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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第13講】

医療法人の経営権とは何か ― 「持分を持っている人」が支配者とは限らない

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第13講 医療法人の経営権とは何か― 「持分を持っている人」が支配者とは限らない

第Ⅱ部 医療法人・ガバナンス・内部紛争

医療法人の経営を理解するには、社員、役員、管理者、資産・情報の管理体制を分けて見ます。持分を持つことと、議決権や代表権を持つことは同じではありません。本講では、この四つの観点から、自院の権限と事業継続の備えを確認します。株式会社でも、株式の過半数だけですべての決議や経営課題を解決できるわけではありません。

本講は第Ⅱ部のハブとして、四層それぞれの正体と、層ごとに「誰が握っているか」を診断するチェックリストを提示します。第14講以降の各論(理事長解職、社員総会、社員名簿、持分払戻し、内紛72時間)は、すべてこの四層のどこかで起きる出来事です。

本講の社員・社員総会に関する説明は、社団医療法人を対象とします。財団医療法人では評議員会が役員を選任し、解任にも別の要件があります。

創業や資金拠出は重要な事情ですが、それだけで理事長の地位が保障されるわけではありません。社団医療法人では、社員総会による理事の選任・解任と、理事会による理事長の選出・解職を分けて検討します。誰がどの会議で議決できるかを確認する必要があります。

1 支配の四層 ― 経営権はどこに宿るのか

1 社員・社員総会社員の資格と、議案ごとの議決参加・決議要件を確認役員の選任・解任等。出資額に比例して票数は増えない。2 理事・理事会・理事長理事会が業務執行を決定・監督し、理事長を選出・解職理事長は法人を代表。任期・欠員・後任就任も確認する。3 施設の管理者管理者の要件、勤務実態、診療と安全管理の体制を確認管理者として理事に加わった人は、管理者退任時に連動する。4 資産・情報の管理体制口座・印鑑・診療情報・ID・不動産等の権限と保管を確認持っているだけで自由に使えるわけではない。引継ぎも備える。
図1 医療法人の権限と管理体制を確認する四つの観点。上下の序列を示す図ではなく、法令上の職務と、資産・情報の管理を分けて点検するための整理です。

2 第1層 社員 ― 「出資したから支配できる」が通用しない

社員総会は役員を選任しますが、社員総会・理事会・理事長にはそれぞれ法定の権限があります。社員の各1個の議決権についても、議長や特別利害関係の扱いを踏まえる必要があります。出資額と議決権の区別に加えて、次の点を確認してください。

誤解①「全額出資したから、自由に決められる」。持分あり法人の持分を100%保有していても、社員資格がなければ社員総会の議決権はなく、社員であれば原則は各1個です。実際の決議では、定足数、議長、特別利害関係、決議要件を確認します。持分の価値と、機関としての権限を混同しないことが大切です。

誤解②「持分を集めれば議決権も増える」。医療法人では、持分を譲り受けても、それだけで社員になったり票数が増えたりするわけではありません。承継取引では、持分・基金・貸付金等の財産面と、適法な社員の入退社、役員の選任、理事長の選出を別々に設計します。新設の社団医療法人には持分がありませんが、第三者への承継自体ができないという意味ではありません(第141講)。

誤解③「名簿に載っていれば必ず1票」。名簿は重要な資料ですが、本人の入社意思や定款所定の承認等の実体が必要です。架空の入社や無断の退社記載は、名簿だけで有効になりません。また、適法な社員でも、その議案について特別の利害関係がある場合は議決に参加できません。

したがって、経営権の診断は社員名簿から始まります。「うちの社員は何人で、誰か」が言えない理事長は、自分の法人の支配構造を知らないまま経営していることになります。

3 第2層 役員 ― 任期という時限装置

理事は社員総会が選任し、理事長は理事会が理事の中から選出します。役員の任期は2年以内です。任期満了で再任しない方法と任期途中の解任では、損害賠償の問題等が異なります。ただし、任期満了・辞任により必要員数を欠く場合は、後任就任まで役員の権利義務が残ることがあります。任期の日付だけで権限が消えたと判断しないでください(第14・15講)。

逆の立場から言えば、共同経営者や親族との関係が悪化し始めたとき、まず確認すべきは「次の改選はいつか」です。改選の時期・議事の運び・議事録の整備は、平時には事務作業ですが、対立局面では最重要の戦略資源になります(第14・15・16講)。

もう一点、理事長は登記されることの意味を押さえてください。銀行も取引先も裁判所も、法人を代表する者を登記で確認します。内紛で「理事長が交代した/していない」が争われると、登記の記載をめぐる攻防が生じ、その間、法人の対外的な行為に不安定さが生じます。

4 第3層 管理者 ― 「経営に勝っても診療が止まる」逆説

管理者には、資格・経験と、実際に職責を果たせる体制が必要です。管理者の変更を検討する場合は、法人の決裁に加え、医療法上の要件、保険医療機関の管理者要件、雇用・役員の関係、後任の勤務体制を確認します。肩書を交代させるだけでは、安全な診療体制は整いません(第6・9・37講)。

