連絡が取れた時期を整理(第5講) | 「所在不明」と「名義株」「相続未処理」を区別する。名義株なら解消交渉(第6講)、死亡なら相続人調査(第16講)が先 |
| ② 通知の発送実績の確認 | 過去の招集通知の発送記録と返送記録を集める。記録がなければ、今年から発送を始める | この時点で「原則ルートの要件充足まで何年か」が決まる |
| ③ 所在調査 | 弁護士を通じた住民票・戸籍の調査、旧住所への訪問、関係者への聞き取り | 判明すれば任意買取りへ。死亡が判明すれば相続人調査へ。所在不明株主の株式売却制度は、調査を尽くしても判明しない株主のための最後の手段 |
| ④ ルートの選択 | 多数派の持株比率、事業承継の時期、他の少数株主の扱いを踏まえ、売却制度(原則/特例)・株式等売渡請求・株式併合・任意買取りから選ぶ(図表3) | 90%以上なら売渡請求が最速。特例は事業承継の局面に限定 |
| ⑤ 特例認定の申請(特例ルート) | 経営困難要件・円滑承継困難要件の疎明資料を準備し、都道府県に事前相談の上で申請 | 認定の有効期間は原則2年。裁判所への申立てまでの工程を認定期間内に収める |
| ⑥ 株価算定資料の準備 | 裁判所の売却許可のための算定資料。実質価値ベースで | 後日現れた株主・相続人が受け取る供託金の額でもある。低すぎる価格は紛争の種 |
| ⑦ 公告・催告 | 特例ルートは特例法上の公告・催告(3か月以上)→会社法上の公告・催告(3か月以上)。原則ルートは会社法上の公告・催告のみ | 異議・到達があれば手続は止まる。公告は定款所定の方法で |
| ⑧ 裁判所の許可申立てと売却 | 取締役全員の同意で申立て。許可後に売却、会社が買い取るなら分配可能額を確認 | 名義書換、株主名簿の更新 |
| ⑨ 代金の供託と記録 | 弁済供託し、供託書を保管。株主・相続人が現れたときの対応手順を決めておく | 売却の経緯を説明できる記録一式(不到達の記録、公告、許可決定、算定資料)を永久保存 |
③の所在調査を省いて売却制度に進むことは、お勧めしません。制度は「所在が不明である」ことを前提にしており、調査を尽くせば判明したはずの株主の株式を売却した場合、後日その株主や相続人から手続の正当性を争われる余地が生じます。調査の記録は、裁判所の許可手続でも、後日の紛争でも、会社を守る資料になります。
実務チェック
- 株主名簿上の全株主について、最後に連絡が取れた時期と、通知の到達状況を把握しているか。
- 株主総会の招集通知を、毎年、全株主の名簿上の住所に発送しているか。返送された封筒を日付とともに保管しているか。
- 所在不明株主について、住民票・戸籍による調査、旧住所や関係者への確認を行ったか。死亡している場合、相続人を調査したか。
- 多数派の持株比率を確認し、株式等売渡請求(90%)や株式併合(3分の2)で処理するほうが早くないかを比較したか。
- 特例ルートを使う場合、経営困難要件(代表者の年齢・健康状態)と円滑承継困難要件(所在不明株主の議決権割合、後継者・承継計画)の疎明資料を準備できるか。認定の有効期間(原則2年)内に裁判所への申立てまで進む工程か。
- 裁判所の売却許可のための株価算定資料を、実質価値ベースで準備したか。会社が買い取る場合、分配可能額を確認したか。
- 売却代金の供託と、後日株主・相続人が現れたときの対応手順を決めているか。
- 退職・退任・死亡時に株式を回収する仕組み(取得条項、持株会規約、株主間契約)を整え、新たな所在不明株主を生まない運用になっているか。
よくある質問
株主総会の招集通知を長年送っていませんでした。所在不明株主の株式売却制度は使えますか。
直ちには使えません。会社法197条1項の要件は、会社からの通知・催告が5年以上継続して「到達しない」こと(196条1項)と、5年間配当を受領しなかったことです。「到達しない」とは、送ったが届かなかったことを意味し、送っていなければこの期間は始まりません。経営承継円滑化法の特例で1年に短縮される場合も同じです。したがって、まず株主名簿上の住所に招集通知を送り始め、不到達の記録(返送された封筒)を積み上げることが出発点になります。並行して、多数派の持株が90%以上あれば株式等売渡請求、3分の2以上あれば株式併合により、所在不明株主を含む少数株主を処理する道があります(第14講)。これらの手続の通知は名簿上の住所に発すれば足り(126条)、対価は供託します。どのルートが早いかは、株主構成と事業承継の時期を見て判断します。
経営承継円滑化法の特例を使うと、どれくらい早くなりますか。
特例で短縮されるのは、会社法197条の「通知不到達5年・配当不受領5年」という要件期間が「1年・1年」になる部分です(円滑化法15条1項)。他方、特例ルートでは、会社法198条の公告・催告(3か月以上)に先立って、特例法上の公告・個別催告(3か月以上)を行う必要があり(同法15条2項)、公告期間は二段階で合計6か月以上になります。さらに都道府県知事の認定申請と、裁判所の売却許可申立てが必要です。全体としては、通知を送り始めてから売却完了まで概ね2年前後を見込むことになり、原則ルートの5年以上と比べれば大幅な短縮です。認定には、代表者の年齢・健康状態による経営困難要件と、所在不明株主の存在による円滑承継困難要件の疎明が必要で、認定の有効期間は原則2年です。認定申請と裁判手続を一つの工程として設計することが、期間短縮の鍵になります。
