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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第149講】

院長が突然働けなくなった ― 死亡・病気・逮捕・災害・サイバーのBCP

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第149講 院長が突然働けなくなった― 死亡・病気・逮捕・災害・サイバーのBCP

第ⅩⅤ部 M&A・出口戦略・廃業・危機管理

院長の死亡・病気・逮捕、災害、サイバー攻撃では、診療、人員、建物、システム、資金、指揮のどこに支障が出るかが異なります。共通する備えを整理しつつ、死亡時の開設手続や感染機器の隔離など、原因ごとの対応も組み合わせます。まず守るべきものは、患者と職員の安全です。

事業継続計画(BCP)は、緊急時に必要な診療を守り、業務を立て直すための計画です。この講では、院長が不在でも初動に移れるよう、担当、連絡先、診療の停止・縮小・再開、情報と資金の備えを整理します。「最初の30分」は初動を考える目安であり、救命や避難を待つ時間でも、全てを決め切る期限でもありません。

例えば、院長の死亡、救急搬送、逮捕、地震による建物の損傷、電子カルテへの身代金要求という、五つの異なる朝を考えます。どの場面でも、事務長は問われます。「いま診ている患者をどう守るか。今日の診療を誰が、どこで、何を使って行うか。それぞれの判断は誰の役割か」。

1 五つの場面で何が止まるか

場面影響と固有の確認事項
院長の死亡代診と管理者、法人の代表者、開設者の手続を分けて確認する。個人開設者の死亡では、新たな開設・保険指定等が必要となるため、代診だけで当然に従来どおり続けられるとは限らない。口座、契約、患者の記録等も扱う。
病気・事故不在の期間と判断能力、診療・管理への影響を確認する。署名や意思表示が常に不可能になるわけではない。家族・後見人等が代理できる範囲と、法人の機関による意思決定を区別する。
逮捕・勾留不在の期間、弁護人を通じた連絡、診療体制、管理者・代表者の対応を確認する。逮捕は有罪判決ではなく、不在期間も一律23日以内で終わるとは限らない。証拠を改変・廃棄せず、正当な調査や報告へ対応する。
災害救命・避難と安否確認、建物・電気・水・医療ガス等の安全を優先する。記録、物資、出勤、通信、収入にも影響するため、地域の医療提供体制と連携する。
サイバー攻撃電子カルテだけでなく、検査・画像・医療機器・会計や通信への影響を確認する。患者の安全を確保し、専門家の手順に沿う隔離、記録・証拠の保全、関係先への連絡、必要な報告・通知を進める。

代診、連絡網、紙での診療、予備資金などは複数の場面で役立ちます。一方で、死亡と一時的な不在、単なる機器故障とサイバー攻撃は、同じ手順では扱えません。共通の手順書に、原因ごとの確認事項と相談先を付けておきます。

2 最初の30分 ― 誰が、何を決めるか

初動では、次の事項を並行して確認します。医療上の判断、現場の安全確保、事務連絡、法人を代表する判断を分け、それぞれの担当と代替者を決めておきます。責任者への連絡待ちで、救命・避難・危険な業務の停止を遅らせないことが重要です。

初動の事項対応と担当の考え方
患者・職員の安全救命、処置中の患者の安全、避難・搬送等を優先する。医師・看護職等が職務と手順に従って動き、医学的判断を無資格の事務担当者に委ねない。
診療の停止・縮小診療可能な医師、人員、場所、機器、薬剤、記録を確認する。医療上の責任者が事務担当者と調整し、安全を保てる範囲を判断する。管理者や開設者の手続が必要なら所管庁へ相談する。
連絡と法定の対応家族、代診、専門家、保守事業者、保健所、厚生局、警察、消防、保険会社等から、事象に応じた相手へ連絡する。サイバー事故では厚生労働省への連絡と、個人情報保護委員会への報告・本人通知の要否も確認する。
院内・患者への説明確認できた事実、担当、診療予定、次回の連絡時刻等を共有する。広報の窓口を整え、推測や無断の個人情報発信を避ける。ただし、法令に基づく報告や正当な相談・通報まで禁じない。

担当を決めるときは、役職名だけでなく、欠勤時の代替者、連絡できない場合に動ける範囲、判断を引き継ぐ時点まで確認します。BCP上の担当に指定しただけで、法人の代表権や医療法上の管理者の資格が生じるわけではありません。

3 止まるもの別の備え

医師が止まったら

  • 代診候補の連絡先、対応できる診療、勤務条件を確認する。管理者・施設基準・保険指定の要件も点検し、個人開設者の死亡時は開設と指定の手続を所管庁へ相談する(第121講)。
  • 継続処方・経過観察の患者の一覧を、いつでも出せる状態に。紹介先の候補。
  • 休診の掲示・連絡の文面を用意しておく。
  • 理事長の一時不在と欠員を区別し、定款上の職務代行、理事会による後任選出、代表権・登記等の手続を準備する。理事長は原則として医師又は歯科医師である理事から選び、知事認可による例外も確認する。
  • 遺言、任意後見、信託等の必要性と権限の範囲を検討する。これらの準備で医師の資格や管理者・理事長の地位まで移るわけではない(第122講・第129講)。

場所が止まったら

  • 建物の耐震性・設備の固定・避難経路。消防計画と訓練(立入検査の確認事項でもある。第89講)。
  • 代替場所と患者の受入先を相談しておく。仮設診療所、既存施設での診療、往診等は、方法に応じた開設・診療・保険請求の取扱いを行政へ確認し、場所があれば自由に診療所を移せるとは考えない。
  • 災害時の患者の受入れ・搬送の地域の取決め(医師会・行政)。
  • 建物・設備・休業に関する保険の対象原因、免責、限度額、待機期間、請求手続を確認する。保険の名称だけで補償されると判断せず、所在地・用途・対象物と契約内容を確かめる。
  • 災害時の診療報酬や届出の特例は、その災害の対象地域・期間・内容を確認する。過去の通知が次の災害でも自動的に使えるわけではない。

システムが止まったら

  • 紙の様式、必要最小限の予約・診療情報、予備電源・通信を準備する。紙やオフラインの情報もアクセス権限と更新・廃棄の方法を決め、復旧後の記録統合まで訓練する(第104講)。
  • バックアップの分離と復元試験、遠隔接続・委託先の管理、連絡先を整える。攻撃が疑われるときは、安全確保と専門家の手順に沿って隔離し、むやみな再起動・初期化で証拠を失わない(第105講)。

資金が止まったら

  • 個人診療所では、死亡時の相続手続と、生存中に判断・署名できない場合を分けて金融機関に相談する。本人名義の口座を増やすだけでは備えにならず、家族が暗証番号を知っていても当然に出金する権限を持つわけではない。
  • 法人では、金融機関との届出・契約と内部規程に基づき、正当な支払権限・代替手続を整える。承認者の不在に備えつつ、共用ID・暗証番号の共有に頼らず、個別の権限と記録を管理する(第112講)。
  • 想定する停止期間、復旧費、賃金・賃料・仕入等の支出から必要資金を試算する。1〜3か月分あれば足りると決めず、保険金・融資の入金までの時間と利用条件も確認する。
  • 給与など重要な支出の期限と資金を管理する。支払不能等が疑われる場合は、債権者間の公平や法定の優先関係も踏まえ、支払方針を弁護士と検討する。

情報が止まったら

  • 契約・口座・連絡先の一覧と、患者情報、認証情報を分けて管理する。役割に応じた人だけが必要な情報を取り出せるようにし、緊急時の権限付与・利用記録・回収の手順を決める。配偶者というだけで患者情報の閲覧権限が生じるわけではない。
  • 紙カルテの保管場所の防災。電子データのバックアップの保管場所(院外・分離)。
  • 職員の連絡網(安否確認の手段)。

指揮が止まったら

  • 医療の判断、事務調整、法人の決裁ごとに、責任者と第一・第二の代替者を定める。行えることと、専門家・所管庁への確認が必要なことを文書にする。
  • 指揮を執る人が判断に迷ったときの相談先(顧問弁護士、院長の家族、医師会)。
  • 報道・一般向けの説明窓口と基本文を用意する。法定の報告、診療に必要な連絡、正当な相談・通報の経路は別に確保する(第90講)。
  • 家族の役割は、家族への連絡、本人の意思の確認、適法な代理権に基づく対応等に分ける。法人の役職や代理権がなければ、家族であることだけで法人を代表できない。

4 計画を紙にした後に ― 訓練と更新

BCPは、職員・システム・契約・診療内容の変化に合わせて更新します。連絡先を保管するだけでなく、本人が不在でも使えるかを試すことが必要です。

  • 訓練 年1回を一つの目安として、不在やシステム停止を想定した机上訓練を行う。消防等で別の頻度・内容が定められる訓練も満たす。安全な範囲で代替者が判断・連絡・紙運用を試し、所要時間と課題を記録する。
  • 更新 定期点検に加え、人事・連絡先・機器・契約が変わったときや、事故・訓練後に見直す。立入検査、施設区分、併設する介護事業等に応じた要件も別に確認する。
  • 院長自身の準備の更新 遺言・任意後見・持分・機関の設計は、家族と法人の変化に応じて見直す(第130講・第140講の年次確認)。

訓練で連絡できなかった先、取り出せなかった資料、代替者に権限がなかった支払などを、次の修正につなげます。全てを予定どおりに進めることより、状況を把握し、安全に方針を変えられる体制を目指してください。

5 備えを点検するチェックリスト

院長が突然働けなくなったときのBCP

指揮

  1. 医療・事務・法人の決裁ごとに責任者と代替者が決まり、権限と限界を職員が知っている
  2. 初動の四つ(患者の安全・診療の可否・連絡・説明)について、担当と代替者が決まっている
  3. 広報窓口と説明文があり、法定の報告・正当な相談や通報の経路も確保している
  4. 指揮を執る人の相談先(顧問弁護士・家族・医師会)が決まっている

医師

  1. 代診候補の連絡先・対応範囲を確認し、管理者・開設者の手続も相談できる
  2. 継続処方・経過観察の患者一覧をすぐ出せる
  3. 休診の掲示・連絡の文面がある
  4. 医療法人では一時不在時の対応と、欠員時の役員・理事長の選任手続を準備している
  5. 遺言・任意後見・持分等の準備と、各制度でできないことを把握している

場所

  1. 建物・設備の防災(固定・避難経路・消防計画・訓練)
  2. 代替の診療場所と地域の取決め
  3. 火災・地震・休業補償の保険内容を把握している

システム

  1. 必要最小限の情報で紙運用に移り、復旧後に記録を統合する手順がある(第104講)
  2. バックアップの分離と復元試験、遠隔接続機器・委託先の管理、初動の手順書(第105講)

資金

  1. 不在・死亡の別に、正当な支払権限と金融機関の手続を確認している
  2. 想定停止期間と復旧費を基に資金を試算し、保険・融資の条件と入金時期を確認している

情報

  1. 連絡先・契約・患者情報・認証情報を分け、必要な担当者が正当な権限で利用できる
  2. 職員の安否確認の連絡網がある
  3. カルテ・データの院外バックアップがある

運用

  1. 年1回、院長抜きの机上訓練を行っている
  2. 定期点検に加え、人事・設備・連絡先の変更や訓練結果を速やかに反映している

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 「明日の朝、自分がいなかったら、誰が今日の診療の可否を決めるか」に答えを書く
  • 代診の医師の名前を一人書く
  • 情報の所在と緊急時の利用手順を、権限を持つ担当者・代替者に伝える
  • 今年中に、院長抜きの30分の机上訓練を一度行う

やってはいけないこと

  • 共通の備えだけで済ませ、死亡・災害・サイバー等に固有の手続を見落とす
  • 「計画はある」で、訓練と更新をしない
  • 院長の家族が当然に指揮を執ると考える(家族というだけでは代理権は生じない)
  • 自分は倒れない前提で、遺言・任意後見・持分を先送りする

7 よくある質問

職員5人の無床診療所です。BCPは大げさではありませんか。
少人数の診療所でも、不在時の連絡、診療の可否、患者の引継ぎ、記録・支払の扱いを決める意味があります。まず1〜2枚の初動表から始め、連絡先、権限、紙運用等の必要な資料を付けます。1〜2枚だけで全ての備えや法令上の要件を満たすという意味ではありません。実際に使い、足りない部分を補ってください。
院長が逮捕された場合、職員は何を優先すべきですか。
患者の安全と診療体制、管理者等の手続を確認し、家族と弁護人への連絡を進めます。患者には診療変更等の必要な事実を伝え、事件が患者の安全・権利に関わる場合は追加の説明や報告も検討します。一律に「事件の説明をしない」「外部への発言を禁止」とせず、個人情報・捜査・正当な通報に配慮した窓口を整えます。逮捕だけで有罪と決めつけず、資料を保全してください。
災害時、診療を再開する判断は誰がしますか。
あらかじめ定めた責任者が、医師、建物・設備の担当者、事務担当者と必要な確認を行います。建物の安全、電気・水・医療ガス、機器、薬剤、人員、記録を確保し、診療の範囲を判断します。開設・管理者・保険指定等の条件と、地域の災害医療体制も確認してください。事務上の責任者が医学的な安全まで単独で判断するものではありません。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 医療法施行規則

    医療情報システムのサイバーセキュリティ確保等(14条2項)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050

  3. 医師法

    診療録の記載・保存(24条)等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201

  4. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  5. 健康保険法

    58条3項、65条、70条の2、71条、73条、78条〜82条等。管理者の責務、指定・登録の取消しを含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070

  6. 個人情報保護法

    利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

  7. 個人情報保護委員会:ガイドライン(通則編)

    漏えい等の報告対象、速報・確報、安全管理、第三者提供。

    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/

  8. 近畿厚生局:保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出

    外来医師過多区域の事前届出と保険指定期間、管理者変更等の手続。

    https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/index.html

  9. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  10. 個人情報保護委員会:漏えい等の対応

    初動、報告対象事態、本人通知、報告手続。

    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/leakAction/
  11. 厚生労働省:令和8年度 医療機関・薬局のサイバー対策チェックリスト

    責任者、情報システムの管理・運用、事故への備え、規程等。項目ごとの対応時期・対象を含む。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716185.pdf
  12. 厚生労働省:安全管理ガイドライン第7.0版・経営管理編

    責任体制、定期的な訓練、BCP、事故時の連絡、金銭の支払を厳に慎む旨。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716291.pdf
  13. 厚生労働省:安全管理ガイドライン第7.0版・企画管理編

    非常時対応、役割分担、BCP、事業者との契約・管理等。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716292.pdf
  14. 厚生労働省:サイバー攻撃を想定したBCP策定の手引き

    通常時、検知、初動、復旧、事後の対応。確認表と併せて利用。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001261301.pdf
  15. 厚生労働省:医療分野のサイバーセキュリティ対策について

    医療機関のサイバー攻撃等に関する連絡窓口、報告の案内、対策資料。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/cyber-security.html
  16. 近畿厚生局:保険医療機関等の遡及指定

    開設者変更等における遡及指定の取扱い。該当性と手続は管轄厚生局へ事前に相談する。

    https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/sokyuu.html

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