第88講 保険医療機関の指定取消し・保険医登録取消しが意味すること
第Ⅸ部 診療報酬・指導監査・行政対応
指定取消しは、保険医療機関としての指定を失う処分です。医療法上の開設許可や医師免許を直接失わせるものではありませんが、保険診療を中心とする医療機関では、収入と診療の継続に重大な影響が生じます。自費診療の継続にも、資格・体制・患者への説明等の条件を整える必要があります。再指定は原則として5年間行わない取扱いです。
この講では、医療機関の指定取消しと、医師個人の保険医登録取消しを区別し、手続、効力、再指定等の制限、取消相当の取扱い、争う方法を整理します。患者・職員への対応や資金の準備も、処分の見通しを検討する段階から進めます。
例えば、監査後、厚生局から「聴聞通知書」が届きました。予定される処分は、医療機関の指定取消しと、院長の保険医登録取消しです。院長は事務長に聞きました。「取消しになったら、患者さん、職員、借入はどうなる」。事務長は答えます。「保険診療を続けられない場合に備えて、引継ぎと資金計画を準備する必要があります」。
1 二つの取消し ― 医療機関の指定と、医師の登録
保険診療の仕組みは、二本立てです。病院・診療所は厚生労働大臣の指定を受けて「保険医療機関」になり(健康保険法63条3項1号・65条)、医師は厚生労働大臣の登録を受けて「保険医」になります(64条・71条)。保険医療機関で保険診療に従事する医師は、保険医でなければなりません。
取消しも、この二本立てに対応しています。
| 処分 | 内容 |
|---|---|
| 指定取消し (80条) | 対象:保険医療機関(病院・診療所ごと) 主な取消事由(抜粋):保険医の責務違反、管理者の監督義務等の違反、療養担当規則の違反、不正請求、報告命令等への不遵守・虚偽報告、出頭・検査の拒否等。所定の法律による罰金又は拘禁刑以上の刑に処せられ、執行を終わり又は受けることがなくなるまでの開設者・管理者に関する事由等もある。号ごとに要件・例外が異なる。 |
| 登録取消し (81条) | 対象:保険医(医師個人) 主な取消事由(抜粋):保険医の責務違反、管理者の監督義務等の違反、出頭・答弁・検査の拒否や虚偽答弁等。所定の法律による罰金又は拘禁刑以上の刑に処せられ、執行を終わり又は受けることがなくなるまでの者に関する事由等もある。 |
指定取消しと登録取消しは別々に判断され、両方が行われる場合もあります。80条1号には、勤務する保険医の違反を防ぐため、医療機関が相当の注意・監督を尽くした場合の例外があります。ただし、この例外で不正請求など別の号の取消事由まで一律に除かれるわけではありません。
第87講のとおり、改正後の80条2号・81条2号には管理者の義務違反に関する事由もあります。管理者が相当の注意・監督を尽くした場合の例外を含め、具体的にどの事由が問題とされているかを確認します。医療機関と院長個人の責任を混同せずに整理することが大切です。
指定は医療機関ごとに行われます。法人の一施設の指定が取り消されただけで、他の施設も自動的に取消しとなるわけではありません。ただし、共通の請求方法や同じ開設者に関する事情があれば、他施設への調査や処分にもつながり得ます。
2 取消しまでの手続
取消処分は、監査の結果を受けて、次の手続を経て行われます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 監査 | 診療・請求等の事実関係を調査する。記録と根拠に基づいて説明する。 |
| 聴聞 | 予定される処分と原因事実の通知を受け、意見・証拠を提出する。代理人の選任、所定の資料の閲覧等ができる。 |
| 内議・諮問 | 厚生労働省保険局長への内議、地方社会保険医療協議会への諮問等を経る。 |
| 処分・公示 | 処分の理由・効力発生日を確認する。不服申立ての期限と、必要な執行停止への対応を検討する。 |
聴聞
監査要綱は、取消処分に該当すると認められる場合に、処分予定者に対して行政手続法に基づく聴聞を行うとしています。予定される処分、根拠条項、原因事実を確認し、意見と証拠を準備します。代理人を選任でき、所定の資料の閲覧を求めることもできます。行政庁の職員への質問には、主宰者の許可が必要です。
聴聞は、処分前に主張と証拠を示す重要な機会です。行政手続法には聴聞の再開の規定もありますが、追加の機会が必ずあるとは考えず、通知された期日・期限に備えます。監査時の説明に誤りが分かった場合も、理由と根拠を示して訂正します。
内議と諮問
地方厚生局長は、協議会への諮問前に、関係資料を添えて厚生労働省保険局長に内議します。健康保険法82条2項は、取消しに際して地方社会保険医療協議会への諮問を求めています。協議会での意見陳述等の案内がある場合も、その手続に沿って準備します。聴聞と協議会の手続は区別してください。
処分と公示
取消処分が行われると、公示されます。厚生局の公表資料では、医療機関名、開設者・管理者等、取消日、主な理由、判明した請求額等が示されることがあります。公表された判明額と、その後の点検を含む最終的な返還額が一致するとは限りません。患者・職員や報道機関からの問い合わせへの対応も準備します。
3 取消しの効果 ― 何が、いつから、できなくなるのか
| 項目 | 取消し後の状態 |
|---|---|
| 保険診療 | 処分の効力発生日以後、その指定に基づく保険診療はできない。国民健康保険・後期高齢者医療の療養の給付にも、この指定を失う影響が及ぶ。効力発生前に行った診療の請求は、対象日と適法性を分けて確認する。 |
