第11講 医療法人の「社員」とは誰か― 従業員でも株主でもない
第Ⅱ部 医療法人・ガバナンス・内部紛争
法人の意思決定を左右するのは、適法に社員となった人の構成です。社員名簿は重要な資料ですが、入社申込み、定款所定の承認、退社の意思表示などの実体と一致しているかも確認します。名簿だけで社員資格が確定するわけではありません。
本講の社員・社員総会に関する説明は、社団医療法人を対象とします。財団医療法人では評議員会が役員を選任し、解任にも別の要件があります。
医療法人で働く職員と、法人を構成する社員は別の立場です。社員数は法人ごとに異なり、少人数でも一人ひとりの資格と議決権の確認が欠かせません。まず、自院の社員が誰で、どの手続で入社したのかを説明できるか、確かめてみてください。
1 三つの言葉の交通整理 ― 社員・職員・出資者
医療法人をめぐる会話が噛み合わない最大の原因は、次の三つの言葉の混同です。まず表で整理します。
| 言葉 | 意味 | 根拠となる書類 |
|---|---|---|
| 社員 | 社団たる医療法人の構成員。社員総会で議決権(1人1個)を持ち、役員の選任など法人の重要事項を決める。株式会社でいえば株主に相当する立場だが、議決権が頭数である点が決定的に違う。 | 定款・社員名簿・社員総会議事録 |
| 職員 | 雇用契約で働く労働者(看護師・医療事務・勤務医等)。雇用されているだけで、法人の社員や役員になるわけではない。別の手続を踏んで社員・理事を兼ねる場合はある。 | 雇用契約書・労働者名簿・賃金台帳 |
| 出資者・拠出者 | 法人に財産を出した人。持分あり法人(経過措置型)の出資持分は財産権であり、社員の地位とは別物。持分なし法人では、基金を拠出した場合には、その制度・契約に従う基金返還請求権が問題となる。寄附には当然の返還請求権はない。 | 定款・出資(拠出)の記録 |
重要なのは、この三つがそれぞれ独立に付いたり外れたりすることです。社員だが出資していない人、出資持分を相続したが社員ではない人、職員だが社員でもある人――全部あり得ます。紛争は、社員・持分・職員という地位のずれから生じることが少なくありません。持分だけ持って社員でない相続人が払戻しを求めてくる(第18講・第ⅩⅢ部)、社員のつもりだった配偶者が名簿に載っていなかった(第17講)、といった具合です。
社員資格は、入退社の実体と定款所定の手続によって判断されます。名簿・申込書・承認議事録・退社届を突き合わせ、記載漏れや事後作成の有無も確認してください。
2 社員は何を決められるのか ― 「頭数の政治」
社員総会は、理事・監事を選任し、法令や定款に従って法人の重要事項を決めます。ただし、理事長を選出・解職するのは理事会です。業務執行の決定や理事の監督も理事会の職務であり、「最高意思決定機関」という言葉だけで、法律上の権限分担を省略することはできません。
社員の議決権は1人1個で、出資額に比例しません。ただし、社員3人のうち2人が賛成すれば、どの決議も必ず成立するわけではありません。議長の通常の議決参加と可否同数時の扱い、定足数、決議要件、特別の利害関係による議決参加の制限を確認します。持分の割合だけでも、賛同者の単純な人数だけでも判断しないことが大切です(第8・13講)。
3入社と退社 ― 法律と定款を合わせて読む
入退社では、本人の意思と、法人の定款に定める資格・承認・退社・除名の手続を確認します。定款が重要である一方、強行法規や公序良俗に反する内容まで自由に決められるわけではありません。厚生労働省の定款例は参考になりますが、自院で認可された定款と変更履歴を読むことが出発点です。
- 入社――定款例では社員総会の承認を要する。承認に必要な決議要件を確認し、既存社員全員の同意が常に必要という意味ではない。
- 退社――死亡のほか、本人の意思による退社、除名に相当する仕組みなどが定款で定められる。
- 資格――医師でない人も社員になり得る。定款上の資格、実際に運営へ参加できるか、法人の類型に応じた親族等の構成制限を確認する。
入退社の条項を見直す場合は、既存社員の地位や権利への影響を検討します。定款変更には社員総会の決議が必要で、法令上の例外を除き、知事の認可を受けなければ効力を生じません(医療法54条の9)。理事長が文面を書き換えるだけでは変更できず、後から設けた除名条項で特定の人を当然に排除できるわけでもありません。
