第9講第Ⅲ部 理由別攻防編――貸主の言い分ごとの戦い方
「老朽化で建て替える」と言われたら――耐震診断書の読み方と攻防
最も多い立ち退き理由に、資料の開示要求・補強可能性・計画の具体性で向き合う
この講の結論
現在の立ち退き要求の多数は、建物の老朽化や耐震性の不足による建替えを理由とするものです。法律上、建物が滅失や朽廃に至れば賃貸借は終了しますが、「古い」「耐震性に不安がある」という状態は契約を当然に終わらせるものではなく、借地借家法28条の正当事由の一要素(建物の現況)として評価されるにとどまります。裁判所は、耐震診断の数値と補強工事の技術的・経済的な可能性、明渡し後の計画の具体性、そして立退料の額を順に検討しており、「倒壊の可能性あり」という診断区分があっても数値の中身と補強の容易さから正当事由を否定した裁判例があります。借主側の仕事は、老朽化の一言を鵜呑みにせず客観資料の開示を求め、専門家とともに中身を読み、事案がどの領域にあるかを見立てたうえで、明渡しを拒むか条件を争うかの軸足を定めることです。
最もよくある立ち退き理由
現在の立ち退き要求の多数は、「建物の老朽化・耐震性不足による建替え」を理由とするものです。法務省が令和7年に公表した調査研究報告書によれば、令和元年5月から令和6年3月までに正当事由の判断が行われた裁判例137件のうち、貸主が建替えや取壊しの必要を主張した事案は87件(約63.5%)、そのうち老朽化を理由とするものが76件でした。そして老朽化を理由とする事案の約71.1%で正当事由が肯定され、その大半で耐震性能が判断要素とされています。報告書は、平成16年の前回報告書には耐震性への言及がなかったことを指摘し、耐震性能が新たに正当事由の考慮要素として注目されるようになったと述べています。
背景には、昭和56年6月1日に施行された新耐震基準以前に建築確認を受けた建物(いわゆる旧耐震基準の建物)が更新期を迎えていることがあります。国は、令和17年までに耐震性が不十分な住宅をおおむね解消するという目標を掲げており、都市部では建替えと再開発の波が続いています。
この数字は借主側に厳しく見えますが、報告書は同時に、耐震性が不足していても正当事由が否定された事案の特徴を挙げています。経済的に合理的な耐震補強工事が可能であること、明渡し後の具体的な計画がないこと、立退料の提供額が不足していること、現に大地震で損傷を受けていない堅牢な建物であることです。約7割の事案で正当事由が肯定されているということは、約3割の事案では否定されているということでもあります。老朽化型の事案では、その3割に入る事案なのか、7割に入る事案なのかを早く見分けることが、その後の方針のすべてを決めます。
法律上の整理――滅失と老朽化は別のこと
まず法律上の整理から始めます。建物が地震や火災で全部滅失し、あるいは使用できないほど朽廃すれば、賃貸借は履行不能により当然に終了します(民法616条の2)。この場合、正当事由も立退料も問題になりません。しかし、そこまでに至らない「古い」「耐震性に不安がある」という状態は、契約を当然に終わらせるものではなく、借地借家法28条の正当事由の一考慮要素である「建物の現況」として評価されるにとどまります。
むしろ、建物が古くなって修繕が必要な状態にあるなら、貸主には賃貸物の使用に必要な修繕をする義務があります(民法606条1項)。借主が修繕を求めても貸主が相当期間内に修繕しないときは、借主自身が修繕することもできます(607条の2)。「古いから出て行け」という主張は、法律の建前からいえば、「修繕義務を果たしていない貸主が、その不履行を理由に契約を終わらせようとしている」という側面を持っています。この点は、従前の経過(第3講)として、貸主側に不利に働き得る事情です。
貸主側がよく持ち出すのが、「倒壊して人が死んだら、所有者である自分が責任を負う」という言い分です。土地の工作物の設置や保存に瑕疵があって他人に損害を生じたときの占有者・所有者の責任(民法717条)を念頭に置いたものですが、この責任の存在は、貸主が建物を安全に維持する義務を負っていることの裏返しであり、借主に対して無条件の明渡しを求める根拠にはなりません。
耐震診断書の読み方
老朽化型の事案で、貸主側の主張の中心にあるのが耐震診断の結果です。借主側はまず、診断書そのものの開示を求め、その中身を読めるようになる必要があります。