| 自費診療 | 指定取消しだけで開設許可・医師免許が失われるわけではない。ただし、他の処分の有無、医療法上の体制、料金と説明等を確認して判断する。 |
| 患者 | 保険診療の継続を希望する患者に、他院への紹介と診療情報の引継ぎを行う。自費での継続は費用等を十分に説明し、患者の選択を尊重する。一律に自費への変更を押しつけない。 |
| 職員 | 収入減に応じた診療・雇用体制を検討する。指定取消しだけで雇用契約が終了するわけではなく、休業、配置変更、解雇等の要件と賃金・退職金を別に確認する。 |
| 返還・加算金 | 監査後の返還は、確認された不正・不当事項について原則5年間。偽りその他不正の行為による支払には、法58条3項の40%加算が課され得る。未払診療報酬からの控除や直接返還等の方法は、保険者との手続で確認する。 |
| 借入・賃貸借 | 収入減の程度を試算し、金融機関と返済条件を協議する。賃貸借・リース等は契約条項、継続・解約の費用を確認する。 |
| 再指定 | 取消しの日から5年を経過しない医療機関について、厚生労働大臣は指定をしないことができる(65条3項1号)。 |
診療、雇用、返還、借入への影響は、それぞれ別に検討する必要があります。聴聞の通知を受けた段階から、処分への意見提出と並行して、処分が行われた場合の患者の引継ぎ、職員への説明、資金繰りを準備します。
4 「5年」の意味
健康保険法65条3項1号は、指定を取り消されてから5年を経過しない医療機関について、厚生労働大臣は指定をしないことができると定めています。保険医についても同じ構造で、登録を取り消されて5年を経過しない者について登録をしないことができます(71条2項1号)。
法律は、取消しから5年を経過しないことを、指定・登録を拒むことのできる事由としています。監査要綱には、医療機関の機能と事案の内容を総合的に考慮し、地域医療の確保のため特に必要な場合等に再指定する例外があります。都市部か地方かだけで判断する制度ではありません。例外を当然の前提にして経営計画を立てないことが大切です。
5年を経過しても、自動的に指定・登録が回復するわけではありません。改めて申請し、その時点の要件に沿って判断を受けます。再指定後の届出や指導への対応も確認してください。
5 医師個人への波及
登録取消しを受けた医師は、勤務先を変えても、保険医として保険診療に従事できません。医師免許の処分とは別ですが、保険診療を中心とする職務への影響は大きくなります。自費診療、研究、教育等の仕事が一律に禁止されるわけではなく、免許の状態と実際の業務内容に応じて判断します。
さらに、不正請求の内容によっては、次のことが並行して進みます。
- 刑事手続 架空請求・付増請求などは詐欺罪(刑法246条)に当たりうる。告発や捜査は、行政処分とは別に進む。
- 医師法上の処分 罰金以上の刑に処せられた場合や、医事に関し不正の行為があった場合は、医道審議会の意見を聴いたうえで、戒告・3年以内の医業停止・免許取消しの処分がありうる(医師法4条・7条)。
- 他の制度への波及。国民健康保険・後期高齢者医療も健康保険法上の指定・登録を基礎とするため、取消しの影響を受ける。介護保険や自立支援医療等の指定については、それぞれの欠格・取消事由を確認する。
同じ法人の他施設への就任や、将来の指定申請でも、開設者・管理者等の処分歴が要件に関わる場合があります。法人の指定と個人の登録を分け、健康保険法65条・71条等の適用を確認します。
6 廃止・辞退と「取消相当」の取扱い
指定の辞退と保険医登録の抹消の申出には、健康保険法79条の1か月以上の予告期間があります。監査の前後に廃止・辞退等をしたというだけで、必ず取消相当になるわけではありません。取消相当は、本来取消処分をすべき事案で、既に指定・登録がなく処分を行えない場合等の取扱いです。
厚生労働省の用語解説は、取消相当の場合も公表され、原則として5年間、再指定・再登録を行わないと説明しています。また、医療機関が廃止されても、残っている保険医登録に取消処分が行われることがあります。廃止や辞退で、それ以前の行為についての調査・返還・個人の責任がなくなるわけではありません。
廃止後も、開設者等の返還義務が当然に消えるわけではありません。返還の相手方・対象額と、未払診療報酬からの控除又は直接返還等の方法を整理します。
7 処分を争う手段
処分に不服がある場合は、行政不服審査法による審査請求や、行政事件訴訟法による取消訴訟を検討します。審査請求は原則として、処分を知った日の翌日から3か月以内、かつ処分日の翌日から1年以内です。取消訴訟は原則として、処分を知った日から6か月以内、かつ処分の日から1年以内です。正当な理由による例外や、審査請求をした場合の出訴期間の規定もあるため、処分書の案内と法律に基づいて期限を管理します。
審査請求や訴訟を起こしても、処分の効力は自動では止まりません。停止を求める場合は、審査庁又は裁判所への執行停止の申立てを検討します。裁判所では、重大な損害を避ける緊急の必要性等が問題となり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合や、本案に理由がないとみえる場合には認められません。
争点は、事実認定だけではありません。法令の解釈・適用、手続の適法性、処分の裁量の逸脱・濫用等も検討します。監査・聴聞の段階から資料を整理し、処分理由と対照することが大切です。後から提出する主張や証拠の扱いも、個別の事情に応じて検討します。
