第111講 妻を理事にする前に― 家族経営は始めやすく終わらせにくい
第Ⅻ部 家族経営・離婚・名義持分
配偶者が医療法人の経営を支えることはできます。ただし、理事、社員、出資者は別の地位です。理事には職務上の義務があり、社団医療法人の社員には原則として一人一票の議決権があります。持分あり医療法人の出資者には、定款に応じた財産上の権利もあります。「家族だから」「名前だけだから」と考えて兼ねさせる前に、それぞれの役割と退くときの手続を確認します。
第Ⅻ部は、家族経営・離婚・名義持分をめぐる10講です。この講では、主に社団医療法人を念頭に、配偶者を理事・社員にする意味と、関係が変わった場合の備えを整理します。設例では院長の妻が関与する形を扱いますが、配偶者の性別にかかわらず同じ問題が起こります。
例えば、持分ありの社団医療法人で、院長の配偶者が理事と社員を兼ね、出資持分も持っていたとします。夫婦関係が悪化した後、院長は「経理は別の人に頼むので、役職も外れてほしい」と伝えました。配偶者は「理事、社員、持分を全部同じように扱わないで」と答えました。院長は、それぞれに別の手続が必要だと知りました。
1 医療法人の機関 ― 理事・社員・監事は何が違うか
| 地位 | 内容 |
|---|---|
| 社員 (社団医療法人) | 役割と権限:法人の構成員。従業員という意味ではない。社員総会で、法令・定款に従い役員の選任・解任や重要事項に関与する。各社員の議決権は1個(医療法46条の3の3)。出資者・持分保有者であることとは別。 義務・責任:定款等に応じた義務を確認する。出資をしていない社員もあり、社員資格から当然に持分や払戻請求権が生じるわけではない。 配偶者が就くと:社員として一票を持つ。決議の成立は人数だけでなく、議長、議決から除外される特別利害関係、法令・定款の定足数と決議要件による。持分は別に確認する。 |
| 理事 | 役割と権限:理事会で業務執行の決定・監督、理事長の選出・解職を行う。原則3人以上だが、知事の認可による例外がある。任期は2年以内。社団では社員総会が選任・解任する。 義務・責任:法人との関係は委任。忠実義務・善管注意義務を負う。任務懈怠による法人への責任と、悪意・重過失等による第三者への責任は成立要件を区別する。 配偶者が就くと:報酬の有無にかかわらず、理事として職務を果たす必要がある。報酬は実際の役割に見合う額とし、定款・社員総会等の所定の手続で決める。名目的な就任や過大な報酬は、法人運営・税務の問題となる。 |
| 理事長 | 役割と権限:法人を代表し業務を総理する(46条の6の2第1項)。原則として医師・歯科医師(46条の6第1項)。 義務・責任:理事と同じ。代表者としての責任。 配偶者が就くと:原則として医師・歯科医師である理事から選出する。いずれでもない者を選ぶには、都道府県知事の認可が必要。 |
| 監事 | 役割と権限:業務・財産の監査、監査報告書の作成、理事会・社員総会への報告(46条の8)。1人以上。理事・職員との兼任禁止(46条の5第8項)。 義務・責任:監査を怠れば責任。 配偶者が就くと:運営管理指導要綱は、他の役員と親族等の特殊な関係がある者ではないことを求める。理事等との法定の兼任禁止と、監査の独立性に関する行政上の取扱いを踏まえて選任する。 |
配偶者に経理を任せること、理事にすること、社員にすること、持分を持たせることは、それぞれ別の判断です。肩書を一つ外しても、他の地位まで消えるわけではありません。まず現在の名簿、就任・入社手続、出資関係を照合します。
2 なぜ「終わらせにくい」のか
社員は解任できない
理事の解任と違い、社員の資格喪失は、退社、死亡、定款に基づく除名等の問題です。夫婦関係の悪化や離婚だけで、当然に資格がなくなるわけではありません。除名は、定款の事由、具体的な行為、必要な手続を慎重に確認します。除名対象者の特別利害関係による議決参加の制限もあるため、「本人が反対すれば必ず除名できない」とは限りません。
一票の重さ
医療法46条の3の3は、原則として総社員の過半数の出席を要し、出席者の議決権の過半数で決すると定めています。この法定の議決方法では、議長は社員としての通常の議決に加わらず、可否同数のときに決します。法令・定款の別段の定めと、特別利害関係者の除外も確認します。夫婦2人だけならあらゆる議案が必ず停止するわけではありませんが、招集、議長選任、定足数、定款変更等をめぐり対立が深まりやすい構成です。3人以上でも他の社員の判断次第で多数派は変わります。
持分の払戻し
持分あり法人で配偶者が出資持分を持つ場合、退社時の払戻しは、定款、出資関係、退社の効力と財産評価等によって決まります。定款の解釈によっては、当初の出資額を大きく上回る請求となり、資金繰りに影響します。離婚自体で自動的に退社・払戻しが起きるわけではありません(第115講・第116講)。
理事の解任と報酬
社団医療法人の理事は社員総会で解任できますが、正当な理由がなければ、解任による損害の賠償を請求され得ます(46条の5の2)。残任期間の報酬等が問題になるものの、額が機械的に確定するわけではありません。就任中は理事としての職務・監督に必要な情報を扱いますが、職務を離れた私的利用まで許されるものではありません。
離婚の財産分与との交錯
配偶者の持分・社員の地位・役員の地位は、離婚の財産分与や慰謝料の交渉材料になります。「持分を放棄する代わりに」「社員を辞める代わりに」という交渉は、法人の支配権を離婚の条件として取引することを意味し、法人の他の社員・職員・患者にとっては、法人の存続がその交渉に左右される事態です(第117講・第118講)。
3 始めるときに決めておくこと
配偶者が実際に経営を担うなら、その役割を明確にして適正な報酬を決めます。理事への就任だけで、社員資格や持分まで与える必要はありません。就任・入社と、辞任・解任・退社・持分の処理を分けて考えます。
配偶者を役員・社員にする前に
