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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第126講】

医師の子どもが複数いる ― 誰を後継者にするか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第126講 医師の子どもが複数いる― 誰を後継者にするか

第ⅩⅢ部 相続・事業承継・院長の万一

医師である子が複数いる場合、誰が経営を担い、誰がどの診療を担うかを具体化する必要があります。複数の子に異なる期待を伝えたままでは、就任時期や役割の認識が食い違うことがあります。本人たちの意思を聞き、財産の配分と法人の役職を分けて整理します。

この講では、理事長の選任、社員の議決権、持分、診療科ごとの役割を整理し、分院・独立・法人分割等の選択肢を比較します。創業者は希望と理由を示せますが、後任理事長を親の判断だけで決められるわけではありません。本人の承諾と、法令・定款に沿った法人の意思決定が必要です。

例えば、理事長には、医師の長男(内科、42歳、勤務医)と、医師の次男(整形外科、38歳、法人の副院長)がいます。理事長は67歳。
理事長は、どちらにも「継いでほしい」と言ってきました。長男には「長男だから」。次男には「もう10年うちで働いているから」。
先月、長男が言いました。「そろそろ戻ろうと思う。理事長は僕がやる」
次男は、それを理事長から聞いて、こう言いました。「じゃあ、僕は出ていく」。

1 「二人で仲良く」がなぜ難しいか

論点仕組み
理事長は一人理事長は一人で、法人を代表する。理事会には業務執行の決定・監督等の役割がある。二人を同時に理事長とする制度はないが、職務分担による共同の経営参加まで禁止されるわけではない。
社員は一人一票社団の社員は、原則として各一個の議決権を持つ。理事の選任・解任は社員総会、理事長の選出・解職は理事会の事項。特別利害関係による議決参加制限、定足数、定款の定めも確認する。
持分の分散持分の内容と退社時の払戻条件は定款等による。退職、理事の退任、社員の退社は別であり、法人を離れることだけで一律に払戻義務が生じるわけではない。
診療科の違い内科と整形外科では、患者層も設備も収益構造も違う。法人の中で二つの診療科を対等に運営するには、規模と経営の設計が要る。
報酬と貢献役職、責任、勤務内容、実績等を踏まえて報酬の基準を定める。兄弟同額でなければならないわけでも、在職年数だけで決まるわけでもない。
配偶者と子将来の相続や役員交代も想定して、持分・個人財産と社員資格・役職を区別する。親族関係から将来の賛否や対立を決めつけない。

2 選ぶ基準 ― 「長男だから」でも「長くいるから」でもなく

設例では、長男には出生順、次男には勤務歴を理由に期待を伝えています。勤務歴は考慮事情になりますが、それだけで後任が決まるものではありません。次の観点で候補者と関係者の意見を整理します。

  • 経営の意思と適性 診療の腕と経営の適性は別。職員をまとめ、資金繰りを見て、金融機関・行政・取引先と向き合う意思があるか。
  • 診療科と法人の事業 法人の中核となる診療科・事業を担えるか。内科中心の法人を整形外科医が継ぐなら、内科医の確保が経営課題になる。
  • 時期 退任予定日に必要な診療・経営体制が整うか。年齢だけで判断せず、本人の意思と準備状況から工程を作る。
  • もう一人の子の処遇が成り立つか 後継者を決めたとき、選ばれなかった子が納得できる処遇(報酬、地位、分院、独立支援、相続での配慮)を用意できるか。
  • 職員・患者への説明 診療の継続、指示系統、担当医の変更を具体的に伝える。職員や患者がどちらの子を支持するかを推測だけで決めない。

創業者は、自分の希望、判断の基準、退任後の役割を明らかにします。そのうえで子の意思と法人の必要をすり合わせ、適法な選任手続に進みます。子同士の話合いも選択肢です。親が一方的に決めることや、子だけへ結論を丸投げすることを当然の方法にしないことが大切です。

3 分ける形 ― 可能性と限界

形内容
分院

内容:理事長は一人だが、各施設の管理者には医療法上の職務と責任がある。予算、設備、人員、診療の権限を明確にし、管理者を単なる従属者として扱わない。分院開設の要件と採算も検討する。

限界:各管理者の法定の責任と、法人の経営判断を区別する。予算・人員の配分や意見が割れた場合の決定手続を整え、追加の資金と人員を確保する。

法人分割

内容:対象となる法人では、吸収分割・新設分割によって事業を分ける方法がある。分割後の役員構成と各人の就任は、必要な選任手続を経て整える。

限界:持分あり法人のほか、社会医療法人、特定医療法人など法令所定の法人は分割の対象外。持分なしであればすべて分割できるわけではない。認可、債権者保護、労働契約の承継、税務、分割後の診療・財務体制を確認する。

一方の独立

内容:一方が理事長を継ぎ、他方は新規開業する。法人または親が開業資金を支援する。

限界:親個人の贈与・貸付と法人の取引を区別する。親の開業資金贈与は特別受益等が問題となり得る。法人の資金を使う場合は事業目的、条件の相当性、利益相反と必要な決議・税務を確認し、私的な支援として流用しない。

