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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第142講】

病院・クリニックを売るとき、買い手は何を見るのか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第142講 病院・クリニックを売るとき、買い手は何を見るのか

第ⅩⅤ部 M&A・出口戦略・廃業・危機管理

デューデリジェンス(DD)は、契約前に事業の実態やリスクを調べる作業です。買い手は、資料、質問への回答、現地調査などを通じて、承継後の運営を見通します。売り手にとっても、説明できる事実と、まだ整理が必要な問題を区別し、価格や契約条件を話し合う機会になります。

調査の項目数や対象期間は、施設の規模、承継方法、診療内容で異なります。この講では、主な調査分野と、資料の整え方、開示時の注意点を整理します。資料がそろっているだけで評価額が上がるとは限りませんが、運営の実態を説明しやすくなります。

例えば、買い手候補の医療法人から、デューデリジェンスの資料要求リストが届きました。項目は180。
定款、社員名簿、過去5年の社員総会・理事会議事録、施設基準の届出と勤務実績、過去の個別指導の結果、返還金の記録、全職員の労働条件通知書と残業の記録、賃貸借契約、リース契約、借入契約と保証、役員貸付金の内訳、親族との取引の一覧、医療事故の記録、患者からのクレーム、広告の内容、個人情報の管理規程、サイバー対策のチェックリスト……。
理事長は、リストの半分について、資料が「ない」か「どこにあるかわからない」ことに気づきました。

1 買い手が見る分野と、その理由

調査分野主な資料と確認すること
法人の機関定款、社員・出資者・役員の名簿、議事録、登記、届出。持分の権利者、入退社や役員選任の経緯、必要な決議を確認する。資料の欠落があれば、有効性や補完方法を個別に調べる(第Ⅱ部・第111講・第116講・第117講)。
許認可・保険開設許可・届出、保険指定、管理者の要件、施設基準と勤務実績、指導・監査・立入検査、返還と改善の記録。同じ法人なら過去の請求等の責任が法人に残る。事業譲渡では責任の帰属と新規指定を別に確認する(第Ⅸ部・第85講・第89講)。
財務・税務決算書、申告書、総勘定元帳、役員との貸借、親族取引、税務調査、未納税金。対象期間は保存義務やリスクに応じて設定する。資産・債務の実在、収益の持続性、認定医療法人等の要件を調べる(第114講・第120講・第124講)。
労務労働条件、就業規則、賃金・勤怠、未払残業代、社会保険、退職金、労使紛争。同じ法人なら雇用契約・債務は原則として継続する。事業譲渡では労働契約の承継に本人の承諾が必要。医師・幹部の継続勤務も確認する(第Ⅳ部・第Ⅴ部)。
契約・保証賃貸借、リース、保守、電子カルテ、外部委託、借入、保証、保険。契約上の地位の移転や代表者・経営体制の変更に必要な承諾、解約条件、データの返還方法を確認する。保証の解除は債権者との手続が必要(第106講・第119講・第123講・第128講)。
不動産名義、賃貸借、登記、担保、増改築、耐震・法令適合。承継後も診療場所を使えるか、改修費用や親族所有物件の条件を確認する(第119講・第128講)。
医療安全・事故事故・苦情・示談・訴訟、医療事故調査、安全管理、保険の記録。過去の責任、保険の対象、改善状況と承継後の対応を調べる。個人情報や守秘義務に配慮し、必要な範囲に開示を限る(第Ⅶ部・第Ⅷ部)。
患者・診療患者数の推移、診療科別収益、疾患構成、紹介経路、院長以外の診療体制。集計情報を基本に、承継後の診療継続を検討する。患者の継続受診は保証されない(第143講)。
個人情報・システム規程、漏えい等の履歴、サイバー対策、電子カルテ契約、バックアップ、アカウント権限。承継後に安全に使い続けられるか、移行費用や契約上の制限を調べる(第Ⅺ部)。
広告・自由診療ウェブサイト・SNS、指導履歴、患者との契約と返金対応、薬剤・医療機器の適法な取扱い。承継後に継続する広告・診療と、過去の責任を確認する(第Ⅹ部)。
紛争・偶発債務訴訟・調停・請求、保証、未払債務、行政手続等。法人自身の債務、譲受人が引き受ける債務、売り手の補償責任を区別する(各部)。

