第30講裁判・保全・刑事対応
刑事告訴という選択肢
刑事告訴と民事の回収とは分けて考えること
この講の結論
会社の資金が代表者の個人口座に流れていた、あるいは会社の資産が相場を大きく下回る価格で親族の会社に移されていたという事実が判明したとき、「これは横領だ」「背任だ」という言葉が飛び交いますが、民事上の役員責任が認められることと、犯罪が成立して処罰されることは別の問題です。刑事責任には、不法領得の意思や図利加害目的といった犯罪ごとの要件があり、証明の水準も民事より高く、捜査するかどうかを決めるのは捜査機関です。告訴や告発は、事実と証拠、誰が申告するのか、会社の被害なのか株主個人の被害なのかを確かめて判断するものであり、株式の売却や金銭の支払を強要する道具に使えば、申告する側が恐喝などの責任を問われます。この講では、民事と刑事の要件の違い、内紛で問題になる主な罪名、会社が告訴するときの代表の問題、申告資料の作り方、不当な圧力と虚偽申告の回避、告訴された側の対応、民事の和解と刑事処分の関係を扱います。忘れてはならないのは、民事の時効や出訴期間が刑事手続の進行とは無関係に進むことです。
民事と刑事の要件
取締役に善管注意義務違反や利益相反取引の承認の欠缺があり、会社に損害が生じていれば、民事上は損害賠償責任が成立します(第23講)。しかし、それだけで業務上横領や背任が成立するわけではありません。横領には、他人の物を業務上占有していること、委託の任務に背いて権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思(不法領得の意思)をもって横領行為をしたことが必要であり(最判昭和24年3月8日刑集3巻3号276頁)、背任には、自己もしくは第三者の利益を図り、または本人に損害を加える目的(図利加害目的)で任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたことが必要です。過失による損害や、結果として失敗した経営判断は、民事責任の対象にはなっても犯罪にはなりません。
「後で返すつもりだった」「帳簿には貸付金と書いてある」という説明は、それだけで犯罪を否定するものではありません。会社の資金を自分のために費消した場合、後日補填する意思があったとしても不法領得の意思は否定されないというのが判例です(前掲最判昭和24年3月8日)。確実に補填できる資力と遅滞なく補填する意思があるときに例外を認めた裁判例もありますが、一時的な流用が明示または黙示に許容されていたなどの特段の事情がない限り、一時流用の意図自体が不法領得の意思と評価されるのが通常です。帳簿上の名目がどうであれ、資金の管理権限、使用の目的、承認の有無、返済の実績、説明の変遷を客観的な資料から評価します。他方で、株主が一人しかいない会社でも、会社と株主は別の人格ですから、会社の財産を自分の財産として費消すれば横領は成立し得るというのが裁判例の立場です。刑事の有罪認定には合理的な疑いを差し挟む余地のない証明が必要であり、民事の証明の水準とは異なりますから、民事で賠償責任が認められる事案でも、刑事では不起訴となることは珍しくありません。
主要な罪名
表は横にスクロールできます。
| 類型 | 根拠 | 法定刑 | 検討の中心 |
|---|---|---|---|
| 業務上横領 | 刑法253条 | 10年以下の拘禁刑 | 業務上の占有、他人(会社)の物であること、横領行為と不法領得の意思 |
| 背任 | 刑法247条 | 5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 他人の事務を処理する者、図利加害目的、任務違背、財産上の損害 |
| 特別背任 | 会社法960条 | 10年以下の拘禁刑もしくは1,000万円以下の罰金、またはその併科 | 取締役・監査役・執行役など同条が列挙する地位にあること、図利加害目的、任務違背、会社の財産上の損害 |
| 私文書偽造・同行使 | 刑法159条、161条 | 有印私文書は3か月以上5年以下の拘禁刑 | 作成権限の有無、名義人の承諾、行使の目的 |
