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『立ち退き20講 ― 立退料の教科書 ―』【第12講】

「契約違反だから0円で出て行け」と言われたら ― 債務不履行解除への反撃と信頼関係破壊の法理 ―

第12講第Ⅲ部 理由別攻防編――貸主の言い分ごとの戦い方

「契約違反だから0円で出て行け」と言われたら――債務不履行解除への反撃と信頼関係破壊の法理

立退料を払いたくない貸主の切り札を、確立した判例法理で崩す

『立ち退き20講――立退料の教科書』執筆者 坂本龍亮(明徳法律事務所 弁護士)お問い合わせ先:info@meitoku-law.jp読了目安 21分

公開日 2026年8月9日改訂日 2026年9月23日

この講の結論

正当事由型の立ち退きには立退料がつきものです。そこで一部の貸主は、「あなたには契約違反があるから債務不履行で解除する。解除なら正当事由も立退料も不要だ」という理屈に切り替えてきます。しかし賃貸借は当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約であり、最高裁は、形式的な債務不履行があっても、それが当事者間の信頼関係を破壊するに至らない程度のものである場合には解除は認められない、という法理(信頼関係破壊の法理)を確立しています。短期間で解消された賃料の遅れ、貸主が長年黙認してきた使用態様、実害のない軽微な条項違反では、解除は通りません。借主側の戦略は二段構えです。第一に、主張された「違反」の事実と評価を争って解除の効力を否定する。第二に、解除が通らないことを貸主に理解させたうえで、本来の土俵である正当事由と立退料の交渉に引き戻す。「0円」の主張を崩した瞬間から、金額の交渉が始まります。

立退料を払いたくない貸主の切り札

老朽化、再開発、自己使用。第9講から第11講までに見た正当事由型の立ち退きには、立退料がつきものです。貸主側にとって立退料は、事業の予算を圧迫する大きな費目です。そこで一部の貸主や立ち退きを請け負う業者は、発想を変えてきます。

「あなたには契約違反がある。だから賃貸借契約を債務不履行で解除する。解除なら正当事由も立退料も要らない。0円で出て行け」。賃料が数日遅れたことがある。貸主に届け出ずに壁紙を張り替えた。店の看板を契約書に書いていない場所に出した。近隣から一度苦情があった。過去の帳簿をひっくり返して「違反」を探し出し、内容証明郵便で解除通知を突きつける。これが、立退料を免れるための貸主側の切り札です。

この主張には、確立した判例法理による反撃が可能です。そして、この反撃に成功するかどうかで、事案は「0円」と「数千万円」に分かれます。当事務所が中華料理店の代理人として8,000万円の立退料を実現した事案(第13講)は、まさにこの「0円退去」の通告から始まりました。

信頼関係破壊の法理――判例が確立した防波堤

民法の一般原則では、契約の一方が債務を履行しないとき、相手方は相当の期間を定めて催告し、その期間内に履行がなければ契約を解除できます(民法541条)。この原則をそのまま賃貸借に当てはめれば、賃料を一度でも遅れれば解除できることになりそうです。

しかし、賃貸借は当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であり、しかも借主の生活や営業の基盤に直結します。そこで最高裁は、形式的な債務不履行があっても、それが当事者間の信頼関係を破壊するに至らない程度のものである場合には解除は認められない、という法理を確立してきました。これが信頼関係破壊の法理と呼ばれるものです。

表は横にスクロールできます。

判例場面判示の要点
最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁無断転貸(民法612条)賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に賃借物を使用させた場合であっても、その行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるときは、解除権は発生しない
最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁賃料不払催告期間内に延滞賃料の支払いがなかった場合でも、催告額の一部は既に供託され、残額は少額で、賃借人は長期間延滞なく居住し自費で修繕を行っていた等の事情があるときは、不払を理由とする解除は信義則に反し許されない
最判昭和41年4月21日民集20巻4号720頁増改築禁止特約違反(借地)増改築禁止の特約に反する増改築であっても、土地の通常の利用上相当で、賃貸人に著しい影響を及ぼさないため信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、解除権は発生しない
最判昭和43年11月21日無催告解除特約1か月分の賃料遅滞を理由に無催告で解除できる旨の特約は、催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合に限って効力を有する
最判昭和47年11月16日信義則違反による無催告解除賃貸借契約の当事者の一方が信義則上の義務に違反して信頼関係を破壊し、賃貸借関係の継続を著しく困難にしたときは、他方は催告なしに解除できる
最判昭和50年2月20日特約違反と信頼関係破壊大型ショッピングセンター内の店舗の賃貸借について、特約違反のみでなく信頼関係の破壊があったとして解除を認めた
最判昭和51年12月17日訴訟上の和解の当然解除条項1か月分でも賃料を怠れば当然解除となる旨の和解条項があっても、延滞の事情等から信頼関係が当然解除を相当とする程度に破壊されたとはいえないとして、明渡請求を棄却

