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『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第21講】

社員の独立と職員の独立は違う ― 誓約書・競業避止特約の効かせ方

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第21講】

21第Ⅳ部 顧客・従業員編第21講

社員の独立と職員の独立は違う
― 誓約書・競業避止特約の効かせ方 ―

「独立します。担当していた顧問先には、自分から挨拶をさせてください」。この言葉を口にしたのが共同経営者である社員なのか、10年勤めた職員なのかで、残る側の戦い方はまったく変わります。社員には法律が競業禁止を課している。職員にはそれがない。職員を縛るのは、入所のときに書いてもらった一枚の誓約書だけです。

士業法人の顧客流出は、社員の脱退だけで起きるわけではありません。勤務税理士や勤務社労士、ベテランの職員が独立するとき、担当していた顧問先が一緒に動く。この類型は件数としては社員の脱退より多く、しかも法的な武器は社員の場合より弱い。第21講は、社員と職員の規律の違いを整理したうえで、職員の独立に対して法人が持つ唯一の契約上の武器――誓約書と競業避止特約――をどう効かせるかを扱います。

1 規律の構造 ― 社員の法定義務と、職員の契約・法令上の義務

社員と職員では、顧客をめぐる規律の出どころが違います。

項目 社員(税理士法人・社労士法人の社員) 職員(勤務税理士・勤務社労士・事務職員)
在任・在職中の競業法定の競業禁止(税48条の14・社25条の18)。違反時は利益=損害の推定雇用契約上の誠実義務。就業規則の兼業禁止・競業禁止条項。推定規定なし
在任・在職中の顧客への働きかけ忠実義務違反(会社法593条準用)。除名事由にもなる誠実義務違反(債務不履行)。懲戒事由
脱退・退職後の競業原則自由。自由競争の範囲を逸脱すれば不法行為(第20講)。脱退合意書の不勧誘条項で縛る原則自由。誓約書・競業避止特約があれば、合理的な範囲で有効
秘密保持士業法上の守秘義務(脱退後も存続)+営業秘密資格者なら士業法上の守秘義務。無資格の職員は使用人としての守秘義務(税54条等)+誓約書+営業秘密
辞め方定款・606条、法定脱退事由による(第6講)期間の定めのない雇用の労働者による解約は原則2週間(民法627条1項)。有期契約は628条・労基法137条等を別途確認

職員には士業法人の社員に対する法定の競業禁止規定がそのまま適用されるわけではありません。ただし、雇用契約上の誠実な履行、守秘義務、不正競争防止法、不法行為等の規律があります。「誓約書しか手段がない」という整理は正確ではありません。

だからこそ、職員の独立に備える法人の手段は、契約――誓約書と競業避止特約――に集中します。そして、その契約がどこまで有効かは、裁判所の判断に委ねられています。

2 競業避止特約の検討 ― 保護利益と制限内容を具体化する

退職後の制限は、職業選択の自由と、保護すべき利益・制約の程度を踏まえ、公序良俗(民法90条)等に照らして検討します。以下は条項設計のための整理であり、4項目を満たせば必ず有効となる判例上の公式ではありません。

  • 法人が守ろうとする利益――営業秘密、顧客との継続的関係、法人が投下した資本や教育の成果。守るべき利益が具体的であるほど、特約は有効になりやすい。
  • 職員の地位――顧客との関係を築く立場にあったか、営業秘密に接する立場にあったか。担当者として顧客と直接関係を持っていた職員ほど、制限の正当性が認められやすい。
  • 制限の範囲――期間、地域、業務、顧客、禁止する行為を具体化します。顧客との接点が引継ぎにより薄れるまでの事情等から必要な期間を説明します。「1〜2年なら有効」「3年を超えると無効」という年数だけの線引きはしません。
  • 代償措置――制限に見合う手当や退職金の加算があるか。代償がなくても直ちに無効にはならないが、有効性を支える要素になる。

法人が保護する具体的な顧客関係や情報と、本人が持つ一般的な経験・技能を区別します。担当者との信頼が強いという一事から、条項の有効性が決まるわけではありません。

3 会計事務所の2つの裁判例 ― 有効とされた誓約書、無効とされた合意

有効とされた例 ― 千葉地裁松戸支部平成21年7月24日判決・東京高裁平成21年12月3日判決

第20講でも触れた事案です。税理士事務所に職員として入所し、在職中に税理士資格を取得して退職した者が、退職後に事務所の顧問先の税理士業務・会計業務を行いました。入所時の誓約書は、雇用期間中および退職後も事務所の許可なく顧問先に税理士業務・会計業務をしない、というもので、地域も期間も限定されていませんでした。