社員の地位と、持分あり法人の出資持分は区別します。定款例では死亡によって社員資格を失い、相続人がそのまま社員になる仕組みではありません。後継者の入社は定款に沿って手続を行います。一方、持分に関する財産権は相続の対象となり得るため、死亡時の定款の定めに応じ、払戻請求権等の内容・帰属を確認します(第18講)。
4社員名簿・議事録 ― 書類と実際の手続を照合する
家族経営でも、社員資格そのものが争われることがあります。名簿に載る人の入社意思や承認、記載のない人の入社手続、退社とされた人の意思表示を確認します(第17講)。
過去の社員総会議事録は、社員名簿・入退社資料とあわせて保管してください。書類が整っていることは紛争への備えになりますが、実際の開催や決議がなければ、形式の整った議事録だけで瑕疵は治りません。
5誰を社員にすべきか ― 人数と役割を設計する
社員構成は、単純に最少人数へ絞る発想ではなく、運営への参加、欠席・死亡時の継続性、定足数と議決方法を踏まえて設計します。厚生労働省の定款例は、理事を1人または2人とする認可を受けた場合でも、社員は3人以上が望ましいとしています。信頼だけでなく、実際に責任を持って参加できる人かを確認してください。
- 配偶者を入れるか――実務を担う配偶者を入れる合理性はありますが、離婚が「社員総会の対立」に直結する構造を作ることでもあります(第115〜117講)。入れるなら、退社に関する定めとセットで。
- 親・きょうだいを入れるか――相続の場面で、社員の地位と持分・遺産の分配が絡み合います(第ⅩⅢ部)。「設立のとき人数合わせで頼んだ親族」が20年後に決定票を握る、という展開は本当に起きます。
- 後継者を入れるタイミング――承継は、社員の椅子を渡す工程表そのものです。早すぎれば現役世代の決定権が割れ、遅すぎれば急逝時に空中分解する。第ⅩⅢ部で工程表として扱います。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 社員名簿と入社申込・承認・退社の資料を照合し、現在の社員を確認する
- 定款の入社・退社・除名・死亡の定めを読む(設立以来一度も読んでいないなら最優先)
- 直近3年分の社員総会議事録の有無と保管場所を確認する
- 「社員・職員・出資者」の三分類で、家族それぞれの立場を書き出す
やってはいけないこと
- 定款・議事録・契約書で、法人の構成員である社員と、雇用される職員の意味を曖昧にする
- 社員総会を「開いたことにして」議事録だけ作る運用を続ける(決議の効力を争われたとき、最も弱い証拠状態です・第16講)
- 人数合わせ・挨拶代わりに社員の椅子を配る
- 「息子が継ぐから大丈夫」と、入社手続なしで承継した気になる
7 よくある質問
- 社員が理事長の私1人だけなのですが、問題ありますか。
- 社員の最低人数について医療法に明文の規定はありませんが、厚生労働省の定款例は3人以上を望ましいとしています。社員1人では死亡等により社員を欠く危険があり、社員が欠けることは社団医療法人の解散事由です。2人なら一人の欠席で通常の定足数を満たせなくなることがあります。ただし、「2人以下では多数決が成立しない」と一律に説明するのは正確ではありません。定款と実際の運営を確認し、所管自治体に相談して構成を整えてください。
- 社員には報酬や配当がありますか。
- 社員という地位そのものに対する分配はありません(剰余金の配当は禁止です)。役員報酬は「理事」等の役員としての報酬、給与は「職員」としての労働の対価であり、いずれも社員の地位とは別の帽子に対する支払いです。この帽子の区別は第12講で扱います。
- 社員をやめてもらいたい親族がいます。すぐできますか。
- まず本人の退社意思と定款所定の手続を確認します。同意がない場合は、除名条項の有無だけでなく、具体的な事由、通知・弁明の機会等の手続、決議の適法性を検討します。名簿から名前を消すだけでは退社になりません。持分あり法人では払戻しへの影響も合わせて確認してください(第17・18講)。
主な法令・公的資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医療法施行規則
管理者変更等の届出、面接指導実施医師(65条)、記録・安全管理。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- 厚生労働省:社団医療法人定款例
社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf