第141講 医療法人を第三者に承継する― 医療M&Aは株式会社売買と何が違うか
第ⅩⅤ部 M&A・出口戦略・廃業・危機管理
医療法人の第三者承継では、財産上の権利と、法人の意思決定を担う地位を分けて考えます。持分を取得しても、それだけで社員や理事になるわけではありません。法人のお金も、院長個人のお金とは別です。何を引き継ぎ、誰がいくら受け取り、どの手続を済ませるかを、一つずつ確かめる必要があります。
この講では、主に社団医療法人について、持分譲渡、社員・役員の交代、事業譲渡、合併による承継を整理します。持分あり・持分なしで異なる対価の受け取り方と、契約・行政手続の進め方を扱います。財団医療法人には社員がいないため、寄附行為と評議員会等に基づく別の手続が必要です。
医療法人の分割という方法もありますが、利用できる法人の類型に制限があります。複数施設の一部を移す場合などは、事業譲渡との違いを専門家・所管庁に確認してください。
例えば、仲介会社の担当者が言いました。「先生の医療法人、買い手がつきます。純資産2億円、営業利益3,000万円なら、株式会社なら3億円は固いですね。医療法人でも同じように考えていただいて結構です」
理事長は聞きました。「医療法人には株式がない。何を売るのですか」
担当者は答えました。「持分です。あとは、社員と理事を入れ替えるだけです」
理事長は、その「だけ」に、何が含まれているのかを知りませんでした。
1 株式会社と何が違うか
| 確認する項目 | 株式会社との違い・医療法人での考え方 |
|---|---|
| 財産上の権利 | 株式会社では株式の譲渡が中心となる。医療法人に株式はなく、持分ありの社団医療法人では出資持分を譲渡する。持分なし法人に出資持分はないが、拠出者の基金返還請求権や、法人に対する貸付金債権等は別に確認する。 |
| 経営への関与 | 株式会社では取得する議決権の数・種類等に応じて経営への関与が変わる。医療法人の社員は原則として各1個の議決権を持ち、出資額とは連動しない。持分の譲渡とは別に、定款に従う入退社、社員総会による役員選任、理事会による理事長の選定等が必要となる。 |
| 関係者の資格 | 持分の取得者、社員、役員、医療機関の開設者の資格は別々に確認する。理事長は原則として医師又は歯科医師である理事から選び、知事の認可による例外がある。持分取得者本人が必ず理事長になるという制度ではない。 |
| 受け取る金銭 | 持分譲渡代金は持分の譲渡人が受け取る。法人からの退職金、個人所有不動産の売買代金、貸付金の返済、基金の返還等は、それぞれの実態・権利・手続に基づく。社員の地位は株式のような譲渡可能な財産権ではなく、地位の交代を口実に法人財産を自由に分配できない。 |
| 法人内の資金 | 株式会社の配当にも決議・分配可能額等の制限がある。医療法人は剰余金の配当自体が禁止される(医療法54条)。承継後も法人資産は法人に属し、新旧の院長や持分取得者の個人資産にはならない。 |
| 許認可・保険指定 | 同じ医療法人が開設者として続く場合、理事長等の交代だけで直ちに新規開設・新規指定になるわけではない。ただし変更届、管理者の要件、施設基準等を確認する。事業譲渡で開設者が変わる場合は、開設許可又は届出、新規の保険指定等を個別に進める。 |
| 行政との調整 | 役員変更届、登記、定款変更の認可・届出の要否、非営利性などを確認する。合併・分割は知事認可等の手続がある。株式会社でも業種・規模・取引内容によって許認可や届出が必要となり、行政の関与が常にないわけではない。 |
2 主な承継の形
| 承継の形 | 仕組みと留意点 |
|---|---|
| 持分譲渡と社員・役員の交代 | 持分ありの社団医療法人で、出資持分の譲渡と、定款に従う社員・役員の交代を組み合わせる。譲渡制限、真の権利者、社員の資格、譲受人の属性と非営利性を確認する。国内居住の個人が持分を第三者に譲渡する場合は、原則として一般株式等の譲渡所得等として申告分離課税となる。 |
| 退社に伴う持分の払戻し | 定款等に基づき法人から持分の払戻しを受ける方法。新たな入社や出資の手続とは区別する。法人の資金繰りへの影響があり、個人の払戻金には出資等に対応する部分を超えるみなし配当が生じ得る。全額が一律に配当所得になるわけではなく、第三者への譲渡と税負担・資金移動を比較する。 |
| 社員・役員の交代(持分なし) | 出資持分の売買は行わず、定款に従い運営体制を交代する。退任者への支払は退職金、実在する貸付金の返済等の根拠を個別に確かめる。退職金には実際の退職、適正な額、定款・規程に応じた決定手続が必要。認定医療法人は持分なし移行後6年間の運営要件等との関係も確認する。 |
| 事業譲渡 | 病院・診療所の事業に必要な資産や契約等を、別の開設者へ移す。職員の労働契約の承継には本人の承諾が必要。患者の通院先は患者が選ぶものであり、患者そのものを売買するわけではない。開設・保険指定、賃貸借等の承諾、診療録の保管・引継ぎを整える。対価は原則として事業の譲渡人に帰属し、医療法人が譲渡人なら法人が受け取る。 |
