第58講 医師同士の院内不倫― 配置・退職・患者への影響
第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係
医師同士の交際や不倫が職場の問題となるかは、診療、評価、勤務体制などへの影響によります。関係が続いている間にも、終了後にも問題は起こり得ます。私生活の評価と、安全で公正な診療体制を整える責任を分けて考えましょう。
この講では、第55講の医師同士の対立と、第56講の私生活への介入の限界を踏まえ、指揮命令関係、診療の引継ぎ、患者情報の管理を整理します。以下の設例は独身者同士の交際ですが、配置や診療継続に関する考え方は、不倫が問題となる場面にも共通します。
例えば、常勤医2人のクリニック。その2人が交際していることは、院長も薄々気づいていました。2人とも独身で、業務に支障はなく、院長は何も言いませんでした。
関係が終わってから、状況が変わりました。カンファレンスで口をきかない。一方が担当した患者について、他方が「私なら別の処方にする」と看護師に漏らす。
そして先週、一方から退職の申出がありました。担当患者の半分を抱えたままです。
1 続いている間 ― 見ておくべき二つの点
交際そのものを理由に、私生活へ無制限に介入することはできません。一方、ハラスメントの防止、公正な評価、診療への影響は、関係が続いている間から確認する必要があります。
指揮命令関係の有無。副院長と勤務医、指導医と若手医師では、断りにくさや評価への影響に注意します。必要に応じて評価者や担当を調整し、院長以外にも相談できる経路を確保します。実際の利益相反や安全上の懸念を確認して判断し、私的関係を罰する目的を業務上の理由に言い換えてはいけません。
診療への影響の有無。互いの患者に対する関与、当直の組み方、休暇の取り方。二人の関係が診療体制の設計を歪めていないか。これは、他の医師や職員が最も敏感に感じ取る点です。
2 終わったとき ― 第55講の分離を適用する
関係が終わった後も、目標は安全な診療と公正な就業環境の確保です。ハラスメントや強要の疑いがあれば、単なる相性や恋愛のもつれとして扱わず、調査と保護を行います。接触を減らす場合も、診療上必要な情報共有を維持します。
- 担当の整理——主担当と代行者を明確にする。共同診療、緊急対応、必要な引継ぎや安全上の意見を妨げない。
- 時間や場所の調整——労働契約、本人の意向、勤務負担、診療の継続を踏まえて検討する。
- 指示系統の明確化——担当者、不在時の代行者、意見が割れたときの確認先を決め、危険が疑われる指示を再確認できるようにする。
- スタッフへの説明——担当と確認経路を全員に伝える。私生活の詳細を不必要に共有せず、どちらかへの支持も求めない。
「私なら別の処方にする」という発言だけで問題行動とは決められません。医学的な理由や安全上の懸念があるなら、適切な経路で検討します。根拠のない中傷、侮辱、診療の妨害がある場合は、具体的な言動と影響を確認して指導等を行ってください。
3 一方が退職するとき ― 診療への影響
関係が終わったことだけで退職が必要になるわけではありません。就業継続のための調整を検討し、それでも本人が退職を選ぶ場合は、診療を途切れさせない準備を進めます。
担当患者の引継ぎ。退職日、診療科、必要な技能、患者の状態と意向を踏まえて引継ぎ先を決めます。残る医師が適切に対応できるとは限らないため、院長や代診医、必要に応じて他院への紹介も検討してください。感情的な理由による引継ぎ拒否を放置せず、診療情報を必要な範囲で共有します(第33講)。
患者への案内と情報管理。退職や転院の案内方法を協議し、患者の選択を尊重します。在職中の勧誘をめぐる義務は内容と事情によって異なり、転職先の案内を一律に違法とはいえません。一方、患者情報の無断持出しや、自らの開業のための目的外利用は防ぐ必要があります(第39講)。
管理者の交代。退職する医師が管理者(院長・管理医師)であれば、第37講の事態が重なります。
退職の条件。退職日、引継ぎ、未払賃金などと、個人間の請求を分けて整理します。ただし、業務に関連するセクハラ、使用者責任、安全配慮義務違反などがあれば、法人自身が賠償責任を負う可能性があります。「慰謝料」という名称だけで、私人間の問題と決めないでください。
4 守秘 ― 患者情報が争いに使われないように
私的な対立の材料として、患者を特定できる情報や診療上の秘密を広めてはいけません。刑法134条1項は、医師等が正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らす行為を対象とし、医師でなくなった後も対象です。退職によって守秘義務が消えるわけではありません。一方、適切な診療連携、法令に基づく届出、正当な相談・通報などは別に判断します。患者情報の共有目的、必要性、範囲、安全な方法を確認してください。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 指揮命令関係のある医師どうしの交際があれば、業務上の理由で担当・評価の関係を分けることを検討する
- 関係が終わった後は、担当・時間・指示系統の分離を設計する
- 医学的な異論と中傷・業務妨害を分け、具体的な事実と患者への影響を確認する
- 一方が退職するなら、引継ぎ・勧誘の節度・守秘を書面で確認する
やってはいけないこと
- 業務上の必要性なく、交際や性生活の詳細を問いただす
- 関係の破綻を罰する目的で、一方だけを不利益に扱う
- 「あの人の患者は診たくない」という感情で、引継ぎが滞るのを放置する
- 私的な関係の清算を、法人の負担で処理する
6 よくある質問
- 副院長と勤務医が交際しています。今のうちに何かすべきですか。
- まず、公正な評価や安全な就業に影響がないかを確認します。必要なら評価者の変更や相談先の確保を検討しますが、噂だけで交際を認定して不利益を与えてはいけません。事実確認が必要な場合も、目的と範囲を絞り、性生活の詳細まで尋ねないでください。
- 関係が終わった二人を、同じ日に勤務させないようにしてよいですか。
- 具体的な業務上・安全上の必要性があれば検討できます。ただし、労働契約やシフト変更の権限、賃金や生活への影響、本人の希望を確認し、必要以上の不利益を与えないようにします。単に理由を「診療体制のため」と記載すればよいわけではありません。
- 退職する医師が「相手に慰謝料を請求する」と言っています。法人は関係ありますか。
- 純粋に私的な関係の紛争なら、法人が当然に責任を負うわけではありません。ただし、業務に関連するハラスメントや、相談後の不適切な対応などがあれば、法人への請求も問題になります。請求の根拠を確認し、患者情報の不要な拡散を防ぎながら、必要な証拠保全や正当な相談を妨げないようにしてください。
主な法令・参考資料
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 刑法
証拠隠滅、秘密漏示、窃盗・横領。成立要件と対象を区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
診療情報の取扱い、漏えい等の報告、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - e-Gov法令検索:男女雇用機会均等法
11条(セクハラ対策)、17・18条(援助・調停)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000113 - 厚生労働省:セクシュアルハラスメント防止指針
平成18年告示第615号。双方の聴取、配慮、プライバシー保護等。2026年9月時点の適用内容。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf