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『企業内部紛争36講 ― 経営権争いの教科書 ―』【第19講】

検査役という、裁判所が選ぶ第三者の目 ― 業務執行検査役と総会検査役 ―

第19講 検査役という、裁判所が選ぶ第三者の目|明徳法律事務所

第19講資産・支配権・情報

検査役という、裁判所が選ぶ第三者の目

業務執行検査役と総会検査役

明徳法律事務所 弁護士 坂本龍亮読了目安 13分

この講の結論

会社法には「検査役」と呼ばれる制度が複数ありますが、内紛の場面で使うのは主に二つです。一つは358条の業務執行検査役で、会社の業務執行に不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときに、議決権または株式の3%以上を持つ株主の申立てにより裁判所が選任し、会社の業務および財産の状況を調査して裁判所に報告します。もう一つは306条の総会検査役で、株主総会の招集手続と決議の方法を調査するために、総会に先立って会社または議決権の1%以上を持つ株主が申し立てます。前者は「会社の中で何が起きたかを第三者に調べさせる」制度、後者は「これから開かれる総会の手続を第三者に記録させる」制度で、要件も時期も役割も異なります。どちらも、株主が自分で帳簿を見る第18講の閲覧請求とは別の制度であり、検査役の報告書は裁判所の判断ではありませんから、報告書を得た後に役員責任の追及や決議の取消しなど、どの手続につなげるかを最初から決めておく必要があります。

二つの検査役を区別する

「検査役を入れてほしい」という相談を受けたとき、最初に確かめるのは、会社の不正を調べてほしいのか、総会の手続を記録してほしいのかです。前者が358条の業務執行検査役、後者が306条の総会検査役で、両者は次のように異なります。

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項目358条・業務執行検査役306条・総会検査役
調査の対象会社の業務および財産の状況(必要があれば子会社も)特定の株主総会の招集手続と決議の方法
申立てができる者総株主の議決権の3%以上または発行済株式(自己株式を除く)の3%以上を持つ株主(定款で引下げ可)会社、または総株主の議決権の1%以上を持つ株主(定款で引下げ可)。公開会社である取締役会設置会社の株主は6か月前からの継続保有が必要
実体的な要件業務執行に関し、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由総会に先立って申し立てること。不正の疑いは不要
裁判所の対応不適法として却下する場合を除き選任しなければならない(358条2項)同じ(306条3項)
報告の後裁判所は必要があれば取締役に総会の招集や調査結果の株主への通知を命じる(359条)同じ(307条)
報告書の主な使い道役員責任の追及、差止め、解任、刑事告訴の検討決議取消訴訟等での手続の立証、総会当日の紛争の予防

持株要件の分母は、358条では株主総会で決議できる事項の全部について議決権を行使できない株主を除いた総株主の議決権、306条では取締役会設置会社の場合、298条1項2号に掲げる事項、すなわちその総会の目的である事項の全部について議決権を行使できない株主を除いた総株主の議決権です(306条2項)。どちらも、第18講の会計帳簿閲覧請求と同じく、複数の株主が共同して要件を満たすことができます。なお、第18講で触れたとおり、会計帳簿の閲覧請求を先にしておくことが358条の申立ての法定の前提とされているわけではありません。閲覧を拒まれた経過は疑いを裏付ける事情の一つになりますが、それだけで要件を満たすわけでもありません。

358条の要件

業務執行検査役の選任を申し立てるには、会社の業務の執行に関し、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由が必要です(358条1項柱書)。「不正の行為」とは、取締役等がその義務に反して会社に損害を生じさせる故意の行為を、「法令・定款に違反する重大な事実」とは、故意か過失かを問わず、業務執行が法令や定款に反し、それが会社にとって軽微でないことをいうと説明されています。要件は「疑うに足りる事由」ですから、損害賠償責任が立証できる段階まで待つ必要はありません。他方で、経営方針への不満、業績不振、役員間の人間関係の悪化といった事情だけでは足りず、不正や重大な違法を疑わせる具体的な事実を、資料に基づいて示す必要があります。会社の業務執行に関する事実であることも要件ですから、会社が関与しない株主間の株式売買や、会社資金と無関係な役員の私生活上の問題は、原則として対象になりません。