| 電磁的公正証書原本不実記録・同供用 | 刑法157条、158条 | 5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 虚偽の申立てによる不実の登記、申請者の認識 |
内紛で最も多いのは、会社の資金や資産を代表者が自分や親族のために流用した事案(業務上横領または特別背任)と、株主総会や取締役会の議事録を実体に反して作成し、それを使って役員変更の登記をした事案(私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用)です。後者について、作成権限のない者が出席取締役や議長など他人の名義を冒用して議事録を作れば私文書偽造・同行使(159条、161条)になりますが、作成権限のある者が内容だけ事実と異なる議事録を作った場合、その作成自体は私文書偽造には当たりません。この場合に問題になるのは、虚偽の議事録を添付して役員変更の登記をさせた点であり、電磁的公正証書原本不実記録・同供用(157条1項、158条1項)として、登記申請に添付した書類の内容と、申請者がその虚偽を認識していたかを具体的に調べます。特別背任は、会社法960条が列挙する地位にある者に限って成立し、法定刑が背任より重く、内紛では取締役による会社財産の流出について横領と並んで検討されます。なお、令和7年6月1日から懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されています。表は現行の条文によるもので、施行前の行為には従前の懲役刑が適用されます。
告訴・告発と会社の代表
犯罪により害を被った者は告訴をすることができ(刑事訴訟法230条)、何人でも、犯罪があると思料するときは告発をすることができます(239条1項)。会社の資金が流用された場合の被害者は会社であり、告訴をするのは会社です。株主は、会社の被害について株主の立場で告訴することはできず、告発によることになります。告訴と告発は、いずれも書面または口頭で検察官または司法警察員にし(241条1項)、告訴は代理人によってもできます(240条)。業務上横領や背任は告訴がなくても捜査・訴追できる犯罪であり、処分の通知(260条)、不起訴の理由の告知(261条)、検察審査会への審査の申立て(検察審査会法2条2項、30条)は、告訴人と告発人のいずれにも認められます。両者の違いは、告訴が被害者などの告訴権者に限られること、告訴には取消しの規定があること(237条)、そして被害者に固有の手続上の地位が告発人にはないことにあります。
会社が告訴する場合、会社を代表するのは代表取締役です。代表者本人が被疑者である場合や、代表権が争われている場合には、会社としての告訴は事実上できないか、その効力が争われます。監査役が会社を代表するのは会社と取締役の間の「訴え」に関する規定であり(会社法386条1項)、刑事の告訴に当然に及ぶとは解されていません。監査役名義の告訴を受理するかは捜査機関の運用によりますから、確実な方法は、他の代表取締役が告訴する、取締役会で代表取締役を解職・選定してから会社として告訴する、あるいは監査役や株主が告発することです。株主が「会社の被害者としての地位を代行する」制度はありません。告発人も、処分の通知、不起訴理由の告知、検察審査会への審査申立てはできますが、被害者に固有の地位(公判段階での心情等の意見陳述など)は告発人にはなく、そもそも業務上横領や背任は被害者参加制度の対象犯罪ではないことを前提に組み立てます。
申告資料の作り方
捜査機関に相談するときは、第20講で作った取引台帳を基礎に、資金の移動を時系列に整理した表、契約書や決議の有無、会計記録、当事者間の通信、関係者の説明を、事実と推測を分けて整理します。相手方の弁解を予想して都合の悪い資料を隠せば、捜査の過程でそれが判明したときに申告全体の信用を失います。承認の有無、対価の有無、返済の有無を含めて、弁護士にはすべて共有し、申告書の中でも相手方の説明とそれを検証する資料を対応させて示します。捜査機関は、被害の申告を受けても、証拠の状況や事案の性質によって受理を保留したり、民事の解決を促したりすることがあります。相談、受理、捜査、処分は別の段階です。受理されれば捜査機関には捜査と検察官への送付の義務が生じますが(刑事訴訟法242条)、受理自体が保留されることや、捜査の深度、起訴に至るかどうかは、申告者が決められるものではありません。