実務解説によれば、裁判所は、誓約書の有効性を目的・地位・範囲・代替措置等から判断したうえで、被告の顧客獲得が事務所の投下資本に依存していたこと、税理士資格を取得するには事務所での勤務を経るのが通常であり、その過程で得た顧客を奪うことは不当な利益侵害であることを指摘しました。そして、無限定だった誓約書を、地域は「顧客の存在する範囲」、期間は「在職中および退職の翌日から2年間」に限定して解釈し、その範囲で有効とし、顧問料相当額として約1,100万円の損害賠償を認めたとされています。

条項を設計する際は、約束の文言と裁判所の判断対象を踏まえる必要があります。「広すぎる条項でも裁判所が必ず救済してくれる」と期待したり、事件での期間を全業種共通の基準にしたりしてはいけません。

無効とされた例 ― 大阪地裁平成30年11月13日判決

同じく税理士事務所の事案で、退職者との競業避止の合意が問題になったものです。実務解説によれば、裁判所は、顧問先が事務所との契約を維持していた理由は担当者の努力による面が大きく、事務所の顧客維持という利益の要保護性が極めて高いとまでは認められないとして、競業避止の合意を無効と判断したとされています。

両事件の違いを判断するには、顧客関係だけでなく、約束の文言・対象・期間、本人の立場、代償、具体的な違反行為を照合します。結論の違いを一つの事情だけで説明しません。

なお、誓約書に顧客の奪取を禁じる条項があり、それが有効とされた例として、東京地裁平成14年8月30日判決(労働判例838号32頁)も知られています。特約の存在と、その合理的な範囲での有効性は、士業以外の業種でも繰り返し認められています。

4 実効性のある誓約書の書き方 ― 全面禁止より「不勧誘」

条項を作る際は、保護する利益と、禁止する行為を一致させます。以下は設計の考え方であり、裁判例で有効性が確認された共通ひな型ではありません。

全面的な競業禁止は避ける。「退職後〇年間、税理士業務・社労士業務に従事しない」という条項は、職員の職業そのものを奪うため、無効とされるか、大幅に限定解釈されます。守りたいのは職員の転職を防ぐことではなく、法人の顧客を守ることです。

顧客不勧誘では、例えば「別紙対象顧客に対し、本人又は第三者を通じて既存契約の解約・切替えを積極的に勧誘しない」と、禁止行為を明示します。対象、期間、通常の告知、顧客側からの自発的な依頼の扱いを決めます。「依頼されても受任しない」という受任禁止は、勧誘禁止より強い制限です。必要性を別に検討し、同じ条項名に混ぜません。

期間は保護利益に即して定めます。顧客不勧誘、従業員への転職勧誘、競業一般の禁止では、対象と制約が違います。個別事件に現れた2年という期間だけから共通の適法基準を導かず、引継ぎ期間、顧客接点、情報の有効期間、本人の活動範囲等を説明できる長さにします。

秘密保持は、対象情報、利用目的、返還・削除、保存義務のある資料、例外を具体化します。従業員については積極的な引抜きの禁止と、応募者を雇わない約束を区別し、職員本人の転職の自由を拘束する条項にしないことも確認します。

取得の時点は3つ。入所時、昇格時(担当顧客が増え、顧客との関係が深まった時点)、退職時。入所時の誓約書だけでは、その後の地位の変化に対応しきれません。退職時に改めて、在職中に担当した顧客のリストを付けて誓約書を取ることが、後の紛争で最も効きます。

職員が労働者である場合、労働基準法16条は労働契約の不履行について違約金又は損害賠償額を予定する契約を禁じています。「金額が過大でなければ使える」という規律ではありません。退職後の独立した義務についても、労働契約との関係、退職の自由への実質的な制約、公序良俗等を検討します。本稿では、職員向けの一律の定額違約金を推奨せず、義務違反・損害・因果関係の立証を前提に設計します。経営者間の合意にも当然に同じ規制が適用されるわけではなく、実態として労働者かを確認します。