| 医療法人同士の合併 | 医療法57条以下に基づき、権利義務を包括的に承継する。社団では総社員の同意が必要で、債権者保護、知事認可、登記等も行う。持分あり同士の吸収合併では、持分あり法人を存続させることができる。一方に持分なし法人を含む合併と、新設合併では、合併後は持分なし法人となる。定款・寄附行為と具体的な手続を所管庁に確認する。 |
3 冒頭の「3億円」は何を意味するか
設例の「3億円」は、純資産と営業利益だけでは裏づけられません。借入、運転資金、設備更新、承継後の収益、支払条件を確認したうえで、誰が何の対価として受け取る金額なのかを分けて見ます。
- 持分あり法人 国内居住の個人が持分を第三者に3億円で譲渡した場合、原則として、代金から取得費・譲渡費用等を引いた譲渡益が課税対象です。2026年分の基本税率は所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%であり、代金全額に課されるわけではありません。高額所得等の特例、譲渡人・譲受人の属性、関連当事者間の価格、分割払い等は個別に確認します。
- 持分なし法人 法人の評価額が、そのまま退任者の受取額になるわけではありません。適正な退職金、個人所有不動産の代金、実在する債権の返済等を積み上げます。退職金の適正額は在任期間、職務、報酬、同業同規模法人の支給状況等から検討し、価格に合わせて決めません。持分なし移行は、出資持分の相続と払戻しの問題を変える選択ですが、他の財産の相続税までなくす制度ではありません(第124講)。
- いずれの場合も 持分譲渡代金は通常、譲受人から譲渡人へ支払われます。法人の現預金をそのまま譲渡人へ移す取引ではありません。法人が退職金や債務返済を支払うなら、その分の資金減少を価格・運転資金の検討に反映し、同じ現金を二重に評価しないようにします。
4 承継の手順と時間
持分譲渡+社員入替え型の手順
- 承継方針と準備 引退時期、診療・雇用の継続、希望する受取額を整理する。会計混同、親族取引、持分・社員、施設基準などの問題は、承継までの余裕があるうちに対応する。準備年数は法人ごとに異なる(第123講・第130講・第142講)。
- 仲介・アドバイザーの選定 仲介会社の利益相反(第144講)。弁護士・税理士を売り手側に。
- 秘密保持と情報管理 候補先への開示前に、利用目的、閲覧者、複製、漏えい時と破談時の対応を合意する。患者情報は統計等で足りるかを先に検討し、個人データの開示は法的根拠と必要性を確認する(第101講・第142講)。
- 行政・金融機関への事前相談 契約の重要条件を固める前から、必要な許認可・届出、非営利性、開設者・管理者、保険指定等を相談する。保証解除は買い手の約束だけでは足りず、金融機関の承諾と書面による確認を進める。
- 基本合意 価格の目安、独占交渉、DDの範囲、スケジュール(第145講)。
- デューデリジェンス 買い手による法務・財務・税務・労務・不動産・医療の調査(第142講)。
- 最終契約 持分譲渡契約、社員の退社・入社に関する合意、理事長の退任と退職金、表明保証、補償、引継ぎ(第146講)。
- クロージング(承継の実行) 代金決済、持分譲渡、定款に従う入退社、役員選任・就任、理事長の選定等を合意した順序で行う。退職金の決議、登記・役員変更届、代表者・管理者等の変更届、保証解除、必要な承諾と許認可を一覧で管理する。法人が同一のままなら、理事長の交代と開設者たる法人の交代を混同しない。
- 引継ぎ期間 前理事長が非常勤・顧問として一定期間関与する場合の条件(第146講)。六つの承継(第130講)。
準備・交渉の期間は、買い手の探索、資料の状況、行政・金融機関の手続で大きく変わります。診療を途切れさせない日程を組み、実行までに必要な条件がそろわない場合の延期・解除も契約で定めます。緊急の事情があるときは、価格だけでなく、当面の診療体制と資金繰りを先に確保してください。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 自院が持分あり法人か持分なし法人かを確認し、第三者承継時に売り手が受け取れる対価の形を理解する
- 持分なし移行を検討しているなら、第三者承継の可能性と対価への影響を併せて試算する
- 承継を考えるなら、会計混同・親族取引・名義持分・施設基準の整理を今から始める
- 仲介会社の話を聞く前に、売り手側の弁護士・税理士を決める
やってはいけないこと
- 「株式会社と同じ」という説明を受け入れる
- 買い手が株式会社である構造を、医師名義で形式的に整える
- 持分なし法人で、実質的な譲渡代金を過大な退職金として受け取る
- 準備なしに仲介会社に登録し、DDで問題を指摘されてから慌てる
6 よくある質問
- 買い手が株式会社(介護事業者・医療コンサル会社)です。買えるのですか。
