訴えられても、即退去ではない
交渉が決裂すると、貸主は建物明渡請求訴訟を提起します。まず押さえるべきは、訴状が届いても直ちに退去義務は生じないということです。判決の確定(または和解の成立)まで、借主は従前どおり建物を使用できます(賃料は必ず払い続けてください。滞納は第12講の債務不履行の口実を与えます)。
図解:明渡訴訟のタイムライン(正当事由型の典型)
訴状送達 → 答弁書提出 → 争点整理(数回〜十数回の期日)
- 正当事由の主張立証
- 立退料の資料戦第5〜8講
- (事案により)不動産鑑定
訴訟上の和解
実務上、ここでの解決が最多
立退料額・明渡時期・原状回復免除等をパッケージで合意
判決
第一審まで1〜2年程度が目安
- 正当事由あり → 立退料と引換えの明渡し(引換給付判決)
- 正当事由なし → 請求棄却(借主はそのまま使用継続)
実務の主戦場は「訴訟上の和解」
正当事由型の明渡訴訟は、判決まで行くケースよりも、審理の中盤〜終盤で訴訟上の和解により解決するケースが多いのが実情です。裁判所が双方の主張立証を踏まえて心証を開示し、それを前提に立退料の額・明渡しの時期・原状回復義務の免除・未払や係争中の金銭の清算などを一括で合意する。借主側にとっては、判決の不確実性を避けつつ、明渡時期の猶予や原状回復免除といった「金額以外の条件」を獲得できるのが和解の利点です。
なお、判決後も明渡しに応じない場合には強制執行(民事執行法168条。断行前の催告と引渡期限の制度は168条の2)に至りますが、正当事由型の事案で借主側に適切な代理人が付いていれば、通常はその手前で経済合理的な解決に到達します。強制執行は、費用と時間の面で貸主にとっても重い選択肢だからです。
訴訟を「恐れない」ことが交渉力になる
逆説的ですが、「訴訟になっても戦える」態勢(証拠の整理、主張の構築、代理人の選任)を整えた借主ほど、訴訟前の交渉で良い条件を引き出します。貸主側は、訴訟に要する時間・費用・敗訴リスク(正当事由の否定)を織り込んで提示額を再計算せざるを得ないからです。訴訟は避けるべき災厄ではなく、交渉の背後に立てておく選択肢です。