『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第6講】
「辞める」と言われた日
― 脱退の5ルートと「6か月前予告」という時間の武器 ―
「来月末で辞めます。手続はそちらでお願いします」。共同経営者から、そんな短いメッセージが届いたとします。最初に確かめるべきことは、感情の整理でも、清算金の相場でもありません。相手は、本当に来月末に辞められるのか、です。
士業法人の社員は、思い立った日に辞められるわけではありません。自分の意思で脱退するには、原則として6か月前に予告し、その効力は事業年度の終わりにしか生じません。例外は2つだけ。「やむを得ない事由」がある場合と、総社員の同意がある場合です。2人法人なら、総社員の同意とは残る側の同意にほかなりません。相手が「今すぐ辞めたい」のであれば、残る側の同意は、相手が対価を払ってでも手に入れたいものになります。
第Ⅱ部・脱退編の最初の講として、脱退のすべてのルートを時間軸の上に並べ、残る側がどこまで時期を握れるのかを整理します。
1 脱退の全ルート ― 法定脱退と任意退社
社員が法人を去る道は、大きく2つに分かれます。ひとつは、一定の事由が生じたことによって当然に社員でなくなる「法定脱退」。もうひとつは、社員が自分の意思で辞める「任意退社」です。
法定脱退の事由は、税理士法48条の17に6つ、社労士法25条の21に4つ定められています。
| 税理士法人(48条の17) | 社労士法人(25条の21) | 実務での典型 |
|---|---|---|
| 1号 税理士の登録の抹消 | 1号 社労士の登録の抹消 | 死亡、欠格事由への該当、本人の申請による抹消 |
| 2号 定款に定める理由の発生 | 2号 定款に定める理由の発生 | 定款で定めた定年、一定期間の業務不能など |
| 3号 総社員の同意 | 3号 総社員の同意 | 合意による脱退(脱退合意書) |
| 4号 43条の規定に該当することとなったこと | ― | 弁護士・公認会計士等としての懲戒で業務停止を受けた場合、報酬のある公職に就いた場合 |
| 5号 45条・46条による税理士業務の停止処分 | ― | 税理士としての懲戒処分(業務停止) |
| 6号 除名 | 4号 除名 | 除名の訴えの判決確定(第8講) |
2つの点を補足します。第一に、死亡は「登録の抹消」を通じて脱退事由になることです。会社法607条(死亡による法定退社)は準用されておらず(第2講)、税理士・社労士の死亡は登録抹消事由とされているため、1号の経路で脱退が生じます。第二に、税理士は業務停止処分を受けると当然に脱退するが、社労士は脱退しないことです。社労士法人の社員が業務停止処分を受けても、その社員は法人に残ります。残る側がその社員を法人から外したければ、除名の訴えなど別の手段が必要です。
これらの法定脱退は、事由が生じた時点で効力を生じ、社員の意思に左右されません。これに対して、社員が自分の意思で辞めるのが任意退社です。税理士法48条の21第1項、社労士法25条の25第1項が準用する会社法606条が、その要件を定めています。
2 任意退社の時間ルール ― 6か月前予告・事業年度末
会社法606条1項は、定款で法人の存続期間を定めなかった場合や、ある社員の終身の間存続すると定めた場合には、各社員は事業年度の終了の時において退社することができ、その場合は6か月前までに退社の予告をしなければならないと定めています。定款で別段の定めをすることもできます(同条2項)。
まず、自法人の存続期間と退社条項を確認します。606条1項の対象なら、別段の定めがない限り、その予告期間と事業年度末の要件によります。すべての定款が同じという前提では計算しません。
数字で確かめてみます。3月決算の法人で、相手が9月2日に退社を予告したとします。次の事業年度の終了は翌年3月31日で、その6か月前は9月30日ですから、9月2日の予告は間に合っており、退社の効力は翌年3月31日に生じます。予告から約7か月です。これが10月15日の予告だったらどうでしょう。翌年3月31日の6か月前を過ぎているため、その年度末には退社できず、効力が生じるのはさらに翌年の3月31日、予告から約17か月半後になります。