- 「買う」の内容を分けます。出資持分の保有と、社員・役員としての運営参加、病院等の開設は別の問題です。持分の取得者を医師個人・医療法人だけに限定する一般規定があるわけではありませんが、社員資格や営利法人の運営への関与には定款・行政上の取扱いと非営利性の検討が必要です。株式会社自体を理事長にはできません。医療法7条7項も「営利法人は例外なく開設不能」と定める条文ではなく、営利目的の開設に対し許可を与えないことができるという規定です。関係会社への利益移転や名目的な医師の配置を含め、実際の運営体制を所管庁に相談してください。
- 持分あり法人の持分を、純資産を大きく上回る価格で売ることはできますか。
- 純資産を上回る価格で合意することは可能ですが、その価格が妥当かは収益力、リスク、資金調達と支払条件で検討します。持分の取得と、事業譲渡で営業権を取得する場合は、買い手側の会計・税務が異なります。相続税評価額も売買価格と同じではありません。関連当事者間の高額・低額譲渡を含め、税理士に具体的な計算を依頼してください。
- 事業譲渡なら、簿外債務や行政処分歴を引き継がずに済みますか。
- 事業譲渡では、法人格ごと引き継ぐ方法と異なり、引き継ぐ資産・契約・債務を個別に定めます。ただし、債務引受け、債権者を害する取引の問題などを検討する必要があり、「過去の債務を必ず遮断できる」とはいえません。保険指定でも、当該医療機関の過去の取消しや、開設者・管理者の欠格事由、実際の運営体制等が問題となるため、開設者を変えれば必ず新規指定を受けられるわけではありません。代金は譲渡した法人に帰属し、清算時の残余財産も持分・定款・経過措置等に従います。持分なし法人の残余財産を出資者へ自由に分配することはできません。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 健康保険法
58条3項、65条、70条の2、71条、73条、78条〜82条等。管理者の責務、指定・登録の取消しを含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- 厚生労働省:認定医療法人制度
認定期限2029年12月31日、認定申請・移行・移行後の手続。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000205627.html
- 近畿厚生局:保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出
外来医師過多区域の事前届出と保険指定期間、管理者変更等の手続。
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/index.html
- 厚生労働省:持分なし医療法人への移行に関する手引書
持分あり・持分なしの類型と移行制度。期限等は資料の作成時点による。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000940229.pdf
- 厚生労働省:社団医療法人定款例
社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf
- e-Gov法令検索:法人税法
22条・34条。損益、役員給与の損金算入条件、過大・隠蔽仮装給与等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034 - e-Gov法令検索:所得税法
25条のみなし配当、37条・45条の経費・家事費等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033 - e-Gov法令検索:会社法
株式会社・合同会社の運営、任期、相続、みなし解散・清算等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 - 国税庁:株式等を譲渡したときの課税
No.1463。一般株式等の譲渡所得等の計算、税率、申告分離課税。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm - 国税庁:退職金を受け取ったとき
No.1420。退職所得の計算、退職所得控除、特定役員退職手当等。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm - 国税庁:役員の退職金の損金算入時期
No.5208。適正な額の役員退職金と、損金算入の時期。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5208.htm - 近畿厚生局:保険医療機関等の遡及指定
開設者変更等における遡及指定の取扱い。該当性と手続は管轄厚生局へ事前に相談する。
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/sokyuu.html - 厚生労働省:医療法人の合併及び分割について
医政発0325第5号(平成28年3月25日、平成31年3月29日最終改正)。合併・分割の手続と、持分の定めの取扱い。
https://www.mhlw.go.jp/content/000548759.pdf