2 DDで見つかった問題はどうなるか

見つかった問題検討する対応
金額を見積もれる債務精算、価格調整、実行条件への追加等を協議する。誰の債務か、既に価格計算に織り込んでいないかを確かめる。
発生・金額が不確かな問題追加調査、特定事項の補償、上限・期間、代金留保等を交渉する。エスクローは第三者が資金を管理する仕組みであり、買い手による単なる支払留保とは異なる。
承継手続に関わる不備権利者や決議、定款、許認可の問題を実行前に解決できるか検討する。補完、方法の変更、延期、取引中止の可能性を含めて判断する。
承継後の運営に関わる問題引継ぎ、採用、設備更新等の計画と費用を整理する。価格や条件付き支払を使う場合も、収益の予測と支払条件を具体化する。
資料が足りない取得・再発行、別資料との照合、追加調査で補えるかを調べる。不明な範囲を明示し、価格・補償・実行条件への影響を協議する。資料不足だけで不正や最大の減額が決まるわけではない。

表明保証とは、一定の事実が正しいことを契約で表明し、保証する約束です。問題が判明した際の補償は、対象事項、開示した例外、相手方の認識、金額の上限や請求期間等によって変わります。DDで発見されなかった問題をすべて無期限に負担するという意味ではありません。

設例のように資料の所在が分からないと、追加調査や日程の見直しが必要になります。まず、資料が存在しないのか、保管場所が不明なのかを分けてください。後から整理表を作る場合も、作成日と根拠資料を明記し、過去の議事録や勤務記録を当時作成したもののように取り繕わないことが大切です。

3 売り手が整えることと優先順位

DDに備える ― 日常の整備から始める

日常から整えるもの

  1. 会計混同の解消:役員との貸借の実態・返済条件、親族取引の適正化と契約書、役員報酬の手続(第114講・第120講)
  2. 名義持分・社員構成の整理(第116講・第117講)
  3. 施設基準の要件の点検と、勤務実績の記録(第85講)
  4. 労務の整理:就業規則、労働条件通知書、勤怠記録、残業代の精算、社会保険(第Ⅴ部)
  5. 不動産の帰属と賃貸借の整備(第119講・第128講)
  6. 個人情報・サイバーの規程と記録(第Ⅺ部)

承継の方針が見えてきた段階

  1. 院長依存への備え:患者の希望と診療の質に配慮した引継ぎ、他の医師・幹部の育成(第143講)
  2. 契約の棚卸し:承継時の変更条項、解約条項、保証(第106講)
  3. 過去の指導・監査・立入検査の記録と改善の整理
  4. 医療事故・苦情・紛争の記録と対応状況を整理し、必要な報告・保険通知・解決方針を確認する

売却の意思決定後

  1. 資料の一覧化:要求項目ごとに所在・対象期間・担当者を記録する。欠落資料は再取得や代替資料で補い、作成できないものはその事情を説明する
  2. 売り手側DD:買い手より先に、自院の弁護士・税理士に自院を調査させ、問題を把握して対処または開示の準備をする
  3. 開示方針:問題の内容と対応状況を整理し、適切な時期・相手・方法で開示する。隠匿や不正確な説明は、契約上の補償や詐欺・不法行為等の問題となり得る

4 DDの場で気をつけること

個人データを扱うDDでは、利用目的、閲覧者と権限、複製・持出し、漏えい時の措置、破談時の返還・消去を定めます。患者の診療情報に関する守秘義務や委託先の取扱いも別に確認し、弁護士等と開示方法を設計してください。