所在不明株主の株式を会社が買い取ることはできますか。価格はどう決めますか。
できます。会社は、裁判所の許可を得て売却する株式の全部または一部を自ら買い取ることができ、その場合は買い取る株式数と対価の総額を取締役会(設置会社の場合)で決定します(会社法197条3項・4項)。会社が買い取る場合は分配可能額の範囲内でなければなりません(461条1項6号)。価格は、裁判所の売却許可手続で相当性が審査されます。所在不明株主は自分の株式が売られることを知らないため、裁判所はその株主の利益を保護する観点から価格を確認しますので、税務上の配当還元価額のような低い価格ではなく、会社の実質的な価値を反映した価格を算定資料で示す必要があります。売却代金は株主に交付できないため弁済供託し、後日株主や相続人が現れれば供託金を受け取ることになります。この意味で、売却価格は「後日現れた株主に払う金額」でもあり、低く設定すれば紛争の種になります。
所在不明の株主は亡くなっているようです。相続人も分かりません。どうすればよいですか。
株主が死亡していれば、株式は相続人に承継されており(民法896条)、名簿上は故人の名前のままでも、真の株主は相続人です。まず、弁護士を通じて戸籍を調査し、相続人を特定します。相続人が判明して連絡が取れれば、その株主は「所在不明」ではなくなり、任意の買取り(第12講)の相手になります。定款に相続人等に対する売渡請求の定めがあれば、会社が相続を知った日から1年以内に売渡請求をすることもできます(会社法174条、176条1項。第17講)。相続人が複数いる場合、株式は遺産分割まで相続人全員の準共有となり、権利行使者の指定が必要になります(106条。第16講)。調査を尽くしても相続人の所在が判明しない場合には、その相続人に対する通知の不到達を積み上げて、所在不明株主の株式売却制度に進むことになります。相続人不存在が判明した場合は、相続財産清算人の選任(民法952条)を家庭裁判所に申し立て、清算人から株式を買い取る方法もあります。
売却した後で、所在不明だった株主が現れました。どうなりますか。
会社法197条・198条の手続を適法に経て売却された株式は、売却により買主に移転しており、現れた株主が株式の返還を求めることはできません。株主が受け取れるのは、供託された売却代金です。したがって、手続の適法性(通知不到達と配当不受領の要件、公告・催告の実施、裁判所の許可)と、売却価格の相当性を示す記録を保管しておくことが重要です。逆に、要件を満たしていなかった、公告・催告を欠いた、あるいは調査を尽くせば所在が判明したはずだったといった事情があれば、現れた株主から売却の効力や取締役の責任を争われる余地が生じます。所在不明株主の株式売却は、「いない株主」を相手にする手続ではなく、「いつか現れるかもしれない株主」に対して説明できる手続として組み立てる必要があります。
おわりに ― 最低5年、特例でも1年強。逆算して始める
所在不明株主対策は、思い立った日に完了する手続ではありません。原則ルートなら通知の不到達を5年、特例ルートでも1年積み上げ、その後に公告・催告と裁判所の許可を経ます。事業承継やM&Aの期限から逆算すると、「今日から通知を送り始める」ことが最初の一手になる会社が多くあります。そして、90%や3分の2を確保できる会社には、より早い道があります。所在不明株主の問題は、株主構成の全体を見て、複数のルートを比較しながら解く問題です。
明徳法律事務所(大阪市西区)では、株主名簿の確定と所在調査、相続人の調査、経営承継円滑化法の認定申請、裁判所への売却許可申立て、代金の供託、そして他の集約手法との比較設計まで、所在不明株主対策の全工程をお引き受けしています。M&Aや事業承継の期限が見えている会社は、期限の2年以上前にご相談ください。
- 会社法〔e-Gov法令検索〕106条、126条、174条、176条、179条以下、180条以下、196条〜198条、299条、319条、461条1項6号、868条1項
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律〔e-Gov法令検索〕12条1項1号ホ(認定)、15条(所在不明株主の株式の競売及び売却に関する特例)
- 民法〔e-Gov法令検索〕494条(弁済供託)、896条(相続の一般的効力)、952条(相続財産の清算人の選任)
- 中小企業庁「経営承継円滑化法 所在不明株主に関する会社法の特例」パンフレット(2021年10月改訂)認定要件(経営困難要件・円滑承継困難要件)、申請先、手続の流れ、認定の有効期間
- 中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」
- 加藤真朗編著『株主管理・少数株主対策ハンドブック』(日本加除出版、2022年)、同編著『非上場株式の相続と会社法』(新日本法規、2025年)
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。特例の認定要件の細部(年齢・議決権割合の基準など)は中小企業庁の手引きに基づくもので、都道府県の窓口で最新の運用をご確認ください。
公開日 2026年8月24日/改訂日 2026年9月22日