持株要件は、申立ての時点で満たしているだけでは足りません。最高裁は、平成17年改正前商法294条の下で、申立て後に会社が新株を発行したことによって申立人の持株が総株主の議決権の3%未満になった場合には、会社が申立てを妨害する目的で新株を発行したなどの特段の事情のない限り、申立ては申立人の適格を欠くものとして不適法であり却下を免れないと判断しました(最決平成18年9月28日[出典])。内紛の最中に検査役の申立てをすると、経営を握る側が第三者割当増資で申立人の持株比率を下げようとすることがあります。妨害目的が認められれば特段の事情に当たり得ますが、それを疎明するのは簡単ではありませんから、増資の動きがあれば第15講で扱った募集株式発行の差止めを並行して検討します。なお、358条にも6か月の継続保有要件はありません。

疑いを資料へ落とし込む

「疑うに足りる事由」は、抽象的な疑念ではなく、資料に基づいた具体的な事実として示します。たとえば、代表者の関係会社への多額の送金であれば、決算書上の科目の変化、送金先が代表者の親族の会社であること、対応する契約書や成果物が見当たらないこと、取締役会の承認がないことを、入手できている資料で示します。売上や利益が減ったというだけでは、経営判断の結果である可能性を排除できませんから、それに加えて不正を疑わせる事情が必要です。

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疑問手元で集められる資料申立てで明らかにすること
対価のない送金ではないか計算書類・附属明細書、登記情報(送金先の役員構成)、閲覧できた帳簿・伝票、通帳の写し時期、金額、相手方、対価の説明がないこと、承認の有無
事業が別会社へ移されていないか売上の推移、取引先からの情報、新会社の登記、ウェブサイトや求人移転の具体像、機関決定の有無、対価の相当性(第17講)
役員報酬や退職慰労金が不当ではないか計算書類、総会議事録、報酬決議、役員構成の変化決議の有無、配分の根拠、会社の業績との関係
会社資金が私的に使われていないか交際費・雑費の推移、車両や不動産の登記、SNS等の公開情報私的支出の具体例、会社の事業との無関係性(第20講)

調査対象は、主要な疑問に絞って説明します。裁判所は要件を満たせば検査役を選任しなければなりませんが、検査役の調査の範囲は申立ての内容を出発点に定まりますから、疑いの具体性が低い項目を並べるより、資料で裏付けられる項目を軸に据えた方が、選任も調査も円滑に進みます。第18講の閲覧請求を先に行っていれば、閲覧できた資料と拒まれた資料の記録が、そのまま疎明資料になります。

選任・調査・報告の手続

申立ては非訟事件で、会社の本店所在地を管轄する地方裁判所に行います(868条1項)。裁判所は、申立てを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければなりません(358条2項)。実務では、裁判所が会社から申立てに対する意見を聴いたうえで判断するのが通常で、会社は株主資格や疑いの具体性について反論します。選任する決定に対しては不服を申し立てることができませんが(874条1号)、申立てを却下する決定に対しては、申立人に限り即時抗告ができます(非訟事件手続法66条2項)。検査役には弁護士が選任されることが多く、会計の専門家が選任され、または弁護士が会計の専門家の補助を受けて調査することもあります。

検査役は必要な調査を行い、その結果を記載した書面または電磁的記録を裁判所に提供して報告します(358条5項)。裁判所は、報告の内容を明瞭にし、またはその根拠を確認するために必要があるときは、さらに報告を求めることができます(同条6項)。報告をした検査役は、会社と申立株主に対して、書面の写しを交付し、または電磁的記録の内容を提供しなければなりません(同条7項)。検査役は職務を行うため必要があるときは子会社の業務および財産の状況も調査できますが(同条4項)、代表者が個人で株式を持つ別会社は、会社の子会社に当たらない限り調査の対象になりません。検査役は捜査機関ではなく、捜索や差押えのような強制力を持つわけでもありません。ただし、取締役等が検査役の調査を妨げた場合には、その取締役等が100万円以下の過料の対象になります(976条5号)。

