第20講利益配分と責任追及
会社資金の使い込みを、帳簿からたどる
発見・立証・回収の組立て
この講の結論
「社長が会社のお金を私的に使っている」という疑いは、内紛の相談で最も多く聞くものの一つです。しかし、疑わしい支出と違法な流用は同じではありません。親族への給与、役員への貸付、接待費、関連会社への委託費には、正当な支出も不適切な支出も含まれます。調べる順序は、出金の事実、会社の事業との関係、権限ある者の承認、対価や返済の実体、会社の損害です。「役員貸付金」と記帳されていることも、「経費」と処理されていることも、それだけで適法性を保証しませんし、逆に、金額が大きい、相手が親族であるというだけで横領と断定することもできません。一件ごとに事実を確かめたうえで、会社の返還請求、取締役の損害賠償責任、株主代表訴訟のどれを使うか、相手に資産があるか、時効はいつかを、調査の初期から並行して管理します。民事の請求、税務上の扱い、刑事責任は、要件が異なる別の評価です。
疑わしい支出と違法な流用を分ける
内紛の当事者は、相手方の支出をすべて疑いの目で見がちです。しかし、代表者の配偶者が経理を担当して給与を受け取っていること、会社が代表者に資金を貸し付けていること、取引先との会食に高額の接待費を使っていること、代表者が別に経営する会社に業務を委託していることは、いずれもそれ自体では違法ではありません。問題になるのは、その支出が会社の事業と関係があるか、権限のある機関や者が決定したか、実際に役務や物の提供があったか、対価が相当か、会社に返済や反対給付があったかです。帳簿上の科目や契約書の表題ではなく、この五つの実体を一件ずつ確かめます。
会社と取締役の間の取引には、後述する利益相反取引の承認が必要になることがあり、承認の有無は適法性の判断に直結します。他方で、承認があっても取引の内容が会社にとって不利益であれば取締役の責任は残り、承認がなくても会社に損害がなければ損害賠償は成り立ちません。「承認がないから違法、あるから適法」という単純な図式では判断できないことを前提に、承認と損害を別々に調べます。
資金の流れを追う
調査は、預金通帳の出金から始めて、仕訳、請求書や領収書、契約書、稟議や取締役会議事録、納品や役務の成果物、最終的な受領者へと、一つの出金を上流から下流までたどる形で進めます。同じ支払が経費精算と請求書払いで二重に計上されていないか、立替精算の名目で私的な支出が混ざっていないか、関連会社との間で資金が循環していないか、借入と返済が混在して残高が分からなくなっていないかにも注意します。株主として入手できる資料は第18講で扱った閲覧請求の範囲に限られますから、計算書類と附属明細書から異常な科目を見つけ、会計帳簿の閲覧で個別の取引に降りていく順序が現実的です。会社側の役員や監査役として調べる場合は、経理担当者からの聞き取りと原始資料の突合が中心になります。
支払先が法人の場合、その会社の商業登記で分かるのは商号、本店、目的、役員、資本金などであり、誰が何株を持っているかは登記からは分かりません。代表者の親族や代表者自身が支払先の株主であるかどうかは、株主名簿、法人税申告書の別表、支払先の側の資料など、別の情報で確かめる必要があります。役員が重なっていれば利益相反の疑いは強まりますが、それだけで支払先が代表者の支配下にあると断定することはできません。
調べた結果は、出金ごとに次のような台帳にまとめます。一覧にしておくことで、疑いの濃い取引と説明のつく取引を分け、後の請求や訴訟で対象を特定しやすくなります。
表は横にスクロールできます。
| 台帳の欄 | 記載する内容 | 主な確認資料 |
|---|---|---|
| 出金 | 日付、金額、出金口座、受領者(名義と実際の受取人) | 通帳、振込明細、小口現金出納帳 |
| 原因 | 契約、貸付、報酬、経費、配当など会社側の説明 | 仕訳帳、契約書、請求書、精算書 |
| 承認 | 決裁者、取締役会・株主総会の決議、利益相反取引の承認の有無 | 稟議書、議事録、決裁規程 |
| 実体 | 納品・役務・成果物の有無、対価の相当性、返済・反対給付の有無 | 納品書、成果物、返済の入金記録、相見積り |
| 未解決点 | 説明が不足している点、反対証拠、追加で必要な資料 | 閲覧請求や検査役調査で補う |
役員貸付金と利益相反取引
会社から取締役への金銭の貸付けは、取締役が自己のために会社と取引をする場合に当たり、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認が必要です(会社法356条1項2号、365条1項)。取締役会設置会社では、取引をした取締役は取引後遅滞なく重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(365条2項)。承認を得ずにされた貸付けは、会社の側からは取締役に対して無効を主張できます(取締役の側から無効を主張することはできません)。無効を主張すれば、貸付金は弁済期の定めにかかわらず不当利得として直ちに返還を求めることができ、受領者が悪意であれば利息も付きます(民法704条)。他方、貸付けを有効なものとして扱い、弁済期の到来と残高を確定して貸金として返還を請求する方法もあり、返済の合意や担保の有無に応じて選びます。承認の有無がとりわけ効いてくるのは、貸付けを決めた取締役の責任を追及する場面です。
利益相反取引によって会社に損害が生じたときは、その取引をした取締役、取引を決定した取締役、承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます(423条3項)。取締役が自己のためにした直接取引については、任務を怠ったことが自分の責めに帰することができない事由によるものであることを理由に責任を免れることはできず、責任の一部免除や責任限定契約の規定も適用されません(428条)。したがって、代表者が自分への貸付けを自分で決めていた場合、責任の成否は事実上、損害の有無と額に絞られます。
ここで注意すべきなのは、貸付残高の全額が直ちに損害賠償額になるわけではないことです。貸付金が返還されれば元本相当の損害はその限度で填補されますから、損害として主張する中心は、回収不能となった元本(貸付けの時点で回収の見込みがなかった場合を含みます)、相当な利息を付さなかったことによる逸失利益、担保を取らずに貸し付けたことによる回収不能などになります。貸付金そのものの返還請求と、貸付けを決めた者に対する損害賠償請求は、相手方も要件も異なる別の請求であり、両者を分けて組み立てます。弁済期の定めがあるか、返済の合意や実績があるか、会社の側から相殺できる債務(未払報酬など)があるかも確認します。なお、定款の定めも株主総会の決議もなく支払われた役員報酬は、具体的な報酬請求権を欠くものですから、法律上の原因のない給付として不当利得の返還を求めることになります(361条1項。株主全員の同意があったと認められる場合は別です)。「貸付金」と記帳された出金の実体が報酬であれば、この問題として扱います(第21講)。
会社の請求と株主の請求
会社から失われた資金は、原則として会社に取り戻します。請求の法的構成は実体に応じて選びます。貸付けであれば貸金返還請求、根拠のない出金であれば不当利得返還請求(民法703条・704条)または不法行為に基づく損害賠償請求(709条)、取締役の任務懈怠であれば会社法423条1項の損害賠償請求です。支出の受領者が代表者の親族や関連会社である場合には、受領者に対する不当利得返還請求や、受領者も共同不法行為者として責任を負うかを検討します。会社が取締役(元取締役を含みます)に対して訴えを提起する場合、監査役設置会社(監査役の権限を会計監査に限定していない会社)では監査役が会社を代表し(386条1項1号)、監査役がいない会社や監査役の権限を会計監査に限定している会社では、株主総会(取締役会設置会社では取締役会も)が会社を代表する者を定めます(353条、364条)。加害者である代表者が会社を代表して自分を訴えることはできませんから、誰が会社を代表するかを最初に決めます。
会社が請求しない場合、株主は会社(監査役設置会社では監査役。386条2項1号)に対し、書面等で取締役の責任を追及する訴えの提起を請求し、60日以内に会社が訴えを提起しないときは、自ら株主代表訴訟を提起できます(847条1項・3項)。公開会社では6か月前からの継続保有が必要ですが、非公開会社にはこの要件はありません(847条2項)。代表訴訟で回収した金銭は会社に帰属し、株主個人には入りません。株主が「自分の持株分だけ払ってほしい」と考えるのは自然ですが、法的にはそのような請求は成り立たず、会社への回収を通じて株式の価値を回復するか、株式の売却や会社の分割といった出口(第33講)と組み合わせて解決を図ることになります。株主が株式を売る代金と、会社が取締役に対して持つ損害賠償請求権を、当事者が異なるまま相殺することもできません。
株主固有の損害と会社の損害の区別も重要です。取締役が職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは第三者に対しても責任を負いますが(429条1項)、会社の資金が流出したことによる株価の下落は会社の損害の反映(間接損害)であり、株主が直接自分の損害として賠償を求めることは、通説・裁判例では原則として認められません。代表訴訟による回復が事実上期待できない閉鎖会社について例外を認める余地を示した裁判例(東京高判平成17年1月18日金判1209号10頁)はありますが、非公開会社であることや支配株主と対立していることだけで例外に当たるわけではありません。株主が直接請求できるのは、虚偽の説明で株式を買わされたといった株主固有の直接損害が中心です。代表訴訟の詳細は第23講で扱います。
回収可能性と保全
