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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第146講】

M&A後も院長として残ってほしいと言われた ― 売った後の拘束

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第146講 M&A後も院長として残ってほしいと言われた― 売った後の拘束

第ⅩⅤ部 M&A・出口戦略・廃業・危機管理

前院長が承継後も診療を続けると、患者の診療継続や後任への引継ぎに役立つことがあります。一方、役割・権限・報酬・終了条件が曖昧なままでは、売り手にも買い手にも負担が残ります。持分等の譲渡と、その後に働く契約を分け、条件付きの代金や競業避止との関係まで整理することが大切です。

この講では、承継後の前院長の関与の形(引継ぎ期間・非常勤・顧問)、条件付き支払(アーンアウト)の設計と落とし穴、競業避止の範囲と有効性、そして前院長と新院長の関係を壊さない取決めを整理します。第127講で「辞め方」を扱いましたが、この講は、第三者に売った院長の「辞め方」です。

例えば、最終契約の条件は、こうでした。譲渡価額1億5,000万円のうち、1億円はクロージング時、5,000万円は2年後に「承継後2年間の医業収入が承継前の90%以上であること」を条件に支払う。前理事長は承継後2年間、非常勤医師として週4日診療し、月額報酬80万円。契約終了後3年間、半径5キロ以内で医療機関を開設・勤務しない。
前理事長は思いました。「これは、売ったのか。2年間、雇われたのか」
新理事長は思いました。「これは、買ったのか。2年間、前の先生の病院を預かっているのか」。

1 承継後の関与の三つの形

関与の形内容と決めておくこと
引継ぎを中心に残る患者・紹介元・職員・取引先への説明と、診療・業務の引継ぎを行う。必要な期間は診療内容と後任の準備状況から決め、担当、期限、報酬を定める。3〜6か月などの期間が、どの施設にも適するわけではない。
勤務医として残る診療日、時間、担当、医療安全上の責任、報酬、契約期間を決める。「非常勤」「業務委託」という名称だけで労働法の適用が決まるわけではなく、指揮命令等の実態から確認する。役員・管理者を兼ねるかは別に整理する。
顧問等として関わる経営上の助言や地域との連携など、実際に行う仕事を具体化する。診療をするか、意思決定権を持つか、報酬の根拠は何かを明らかにする。「名誉職」という名称だけでは、責任や退職金の税務は決まらない(第127講)。

前院長が理事や社員として残ること自体が禁止されるわけではありません。管理者を続けるなら、医療法人では原則として理事に加える必要もあります。社員総会・理事会・理事長・管理者・勤務医の権限を分け、重要な事項を新理事長一人が自由に決める構造にしないことが必要です。残る役割に応じて責任と報告経路を整えます。

承継時に退職金を受け取る場合は、その後の地位と実際の勤務・経営への関与も税理士に伝えます。名目だけ退職して実質的な経営者の地位が続く場合などは、退職金としての税務上の取扱いが問題になります。

2 条件付き支払(アーンアウト)の設計

設例の5,000万円のように、承継後の業績等を条件として譲渡代金を支払う仕組みをアーンアウトといいます。評価の前提に隔たりがある場合の調整方法ですが、条件を満たすかは前院長の努力だけでは決まりません。確定した代金の支払時期を遅らせる分割払いとは区別します。

設計する項目確認すること
指標と計算医業収入、利益、患者数などの定義、基準期間、集計方法を決める。収入も診療時間や診療報酬改定等で変わり、患者数なら常に売り手に有利とも限らない。利益を使うなら、減価償却、本部費用、役員報酬等の調整方法を具体化する。
対象期間・支払額算定の始期・終期、達成率に応じた金額、上限、支払期限を定める。1〜3年などの共通の正解はない。一日又はわずかな差で全額失う設計が妥当かも検討する。
運営方針の変更診療体制・時間・人員・費用負担を変える場合の協議と、指標の調整方法を決める。前院長の診療機会を定める場合も、患者の安全や法令上の要請に必要な変更を妨げない。
資料の確認計算書、集計資料、会計資料を確認する権限と期間を定める。退任者が代金を確認するために、患者の個人データを無制限に閲覧できるわけではない。匿名化・集計や専門家による確認を検討する。
争いの解決算定の異議を述べる期限、協議、第三者の会計専門家への付託、裁判等を定める。第三者がどの事項を、どの基準で判断するかも明記する。
支払う人の信用代金の支払義務者を特定し、将来の支払能力、担保・保証・第三者への資金預託の条件を確認する。医療法人の資金から自由に支払わせる仕組みにしない。
勤務の中断・終了病気、死亡、後任の確保、買い手からの契約終了などを分け、条件付き代金と勤務報酬にどう影響するかを定める。相続人への支払や算定資料の開示も検討する。
税務持分等の譲渡代金か、勤務・引継ぎの対価かを実態から区別し、課税時期と所得区分を確認する。入金時期と納税時期が一致するとは限らないため、税理士と資金計画を立てる。