| 脱退の根拠 | 時点の確認 |
|---|---|
| 予告による退社 | 606条の要件、定款、予告の到達、事業年度末 |
| やむを得ない事由 | 具体的な事情と意思表示(606条3項) |
| 総社員の同意・定款事由 | 合意・定款の効力と条件・期日 |
| 法定事由 | 各士業法の事由と発生時点 |
| 除名 | 所定の決議、法人による提訴、判決確定 |
図1 脱退のルートと時間軸(3月決算法人の例)
残る側にとって、この時間ルールは2つの意味を持ちます。ひとつは、後任の確保、顧客の引継ぎ設計、証拠の収集に使える期間が、法律上保障されていること。とりわけ税理士法人では、任意退社の効力が生じるまで社員は2人のままですから、6か月ルール(第4講)の起算点も先になります。もうひとつは、相手がこのルールを嫌って「やむを得ない事由」を主張するか、残る側の同意を求めてくることが予想される、ということです。次の節で扱います。
なお、定款で「社員は3か月前に予告すればいつでも退社できる」といった別段の定めを置いている法人もあります。自分の法人の定款を最初に確認してください。定款に何も書いていなければ、会社法606条1項の原則です。
3 即時脱退の2つの例外 ― 「やむを得ない事由」と「総社員の同意」
予告期間・事業年度末を待たずに退社する方法として、ここでは次の2つを扱います。このほか定款上の別段の定めや法定脱退事由がある場合も、別に確認します。
やむを得ない事由による退社(会社法606条3項)
会社法606条3項は、「やむを得ない事由があるときは、各社員は、いつでも退社することができる」と定めています。予告期間も事業年度末も要りません。社員間の信頼関係が回復不能なまでに壊れている、社員が重い病気で業務を続けられない、といった事情がこれに当たり得ます。相手がこの条文を持ち出してきたときに、残る側がどう争うかは、次の第7講でまとめて扱います。ここでは、この例外が認められれば時間の武器は効かなくなること、しかし「やむを得ない事由」の認定は容易ではなく、相手が一方的に主張しただけでは決まらないこと、の2点を押さえておいてください。
総社員の同意による脱退(税理士法48条の17第3号、社労士法25条の21第3号)
合意による脱退では、総社員の同意により時期・引継ぎ等を定めます。法令上既に生じた脱退を合意の成立まで延期できるという意味ではありません。
ここに、残る側の最大のカードがあります。相手が「今すぐ辞めたい」「今期末で辞めたい」と望んでいて、6か月前予告のルールではそれが叶わないとき、残る側の同意は、相手にとって対価を払う価値のあるものです。その対価とは、脱退の時期、持分払戻しの計算方法と支払条件、顧問先の承継リストと共同通知の方法、リスト外の顧客・従業員への不勧誘、連帯保証の処理、データの返還――といった、脱退合意書に盛り込むべき条件そのものです(第29講)。
逆にいえば、残る側がこれらの条件を詰める前に「わかった、来月末でいいよ」と口頭で応じてしまえば、カードは消えます。総社員の同意は、書面である必要はありません。口頭のやり取りが後になって「同意があった」と主張される材料になり得ることを、常に意識しておいてください。
4 社員である間、相手は縛られ続ける
時間の武器には、もうひとつの側面があります。予告から退社の効力が生じるまでの間、相手は社員のままであり、第5講で見た義務をすべて負い続けます。
競業の禁止(税理士法48条の14、社労士法25条の18)により、相手はその期間、個人でも新法人でも、法人の業務範囲に属する税理士業務・社労士業務を受任できません。個人事務所を設けることもできません(税理士法40条4項、社労士法18条2項)。もし相手がこの期間に独立準備を実行に移し、顧問先を個人名義や新法人名義で受任すれば、競業禁止違反であり、得た利益は法人の損害と推定されます。忠実義務も続きますから、顧客への解約の働きかけや従業員の引抜きは、その態様次第で損害賠償や除名の事由になります。