勝訴しても相手に財産がなければ回収できません。請求の見込みを検討するのと同時に、相手方の資産の所在(不動産、預金、保有株式、関連会社への貸付金)と、処分されるおそれを調べ、必要があれば仮差押え(民事保全法20条)を申し立てます。仮差押えは債務者の審尋なしに発令されることが多く、相手方に知られる前に資産を押さえる手段になりますが、担保金の用意が必要です。流出した資金が不動産の購入などに形を変えている場合は、その不動産を対象にします。
調査の時点でなお続いている送金については、取締役会での決議や代表権の整理といった社内の統制で止められるか、それができなければ、株主による違法行為の差止め(360条)や監査役による差止め(385条)を検討します(第27講)。資料が消えるおそれがあるときは、証拠保全(民事訴訟法234条)やシステムログの保存も進めます。他方で、疑いがあるというだけで役員や従業員への支払をすべて止めれば、会社の側が債務不履行や労働紛争を抱えることになります。止める支出と続ける支出を分け、止める理由を説明できるようにしておきます。
時効を管理する
請求の種類ごとに消滅時効が異なります。取締役の会社に対する任務懈怠責任は、債権者が権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年で時効にかかります(民法166条1項)。最高裁は改正前民法の下で、旧商法266条1項5号(現在の423条1項)に基づく責任は法によって内容が加重された特殊な責任であって商事消滅時効の適用はなく、時効期間は10年であると判断しており(最判平成20年1月28日民集62巻1号128頁)、令和2年4月1日より前に生じた責任には、改正民法の経過措置により、この改正前の規律が適用されます(民法の一部を改正する法律附則10条4項)。不当利得返還請求権も166条1項によります(同日より前に生じたものは、同じ経過措置により10年です)が、不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です(724条)。したがって、同じ出金について不当利得と不法行為の両方を構成できるときは、時効の点で有利な方を選びます。
「知った時」の判断にも注意が必要です。加害者が会社の代表者である場合、その代表者が自分の行為を知っていることをもって会社が知ったとは評価できないとする考え方があり、他の代表者や監査役、新たな経営陣が事実を知った時が起算点になり得ます。もっとも、この点は事案によって判断が分かれますから、最も早い起算点を前提に期限を管理するのが安全です(令和2年4月1日より前に生じた債権には主観的起算点の規律がなく、この問題は同日以後に生じた債権について検討します)。催告は6か月の完成猶予の効果を持つにすぎず、時効期間が最初から進み直すわけではありません(150条)。時効を更新して進行をやり直させることができるのは、裁判上の請求により権利が確定した場合(147条2項)と、相手方の承認(152条)です。書面または電磁的記録による協議の合意(151条)は完成猶予の効果にとどまり、合意を重ねても通算5年が上限です。相手方が「返済する」と書面で認めれば承認として更新の効果がありますから、交渉の過程で得た書面は時効の観点からも保管します。
税務と刑事は別に評価する
会社の支出が損金として認められるか、役員に対する給与や賞与として扱われるか、源泉徴収や修正申告が必要かは、税務上の問題です。役員に対する給与は、定期同額給与などの要件を満たさなければ損金に算入されず(法人税法34条1項)、事実を隠蔽し、または仮装して経理することにより支給された役員給与も損金になりません(同条3項)。役員の私的な支出を会社の経費として処理していた場合、その経済的利益は役員給与(同条4項)と認定され、会社側で損金不算入と源泉徴収漏れ、役員側で給与所得課税の問題が生じます。役員貸付金として処理し実際に回収する場合には、無利息や低利の部分について相当な利息の認定の問題があり、回収を放棄すれば債務免除益として給与の問題に戻ります。事実の隠蔽や仮装があれば重加算税の対象になりますが(国税通則法68条)、経費として認められなかったことがそのまま隠蔽・仮装に当たるわけではなく、税務上の否認が直ちに犯罪を意味するわけでもありません。
業務上横領(刑法253条)や特別背任(会社法960条)といった刑事責任には、不法領得の意思や図利加害目的など、民事責任とは異なる要件があります。刑事告訴を検討する場合は、民事の調査結果を整理したうえで、第30講の枠組みで別に検討します。税務上の修正申告をしたことや、相手方が後から返済したことは、過去の行為の法的評価を消すものではありませんが、返済の事実は損害額や情状に影響しますから、記録しておきます。
PRACTICE NOTE
一つの出金に複数の説明がある場合
