相手が「事業者」に変わると何が違うか
ある日、所有者が変わり、新所有者(不動産会社・ディベロッパー)や、その依頼を受けたコンサルタントが立ち退き交渉に現れる――再開発型の典型パターンです。賃貸人の地位は建物の譲渡に伴い新所有者に移転し(民法605条の2第1項参照)、賃貸借契約はそのまま引き継がれます。所有者が変わっても、借主の権利は1ミリも減りません。
再開発型事案の特徴は3つあります。①貸主側の動機が「収益事業」であり、正当事由の中核である自己使用の必要性とは質が異なること、②その一方で、事業スケジュールという時間的制約を抱えており、解決を急ぐ経済的動機が強いこと、③複数テナントとの同時交渉であり、条件の相場観が案件内で形成されること、です。
「事業の都合」と正当事由
敷地の高度利用・有効活用の必要性も、正当事由の考慮要素にはなり得ますが、借主の使用の必要性が具体的に存在する事案では、それだけで正当事由が満たされるわけではなく、相応の立退料による補完が求められるのが裁判実務の傾向です。つまり再開発型は、構造的に**「正当事由の弱さを金銭で埋める」型**の紛争であり、借主側にとっては、感情的な抵抗よりも、失うものの立証(第5〜7講)に注力することが合理的なリターンを生みます。
ディベロッパー側には、事業収支の中に立退費用の予算枠が確保されています。当事務所はディベロッパー側の代理人として多数の立ち退き案件に関与してきた経験から、事業者側がどのように予算を組み、どの時点で増額判断をし、どこからは撤退・訴訟に切り替えるかという意思決定の内側を知っています。この知見は、借主側で交渉するときの「攻めどき・引きどき」の判断にそのまま生きます。
市街地再開発事業なら、ルールが変わる
注意すべきは、任意の建替えではなく、都市再開発法に基づく市街地再開発事業の区域に入っている場合です。この場合、借家人にも権利変換手続への参加(施設建築物の一部についての借家権の取得)や、転出を選ぶ場合の補償(都市再開発法91条・97条の補償金)といった法定の枠組みが用意され、純粋な民民交渉とは別のルール・別の期限が走ります。「再開発組合」「権利変換」という言葉が出てきたら、通常の立ち退き交渉と異なる手続対応が必要ですので、直ちに専門家にご相談ください。