これらの判例を並べると、法理の両面が見えてきます。一方で、軽微な違反、解消済みの遅滞、実害のない行為では解除は認められない。他方で、信頼関係を破壊するほどの背信性があれば、条項違反がなくても、催告がなくても、解除は認められる。裁判所が見ているのは、契約書の文言に形式的に反したかどうかではなく、その借主との賃貸借関係を続けることが貸主にとって耐え難いといえるほどの事情があるかです。

類型別に見る「解除が通らない」線

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貸主が持ち出す「違反」解除が認められにくい事情解除が認められやすい事情
賃料の遅れ遅れが短期間・少額で既に解消している。長年きちんと払ってきた。遅れに事情があり貸主に連絡していた。貸主が受領を拒んだので供託した3か月分程度以上の滞納が続き、催告後も支払わない。滞納を繰り返し、貸主の督促にも応じない
無断転貸・無断譲渡同居の親族が使っている。個人名義の契約で本人が経営する法人が使っている(実質的な使用者が変わっていない)。貸主が長年知っていて黙認していたまったくの第三者に有償で貸し、本人は使っていない。貸主に隠して行い、発覚後も是正しない
用法違反(居住用を事務所に、等)実害がなく、貸主が知りながら容認してきた。建物の構造や他の入居者に影響がない風営法対象営業など契約目的と大きく異なる使用。他の入居者や近隣に実害が生じている
無断改装・造作軽微で、建物の構造に影響せず、原状回復が容易。貸主に事後報告し、貸主が問題にしてこなかった構造部分に手を加えた。建物の安全性に影響する。是正を求められても応じない
近隣トラブル・迷惑行為一度の苦情で、その後は解消。事実関係が曖昧反復継続し、貸主の注意にも応じず、他の入居者が退去するなどの実害がある
保証人・保険の不備、届出義務違反形式的な不備で、催告を受けて直ちに是正できる是正を求められても長期間放置し、貸主に実害が生じている

表の左側の事情が揃っている事案で「契約違反だから解除」と言われたら、それは多くの場合、立退料を免れるための後付けの理屈です。法理に照らして冷静に崩していけます。

賃料の遅れ――何か月で危険水域か

貸主側が最も頻繁に持ち出す「違反」が、賃料の遅れです。法律に「何か月滞納すれば解除できる」という定めはありませんが、裁判実務では、借家契約においておおむね3か月分程度の賃料不払いが続くと、信頼関係が破壊されたと評価される傾向があるとされています。もちろんこれは目安であり、過去の支払状況、滞納の事情、貸主との連絡の有無、催告後の対応などによって前後します。

立ち退き紛争の文脈で問題になるのは、次のような場面です。過去に一度か二度、数日から数週間の遅れがあったが、すぐに支払った。貸主側は当時何も言わなかったのに、立ち退きを求める段になって「過去の遅延は債務不履行だ」と持ち出してくる。この主張は、最判昭和39年7月28日の枠組みに照らして、通りにくいものです。解消済みの短期の遅れは、信頼関係を破壊するに至りません。

逆に、借主側が注意すべきことがあります。立ち退き交渉が始まってから賃料の支払いを止めることです。「出て行けと言われているのだから払わなくてよい」という感覚で支払いを止めると、貸主に本物の解除事由を与えることになります。交渉中も、訴訟中も、賃料は従前どおり払い続けてください。貸主が受領を拒む場合は、弁済の提供をしたうえで供託(民法494条)することで、債務不履行を避けられます。

「無催告解除」「当然解除」の特約があっても

契約書に「賃料の支払いを1回でも怠ったときは、催告なしに直ちに解除できる」「賃料を1か月分滞納したときは当然に契約が終了する」といった条項が入っていることがあります。貸主側はこの条項を根拠に「催告も不要で、既に解除された」と主張してきます。

