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『企業内部紛争36講 ― 経営権争いの教科書 ―』【第29講】

企業内部紛争の裁判はアンハッピーセット ― 並行する複数の裁判を、一つの事件として捉えるいわば「観の目付」が重要 ―

第29講 並行する複数の裁判を、一つの事件として動かす|明徳法律事務所

第29講裁判・保全・刑事対応

企業内部紛争の裁判はアンハッピーセット

並行する複数の裁判を、一つの事件として捉えるいわば「観の目付」が重要

明徳法律事務所 弁護士 坂本龍亮読了目安 11分

この講の結論

内紛が本格化すると、決議取消しの訴え、職務執行停止の仮処分、会計帳簿の閲覧請求、代表訴訟、登記の是正、相手方からの反訴や告訴が、同時に進みます。手続が増えるほど、期限の見落とし、手続ごとの主張の食い違い、費用の膨張、そして「何のために争っているのか」の見失いが起きやすくなります。第25講から第28講で個々の手続を見てきましたが、この講で扱うのは、それらを一つの事件として束ねて管理する方法です。柱は六つです。手続ごとの役割を決めて必要な手続だけを起こすこと、法定の期限と交渉の予定を別の時計で管理すること、共通の事実記録と証拠番号で主張の整合性を保つこと、仮処分の判断を本案の立証に反映すること、刑事告訴や解散請求を威迫の道具にしないこと、そして段階ごとに費用と回収の見込みと事業への影響を更新して和解の可能性を見直すことです。

手続ごとの役割を決める

決議の効力を争う訴えは決議の効力を、職務執行停止の仮処分は判決までの間の職務を、閲覧請求や検査役は情報を、責任追及の訴えは損害の回復を、それぞれ担います。同じ出来事から複数の手続が導かれるのは当然ですが、導かれる手続をすべて起こすことが標準ではありません。手続ごとに、それによって得られる効果、認められる見込み、要する期間と費用、他の手続への影響(たとえば仮処分の審尋で提出した資料や主張は法的に本案を拘束するものではないものの、本案で相手方に引用されて事実上の制約になること、閲覧請求で入手した資料が責任追及の立証に使えること)を比較し、依頼者の目的、すなわち経営権の回復なのか、会社からの適正な退出なのか、資金の回収なのかに照らして、必要な手続を選びます。

たとえば、経営を握る側が会社の主要な資産を処分しようとしているのであれば、まず必要なのは第27講の特定行為の差止めであり、役員の地位に瑕疵があるとしても、職務執行停止まで求めるかは資産処分を止めた後に判断すればよいことがあります。逆に、役員の選任決議が不存在に近い瑕疵を抱えているなら、第26講の職務執行停止を軸にして、個々の行為の差止めはその中で吸収できます。問題を必要以上に拡大すると、相手方も対抗する手続を増やし、会社の業務が回らなくなって、和解にたどり着く頃には、分け合える会社の価値そのものが目減りしています。

期限は交渉の予定と分ける

内紛の事件には、法律が定める期限が多数あります。決議取消しの訴えは決議の日から3か月(会社法831条1項)、新株発行無効の訴えは効力発生日から公開会社では6か月・非公開会社では1年(828条1項2号)、役員解任の訴えは総会の日から30日(854条1項)、株主代表訴訟は提訴請求から60日の待機期間を経なければ提起できず(847条3項。回復できない損害のおそれがあれば直ちに提起できます。同条5項)、仮処分の起訴命令が出れば2週間以上の指定期間(民事保全法37条)、保全命令の却下に対する即時抗告は2週間(19条1項)、そして役員責任や不当利得の消滅時効(第20講)です。これらは、起算点と根拠条文を明記した期限表にまとめ、交渉の予定とは別の欄に置きます。総会の日、資金移動の予定日、払込期日、裁判所が指定した書面の提出期限も、同じ表に載せます。

「相手の回答を待ってから提訴する」と決める前に、その待機がどの期限に影響するかを確認します。決議取消しの3か月や新株発行無効の期間は、当事者の合意で延長することはできません。相手方が交渉に応じる姿勢を見せながら期限の経過を待っていることは、内紛の事件では珍しくありません。消滅時効については、書面による協議の合意で完成を猶予できますが(民法151条)、1回の合意の効果は最長1年で、合意を重ねても本来の完成時から通算5年を超えることはできず(同条2項)、時効期間が更新されるわけでもありません。催告で猶予されている間にした協議の合意には猶予の効力がありません(同条3項)。交渉を続けるなら、期限内に提訴したうえで訴訟の中で交渉するか、期限の到来前に和解を成立させるか、どちらかです。

共通の事実記録を作る

複数の手続で同じ事実を主張する以上、事実の記録は一つでなければなりません。出来事の時系列、登場人物とその役職・持株の推移、株式と議決権の一覧、資金の移動、そして証拠の番号を一元的に管理し、どの手続でどの証拠をどの番号で提出したかを対応表にしておきます。仮処分では疎明資料として「疎甲第○号証」、本案では「甲第○号証」と番号体系が変わりますから、同じ資料が別の番号で出ていることを対応表なしに追うのは困難です。未確認の事項は未確認と記し、新しい資料が出たときは、それがどの手続のどの主張に影響するかを確認してから提出します。