鉄骨造や鉄筋コンクリート造の建物では、Is値(構造耐震指標)が用いられます。耐震改修促進法に基づく告示は、震度6から7程度の地震に対して、Is値が0.6以上なら倒壊または崩壊する危険性が低い、0.3以上0.6未満なら危険性がある、0.3未満なら危険性が高い、という区分を示しています。木造住宅では、上部構造評点が用いられ、1.5以上なら倒壊しない、1.0以上1.5未満なら一応倒壊しない、0.7以上1.0未満なら倒壊する可能性がある、0.7未満なら倒壊する可能性が高い、という区分です。
表は横にスクロールできます。
| 構造 | 指標 | 区分 | 借主側の読み方 |
|---|---|---|---|
| 鉄骨造・鉄筋コンクリート造 | Is値(構造耐震指標) | 0.6以上:倒壊・崩壊の危険性が低い | 耐震性を理由とする建替えの必要性は弱い |
| 0.3以上0.6未満:危険性がある | 数値が0.6にどれだけ近いか、補強で0.6以上に達するかが争点 | ||
| 0.3未満:危険性が高い | 建替えの必要性は認められやすい。争点は条件に移る | ||
| 木造 | 上部構造評点 | 1.5以上:倒壊しない | 耐震性を理由とする建替えの必要性は弱い |
| 1.0以上1.5未満:一応倒壊しない | |||
| 0.7以上1.0未満:倒壊する可能性がある | 1.0にどれだけ近いか、耐力壁の補強で1.0以上に達するかが争点(東京高判平成24年12月12日は評点0.96の事案で正当事由を否定) | ||
| 0.7未満:倒壊する可能性が高い | 建替えの必要性は認められやすい。争点は条件に移る |
診断書を読むときの着眼点は、区分の名称ではなく数値そのものです。「倒壊する可能性がある」という区分は、0.7から1.0までの幅を持っています。0.96と0.71では、補強の容易さがまったく違います。東京高判平成24年12月12日は、上部構造評点0.96の戸建てについて、「1.0に近い数値である上、南北方向の耐力壁の補強により改善できる」と述べて正当事由を否定しました。診断書の「倒壊の可能性あり」という文言だけで諦める必要はないということです。
もう一つの着眼点は、診断の種類と前提です。簡易な診断(一般診断)と、詳細な調査を伴う診断(精密診断)では精度が異なります。診断の前提とした図面が現況と合っているか、劣化の調査が実際に行われたか、診断者は誰か(貸主側の建替えを請け負う建設会社の関係者か)といった点も確認します。
攻防の設計図――裁判所の検討順序に沿って
第8講で整理した裁判所の検討順序は、そのまま借主側の攻防の設計図になります。
表は横にスクロールできます。
| 裁判所の検討段階 | 借主側の手 | 求める資料・用意する資料 |
|---|---|---|
| ①建物の現況を客観資料で確認する | 「老朽化」の一言では正当事由は立たないことを指摘し、耐震診断書・建築士意見書・劣化調査の開示を求める。資料がなければその旨を記録する | 耐震診断書(全文)、診断の前提図面、劣化調査報告、建物の現況写真 |
| ②補強・修繕の技術的・経済的な可能性を検討する | 補強工事の可能性と費用について、借主側でも建築士の意見を得る。補強費用と建替え費用、賃料収入を比較する | 借主側の建築士意見書、補強工事の概算見積り、貸主側の建替え費用の見込み |
| ③明渡し後の計画の具体性を見る | 建替え後の用途・設計・資金・時期の開示を求める。計画がない、または変遷している事実を記録する | 建替え計画書、設計図、資金計画、他のテナントとの交渉状況 |
| ④借主側の使用の必要性と比較する | 自分の生活・営業の本拠性、年数、移転の困難を資料で語る(第3講・第6講・第7講) | 居住・営業の履歴、決算書、顧客分布、世帯の事情 |
| ⑤提示された立退料が補完に足りるかを判断する | 複数の算定方式で相当額を積み上げ、提示額との差を示す(第5講〜第8講) | 積算ワークシート、見積書、募集賃料資料、近い裁判例 |
補強工事は可能か、合理的か
老朽化型の事案で、正当事由の成否を分ける最大の争点が「建て替えるしかないのか、補強で足りるのか」です。技術的に補強が可能であることと、その補強が経済的に合理的であることは別の問題で、裁判所は両方を見ます。
技術的な可能性については、耐力壁の増設、柱や梁の補強、基礎の補強、屋根の軽量化といった一般的な工法で目標値(Is値0.6、上部構造評点1.0)に達するかどうかが問題になります。経済的な合理性については、補強費用が建物の価値や将来の賃料収入と比べて過大でないか、補強によって建物の使用価値(窓や通路、有効面積)が大きく損なわれないかが問題になります。令和7年報告書は、耐震性不足でも正当事由が否定された事案の特徴として「経済的に合理的な耐震補強工事が可能な場合」を挙げており、逆に、補強しても効果的な活用が見込めない場合には建替えの必要性が認められやすくなります。