最判昭和43年11月21日は、1か月分の賃料遅滞を理由とする無催告解除特約について、催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合に限って効力を有するとしました。最判昭和51年12月17日は、訴訟上の和解で「1か月分でも怠れば当然解除」という条項を定めていた事案でさえ、延滞の事情から信頼関係が当然解除を相当とする程度に破壊されたとはいえないとして、明渡請求を棄却しています。特約があっても、信頼関係破壊の法理は働きます。特約の文言どおりに自動的に契約が終わるわけではありません。

無断転貸・無断譲渡と言われたら

賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ賃借権を譲渡し、または賃借物を転貸することができず、これに反して第三者に使用させたときは、賃貸人は解除できます(民法612条)。この条文を根拠に、貸主側が「契約者と実際の使用者が違う。無断転貸だ」と主張してくることがあります。

典型的な場面は三つあります。第一に、個人名義で契約した後に法人成りし、その法人が店を営んでいる場合。第二に、契約者が高齢になり、子や親族が事業を引き継いで営業している場合。第三に、契約者が亡くなり、同居していた家族が住み続けている場合(この場合は相続による承継であって転貸ではありません)。

最判昭和28年9月25日の枠組みでは、第三者に使用させた行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があれば、解除権は発生しません。実質的な使用者が変わっていない法人成り、貸主が長年知っていて賃料を受け取り続けてきた親族への承継は、この特段の事情に当たり得る典型例です。逆に、まったくの第三者に有償で貸して契約者自身は使っていない、という事案では解除が認められやすくなります。名義と実態のずれは、相談の最初の段階で正直に整理し、貸主が知っていたこと、黙認していたことを示す資料(賃料の振込名義、貸主とのやり取り、看板や登記の変更を貸主が認識していた事実)を集めてください。

用法違反・無断改装・近隣クレーム

賃借人は、契約またはその目的物の性質によって定まった用法に従って使用収益しなければなりません(民法616条・594条1項)。居住用として借りた部屋を事務所として使う、店舗の業種を変える、貸主の承諾なく間仕切りを設ける、といった行為が「用法違反」「無断改装」として問題にされます。

最判昭和41年4月21日が増改築禁止特約について示した枠組み――土地の通常の利用上相当で、賃貸人に著しい影響を及ぼさないため信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは解除権は発生しない――は、建物の用法違反や改装にも同じ発想で適用されています。実害がなく、建物の構造や他の入居者に影響がなく、貸主が知りながら容認してきた使用態様や改装で、契約が解除されることは考えにくいところです。

近隣からの苦情も同様です。一度の苦情、事実関係の曖昧な苦情、その後解消された苦情は、信頼関係の破壊には至りません。反復継続し、貸主の注意にも応じず、他の入居者の退去などの実害が生じている場合に初めて、解除が視野に入ります。貸主側が「近隣から苦情が来ている」と言うときは、いつ、誰から、どのような内容の苦情があったのかを具体的に示すよう求めてください。

解除通知が届いた直後にすること

内容証明郵便で「本書面をもって賃貸借契約を解除する」という通知が届いたら、次の順序で動いてください。

図1 解除通知が届いたときの初動

  1. 1通知の原本と封筒を保存し、到達日を記録する解除の意思表示は到達によって効力を生じる(民法97条1項)。催告があったか、催告期間はいつまでか、解除の日付はいつかを確認する。
  2. 2主張された「違反」の事実を、自分の記録で確認する賃料の支払記録、貸主とのやり取り、改装の経緯、苦情の事実。事実と異なる主張には、事実で反論する準備をする。
  3. 3是正できるものは直ちに是正する滞納があれば直ちに全額を支払う(受領を拒まれたら供託する)。届出の不備があれば届け出る。是正の事実は、信頼関係が破壊されていないことの有力な証拠になる。
  4. 4賃料は従前どおり払い続ける解除が無効である以上、契約は続いており、賃料債務も続いている。「解除されたのだから払わない」は、貸主に本物の解除事由を与える。受領拒絶なら供託する。
  5. 5解除の効力を争う書面を送る解除の効力を否定する理由(違反の不存在、軽微性、解消済み、黙認の経緯)を書面で示し、契約が継続していることを前提に賃料の受領を求める。退去の意思は一切示さない。

③と④は、解除の効力を争いながら同時に進める。

反撃の型――「解除無効」から「立退料あり」の土俵へ

借主側の戦略は二段構えです。

第一段階は、解除の効力の否定です。主張された「違反」の事実関係と評価を争い、信頼関係破壊の法理に照らして解除が無効であることを、事実と資料で示します。滞納があれば速やかに解消し、受領を拒まれれば供託する。黙認の経緯、長年の円満な関係、違反の軽微性と実害の不存在を、時系列で整理して主張する。この段階の目標は、貸主に「解除有効・0円退去」の主張が維持できないことを認識させることです。