ここで区別すべきなのは、事実についての説明の矛盾と、法的な主張の予備的な組立てです。「決議は存在しない。仮に存在するとしても取消事由がある」という主張は、事実を一つに固定したうえで法的評価を段階的に組み立てるものであり、適切に整理すれば矛盾ではありません(第13講)。他方で、ある手続では「総会に出席していない」と述べ、別の手続では「出席して反対した」と述べれば、事実そのものが手続ごとに変わっており、相手方に指摘されれば全体の信用を失います。事実の記録を一つにしておけば、この種の矛盾は起きにくくなります。相手方の主張についても同じ方法で記録し、相手方の主張が手続ごとに変わっていれば、それを指摘する材料になります。

仮処分と本案の関係

急迫した危険があれば仮処分を先行または並行させますが、常に仮処分が先という順序があるわけではありません。保全の必要性が乏しければ、仮処分を申し立てても却下され、却下の記録が相手方に有利な材料として残るだけです。その場合は、本案と情報取得を中心に進め、危険が具体化した時点で仮処分を検討する方が合理的です。

仮処分で示された裁判所の判断は暫定的なものであり、本案の結論と同じではありません。しかし、発令にせよ却下にせよ、その理由には、裁判所がどの事実を重視し、どの点の疎明が足りないと見たかが表れています。却下されたときは、不足していた事実、法的構成の弱点、代替となる措置を確認し、本案の立証計画に反映します。発令されたときも、相手方の保全異議や事情変更による取消しの申立て(民事保全法26条、38条)に備え、審尋で相手方が出してきた反論に対する反駁を、本案で先回りして準備しておきます。仮処分を申し立てても本案の出訴期間は止まりませんし、起訴命令(37条)が出れば本案の提起を迫られます。

刑事・解散を威迫の道具にしない

相手方の行為に横領や背任の疑いがあるとき、告訴を検討すること自体は正当です(第30講)。しかし、告訴するかどうかは、犯罪の成立を裏付ける事実と証拠、処罰を求める意思、告訴が会社の事業や取引先に与える影響から判断すべきであり、「告訴されたくなければ株式を安く売れ」という交渉の道具にしてはなりません。刑事処分を示唆して財産上の要求を通そうとすれば、恐喝(刑法249条)に当たるおそれがあり、弁護士がこれに関与すれば、品位を失うべき非行(弁護士法56条1項)として懲戒の対象にもなり得ます。解散請求(第25講)も同じで、会社法の要件と必要性に従って判断するものであり、買取りを強いるための威迫に使えば、権利の濫用と評価されるおそれがあるうえ、要件を満たさない申立てに認容の見込みはありません。

手続の見通しを正確に説明して交渉することと、不相当な要求を手続の示唆で強要することは異なります。前者は、「決議取消しの訴えが認められる見込みが高く、そうなれば役員の選任はやり直しになる。それを避けるなら株式の買取りを協議したい」という説明であり、相手方に合理的な判断の材料を与えるものです。後者は、根拠の乏しい手続を持ち出して相手方を萎縮させるものです。訴えの提起そのものが不法行為になるのは、提訴者の主張した権利が事実的・法律的根拠を欠き、提訴者がそのことを知りながら、または通常人であれば容易に知り得たのにあえて提訴したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られますが(最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)、専ら嫌がらせを目的とする提訴はこの基準に当たり得ますし、代表訴訟であれば、被告が提訴の悪意を疎明すれば担保提供命令(会社法847条の4第2項・3項。第23講)の対象になります。回収、経営の継続、適正な退出という目的と、手段の相当性を、手続を増やすたびに確認します。

事件管理表

手続を一つの事件として管理するための表は、手続ごとに、目的、最終期限と直近の作業、共通資料、次の判断点を並べる形が使いやすく、担当者、次回の確認日、提出済みの主張と証拠の番号を付けて更新します。

表は横にスクロールできます。

手続目的最終期限・直近の作業共通資料次の判断点
決議の効力を争う訴え決議の効力を確定させる決議の日から3か月(取消し。新たな取消事由の追加も同じ期間内)、請求の特定招集通知、議事録、議決権一覧、出席と投票の記録役員の改選による訴えの利益、後行決議の併合
仮処分判決までの危険を防ぐ実行の予定日、審尋期日、担保の準備、起訴命令への対応本案の権利の資料、危険を示す証拠発令・却下の理由の分析、不服申立て、代替措置
閲覧請求・検査役事実を明らかにする請求の理由と対象の特定、持株要件の維持、調査の範囲株主資格の資料、疑いを裏付ける資料開示された資料の評価、次の請求、責任追及への転用
会社の損害の回収会社の財産を回復する消滅時効、仮差押え、提訴請求と60日の待機取引台帳(第20講)、相手方の資産の資料回収可能性、和解の条件、代表訴訟への移行
登記・銀行・取引先裁判の結果を実務に反映する登記申請の期限、金融機関への届出、許認可の名義命令正本、登記事項証明書、印章の管理記録相手方による登記申請への対応、引継ぎの完了
合意・引継ぎ実行できる解決を作る金融機関との協議、条件の整理、決済の準備株式・役職・保証・借入の一覧前提条件の充足、決済の方法、履行の確保(第35講)