内紛でも患者の安全と必要な診療の継続を優先します。ただし、安全な診療を維持できない場合まで続けるべきだという意味ではありません。代診・転医支援や休止等の手続を含めて検討し、管理者の交代と理事の地位の連動も確認してください。

5 第4層 事実の支配 ― 内紛の初日に戦場になる場所

最後に、資産・情報へ誰がアクセスできるかを確認します。印鑑やIDを持つことは、それを自由に使う法的権限を意味しません。正当な担当者が業務を継続でき、権限外の操作を防げる管理体制が必要です。

  • お金の入口と出口――法人の実印・銀行印・通帳・キャッシュカード・ネットバンキングの権限、レセプト請求と診療報酬の入金口座。
  • 診療の基盤――電子カルテの管理者権限、予約システム、レセコン、医薬品・医療機器の発注ルート、鍵。
  • 情報――患者情報、職員名簿、契約書ファイル、定款・議事録の原本、税務・会計資料。
  • 不動産――土地建物の名義と賃貸借契約の当事者。院長個人や親族の名義になっていれば、それ自体が独立の交渉材料になります(第119・128講)。

適法な権限があっても、印鑑・口座・システムへアクセスできず業務が滞ることがあります。保管者、利用権限、複数承認、アクセス記録、担当者不在時の引継ぎを整えてください。他人が担当していること自体は弱点ではなく、一人に依存し、確認や代替の手段がないことが問題です。内紛時も、権限のない持出し・変更・利用を避けます(第20講)。

保存版 経営権セルフ診断 ― 層ごとに「誰が握っているか」を書き出す

  1. 社員は何人で誰か。名簿と入退社の実体・承認資料を照合したか。
  2. 議長・定足数・決議要件・特別利害関係を確認したか。議案ごとに誰が議決できるか。
  3. 定款に、社員の入退社・除名の定めはあるか。社員を増やすには誰の同意が要るか。
  4. 役員は誰で、任期はいつ満了するか。次の改選の議長・招集は誰が行うか。
  5. 理事長の登記は現状と一致しているか。登記事項証明書を最後に取ったのはいつか。
  6. 各施設の管理者は誰か。その医師が明日辞めたら、後任の当てはあるか(要件充足を含む)。
  7. 実印・銀行印・通帳の保管者は誰か。ネットバンキングの権限者は誰か。
  8. 診療報酬の入金口座を管理しているのは誰か。
  9. 電子カルテ等の管理者権限は誰にあるか。ベンダーの窓口は誰を「担当者」と認識しているか。
  10. 定款・議事録・契約書の原本はどこにあり、誰が持ち出せるか。
  11. 土地建物の名義と、賃貸借契約の当事者は誰か。
  12. 専門家の依頼者は法人か個人か。利益相反と守秘義務を踏まえ、相談窓口を整理したか。

※ 他人の名前が並ぶこと自体が問題ではありません。権限と責任が明確で、必要な確認・引継ぎ・代替ができるかを点検してください。

6 よくある質問

持分を100%持っています。それでも支配できないのですか。
持分と議決権は別です。持分100%でも社員でなければ社員総会で投票できず、社員であれば各1個の議決権が基本です。決議の成否は法令・定款と議案ごとの参加資格によります。持分の払戻しは、退社・死亡等の事由と定款に基づいて別に検討します(第18講)。
社員を増やして多数派を作れば、経営権を守れますか。
新しい社員の入社には、本人の意思と定款所定の承認が必要です。対立後でも適法な入社が可能な場合はありますが、手続の有効性や議決権の扱いが争われることがあります。架空の入社や名義だけの加入で人数を増やす方法は避け、実際に運営へ参加できる構成を検討してください。
相手が通帳と印鑑を持ち出しました。すぐ取り返せますか。
状況により、金融機関への届出、法人としての正式な決議、保全の申立てなど複数の手段を組み合わせることになります。共通するのは、①感情的な実力行使をしない、②法人の決議という正統性の裏づけを固める、③日付つきの記録を残す、の三点です。初動を誤ると、後から正統性まで疑われます。第20講をお読みのうえ、早期にご相談ください。
医療法人にも「株式の買占め」のような支配権の取得はありますか。
株式会社の株式取得と同じ仕組みではありませんが、第三者が対価を伴う承継取引を行うことはあります。持分等の財産面と、社員の入退社・役員交代等の適法な手続を組み合わせます。社員の地位や議決権を株式のように購入することとは区別してください(第141講)。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・公的資料

  1. 医療法

    社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  3. 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱

    医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf

  4. e-Gov法令検索:会社法

    株式会社の議決権と株主総会決議の比較(308条・309条等)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086

  5. e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律

    医療法により準用される理事会の決議等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048

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