第二段階は、本来の土俵への引き戻しです。解除が通らないと分かれば、貸主が明渡しを実現する道は、借地借家法28条の正当事由と立退料しか残りません。占有権原のある借主に明渡しを求める以上、土俵はそこに移らざるを得ないのです。「0円」の主張を崩した瞬間から、金額の交渉(第4講〜第8講)が始まります。しかも、後付けの「違反」を持ち出して立退料を免れようとした貸主側の態度は、従前の経過(第3講)として借主側に有利に働き得ます。

この二段構えを絵に描いたようにたどったのが、当事務所が代理した中華料理店の事案です。貸主から「契約は既に解除された。あなたは不法占拠者だ。立退料は1円も払わない」と通告された借主が、解除の効力を争い、営業補償を数字で積み上げ、最終的に8,000万円の立退料の支払いを受けて解決に至りました。次講で、守秘義務に反しない範囲で詳しくご紹介します。

解除が有効になってしまう場合

公平のために、解除が有効と判断される場合についても触れておきます。数か月分の賃料滞納が続き、催告を受けても支払わない。貸主に隠して第三者に有償で貸している。建物の構造に手を加える改装を無断で行い、是正にも応じない。他の入居者に実害を与える迷惑行為を反復している。こうした事案では、信頼関係は破壊されたと評価され、解除は有効になります。

解除が有効であれば、借主は占有権原を失い、正当事由も立退料も問題にならないまま明渡し義務を負います。加えて、明渡しまでの間の賃料相当損害金や、原状回復費用の請求を受けることもあります。「違反」の心当たりがある場合は、貸主が解除に動く前に是正し、貸主との関係を修復することが、立ち退き問題に限らず賃借人としての最善の防御です。

PRACTICE NOTE

解除通知への対応チェックシート

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確認項目確認する内容用意する資料
通知の形式差出人は貸主本人か代理人か。催告があるか。催告期間と解除の日付。到達日通知原本、封筒、配達証明
主張された違反の事実事実か。時期、金額、内容。事実と異なる点賃料の支払記録、通帳、貸主とのメール・書面、写真
違反の程度期間、金額、実害の有無、建物や他の入居者への影響解消の記録、実害がないことを示す資料
解消の有無既に解消しているか。直ちに解消できるか支払いの記録、供託書、是正の記録
貸主の従前の態度知っていたか。黙認していたか。問題にしたことがあるか貸主とのやり取り、賃料受領の継続、更新の経緯
従前の経過契約年数、更新回数、これまでの支払状況、貸主との関係契約書・更新契約書、支払記録
解除主張の時期立ち退き要求との前後関係。正当事由型の交渉が不調になった後の解除主張か立ち退き交渉の記録、提示額の推移
賃料の支払継続解除通知後も支払っているか。受領を拒まれたら供託したか振込記録、供託書

「解除主張の時期」は見落とされがちな確認点です。立退料の交渉が不調に終わった直後に、過去の些細な「違反」を持ち出した解除通知が届いたのであれば、その順序自体が、解除主張の動機を物語ります。

実務チェック

  • 解除通知の原本と封筒を保存し、到達日、催告の有無と期間、解除の日付を記録した。
  • 主張された「違反」について、自分の記録で事実関係を確認した。
  • 滞納その他の是正できる事項は直ちに是正し、その記録を残した。
  • 賃料は従前どおり払い続けている。受領を拒まれた場合は供託した。
  • 貸主が長年知っていた、黙認していたことを示す資料を集めた。
  • 解除の効力を争う書面を送り、退去の意思は示していない。
  • 解除主張と立ち退き交渉の前後関係を時系列にした。

よくある質問

3年前に家賃を一度10日ほど遅れたことがあります。それを理由に解除だと言われました。

解消済みの短期間の遅れは、信頼関係を破壊するに至らないものとして、解除の理由にはならないと考えられます。最高裁は、催告期間内に延滞賃料の支払いがなかった事案でさえ、残額が少額で長期間延滞なく居住してきた等の事情があれば解除は信義則に反するとしています(最判昭和39年7月28日)。3年前の一度の遅れを、立ち退きを求める段になって持ち出すのは、後付けの理屈である可能性が高いといえます。支払記録を確保し、解除の効力を争ってください。

契約書に「1回でも滞納したら無催告で解除できる」と書いてあります。

特約があっても、信頼関係破壊の法理は働きます。最高裁は、1か月分の賃料遅滞を理由とする無催告解除特約は、催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合に限って効力を有するとし(最判昭和43年11月21日)、当然解除条項があっても信頼関係が破壊されていなければ明渡請求を棄却しています(最判昭和51年12月17日)。特約の文言どおりに自動的に契約が終わるわけではありません。

個人名義で借りて、その後会社を作って店をやっています。無断転貸だと言われました。

契約者本人が経営する法人が営業しているだけで、実質的な使用者が変わっていない場合、貸主に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある(最判昭和28年9月25日)として、解除権は発生しないと判断される余地が十分にあります。特に、貸主が法人名義の振込を長年受け取ってきた、看板や登記の変更を知っていたという事実は、黙認の証拠になります。名義と実態のずれは早めに整理し、可能であれば貸主の承諾を書面で得ておくのが望ましいところです。

解除されたと言われたので、家賃を払うのをやめてよいですか。

やめてはいけません。解除が無効である以上、契約は続いており、賃料債務も続いています。支払いを止めれば、それこそが本物の債務不履行となり、貸主に解除事由を与えることになります。貸主が受領を拒む場合は、弁済の提供をしたうえで法務局に供託(民法494条)してください。供託を続けている事実は、借主の誠実さを示す資料にもなります。

解除が無効だと認められたら、そのまま住み続けられるのですか。

解除が無効であれば、契約は継続しており、借主は従前どおり建物を使用できます。貸主が改めて明渡しを求めるには、借地借家法28条の正当事由が必要であり、多くの場合、立退料の申出を伴う交渉に移ることになります。つまり、解除の効力を否定することは、立ち退き問題を「0円」の土俵から「正当事由と立退料」の土俵へ戻すことを意味します。そこから先は、第3講から第8講までで見た攻防です。

この講の主な根拠条文・裁判例・資料

  • 民法〔e-Gov法令検索〕97条1項(意思表示の効力発生時期)、494条(供託)、541条(催告による解除)、542条(催告によらない解除)、594条1項(借主による使用及び収益)、612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)、616条(使用貸借の規定の準用)
  • 借地借家法〔e-Gov法令検索〕28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
  • 最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁無断転貸について、賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には解除権は発生しないとした判例
  • 最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁賃料不払を理由とする解除が、特段の事情により信義則に反し許されないとした判例
  • 最判昭和41年4月21日民集20巻4号720頁増改築禁止特約に反する増改築であっても、信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは解除権は発生しないとした判例
  • 最判昭和43年11月21日1か月分の賃料遅滞を理由とする無催告解除特約は、催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合に限って効力を有するとした判例
  • 最判昭和47年11月16日当事者の一方が信義則上の義務に違反して信頼関係を破壊し、賃貸借関係の継続を著しく困難にしたときは、催告なしに解除できるとした判例
  • 最判昭和50年2月20日特約違反のみでなく信頼関係の破壊があったとして解除を認めた判例
  • 最判昭和51年12月17日訴訟上の和解の当然解除条項があっても、信頼関係が当然解除を相当とする程度に破壊されたとはいえないとして明渡請求を棄却した判例

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例の原文は、裁判所ウェブサイトの裁判例検索や判例集で裁判年月日から確認できます。本講の記載は執筆時点の法令・裁判例に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。解決実績に関する記載は個別事案の結果であり、同種事案の結果を保証するものではありません。

執筆者 坂本龍亮(さかもと りょうすけ)

明徳法律事務所 代表弁護士(大阪弁護士会所属)。不動産法務(立ち退き・建物明渡し・賃料紛争・再開発対応)と企業法務・事業承継を中心に取り扱う。立ち退き分野では、債務不履行解除を理由に「0円退去」を求められていた中華料理店の代理人として8,000万円の立退料を獲得した実績を持つほか、ディベロッパー側の代理人として建替え・再開発に伴う立ち退き案件にも多数関与し、貸主・借主双方の実務に精通する。大阪公立大学法学部非常勤講師。

立ち退き・立退料・建物明渡しに関するご相談は、明徳法律事務所(大阪市西区江戸堀)まで。お問い合わせ先:info@meitoku-law.jp

公開日 2026年8月9日/改訂日 2026年9月23日  執筆者 坂本龍亮、お問い合わせ先:info@meitoku-law.jp

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