借主側が押さえておくべきことは、この争点について貸主側の資料だけを見ていては判断できないということです。貸主側の建築士は建替えを前提に意見を書き、補強の可能性を低く見積もる傾向があります。借主側でも建築士に意見を求め、補強の工法と概算費用を示すことが、「建て替えるしかない」という主張への最も有効な反論になります。
計画の具体性を問う
「危険だから建て替える」と言いながら、建替え後の計画がない事案があります。東京地判平成25年12月24日は、建物の危険性を理由とする明渡請求について、建替計画がないことなどから明渡しを認めませんでした。危険性の主張は、それに対応する計画があって初めて「建物を使用する必要性」として意味を持ちます。取り壊して駐車場にする、売却する、といった計画であれば、それは「建物を使用する必要性」ではなく敷地の有効活用や資金の必要性の問題として、別の評価を受けます。
計画の具体性を問うときの確認点は、建替え後の建物の用途と規模、設計の進捗(基本設計か実施設計か)、資金計画(自己資金か借入か、融資の内諾はあるか)、着工と完成の予定時期、他のテナントとの交渉状況、そして計画がいつ立てられたかです。通知の時点で計画が抽象的であれば、その後に具体化しても、当初の通知に正当事由があったかは別に問われます(第3講)。主張の変遷は記録しておいてください。
「危険なら、なぜ今まで、なぜ自分だけ」
建物の危険性を貸主が本当に深刻に受け止めているなら、その行動には一貫性があるはずです。長年、修繕の要望を放置してきた。耐震診断は立ち退きを求める直前に初めて行われた。他のテナントには更新を認めている、または賃料を上げて新しい借主を入れている。こうした事情は、従前の経過や、貸主の必要性の真剣さを測る材料になります。
特に、複数のテナントが入っている建物では、他のテナントとの交渉状況が判断を左右します。一部のテナントだけに立ち退きを求め、他は残す計画であれば、建物全体の危険性という主張と整合しません。逆に、すべてのテナントとの交渉が進み、大半が合意している事案では、建替えの実現可能性が高いと評価され、正当事由は強まる方向に働きます。他のテナントの動向は、可能な範囲で把握しておく価値があります。
借主側でも建築士に意見を求める
老朽化型の事案で借主側が最も投資すべき資料は、独立した建築士の意見書です。貸主側の診断書の前提と手法を検証し、補強の可能性と概算費用を示し、建物の現況が「直ちに建て替えなければならない状態」なのかを専門家の目で評価する。この意見書があるかどうかで、交渉の重みも訴訟の見通しもまったく変わります。
費用は診断の範囲によって異なりますが、立退料の交渉が数百万円から数千万円単位で動く事案では、この費用は十分に回収できる投資です。建築士の選定は、貸主側と利害関係のない、耐震診断・補強設計の経験のある事務所に依頼します。既存の診断書の検証だけを依頼する方法と、独自に診断を行う方法があり、事案の規模と争点に応じて選びます。
耐震改修促進法と大規模建物のテナント
建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)は、不特定多数の者が利用する一定規模以上の建物(要緊急安全確認大規模建築物)や、避難路沿道の建物などの所有者に、耐震診断の実施と所管行政庁への報告を義務づけ、その結果は所管行政庁のホームページ等で公表されています。大規模な商業ビルやホテル、病院などのテナントであれば、貸主から診断書の開示を受ける前に、公表された診断結果を確認できる場合があります。
また、耐震診断や耐震改修には国や自治体の補助制度が用意されていることが多く、補強の経済的合理性を検討するときには、補助を受けた場合の貸主の実質負担も考慮に入ります。補助を使えば合理的な費用で補強できるのに建替えを選ぶという事案では、建替えの動機が安全性ではなく収益性にあることが見えてきます。
「危険な建物に住み続けろ」という話ではない
誤解のないように強調しておきます。借主側の戦略は「絶対に退去しない」ことではありません。本当に危険性の高い建物なら、退去自体は借主自身の安全のためにも合理的な選択です。問題は条件です。