刑事申告を、民事の証拠を集める手段として使うことはできません。訴訟に関する書類は公判の開廷前には公にしてはならないとされ(刑事訴訟法47条)、不起訴になった事件の記録は、被害者などが実況見分調書などの客観的な証拠を閲覧できる運用や、民事訴訟の文書送付嘱託に応じて一部が開示される場合があるにとどまります。起訴されて確定した事件の訴訟記録は、何人も閲覧を請求できるのが原則ですが(刑事訴訟法53条1項、刑事確定訴訟記録法4条1項)、事件終結後3年を経過した場合や関係人の名誉を著しく害するおそれがある場合などには訴訟関係人または正当な理由のある者に限られ(同条2項)、謄写には保管検察官の許可が必要です。民事の立証は、第18講の閲覧請求、第19講の検査役、訴訟における文書提出命令や弁護士会照会(弁護士法23条の2)など、民事の手段で組み立てます。
不当な圧力と虚偽申告を避ける
正当な被害回復を求める交渉であっても、手段、目的、要求の内容が不相当であれば、恐喝(刑法249条)や強要(223条)の問題が生じます。「株式を著しく安く売らなければ告訴する」「辞任しなければ警察に行く」という要求は、告訴という権利の行使を、本来の目的とは無関係な要求の手段に使うものであり、権利行使の正当な範囲を超えると評価されるおそれがあります。第29講で述べたとおり、手続の見通しを正確に説明して交渉することと、刑事処分の示唆で不相当な要求を通そうとすることは別であり、後者は弁護士の懲戒事由にもなり得ます。
虚偽告訴(172条)は、人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的で虚偽の告訴、告発その他の申告をした場合に成立します。証拠が足りずに不起訴になったというだけで虚偽告訴になるわけではありませんが、事実でないことを知りながら、あるいは事実を作り替えて申告すれば、この罪の問題になります。また、告訴の事実や「横領した」という評価を取引先やSNSに広めれば、名誉毀損(230条)や信用毀損(233条)の問題が別に生じます。刑事手続の存在は、捜査機関との間で扱うものであって、対外的な宣伝の材料にするものではありません。
告訴された側の対応
告訴や告発をされた側、あるいはその予告を受けた側は、まず個人としての防御を担当する弁護士を確保します。会社の顧問弁護士は会社の利益を守る立場であり、個人の刑事弁護を兼ねることには利益相反の問題があります(第5講)。承認の記録、契約書、対価の資料、会計記録、返済の記録を保存し、事後に書類を作り直したり日付を遡らせたりすることは絶対に避けます。それ自体が証拠隠滅や文書偽造の問題を生み、本来の事案より重い結果を招きます。会社の資料にアクセスする必要があるときは、権限の範囲内で、または閲覧請求などの適法な方法によります。
不当な要求を受けている場合は、要求の文言と経緯を記録し、要求への対応と刑事上の防御を分けて考えます。要求に応じることで刑事処分が回避できるという保証はなく、応じたことが不利な事実として扱われることもあります。防御費用を会社が負担できるか、役員等賠償責任保険の対象になるかは、第24講の補償契約と保険の規律によります。
民事和解と刑事処分
告訴は公訴の提起があるまで取り消すことができ、取り消した者は再び告訴をすることができません(刑事訴訟法237条1項・2項)。しかし、業務上横領、背任、特別背任は告訴がなくても訴追できる犯罪ですから、和解に伴って告訴を取り消しても、捜査や訴追が当然に終わるわけではありません。取消しや被害弁償、宥恕の意思の表明は、処分や量刑を判断する際の重要な事情として考慮されますが、当事者間の合意で刑事処分の結論を約束することはできません。親族間の犯罪に関する特例(刑法244条、251条、255条)は行為者と被害者の間の親族関係を前提とするため、被害者が会社である場合には、代表者と株主が親族であっても適用されません。
