ホーム連載コラム立ち退き20講 ─ 第19講

『立ち退き20講 ― 立退料の教科書 ―』【第19講】

貸主・ディベロッパー側は何を考えているか ― 相手の手の内から逆算する交渉術

当事務所が「両側」をやってきた理由

当事務所は、本シリーズの読者である借主側の代理と並んで、ディベロッパー・不動産事業者側の代理人として、建替え・再開発に伴う立ち退き案件に多数関与してきました。利益相反のない範囲で両側の実務を経験していることは、借主側で戦うときの最大の武器です。相手の意思決定の構造が分かるからです。

事業者側の「予算」と「時間」の構造

再開発・建替え案件のディベロッパーは、事業計画の中に立退関連費用の予算枠と、着工から逆算したスケジュールを持っています。ここから、借主側にとって重要な帰結が導かれます。

① 提示額には「上げ代」が織り込まれている。 初回提示は予算枠の下方から始まるのが通常で、交渉の進展・訴訟リスクの顕在化に応じた増額権限が段階的に設定されています。初回提示で決めることは、ほぼ常に早すぎます。

② 時間の価値が双方で非対称である。 事業者にとって、テナント1件の未解決は着工遅延=金融コスト・機会損失に直結します。借主側の「急がない」という選択は、それ自体が経済的価値を持ちます(ただし引き延ばし自体を目的化すると、訴訟移行と心証悪化を招きます。使いどころの見極めが技術です)。

③ 「最後の1軒」の力学。 複数テナント案件では、早期に応じたテナントと粘ったテナントで条件が異なることが現実に起こります。他方、事業者側も後続交渉への波及を恐れて安易な突出条件は出せません。案件内の交渉状況を読むことが、適正な着地点の発見につながります。

④ 事業者は「紛争の解像度」で借主を分類している。 法的に的確な主張(正当事由の弱点の指摘、営業補償の積算)をする借主と、感情的な拒絶をする借主とでは、社内での増額稟議の通り方が違います。専門家を立てた借主に対して提示が変わるのは、担当者の感情ではなく、訴訟リスクの再計算の結果です。

「敵を知る」ことは、円満解決への近道でもある

誤解を恐れずに言えば、事業者側の多くは、適正な補償による円満な合意を望んでいます(前講までに見たとおり、強引な手法は非弁リスク・訴訟リスク・レピュテーションリスクを伴うからです)。借主側が失うものを的確に言語化し、事業者側の予算とスケジュールの中で合理的な着地点を示すこと――両側を知る代理人の仕事は、対立を煽ることではなく、この「翻訳」によって適正条件での解決を早めることだと考えています。

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