つまり、残る側にとっての予告期間は、単に時間を稼ぐ期間ではありません。相手の行動が法的に制約され、違反すれば証拠になる期間です。相手が「辞めると言ったのだから、もう自由だ」と考えて動き始めたときこそ、残る側の損害賠償・相殺・除名のカードが厚くなります。この期間にどう証拠を集めるかは、第19講で扱います。
もちろん、この縛りは相手にとっても重いものです。だからこそ相手は、6か月前予告のルールを避けて、やむを得ない事由の主張か、残る側の同意の獲得に動きます。その動きを見越して、残る側が条件を組み立てておくのが、第Ⅱ部の基本戦略です。
5 ルート別・残る側の対応
相手がどのルートで脱退しようとしているかによって、残る側の打ち手は変わります。
| 相手の動き | 法的な位置づけ | 残る側の対応 |
|---|---|---|
| 「〇月末で辞める」と一方的に通告 | 任意退社の予告(会社法606条1項)。効力は6か月経過後の事業年度末 | 定款の別段の定めの有無を確認。予告日と事業年度末から効力発生日を計算し、書面で「退社の効力は〇年〇月〇日に生じる」と確認する。その日まで社員としての義務が続くことも明記。 |
| 「信頼関係は壊れた。今日で辞める」 | やむを得ない事由による即時退社の主張(606条3項) | 具体的な事実と効力発生日を確認する。要件があれば残る側の同意は不要。払戻し・損害賠償は別に協議する。 |
| 「今期末で辞めたい。同意してほしい」 | 総社員の同意による脱退の申出(税48条の17第3号、社25条の21第3号) | 口頭で応じない。同意の対価として、時期・払戻し・顧客承継・不勧誘・保証・データ返還を脱退合意書に落とし込む。税理士法人では効力発生日を後任確保後に設定する(第4講)。 |
| 相手が死亡・登録抹消 | 法定脱退(1号)。予告なく即時に効力 | 遺族への持分払戻しの計算と、税理士法人なら6か月以内の後任確保を同時に進める(第10講)。 |
| 相手が懲戒処分(業務停止)を受けた | 税理士は当然に脱退(5号)。社労士は脱退しない | 税理士法人では法定脱退として処理し、払戻計算へ。社労士法人では、法人に残る社員をどう扱うか(除名の訴え等)を検討(第8講)。 |
| 相手を辞めさせたい | 除名(6号/4号)は訴えによる | 除名事由の証拠を固め、訴えの提起を検討。並行して合意脱退への誘導(第8講)。 |
6 「辞める」と言われた日のチェックリスト
最後に、言われたその日にすることを5つにまとめます。
- 書面化を求める。口頭の申出には、「正式な意思表示であれば書面(メールで可)でいただきたい」と返す。相手の申出の日付と内容が、後の効力発生日の計算の起点になる。
- 定款と登記を確認する。退社に関する別段の定め、代表社員の定め、払戻しに関する定めの有無。定款の現物が手元になければ、法務局と税理士会・社労士会への届出書類で確認する。
- 効力発生日を計算する。事業年度末と6か月前予告のルールに当てはめ、相手がいつ社員でなくなるのかを確定する。税理士法人なら、その日が6か月ルールの起算点になる。
- 顧客・従業員・資産のリストを日付入りで保存する。顧問先一覧(担当者・報酬・契約日)、従業員名簿、預金残高、借入れと保証の一覧。相手の予告日時点の状態を固定しておくことが、後の払戻計算と損害立証の基礎になる。
- 同意しない。反論もしない。「わかった」も「認めない」も、その場では言わない。「内容を確認して回答する」で止める。感情的な返信は、それ自体が後の交渉と訴訟で引用される。
残る側の視点で押さえておくこと
任意退社は定款と606条の適用要件から時期を判断します。やむを得ない事由や法定脱退があるなら、残る側の承諾を条件にはできません。合意で時期を決める場面では、後任、引継ぎ、財産評価を一体で整えます。
【本講で引用した主な法令】税理士法26条・40条・43条・45条・46条・48条の14・48条の17・48条の18・48条の21/社会保険労務士法18条・25条の18・25条の21・25条の25/会社法606条・607条