裁判所は、検査役の報告があった場合に必要があると認めるときは、取締役に対し、一定の期間内に株主総会を招集すること、調査の結果を株主に通知することの全部または一部を命じなければなりません(359条1項)。総会の招集が命じられた場合、取締役は報告の内容をその総会で開示し、取締役(監査役設置会社では取締役と監査役)は報告の内容を調査してその結果を総会に報告しなければなりません(同条2項・3項)。この総会は、役員の解任や責任追及の方針を株主全体で決める場になります。

費用と会社側の対応

裁判所は、検査役を選任した場合に、会社が検査役に支払う報酬の額を定めることができます(358条3項)。報酬の額を決める際には、会社と検査役の陳述を聴くことになっています(870条1項1号)。もっとも、実務では、裁判所が申立人に対し、検査役の報酬の見込額を予納金として納めるよう求めるのが通常で、その額は調査の範囲や資料の量によって大きく異なります。報酬の支払義務を負うのは会社ですが、予納した金銭を会社から回収できるかは別に検討が必要ですから、申立ての時点では申立人が資金を用意しなければならないことを前提に、調査対象を絞ることが費用の面でも意味を持ちます。

会社の側は、申立人の株主資格、疑いの具体性、調査対象の範囲について意見を述べます。選任された後は、検査役の求めに応じて資料を提出し、説明を行います。取締役等が調査を妨げれば過料の対象になるだけでなく、資料の隠匿や廃棄は、後の訴訟で不利な事実認定の材料になります。取引先の秘密や個人情報が含まれる資料については、検査役に事情を説明し、報告書への記載方法を調整することはできますが、それを理由に提出を拒むことはできません。

総会検査役の使い方

総会検査役は、株主総会の招集手続および決議の方法を調査させるため、その総会に先立って申し立てます(306条1項)。申立てができるのは会社と、総株主の議決権の1%以上を持つ株主で、公開会社である取締役会設置会社の株主は6か月前からの継続保有が必要です(同条2項)。裁判所は、不適法として却下する場合を除き選任しなければならず(同条3項)、検査役は総会に出席して、招集通知の内容、受付での株主の確認、委任状や議決権行使書の扱い、定足数と賛否の集計、議長の議事運営、質疑の状況などを調査し、裁判所に報告します(同条5項)。報告の写しは会社と申立株主に交付されます(同条7項)。裁判所は、報告を受けて必要があると認めるときは、取締役に総会の招集や調査結果の株主への通知を命じます(307条)。

内紛の場面では、総会検査役は株主側にとっても会社側にとっても有用です。少数株主の側は、議決権の集計や採決の過程が後から争えるように記録を残すために申し立てます。第12講や第13講で扱った決議取消しの訴えでは、招集手続や決議方法の瑕疵を原告が立証しなければなりませんが、検査役の報告書があれば、総会当日の事実経過について証拠上の争いが大幅に減ります。会社の側も、対立する株主が出席して混乱が予想される総会について、手続の適法性を第三者に確認させておくために自ら申し立てることがあります。株主総会の運営そのものについては第28講で扱います。

申立ての時期には注意が必要です。検査役は総会当日までに選任され、事前に会社と打合せをして調査方針を決めますから、総会の日程が決まったら早めに申し立てます。総会が終わってからでは選任されません。なお、法制審議会の部会が令和8年3月に取りまとめた会社法制の見直しに関する中間試案では、株主総会の招集手続等に関する検査役の選任の申立権者に取締役・執行役・監査役を加える案が、現行法を維持する案と並べて示されています。改正の内容と時期は確定していませんが、役員間の対立がある総会で検査役を使いやすくする方向の議論が進んでいます。