交代制

内容:一方が先に理事長を務め、一定年数後に他方に交代する。

限界:交代方針を合意しても、それだけで将来の役職が自動的に移るわけではない。必要な選任・解職の決議、合意の当事者・効力、事情変更時の扱いを整理する。

経営と診療の分離

内容:一方が理事長として経営に専念し、他方が診療の中核を担う。報酬で貢献を反映する。

限界:両者の役割と報酬の設計に合意が要る。理事長でない方の社員としての議決権をどうするかが残る。

分院は同じ法人内で役割を分ける方法、独立は別の事業主体で診療する方法です。適用できる場合の法人分割も含め、資金・人員・診療圏と各人の希望を比較します。共同で経営に参加する場合は、意見が割れたときの決め方と離脱時の処理まで合意しておきます。

4 選ばれなかった子への配慮

後継者を決めれば、選ばれなかった子がいます。その子への配慮は、次の三つの面で設計します。

  • 法人内の役割 理事・管理者・勤務医等の職務、権限、報酬を定める。社員資格や持分を一律に与えないのではなく、本人の希望と権利・責任に即して設計する。
  • 独立時の整理 開業資金の贈与・貸付の条件、職員の意思、患者の選択、個人情報の取扱いを整理する。競業制限は必要性・範囲・期間等を検討し、親の許可だけで開業の可否が決まるとは考えない。
  • 財産配分 後継者に集約する財産と他の子が取得する財産、遺留分と納税資金を試算する。保険金の取得が当然に遺留分を満たすとは限らない。持分なしへの移行も、権利処理・課税・遺留分への影響を別に検討する。

後継者にならない子にも、すでに持つ財産上・法人上の権利があります。その行使を単なる感情の問題と扱わず、仕事、財産、家族の希望を分けて説明します。配慮の目的は権利行使を封じることではなく、各人が内容を理解して選択できるようにすることです。

5 冒頭の事案 ― 理事長は何をすべきか

二人の医師の子がいる理事長がすること

  1. 方針を具体化する 候補者それぞれの意思と適性を確認し、診療・経営体制の案を作る。創業者の希望と法人の選任手続を区別する。
  2. 理由を説明する 両方に、同じ場で、同じ説明をする。別々に違うことを言わない(冒頭の問題の原因)。
  3. 選ばれなかった子の処遇を示す 決定と同時に、具体的に。分院か、独立支援か、法人内の地位か。相続での配慮も。
  4. 時期を決める 理事長の退任時期、後継者の理事長就任時期、それまでの段階(副理事長・理事への就任、管理者の変更)。
  5. 機関を整える 必要な入社・理事選任・理事長選出を行う。既存の社員や理事の権利・責任を尊重し、退社・退任を強要したり、必要な手続を省略したりしない。
  6. 持分を整理する 取得者と内容、払戻条件、相続・税務への影響を確認し、集約・分散・持分なし移行を比較する。
  7. 合意書と遺言 三者の合意書(承継の方針、処遇、時期、相続での配慮)と、それに対応する遺言(第122講)。
  8. 職員・患者への説明 時期と方法。次男が副院長として10年築いた関係を、長男への承継でどう引き継ぐか。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 子のそれぞれに、今までに承継について何を言ったかを思い出し、書き出す
  • 後継者の適性・意思と法人に必要な体制を整理し、選任手続を確認する
  • 選ばれなかった子の処遇(法人内・法人外・相続)を具体的に設計する
  • 子が社員・理事・出資者になっているかを確認し、後継者以外の子の持分・社員資格の扱いを決める

やってはいけないこと

  • 二人に別々の期待を持たせる
  • 創業者の希望や法人の条件を曖昧にしたまま、子だけに結論を委ねる
  • 持分の割合と議決権を混同し、意見が割れた際の手続を決めずに共同経営を始める
  • 後継者を決めたことを、選ばれなかった子に伝えずに進める

7 よくある質問

二人を共同で理事長にすることはできませんか。
二人を同時に理事長にする制度はありません。理事長は一人で法人を代表し、理事会は法令所定の決定・監督等を担います。副理事長という呼称を設けても、それだけで代表権が生じるわけではありません。一方、理事会での協議や担当の分担による共同の経営参加は可能です。
兄弟それぞれに法人を作って、親の法人を分割したいのですが。
持分あり法人は医療法上の分割を利用できません。持分なし法人でも社会医療法人・特定医療法人等の除外があります。対象となる法人かを確認したうえで、分割の方式、認可、債権者保護、労働契約の承継、保険医療機関の指定等と税務を検討します。認定制度を利用して移行した法人は、分割が認定・税の特例へ与える影響も確認してください。
次男が「出ていく」と言っています。引き止めるべきですか。
まず本人が離れる理由と希望を聞き、残る場合の役割と、離れる場合の手続を比較します。退職、役員退任、社員退社、持分処理は別です。患者の診療継続、職員の意思、契約・情報管理に配慮し、合意できる条件を文書にします。離れる選択が必ず関係の破綻になるとは限りません。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 厚生労働省:持分なし医療法人への移行に関する手引書

    持分あり・持分なしの類型と移行制度。期限等は資料の作成時点による。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000940229.pdf

  4. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  5. 最高裁判所:平成22年4月8日第一小法廷判決

    平成20年(受)第1809号。持分払戻額、先行する払戻請求権の扱い、権利濫用。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-80092.pdf
  6. e-Gov法令検索:労働契約法

    15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  7. e-Gov法令検索:医療法施行規則

    附則57条の2等。認定医療法人の運営要件・手続。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
  8. 厚生労働省:移行計画認定制度のQ&A

    令和8年8月改訂。運営要件、料金、認定後の手続等。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000951888.pdf

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