最も「正当事由らしい」理由、しかし
「息子夫婦を住まわせたい」「自分の店舗として使いたい」「高齢になったので賃貸をやめて自宅に戻りたい」――貸主の自己使用は、借地借家法28条が正面から予定する、正当事由の最も古典的な類型です(賃貸人がその建物で商売するほかに生計の道がない事案で正当事由を認めた最判昭和26年4月24日など)。
しかし自己使用型でも、結論は双方の必要性の比較衡量で決まります。貸主に他の不動産・住居があるか、主張される使用計画は具体的か、なぜこの建物でなければならないのか。他方で借主側の生活・営業の本拠性はどれほど強固か。貸主の必要性が抽象的・代替可能であるほど、正当事由は弱まり、認められるとしても高額の立退料による補完が必要になります。
見極めるべきは「本当の動機」
実務感覚として、自己使用を理由とする通知の背後に、実際には売却・建替え・賃料の高い借主への入替えといった別の動機が隠れていることがあります。動機の探索は感情論のためではありません。①主張と実態がずれていれば正当事由の立証は崩れやすく、②本当の動機が経済的なもの(売却等)であれば、金銭解決(立退料の上積み、あるいは借主側からの買取り提案)の余地が広がるからです。交渉の過程で相手の主張の変遷を記録しておくことも、後の訴訟(第16講)で効いてきます。
代替物件の提供という変化球
自己使用型では、貸主から「代わりの物件を用意するので移ってほしい」という提案がされることがあります。代替建物の提供は正当事由を補強する事情になり得ます(最判昭和32年3月28日参照)が、借主が応じる義務はありません。応じる場合も、①新物件の賃料・契約条件、②移転実費・営業補償の別途支払い、③新契約のタイプ(普通借家か定期借家か――ここで定期借家にすり替わっていないかは要注意です。第2講)を必ず書面で確定させてください。「とりあえず移ってから条件は追って」は、交渉力を失う典型パターンです。