報告書から次の手続へ

検査役の報告書は、裁判所が選任した第三者による調査の結果であり、訴訟で重要な証拠になりますが、裁判所の判断そのものではありません。報告書に「対価の存在が確認できなかった」と書かれていても、それが直ちに取締役の任務懈怠や損害額の認定を意味するわけではなく、訴訟では相手方の反証も踏まえて改めて判断されます。報告書を受け取ったら、記載された事実、調査の範囲と限界、使用された資料、会社側の説明を整理し、役員の責任追及(第23講)、資金の返還請求、違法行為の差止め(第27講)、役員の解任(第7講・第8講)、刑事告訴のどれにつなげるかを検討します。

報告書の完成を待つ間に、会社の資産が流出したり、違法な決議が実行されたりするおそれがあるときは、報告書を待たずに差止めの仮処分や保全を申し立てます。検査役の調査と、差止め・保全・本案の期限は、別々に管理します。報告書を得たからといって取締役が自動的に解任されるわけではなく、解任には株主総会の決議か、854条の解任の訴えが必要です。

PRACTICE NOTE

検査役の調査と回収をつなぐ

報告書に「X社への支払について役務提供の実態を確認できなかった」という記載があったとします。この一文から直ちに支払額全額を役員個人に請求できると考えるのは早計です。対価が本当になかったのか、それとも証拠が残っていないだけなのか、支払を決めたのは誰か、取締役会の承認はあったか、会社にどのような損害が生じたか、請求の相手方は取締役なのか支払先の会社なのか、支払先からの返還請求(不当利得や詐害行為取消し)が可能かを、報告書の根拠資料に当たって一つずつ確かめます。

報告書の結論だけを抜き出して訴状に写すのではなく、報告書が依拠した資料を証拠として整え、報告書が調べていない事項(相手方の資産状況、損害額の算定根拠、時効の起算点など)を補います。そのうえで、会社としての請求、株主代表訴訟、仮差押えのどれに進むか、あるいは組み合わせるかを判断します。検査役の調査は入口であって、回収までの道筋は別に組み立てる必要があります。

実務チェック

  • 会社の不正を調べたいのか、総会の手続を記録したいのかを確かめ、358条と306条のどちらを使うかを決める。
  • 持株要件の分母と定款による引下げを確認し、申立て後に増資で要件を失うおそれがあれば、発行差止めを並行して検討する。
  • 不正または重大な違法を疑わせる具体的事実を、決算書・登記・閲覧できた資料で裏付け、調査対象を主要な疑問に絞る。
  • 予納金の見込み、調査の期間、報告後にどの手続へ進むかを申立ての前に決めておく。
  • 報告書を待つ間も、資産流出や違法行為に対する差止め・保全と、本案の期限は別に管理する。

よくある質問

帳簿を見せてくれない会社なら、検査役を選任してもらえますか。

閲覧を拒まれたという事実だけでは足りません。358条の要件は、不正の行為または法令・定款違反の重大な事実を疑うに足りる事由であり、持株要件も3%です。閲覧を拒まれた経過は疑いを裏付ける事情の一つになりますが、それとは別に、具体的な不正の疑いを示す資料が必要です。閲覧請求そのものを争うなら、第18講で扱った閲覧の仮処分や本案訴訟が正面の手段です。

検査役の報告書があれば、損害賠償の訴訟は勝てますか。

報告書は有力な証拠ですが、任務懈怠、損害、因果関係は訴訟で改めて判断されます。報告書が調査していない事項や、会社側の反証も検討されますから、報告書を出発点に証拠を補い、請求の相手方と金額を組み立てる必要があります。

総会検査役は会社の側からも申し立てられますか。

申し立てられます。306条1項は会社自身を申立権者に含めています。対立する株主が出席する総会で、手続の適法性を第三者に記録させておきたい場合には、会社が自ら申し立てるのが実務上も一般的です。総会が終わった後では申し立てられませんから、日程が決まり次第、早めに準備します。

この講の主な根拠・判例原文

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。

公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日

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