アーンアウトは、将来の不確実性を分担する一つの方法です。診療上必要な判断を売上目標でゆがめないことを前提に、誰が何を決め、その結果を代金にどう反映するかを話し合います。契約の説明に納得できなければ、確定代金との配分や支払方法も見直してください。

3 競業避止 ― 範囲と有効性

競業避止は、承継した事業や情報を守るために、前院長の開業・勤務・勧誘等を一定の範囲で制限する約束です。患者には通院先を選ぶ自由があり、患者が自発的に別の医療機関を受診したことと、不当な勧誘や情報の持出しとは分けて考えます。

定める項目検討すること
期間制限の開始日・終了日と、引継ぎ勤務中の期間を含むかを明示する。3〜5年などを一律の相場・有効範囲とせず、保護する利益と制限の必要性を検討する。
地域実際の診療圏、診療科、患者の受診行動に照らして範囲を決める。距離や都道府県名だけで有効・無効は決まらないが、必要性を説明できない広い制限は見直す。
行為開設、勤務、役員就任、患者・職員の勧誘等を区別する。勤務を一律に禁じる必要があるか、診療科・業務・接触方法を限定できないかを検討する。
対価と全体の均衡譲渡代金や別の給付に制限への配慮が含まれるかを確認する。対価を別項目で明記したかだけで有効性は決まらず、取引全体と制限の負担を検討する。
違反と救済違反の認定、差止め・損害賠償・違約金・条件付き代金への影響を整理する。労働契約の不履行に関する違約金等の予定は、労働基準法16条との関係も確認する。
例外・同意大学・公的病院での勤務、産業医、講演等で予定する活動を具体化する。必要なら書面で承認を受ける手続と、返答期限を決める。

会社法21条は会社による事業譲渡に関する規定であり、その20年・30年という期間を医療法人の持分譲渡にそのまま当てはめることはできません。契約による制限は、守るべき利益、期間・地域・行為、対価、締結の経緯等を総合して検討し、過度な制限は民法90条等との関係で有効性が問題になります。一般の退職医師の競業避止と、事業の売り手が負う制限も、同じ条件で判断できるとは限りません。

4 前院長と新院長の関係を壊さない取決め

承継後の関与に関する契約の項目

  1. 役割 診療、引継ぎ、経営上の助言の範囲を分け、担当・期限・報告先を定める。診療所の管理者を続けるかも明確にする。
  2. 権限 社員・理事・理事長・管理者等の地位を一覧にし、法令・定款と契約を整合させる。医療安全上の指示と人事・経営上の指示の経路も区別する。
  3. 報酬 雇用か委託かを実態に合わせ、額、計算方法、支払日、費用負担を定める。役員退職金とその後の給与等を分け、将来の退職給付の有無は新たな契約・規程で確認する。
  4. 期間と終了 満了、更新、解約・解除、病気・死亡時の扱いを定める。契約条項だけでなく、雇用・委任等の法定の終了ルールも確認する。
  5. 患者の引継ぎ 病状と患者の希望に配慮し、担当医の紹介、情報の共有、継続診療の計画を立てる。患者全員の継続受診を前院長が保証する約束にしない。
  6. 職員との関係 前院長の職務に応じて指示できる範囲を定める。診療上必要な指示まで一律に禁じず、経営上の指示が重複する場合の相談経路を決める。
  7. アーンアウトとの関係 勤務や診療体制の変更・終了が指標に与える影響と、計算上の調整方法を定める。勤務契約を終えたら当然に全額失うと考えない。
  8. 競業避止 第3章。
  9. 秘密保持 患者・職員・経営に関する情報の利用目的、共有先、契約終了後の返還・消去を定める。法令に基づく報告や正当な相談を妨げない。
  10. 紛争の解決 役割・報酬・アーンアウト・競業避止をめぐる争いの解決手続。