老朽化の程度と建替え計画の具体性を正確に見積もることは、①正当事由の強弱の見立て、②それに応じた立退料の適正水準、③交渉に使える時間、を測ることに直結します。第7講で見たとおり、耐震性の不足が認定されて正当事由が肯定された店舗の事案でも、立退料は2000万円、3000万円、5000万円と認定されています。「危険な建物だから安く出て行け」という理屈は、裁判例の実態とは合っていません。「建物は確かに古い。だからこそ、失うものを正しく補償してもらって、十分な準備期間をとって円満に移る」――これが老朽化型事案の現実的なゴール設定です。
老朽化型事案の三つの結末
図1 老朽化型事案がたどる三つの結末
- A正当事由の否定――借主は残る数値が基準値に近い、補強が合理的に可能、計画が抽象的、貸主の動機は収益性。東京高判平成24年12月12日(評点0.96、補強で改善可能、賃料約2年分の申出でも否定)。東京地判平成25年12月24日(建替計画なし)。
- B立退料と引換えの明渡し――条件の争い耐震性の不足が認定され、計画も具体的。借主側の必要性は金銭で補完される。立退料は移転実費・営業補償・借家権価格の積み上げで決まり、店舗では数千万円に及ぶ例がある。明渡時期の猶予と原状回復免除を合わせて確保する。
- C提示額不足による請求棄却――貸主が自ら敗れる建替えの必要性は認められるが、貸主の申出額が相当額に遠く及ばない。東京地判令和4年10月14日(相当額900万円以上に対し申出上限300万円で全部棄却)。借主側が相当額の主張立証を尽くした結果として生じる結末。
AとCのどちらも、借主側が客観資料と積算で主張を組み立てたときに現れる。
PRACTICE NOTE
老朽化通知への回答書に盛り込む開示要求
「老朽化のため建て替える」という通知を受けたら、退去の意思を示す前に、次の資料の開示を書面で求めてください。開示されるかどうか、何が開示されないかが、それ自体で事案の見立ての材料になります。
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| 開示を求める資料 | 確認する点 |
|---|---|
| 耐震診断書の全文(結果の要約ではなく) | Is値・上部構造評点の数値、診断の種類、診断者、実施時期、前提とした図面と現況の一致 |
| 建築士等の意見書、劣化状況の調査報告 | 補強の可能性についての言及の有無、建替えを前提とした記述になっていないか |
| 補強工事の検討資料(検討したか、費用の見積り) | 補強を検討した形跡があるか。費用と建替え費用の比較 |
| 建替え計画(用途、規模、設計の進捗、資金計画、スケジュール) | 計画の具体性と実現可能性。計画がいつ立てられたか |
| 他のテナント・入居者への通知の有無と交渉状況 | 建物全体の建替えとして一貫しているか |
| 過去の修繕履歴 | 修繕義務が果たされてきたか。修繕要望への対応 |
| 提示する立退料の内訳と算定根拠 | 「一式」か、項目ごとの積算か |
回答書には、「本通知の内容を検討するため、上記資料の開示を求める。開示を受けたうえで、当方の見解を改めて書面で回答する」という趣旨を記載すれば足ります。退去に応じるかどうかについての見解は、この段階では示しません。
実務チェック
- 耐震診断書の全文の開示を求め、区分名ではなく数値(Is値・上部構造評点)を確認した。
- 診断の種類、診断者、前提図面と現況の一致を確認した。
- 借主側で建築士に意見を求め、補強の可能性と概算費用を検討した。
- 建替え計画の具体性(用途、設計、資金、時期)と、計画が立てられた時期を確認した。
- 過去の修繕要望と貸主の対応、他のテナントとの交渉状況を記録した。
- 事案が三つの結末(A・B・C)のどこに向かいそうかを見立て、軸足(拒むか、条件か)を定めた。
- 退去に応じるかどうかの見解を示す前に、資料の開示要求を書面で行った。
よくある質問
「旧耐震基準の建物だから建て替える」と言われました。それだけで出なければなりませんか。
旧耐震基準(昭和56年5月31日以前に建築確認を受けた建物)であること自体は、正当事由を構成しません。裁判所は、耐震診断の具体的な数値、補強工事の可能性と合理性、明渡し後の計画の具体性、立退料の額を順に検討します。旧耐震基準の建物でも、診断の数値が基準値に近く補強で改善できる事案では正当事由が否定された例があります。まず診断書の全文の開示を求めてください。
耐震診断書を見せてもらえません。
開示を拒まれた事実を記録してください。正当事由は貸主が主張立証すべき事柄であり、建物の危険性を主張しながらその根拠資料を示さないのであれば、交渉においても訴訟においても、貸主側の主張は裏付けを欠くものとして扱われます。大規模な建物であれば、耐震改修促進法に基づいて公表された診断結果を所管行政庁のウェブサイトで確認できる場合もあります。