和解の条項には、被害弁償の額と方法、告訴の取消し、宥恕、事実の確認、口外の禁止などが並びますが、それぞれの意味を理解して条項化します。「告訴を取り消す」ことと「処罰を求めない意思を表明する」ことは異なり、「刑事責任を追及しない」という約束は、既に捜査機関が動いている事件については当事者の処分権の外にあります。他方で、刑事の結論を待つ間に、民事の消滅時効や出訴期間、仮差押えの機会を失うことは避けなければなりません。不法行為に基づく損害賠償請求権は損害および加害者を知った時から3年(民法724条1号)、役員の任務懈怠責任(会社法423条)は権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号)が目安になります(第20講)。刑事手続の進行を待って民事を止めるという判断は、時効と回収可能性を確かめてからにします。
PRACTICE NOTE
刑事申告の整理表
捜査機関への相談に持参する資料は、次の項目に沿って整理します。
表は横にスクロールできます。
| 事項 | 書く内容 |
|---|---|
| 行為者と役割 | 誰が会社の財産を管理する権限を持ち、誰が指示し、誰が実行したか。役職と権限の根拠(定款、取締役会決議、職務分掌) |
| 対象財産 | 会社の財産であることの根拠、金額、口座や物件の特定、会社の所有と占有の状況 |
| 行為 | 日時、送金・引出し・処分の方法、相手先、資金の最終的な行き先 |
| 違法性を示す資料 | 契約や承認の欠如、虚偽の説明、私的な使途を示す資料、帳簿の改ざんや隠蔽の痕跡 |
| 相手方の説明 | 貸付金の返済、報酬、立替精算などの主張と、それを検証する資料(返済の有無、決議の有無、精算書の有無) |
| 民事の状況 | 回収できていない金額、係属中の民事の請求、和解交渉の経過、時効の期限 |
不利な資料を隠して事実を作り替えないことが、申告の信用を保つ前提です。相手方の説明を検証する資料を含めて整理し、刑事手続と民事手続の役割を分けて、それぞれの担当と期限を管理します。
実務チェック
- 民事の責任要件と、犯罪ごとの構成要件(不法領得の意思、図利加害目的、地位)を分けて検討する。
- 会社の被害と株主個人の被害を区別し、会社の代表権の状況に応じて告訴と告発のどちらによるかを決める。
- 不利な資料を含めて事実を正確に整理し、相手方の説明とそれを検証する資料を対応させる。
- 告訴の予告を交渉の道具に使わず、対外的な拡散も避ける。
- 民事の時効・出訴期間・保全の機会を、刑事手続の進行とは独立して管理する。
よくある質問
民事で賠償が認められれば、刑事でも有罪になりますか。
なりません。民事の責任は過失や義務違反で成立しますが、横領や背任には不法領得の意思や図利加害目的といった固有の要件があり、証明の水準も刑事の方が高いためです。民事の判決や資料は捜査の参考にはなりますが、それだけで刑事の結論が決まるわけではありません。
和解で告訴を取り下げれば、刑事事件は必ず終わりますか。
終わるとは限りません。業務上横領や背任は告訴を要しない犯罪であり、告訴を取り消しても捜査や訴追は続き得ます。被害弁償と宥恕は処分の判断で考慮されますが、当事者の合意で刑事処分の結論を保証することはできません。取り消した告訴は再びすることができない点にも注意が必要です。
この講の主な根拠・判例原文
- 刑法〔e-Gov法令検索〕157条、158条、159条、161条、172条、223条、230条、233条、244条、247条、249条、251条、253条、255条
- 刑事訴訟法〔e-Gov法令検索〕47条、53条1項、230条、237条、239条、240条、241条、242条、260条、261条
- 会社法〔e-Gov法令検索〕386条1項、423条、960条
- 検察審査会法〔e-Gov法令検索〕2条2項、30条(審査の申立て)
- 刑事確定訴訟記録法〔e-Gov法令検索〕4条(訴訟記録の閲覧)
- 民法〔e-Gov法令検索〕166条1項、724条
- 最判昭和24年3月8日刑集3巻3号276頁横領罪の不法領得の意思を、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思と定義し、後日補填する意思があっても横領罪の成立を妨げないとした判例
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。
公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日