設例で不足しているのは、承継後に前院長がどの立場で働き、どの判断に関わるかという説明です。契約を作るだけでなく、前院長・新体制・職員の理解をそろえ、運用上の問題を話し合う機会も設けます。診療の責任と法人の意思決定を、単純に「旧院長は診療、新院長は全て決定」と分けないことが大切です。

5 売り手として考えておくこと

  • 残る働き方 新体制で担う仕事と、関わらない事項を具体的に想像する。合わない場合は、引継ぎ期間、確定代金と条件付き代金の配分、別の承継方法を比較する。価格を下げることが常に最善とは限らない。
  • 残った後の人生 競業避止が終わるまで、医師として何をするか。勤務先、活動、収入。
  • 職員への説明 「売った」と「残る」を、職員にどう伝えるか。前院長が残ることで、職員が新体制に移らない構造を作らない。
  • 患者への説明 前院長が診続ける患者と、新院長に引き継ぐ患者。「先生が辞めるなら私も」と言う患者への対応。
  • アーンアウトの不確実性 未達・一部達成・達成の各場合で、生活資金と納税資金を試算する。条件付き代金の全額を、確実に入るお金として支出予定を組まない。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 承継後の関与を求められたら、役割・権限・報酬・期間・アーンアウト・競業避止の六つを契約で分けて定める
  • アーンアウトの指標・調整方法・資料確認を定め、必要な診療を損なわない運営上の約束を入れる
  • 競業避止の期間・地域・行為を、実際の診療圏と自分の今後の活動に照らして限定する
  • 新しい役割・権限・勤務条件で働き続けられるかを考える

やってはいけないこと

  • 役員・社員・管理者等の地位と責任を曖昧にしたまま残る
  • 指標の定義・計算方法・調整・開示を確認せず、条件付き代金に合意する
  • 今後の働き方への影響を確かめず、広い競業避止に同意する
  • 合意した権限を超えて職員に指示したり、安全上必要な報告を控えたりする

7 よくある質問

引継ぎ期間中に、新理事長の経営方針に納得できません。契約を解除できますか。
契約の種類と法令、解約・解除条項を併せて確認します。期間の定めのない雇用では民法627条、有期雇用では同628条や労働法上の規律、委任・準委任では同651条等が問題となり、「解約条項がないから辞められない」とは限りません。方針の違いだけでなく、安全・法令違反や契約違反の有無を整理し、引継ぎ、報酬、条件付き代金、競業避止への影響を検討します。
競業避止の期間中に、近隣の病院から非常勤で来てほしいと言われました。
「勤務」が明記されているかだけでなく、競合する事業への関与や役務提供等を含む条項、地域・診療科、例外を確認します。勤務の文字がなくても対象となる場合があり、逆に条項の有効性が争われる場合もあります。弁護士と確認し、必要なら相手方の書面による同意を得てから判断してください。
買い手が、承継後1年で診療時間を減らし、医業収入が90%を下回りました。アーンアウトはもらえませんか。
診療時間を減らした理由、契約上の運営義務・調整条項、収入への影響を調べます。義務違反があれば損害賠償等が問題となり、条件の成就を故意に妨げた場合は民法130条により条件が成就したものと扱える余地もあります。運営義務の明記がないだけで請求不能とは限りませんが、時間を減らした事実だけで5,000万円全額を当然に請求できるわけでもありません。資料を保全し、契約と経緯を弁護士に示してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 労働基準法

    16条の賠償予定の禁止、24条の賃金全額払い、労働時間・割増賃金、有期契約等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  4. 個人情報保護法

    利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

  5. e-Gov法令検索:労働契約法

    15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  6. 厚生労働省:労働基準法における労働者とは

    昭和60年研究会報告、判断要素と総合判断。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/index02.html
  7. e-Gov法令検索:法人税法

    22条・34条。損益、役員給与の損金算入条件、過大・隠蔽仮装給与等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034
  8. e-Gov法令検索:所得税法

    25条のみなし配当、37条・45条の経費・家事費等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
  9. 国税庁:役員が分掌変更した場合等の退職金

    No.5203。退職の実態と職務変更、法人税上の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5203.htm
  10. e-Gov法令検索:会社法

    株式会社・合同会社の運営、任期、相続、みなし解散・清算等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  11. 国税庁:退職金を受け取ったとき

    No.1420。退職所得の計算、退職所得控除、特定役員退職手当等。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
  12. 国税庁:役員の退職金の損金算入時期

    No.5208。適正な額の役員退職金と、損金算入の時期。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5208.htm

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