  • 患者情報 集計資料を優先し、個別情報が必要な理由と範囲を確かめる。事業承継のための契約前調査にも、個人情報保護法27条5項2号の扱いが及ぶ場合がある。ただし、安全管理のための契約が必要であり、秘密保持契約があるだけで無制限に開示できるわけではない。氏名を伏せても他の情報と照合できれば、個人データでなくなるとは限らない(第101講)。
  • 職員への説明 初期の情報共有は必要な担当者に限り、管理方法を決める。一方、労働契約の承継や労働条件の変更に必要な説明・協議・承諾を遅らせない。公表時期は承継方法と手続に応じて計画し、一律に最終契約後としない。
  • 質問への回答 事実、推計、未確認事項を区別し、根拠資料を添える。誤りに気づいたら速やかに訂正する。回答の内容が表明保証や契約上の開示事項にどう取り込まれるかも確認する。
  • 対応窓口 院内の責任者と弁護士・税理士等の役割を決め、回答と開示資料を一元管理する。診療・労務・システム等は各担当者に事実確認を行い、院長一人や専門家一人の記憶だけで回答しない。
  • 費用と期間 依頼する調査の費用を誰が負担するか、追加費用、資料準備、調査期限を合意する。必要期間は規模・範囲・資料の状態で異なり、1〜2か月で終わると一律にはいえない(第145講)。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 第1章の表の各分野について、資料が「ある・どこにあるかわかる」かを確認する
  • 承継の予定がなくても、会計・持分・施設基準・労務・不動産・個人情報の資料を日常から整える
  • 売却を考えるなら、売り手側DDを自院の専門家に依頼する
  • 院内と専門家の担当を決め、DDの回答・開示を一元管理する

やってはいけないこと

  • 「うちは問題ない」を資料なしで言う
  • 問題を隠したり、欠落資料を過去の日付で作り直したりする
  • 法的根拠・必要性・安全管理を確かめず、DDで患者のカルテを開示する
  • 説明・協議が必要な職員に、秘密保持を理由として必要な情報まで伝えない

6 よくある質問

個人診療所を売る場合も、同じDDがありますか。
個人診療所では、事業譲渡による承継が中心となります。法人の社員総会等はありませんが、資産・債務、未払賃金、許認可・保険指定、契約、不動産、診療、事故、個人情報等の調査は必要です。簿外債務の確認が当然に軽くなるわけではありません。何を引き継ぎ、誰が過去の債務を負担するかを契約と法律の両面から確かめます。
DDで指摘された未払残業代を、承継前に精算すると資金が要ります。承継後に買い手が払う形にできませんか。
同じ医療法人が雇用主として続く場合、未払賃金は法人自身の債務として残ります。いつ、誰の資金で精算し、価格にどう反映するかを協議します。事業譲渡では債務引受け等の条件と必要な同意を別に整理します。当事者間で価格調整をしても、職員の請求権を消せるわけではありません。税務、遅延損害金、資金繰り等で結果が変わるため、どの方法でも手取りが同じとは限りません。
買い手が「DDは簡単に済ませる」と言っています。安心してよいですか。
簡略化の理由、調べる範囲、調べない事項を確認してください。調査が少ない理由を、売り手への責任転嫁だけと決めつけることはできません。ただし、調査が少なくても広い表明保証・補償を求められる場合はあります。買い手が知った事項の扱い、売り手の開示、補償の範囲・上限・期間を契約で確かめます。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 労働基準法

    16条の賠償予定の禁止、24条の賃金全額払い、労働時間・割増賃金、有期契約等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  4. 健康保険法

    58条3項、65条、70条の2、71条、73条、78条〜82条等。管理者の責務、指定・登録の取消しを含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070

  5. 個人情報保護法

    利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

  6. 近畿厚生局:保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出

    外来医師過多区域の事前届出と保険指定期間、管理者変更等の手続。

    https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/index.html

  7. 個人情報保護委員会:個人情報保護法ガイドライン(通則編)

    事業承継に伴う利用目的、個人データの提供と、契約前の調査での安全管理。

    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/

  8. e-Gov法令検索:労働契約法

    15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  9. 中小機構:事業承継支援マニュアル(2025年版)

    M&Aの進め方、価格評価、DD、仲介・FA、基本合意・最終契約の説明と様式。医療法人には別途、医療法等に沿う検討が必要。

    https://www.smrj.go.jp/supporter/tool/guidebook/succession2/

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