8 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 聴聞通知書が届いたら、予定される処分・原因事実・期日・提出期限を確認し、早めに弁護士へ相談する
- 処分を争う準備と、処分が出た場合の備え(患者の引継ぎ、職員への説明、金融機関との協議)を並行して進める
- 返還と加算金の見込額を試算し、資金の手当てを検討する
- 勤務医が単独で行った不正である場合、医療機関として相当の注意と監督を尽くしていたことを示す資料(点検体制、研修、指摘への対応)を整理する
やってはいけないこと
- 廃止・辞退をすれば、調査・返還・保険医個人の処分もなくなると思い込む
- 聴聞の通知を放置し、資料の閲覧や意見提出の準備をしない
- 処分が出てから初めて患者・職員への対応を考える
- 取消しの後も保険診療を続ける
9 よくある質問
- 指定取消しになっても、自費診療なら続けられるのですか。
- 指定取消しだけで開設許可や医師免許を失うわけではありません。ただし、別の処分や管理者の資格・配置等を確認する必要があります。患者には保険が使えないことと料金等を説明し、保険診療を希望する患者への紹介も準備します。経営を継続できるかは、診療内容と収支によります。
- 取消しから5年経てば、必ず再指定されますか。
- 必ずではありません。5年を経過しない場合に指定を拒むことができるという規定であり、5年経過後は改めて申請し、地方社会保険医療協議会の議を経て判断されます。処分の内容、その後の状況が考慮されます。
- 医療法人の別の診療所も取消しになりますか。
- 一施設の取消しだけで他施設も自動的に取り消されるわけではありません。ただし、共通の開設者・管理者の事情や請求方法等により、他施設への調査や別の取消事由が問題になる場合があります。各施設の体制と請求を確認してください。
- 取消処分に対して裁判で争えば、処分は止まりますか。
- 訴えだけでは止まりません。裁判所への執行停止の申立てが認められる必要があります。判断は、重大な損害を避ける緊急の必要性、公共の福祉への影響、本案の見通し等によります。事実認定の争いだけが前提ではなく、法令の適用や手続等に関する争点もあり得ます。
主な法令・参考資料
- 医師法
4条の相対的欠格、7条の戒告・医業停止・免許取消しと手続、7条の2の再教育等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- 刑法
211条の業務上過失致死傷、証拠隠滅、秘密漏示等。成立要件と対象を区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
- 健康保険法
58条3項、65条、70条の2、71条、73条、78条〜82条等。管理者の責務、指定・登録の取消しを含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- e-Gov法令検索:国民健康保険法
36条の療養の給付、41条の指導、42条の一部負担金等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000192 - 厚生労働省:指導大綱・監査要綱
令和8年3月30日改正。指導の選定・出席者・結果、監査の選定・措置・原則5年間の返還等。
https://www.mhlw.go.jp/content/001685596.pdf - e-Gov法令検索:行政手続法
13条・15条〜26条の聴聞等、32条・35条の行政指導等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000088 - 厚生労働省:令和6年度 指導・監査等の実施状況
不正請求・不当請求、取消相当等の用語解説。令和8年度の措置基準は改正後の監査要綱も参照。
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001645968.pdf - 近畿厚生局:保険医登録取消し・元医療機関の指定取消相当の公表例
令和6年3月19日公表。調査拒否、廃止後の指定取消相当と保険医登録取消し、原則5年間の取扱い。
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/gyomu/gyomu/hoken_kikan/fusei_seikyu/000326901.pdf - 近畿厚生局:保険医療機関の指定取消し・保険医登録取消しの公表例
令和8年8月6日公表。取消日、判明額と返還対象、原則5年間の取扱い。
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/000496578.pdf - e-Gov法令検索:行政事件訴訟法
14条の出訴期間、25条の執行停止、30条の裁量処分の取消し。
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000139 - e-Gov法令検索:行政不服審査法
18条の審査請求期間、25条の執行停止。
https://laws.e-gov.go.jp/law/426AC0000000068 - e-Gov法令検索:高齢者の医療の確保に関する法律
64条の療養の給付、65条の保険医療機関等・保険医等の責務。
https://laws.e-gov.go.jp/law/357AC0000000080