『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第26講】
入社時・異動時・退職時の三点セット書式
第Ⅴ部 予防実務 ─ 明徳法律事務所
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退職紛争の勝敗が「辞める前」に決まる以上(第1講)、会社が整えるべき文書は、入社時・異動時・退職時の三つのタイミングで取得する誓約書・確認書です。この三点セットは、秘密管理性の立証(第18講)、退職後の義務の根拠(第3講)、退職時の返還確認(第22講)を同時に支えます。
入社時の誓約書には、①秘密保持義務、②前職の秘密情報の持込み・使用禁止、③会社貸与端末・会社アカウント・外部サービスの利用ルール、④退職時の返還・削除義務等を盛り込むことが考えられます。会社貸与端末等の調査については、調査目的・必要性・範囲・プライバシー配慮を規程で明確化します。私物端末の包括的な「調査同意」を入社時に取得しておけば将来どのような調査もできる、というものではなく、実際の調査時に具体的な目的・範囲を示して同意を得ることを基本とします(第21講・第23講)。
入社時の誓約書は、まだ具体的な秘密情報に接していない段階で取るため、対象情報の特定は規程・台帳の引用によって行います。
技術開発・新規事業・M&A・重要顧客の担当など、特定の秘密情報に接する異動・配属時に、その情報を具体化した追加の誓約・通知を行うことは、従業員の認識可能性を高める有効な方法です。「◯◯プロジェクトに関する技術情報・顧客情報(別紙記載)」など、対象を特定できれば、秘密管理性の立証や競業避止の範囲設定を支える事情となります。ただし、異動時誓約書が常に入社時誓約書より重要という一律の順位はありません。
退職時には、①秘密保持・競業避止誓約書、②返還・削除確認書、③私物端末等の業務情報削除確認書を取得します。
退職時の書面では、退職後に継続する秘密保持義務や、有効な競業避止義務がある場合にはその期間・地域・禁止行為・代償措置等を確認します。従業員との固定額の違約金・損害賠償額の予定は労基法16条との関係が問題となるため、安易に盛り込まないよう注意します。退職時に新たな競業制限を求める場合、署名を強制することはできず、追加の義務を課すのであれば合意の任意性・対価・合理性を検討します。既存の義務を再確認する場合も、対象を具体的に示します。
②は、貸与端末・ID・鍵・書類・データの返還と、会社のシステム上のデータの削除を、チェックリスト形式で本人と会社の双方が確認する書面です。「何を返したか」の記録は、後日「返していない物がある」という主張の根拠になります。
私物端末・個人クラウド・個人メールに業務情報が残っているかを本人に確認し、必要な削除・返還と確認書を求めることは考えられます。ただし、会社が私物端末の内容を任意に直接調査する場合は、原則として本人の具体的な同意と調査範囲の限定が必要です(第23講)。確認書は会社の管理措置を示す資料の一つになりますが、それだけで削除の事実が技術的に証明されるわけではありません。
| タイミング | 主な文書 | 主な機能 |
| 入社時 | 秘密保持誓約書(持込み禁止・会社端末等の利用ルールを含む) | 秘密管理意思の認識可能性、退職後義務の根拠 |
| 異動時 | プロジェクト別誓約書(対象情報を別紙で特定) | 秘密管理意思の明確化、競業避止範囲の特定 |
| 退職時 | 秘密保持・競業避止誓約書、返還削除確認書、私物端末削除確認書 | 義務の再確認、返還・削除の記録、私物端末は具体的同意等に配慮 |
書式は「自社化」して初めて機能する
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」には、各誓約書のひな形が掲載されています。ただし、ひな形をそのまま使うと、対象情報の特定・競業避止の範囲・代償措置が自社の実態と合わず、いざというときに機能しません。自社化の手順は第28講で扱います。
実務ポイント
・入社時は秘密保持・持込み禁止・会社端末等の利用ルール、異動時は必要に応じて対象情報を具体化、退職時は義務・返還・削除を確認する。私物端末の調査は包括同意に依存しない。
・退職時の誓約書は強制できない。退職後の義務は入社時・異動時の誓約書で根拠づけておく。
・異動時の対象特定は秘密管理意思の認識可能性を支える有力な方法の一つ。入社時・日常運用・退職時の措置と組み合わせる。
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