5 所属税理士・勤務社労士という中間の存在

社員と無資格の職員の間に、資格を持ちながら社員ではない者――所属税理士、勤務社労士――がいます。この層は、士業法人の顧客流出において、最も注意を要する存在です。

所属税理士・勤務社労士には、社員としての593条の義務が当然に適用されるわけではありませんが、労働契約上の義務や資格者としての守秘義務等があります。顧客の信頼が個人に寄せられることと、契約の当事者や情報の利用権限は分けて確認します。

税理士については、平成26年改正で補助税理士制度が所属税理士制度に改められ、使用者である税理士・税理士法人の承諾のもとで、所属税理士が自ら直接受任できる仕組みになりました。この仕組みは、所属税理士が在職中から「自分の顧客」を持つことを制度上認めるものであり、独立の際に「これは自分が直接受任していた顧客だ」という主張の根拠になり得ます。法人としては、直接受任を承諾する際に、その顧客の扱い(報酬の帰属、退職時の承継)を書面で定めておく必要があります。

また、所属税理士や勤務社労士は、社員への昇格を期待している層でもあります。昇格の見込みがないと判断した瞬間に独立に傾く。昇格の可否とその条件を早めに明確にしておくこと、昇格しない場合の処遇を用意しておくことが、この層の独立リスクを下げます(補講②)。

6 残る側の点検リストと、独立を告げられたときの対応

いま自分の法人にある誓約書と就業規則を、次の点で点検してください。

点検項目 見るべき点
誓約書の有無と取得時点全職員から取っているか。入所時だけか、昇格時・退職時にも取っているか。所属税理士・勤務社労士から取っているか。
条項の型顧客への積極的勧誘の禁止、受任禁止、競業一般の禁止を区別し、必要性と対象をそれぞれ説明できるか。
期間・対象の限定固定した年数の安全基準に依存せず、保護利益・引継ぎ期間・顧客関係等に即して対象と期間を限定しているか。
従業員引抜き・秘密保持他の従業員の勧誘禁止、情報の持出し・利用禁止が併せて定められているか。
就業規則との整合就業規則に競業・秘密保持・引抜き禁止の定めがあるか。誓約書と矛盾していないか。
直接受任の承諾所属税理士の直接受任を承諾している場合、その顧客の帰属と退職時の扱いを書面で定めているか。

退職時期は雇用期間の有無と契約・法令から確認します。無期雇用の労働者からの解約は原則2週間で効力を生じ、有期雇用では別の規律があります。士業法人の社員についての606条と混同せず、必要な引継ぎを具体的に協議します。

担当変更の案内は、法人と職員の役割を協議し、顧客への誤解を避ける文面にします。退職時に追加の誓約を求めるなら、内容と必要性を説明し任意の合意を得ます。誓約への署名と引換えに法令・契約上支払うべき賃金等を留保する設計にはしません。

最後にひとつ。職員の独立は、法人にとって損失であると同時に、業界の常でもあります。所内で育った税理士・社労士が独立していく法人は、それだけ人が育つ法人でもある。守るべきは顧客であって、職員の将来ではありません。誓約書の設計を「顧客の不勧誘」に絞るのは、法的な有効性のためだけでなく、法人と職員の関係を壊さないためでもあります。

残る側の視点で押さえておくこと

職員にも契約と法令上の義務があります。退職後の制限は、顧客不勧誘・受任禁止・従業員勧誘・秘密保持を分け、利益と制約の釣合いを具体的に検討します。年数だけの有効基準や、労働者への一律の違約金は置きません。

次回 第22講「従業員ごと持って行かれる ― 引抜きの違法性と『社会的相当性』」では、脱退する社員が職員を連れて行こうとする場面を扱います。担当職員が動けば顧客も動く、という士業法人特有の連動です。


【本講で引用した主な法令・裁判例・資料】税理士法48条の14・54条/社会保険労務士法25条の18/会社法593条/民法627条/憲法22条/千葉地裁松戸支部平成21年7月24日判決・東京高裁平成21年12月3日判決(TAINS Z999-0142・Z999-0143。内容は実務解説による)/大阪地裁平成30年11月13日判決(実務解説による)/東京地裁平成14年8月30日判決(労働判例838号32頁)/経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料(競業避止義務契約の有効性について)

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【条項設計の根拠】民法90条・627条・628条・709条/労働基準法16条・137条。

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