手続を取り下げるときにも確認が要ります。相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続で申述をし、または口頭弁論をした後は、訴えの取下げには相手方の同意が必要で(民事訴訟法261条2項。取下書の送達から2週間以内に異議がなければ同意したものとみなされます。同条6項)、本案について終局判決があった後に取り下げれば同じ訴えは提起できません(262条2項)。取り下げれば訴訟は初めから係属しなかったものとみなされます(262条1項)。消滅時効であれば取下げ後6か月は完成が猶予されますが(民法147条1項)、決議取消しの訴えのように出訴期間のある訴えにはこの猶予がなく、取下げの時点で期間を過ぎていれば、同じ訴えを再び提起することはできません。仮処分を取り下げても供託した担保は自動的には戻らず、担保取消しの決定(民事保全法4条2項、民事訴訟法79条)を得る必要があり、取下げは通常「担保の事由の消滅」とは扱われないため、相手方の同意を得るか、権利行使の催告の手続を経ることになります。和解で終える場合には、担保取消しへの同意も含め、係属中の全手続の処理を和解条項に書き込まなければ、どれかが残ります。

費用と事業価値を更新する

手続の費用は弁護士費用だけではありません。仮処分の担保として拘束される資金、鑑定や調査の費用、職務代行者の報酬の予納、役員や従業員が対応に費やす時間、取引先や金融機関の信用への影響を、手続を追加するたびに見積もり直します。回収の見込みは請求額とは別の数字であり、相手方の資力、執行の可能性、和解による減額を反映させます。会社の事業価値そのものが内紛によって下がっていくことも、当事者双方にとっての損失です。

合意できる条件も、定期的に見直します。仮処分が発令された、閲覧で有力な資料が出た、相手方の資産が判明したといった出来事は、いずれも和解の条件を動かします。和解を選ぶか判決を求めるかは、勝ち負けの見通しだけでなく、その結果が実行できるか、依頼者の目的に合っているかで判断します。第35講の和解の項目表を、この講の事件管理表と併せて使うと、争っている事項と合意できる事項の対応が見えやすくなります。

実務チェック

  • 手続ごとに目的と効果を定め、依頼者の目的に照らして起こす手続と起こさない手続を決める。
  • すべての法定期限に起算点・根拠条文・担当者を付け、交渉の予定とは別の欄で管理する。
  • 時系列、人物、株式、資金移動、証拠番号を一つの記録にまとめ、手続ごとの証拠番号の対応表を作る。
  • 仮処分の発令・却下の理由を本案の立証計画に反映し、相手方の反論を先回りして準備する。
  • 刑事告訴と解散請求は固有の要件で判断し、交渉の道具に使わない。
  • 手続の追加や終了のたびに費用、回収の見込み、事業への影響、和解の条件を更新する。

よくある質問

相手から複数の訴えを起こされました。重要なものだけ対応すればよいですか。

優先順位は付けますが、どの事件も、送達を受けた後の答弁書の提出、期日への出頭、証拠の提出期限を放置してはなりません。答弁書を出さずに期日を欠席すれば、相手方の主張した事実を自白したものとみなされ(民事訴訟法159条3項・1項)、そのまま敗訴判決に至ることがあります。すべての事件について手続上の不利益を防いだうえで、争点と資料を共通化し、裁判所に弁論の併合や期日の調整を求めます。

不利な仮処分の判断が出ました。同じ主張を本案でも続けるべきですか。

判断の理由を読み、裁判所がどの事実を重視し、どの点の疎明が足りないと見たかを確認したうえで、追加の資料で補えるか、法的構成を修正すべきかを判断します。暫定的な判断であることだけを理由に無視するのは危険ですし、逆に、却下の理由が保全の必要性の欠如であれば、本案の主張そのものを変える必要はありません。

交渉がまとまりそうなので、提訴を待ってもよいですか。

期限のある訴えについては待てません。決議取消しの3か月や新株発行無効の期間は合意で延ばせず、交渉が決裂した時点で期限を過ぎていれば、取消事由や無効事由を訴えで主張する手段を失います。期間制限のない不存在確認の訴えなどが残る場合もありますが、瑕疵がそこまで至らない事案の方が多く、それを当てにはできません。期限内に提訴したうえで訴訟の中で交渉を続けるか、期限前に和解を成立させるかのどちらかです。提訴が交渉を壊すと心配する場合は、提訴の前に相手方に理由を説明しておく方法もあります。

この講の主な根拠・判例原文

条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。

公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日

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