診断書に「倒壊の可能性が高い」と書いてあります。もう争えませんか。
Is値0.3未満や上部構造評点0.7未満の区分に当たる建物では、建替えの必要性は認められやすく、争点は「出るかどうか」から「どういう条件で出るか」に移ることが多いのが実情です。ただし、その場合でも、立退料は移転実費・営業補償・借家権価格の積み上げで決まり、危険性が高いから安くなるというものではありません。耐震性の不足が認定された店舗の事案で数千万円の立退料が認定された例は複数あります。また、貸主の申出額が相当額に遠く及ばなければ、建替えの必要性があっても請求が棄却された例があります。条件の争いに軸足を移したうえで、十分な準備期間と補償を確保してください。
建築士に意見を求める費用は誰が負担するのですか。
借主側が依頼する建築士の費用は、まず借主が負担します。ただし、この費用は、立退料の交渉において移転雑費や調整の一部として主張する余地があり、また、正当事由を争って明渡しを免れた場合や立退料が大きく上積みされた場合には、実質的に回収されることになります。立退料が数百万円から数千万円単位で動く事案では、意見書の費用は投資として合理的です。
建物が本当に危ないなら、早く出たほうがよいのではないですか。
安全は最優先です。診断の数値が極端に低く、専門家も危険性を認める事案であれば、退去に向けて動くことは合理的です。ただし、「早く出る」ことと「安く出る」ことは別です。危険性が高い事案でも、立退料は失うものの積み上げで決まり、明渡しまでの準備期間や原状回復の免除といった条件も交渉できます。安全のために早期の退去を選ぶ場合でも、条件を固めてから合意書に署名するという順序は変わりません。
この講の主な根拠条文・裁判例・資料
- 借地借家法〔e-Gov法令検索〕28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
- 民法〔e-Gov法令検索〕606条1項(賃貸人の修繕義務)、607条の2(賃借人による修繕)、616条の2(賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了)、717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
- 建築物の耐震改修の促進に関する法律〔e-Gov法令検索〕要緊急安全確認大規模建築物等の所有者に対する耐震診断の義務付けと結果の報告・公表
- 国土交通省「住宅・建築物の耐震化について」令和17年までに耐震性が不十分な住宅をおおむね解消する目標、耐震診断の義務付け対象と結果の公表
- 耐震改修促進法に基づく告示(平成18年国土交通省告示第184号・第185号)Is値0.6以上・0.3以上0.6未満・0.3未満の区分
- 一般財団法人日本建築防災協会「木造住宅の耐震診断と補強方法」上部構造評点1.5以上・1.0以上1.5未満・0.7以上1.0未満・0.7未満の区分
- 東京高判平成24年12月12日上部構造評点0.96の築40年の戸建てについて、1.0に近く耐力壁の補強で改善でき、貸主側に差し迫った事情がないとして、賃料約2年分の立退料の提供があっても正当事由を否定した裁判例
- 東京地判平成25年12月24日建物の危険性を主張しながら建替計画がない事案で明渡しを認めなかった裁判例
- 東京地判令和4年10月14日建替えの必要性を認めつつ、貸主の申出額が相当額に遠く及ばないとして請求を全部棄却した裁判例(第8講参照)
- 法務省「借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書」(令和7年3月、令和7年10月公表)建替え・取壊し主張87件、老朽化理由76件、うち正当事由肯定54件(約71.1%)、その54件のうち耐震性言及47件(約87.0%)。耐震性不足でも正当事由が否定された事案の特徴(経済的に合理的な補強工事が可能、明渡し後の具体的計画がない、立退料の提供額が不足、大地震で損傷を受けていない堅牢な建物)
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例の原文は、裁判所ウェブサイトの裁判例検索や判例集で裁判年月日から確認できます。本講の記載は執筆時点の法令・裁判例・資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。
公開日 2026年8月9日/改訂日 2026年9月23日 執筆者 坂本龍亮、お問い合わせ先:info@meitoku-law.jp