- 理事にするなら、職務を定める 経理、労務、総務など、実際に担う職務を文書にし、理事会での報告事項にする。報酬は職務に見合う額とし、理由を記録する。実態のない理事は、税務上も法人法上も問題を生む。
- 社員にするかは別に判断する 経理等を担ってもらうために、必ず理事や社員にする必要はない。職員・役員・社員のどの役割が適切かを選び、社員にする場合は法人の意思決定に参加してもらう意味を説明する。
- 社員構成を見直す 厚生労働省の定款例は、社員3名以上が望ましいとしている。法令上の一律の最低人数と混同せず、実際に意思決定へ参加できる人を選ぶ。人数合わせの名目的な社員や、院長に必ず従うと期待した人選は避ける。
- 持分を持たせるかは別に検討する 現在、新たに持分あり法人を設立することはできない。既存の経過措置型法人で出資・譲渡等を行う場合も、定款、既存出資者の権利、評価、課税と必要な手続を確認する。持分なしへの移行も選択肢となる(第124講)。
- 定款の退社・除名を確認する 本人の届出等の条件、除名の事由・手続を読む。定款変更は原則として知事の認可を要し、一部は届出となる。多数決で既存の財産権を自由に奪えるわけではない。
- 任期と改選を管理する 定款等で定めた任期(2年以内)に従って選任決議と議事録を整える。任期満了・辞任で員数が欠ける場合には、後任就任まで権利義務を持つ制度もあるため、任期切れだけで完全に退任したと決めない。
- 監事を親族以外にする 監事が機能していない法人は、配偶者の経理支配(第112講)や会計混同(第114講)を止められない。
- 夫婦の合意を文書にする 職務、報酬、持分の帰属や退く場合の扱いを明確にする。ただし夫婦間の合意だけで法人の意思決定や第三者の権利を動かせるわけではない。財産分与等の効力も内容と事情に応じて検討する。
4 個人診療所の場合
個人診療所では、法人の社員・理事としての地位はありません。ただし、配偶者との雇用、委任、共同所有、資産の利用等の関係は残ります。青色事業専従者は税務上の区分であり、その名称だけで雇用や経営権の有無が決まるわけではありません。
個人診療所の事業用財産も、婚姻中の協力で取得・維持された範囲では財産分与の対象になり得ます。ただし、婚姻前の財産や相続・贈与等の原資、形成・維持への寄与を区別します。配偶者名義の土地建物を使う場合も、離婚だけで直ちに場所を失うわけではなく、賃貸借・使用貸借等の権利関係を確認します。法人化しても、個人間の持分や貸付金等の整理は別に必要です。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 自院の医療法人の社員名簿と役員名簿を確認し、社員が何人で、配偶者が社員か、持分を持っているかを把握する
- 定款の退社・除名の規定を読む
- 定款等に定めた任期内で役員の改選を行い、議事録を残しているか確認する
- 配偶者が理事なら、職務と報酬の根拠を文書にする
やってはいけないこと
- 「名前だけ」と説明して配偶者を社員にする
- 社員が夫婦二人だけの構成のまま放置する
- 実態のない理事に報酬を払い続ける
- 監事に配偶者や親族を置く
6 よくある質問
- すでに妻が社員で、社員は夫婦二人だけです。今からできることはありますか。
- 関係が良好なうちに、意思決定を支える社員構成と、配偶者の役割を話し合います。入社、退社、持分の処分では、それぞれ必要な決議・意思表示・同意が異なります。すべてに配偶者個人の同意が法的に必須というわけではありませんが、手続を省いて既存の地位や財産権を奪うことはできません。対立後も、具体的な定款と決議要件から検討します。
- 妻が理事として経理を担当し、報酬を受けています。離婚したら解任できますか。
- 社員総会の適法な決議で解任できます。社員が夫婦2人でも、本人の特別利害関係、議長、定足数・決議要件等によるため、本人の反対だけで可否を判断しません。離婚したことだけで正当な解任理由があるとも限らず、職務の遂行状況等を検討します。理事の解任と、社員資格、持分、職員としての雇用は別に処理してください。
- 持分なし医療法人なら、この講の問題は生じませんか。
- 出資持分に基づく払戻しはありませんが、社員の議決権、理事の地位、報酬、法人と個人の貸借等の問題は残ります。基金を拠出している場合の返還も別の制度です。持分がないことだけで、経営や離婚に伴う問題がなくなるわけではありません。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 厚生労働省:認定医療法人制度
認定期限2029年12月31日、認定申請・移行・移行後の手続。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000205627.html
- 国税庁:役員に対する給与
定期同額給与等と役員給与の損金算入。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
- 厚生労働省:持分なし医療法人への移行に関する手引書
持分あり・持分なしの類型と移行制度。期限等は資料の作成時点による。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000940229.pdf
- 厚生労働省:社団医療法人定款例
社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf
- e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律
医療法により準用される理事会の決議等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048
- 国税庁:青色事業専従者給与と事業専従者控除
No.2075。親族への給与と必要経費算入等の税務上の制度。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2075.htm