【設例】会社の口座から社長の個人口座へ300万円が振り込まれています。この出金には、役員報酬の支払、社長からの借入金の返済、社長が立て替えた経費の精算、社長への貸付け、根拠のない私的な取得という、少なくとも五つの説明があり得ます。役員報酬なら361条の決議の有無、借入金の返済ならもとの借入れの存在と残高、立替精算なら領収書と会社の事業との関係、貸付けなら承認と返済条件、根拠のない取得なら不当利得や横領の要件というように、どの説明が正しいかによって、請求の相手方、要件、時効、税務の扱いがすべて変わります。
調査では、振込の事実、会計処理上の科目、契約書や総会決議、精算書、当時の社長の説明を照合し、説明どうしの矛盾を洗い出します。社長が「借入金の返済だ」と説明するなら、その借入れがいつ、いくら、どのような条件で行われ、返済前の残高がいくらだったかを確かめます。説明が二転三転すること自体が、その出金に正当な根拠がなかったことを推認させる事情になります。不明な出金を一覧にし、相手方の説明とそれに対する反対資料を一件ずつ対応させておけば、正当な支出まで一括して流用と決めつける誤りも、流用を見落とす誤りも減らせます。
実務チェック
- 出金ごとに、根拠・承認・実体・損害を結び付けた台帳を作り、疑いの濃い取引と説明のつく取引を分ける。
- 役員貸付金は、貸付金の返還請求と、貸付けを決めた取締役の責任追及を別の請求として組み立てる(356条、365条、423条3項、428条)。
- 会社を代表して取締役を訴える者を先に決め(386条、353条、364条。会計限定監査役の会社は353条・364条による)、会社が動かないときは書面等による提訴請求(847条)に進む。
- 相手方の資産と処分のおそれを調べ、必要なら仮差押えを先行させる。続いている送金は差止めで止める。
- 請求ごとの時効期間と起算点を初期に確定し、最も早い期限で管理する。承認や協議の書面は時効の観点からも保管する。
- 民事・税務・刑事の評価を混同せず、それぞれの要件で判断する。
よくある質問
帳簿に「貸付金」と書いてあれば、流用ではないのですか。
記帳の名目だけでは決まりません。実際に貸付けの合意があったか、株主総会または取締役会の承認があったか、返済条件と返済の実績があるか、出金の目的が何だったかを確認します。返済の合意も実績もなく、承認もない「貸付金」は、実体としては私的な取得であることが少なくありません。
株価が下がった分を、社長から自分に払ってもらえますか。
会社の資金が流出したことによる株価の下落は会社の損害の反映であり、株主が自分の損害として直接請求することは、通説では認められないとされています。会社への回収を求める代表訴訟か、株式の売却や会社の分割といった出口と組み合わせて解決を図ります。
社長が返済してくれれば、それで終わりにできますか。
返済を受ければ、元本相当の損害はその限度で填補されますから、損害賠償請求の実益は小さくなります。ただし、損害そのものは流出の時点で発生していますから、返済までの利息や遅延損害金相当分、調査に要した費用の扱いは別に検討が必要です。また、返済は過去の行為の税務上・刑事上の評価を当然に消すものではありません。返済を受けて終わりにするか、役員の交代や再発防止の仕組みまで求めるかは、内紛全体の解決方針(第35講)の中で決めます。
この講の主な根拠・判例原文
- 会社法〔e-Gov法令検索〕2条9号、353条、356条1項、360条、361条1項、364条、365条、385条、386条1項1号・2項1号、389条1項、423条、428条、429条1項、847条、960条
- 民法〔e-Gov法令検索〕147条、150条、151条、152条、166条1項、703条、704条、709条、724条
- 民事保全法〔e-Gov法令検索〕20条(仮差押命令の必要性)
- 民事訴訟法〔e-Gov法令検索〕234条(証拠保全)
- 法人税法〔e-Gov法令検索〕34条(役員給与の損金不算入)
- 国税通則法〔e-Gov法令検索〕68条(重加算税)
- 刑法〔e-Gov法令検索〕253条(業務上横領)
- 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条4項(施行日前に生じた債権の消滅時効の経過措置。e-Gov法令検索の民法のページでは附則欄に収録)
- 東京高判平成17年1月18日金判1209号10頁株主の間接損害について、閉鎖会社で代表訴訟による回復が期待できない場合に直接請求を認める余地を示した裁判例
- 最判平成20年1月28日民集62巻1号128頁取締役の会社に対する損害賠償責任は法によって内容が加重された特殊な責任であり、商事消滅時効の適用はなく、時効期間は改正前民法167条1項の10年であるとした判例
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。
公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日