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『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第19講】

在任中の受任・勧誘をどう評価するか ― 競業禁止・忠実義務と、それらの義務違反の証拠―

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第19講】

19第Ⅳ部 顧客・従業員編第19講

在任中の受任・勧誘をどう評価するか
― 競業禁止・忠実義務と、その証拠 ―

脱退予告から3か月。事務所の会議室で、共同経営者が顧問先の社長と面談していました。テーブルの上には、見慣れない法人名の入った契約書のひな形。相手はまだ、この法人の社員です。

在任中の行為では、法定の競業禁止、善管注意義務・忠実義務、情報の利用権限を確認します。受任、勧誘、独立準備を区別し、準備や接触というだけで直ちに競業禁止違反と決めません。違反業務によって得た利益の損害推定を用いる場合も、違反行為、対象業務、得た利益と対応経費の資料が必要です。

1 在任中の規律 ― 競業禁止と忠実義務

社員が法人に在籍している間、2つの義務が働きます。

第一に、競業の禁止です。税理士法48条の14第1項は、社員が自己または第三者のために、その税理士法人の業務の範囲に属する業務を行うことを禁じています。社労士法25条の18第1項も同じです。株式会社の取締役の競業避止と違って、他の社員の承認を得れば許されるという例外がありません。社員である間に、個人名義でも新法人名義でも、顧問先を受任することは端的に条文違反です。

第二に、忠実義務です。会社法593条の準用により、社員は法人のために忠実に職務を行わなければなりません。受任にまで至っていなくても、顧客に対して法人との契約を解約して自分の新事務所と契約するよう働きかける行為は、法人の利益を犠牲にして自分の利益を図るものとして、忠実義務違反になります。

士業法人の脱退社員が争われた東京地裁平成26年4月9日判決(TAINS Z999-0150)も、結論としては請求を棄却しつつ、社員が在任中に、顧客に対して法人との顧問契約を解約して自分が開設する事務所と契約するよう違法不当な方法で働きかけることは許されない、と述べています。在任中の働きかけが規律の対象になること自体は、裁判所も前提にしています。

この2つの義務は、任意退社の予告期間中も続きます(第6講)。相手が「辞めると言ったのだから、もう自由に動いてよい」と考えているとしたら、それは誤りです。効力発生日まで、相手は社員であり、この規律の下にいます。

2 「利益=損害」推定の威力

競業禁止違反には、他の義務違反にはない武器が付いています。税理士法48条の14第2項・社労士法25条の18第2項は、社員が競業禁止に違反して自己または第三者のために業務を行ったときは、その業務によって社員または第三者が得た利益の額を、法人に生じた損害の額と推定すると定めています。

推定を主張するには、在任中の違反業務と、これによって社員又は第三者が得た利益を特定します。収入から対応する必要経費を検討した利益計算を付し、損害額の推定と責任の成立要件を分けます。具体的な費目と配賦は資料に基づき説明します(第16講)。

違反業務の事実は、損害賠償、除名、権限消滅の検討で使います。ただし、損害額の推定規定が除名事由や保全の必要性まで推定するわけではありません。それぞれの要件を別に満たす必要があります。

対象は在任中に行った違反業務により得た利益です。報酬が脱退後に入金されたという理由だけで除外せず、業務の実施時期と収入・費用の対応を追います。脱退後に新たに行った業務については、契約、不正競争、不法行為等を検討します。

3 どこまでが適法な「準備」か ― 挨拶と勧誘の境界

在任中の行為がすべて違法になるわけではありません。相手にも、将来のために準備をする自由があります。裁判所は、独立の準備行為そのものと、顧客の奪取とを区別しています。

東京地裁平成26年4月9日判決の事案では、脱退した社員が脱退前から担当顧客に独立開業の予定とその理由を説明し、顧客の中に顧問契約の解約の段取りなどについて助言を求める者がいたため、それに応じていた、という事実がありました。裁判所は、これらの行為について、営業秘密に係る情報を用いたり法人の信用を落としたりするなどの不当な方法で準備活動をしたとは認められないとして、請求を棄却しました。

最高裁平成22年3月25日判決(民集64巻2号562頁)の事案でも、元従業員が在職中に取引先の一部に「退職後に同種の事業を営むので受注を希望する」と伝えていたことが認定されていますが、最高裁は、退職の挨拶の際などに独立後の受注希望を伝える程度のことは、人的関係の利用を超えた不当な方法とはいえないとしています(詳しくは第20講)。

以下は事実調査のための整理です。従業員の退職事件と、法定の競業禁止を負う社員の脱退事件を同一に扱わず、各裁判例の前提・請求原因を区別します。

適法な準備と評価されやすい行為 違法な働きかけと評価されやすい行為
新法人の設立準備、事務所物件の確保、ドメインの取得。顧客に独立の予定と理由を伝える。顧客から相談を受けて手続を説明する。在任中に個人名義・新法人名義で顧問契約を締結する(競業禁止違反そのもの)。法人の顧客名簿を使って一斉に案内を送る。法人の信用を落とす説明をして解約を促す。従業員を通じて顧客に解約を働きかける。

顧客の発意、勧誘の内容、法人情報の利用、法人の業務への影響を総合して確認します。受け身であれば必ず適法、能動的であれば必ず違法という二分法ではありません。

4 証拠化の実務 ― 何を、どう残すか

在任中の働きかけを法的に使うには、証拠が要ります。相手が社員でいる期間は、残る側にとって証拠を積む期間です(第6講)。集めるべきものと、集め方の原則を整理します。

集めるべきもの

  • 時系列メモ。相手の脱退予告の日、その後の言動、顧客との面談の日時、法人の会議での発言。日付入りで、その日のうちに書く。後から思い出して書いたメモの信用性は低い。
  • 法人のメール・チャット・スケジュール。相手が法人のアカウントで顧客とやり取りした記録。法人のシステム上のデータは法人の管理下にあり、保全は正当な管理行為です。
  • 顧客からの情報。顧客から「〇〇さんから独立の話があった」「新しい事務所と契約するよう勧められた」と聞いたら、その内容・日時・誰から聞いたかを記録する。可能なら顧客にメールで確認をもらう。ただし、顧客を巻き込む聴き方(「〇〇はこう言いましたよね」と誘導する、証言を求める)は、顧客の信頼を損ね、証拠価値も下げます。
  • 受任の事実を示す資料。相手の新法人の登記事項証明書、ウェブサイト、顧客への請求書や契約書(顧客から任意に提供される場合)。受任時期を示す資料は、推定規定の適用範囲を決めます。
  • 法人の売上・担当データの固定。相手の脱退予告日時点の顧客リスト、担当割、顧客ごとの年間報酬。後の払戻計算(第13講)と損害額の議論の基礎です。

集め方の原則

証拠は、法人の管理権限が及ぶ範囲から集めます。法人のメールサーバ、法人の共有ドライブ、法人のシステムのアクセスログは、法人の資産であり、その保全と確認は法人の正当な管理行為です。他方、相手の私用メール、私物の端末、私的なSNSを無断で調べる行為は、それ自体が違法になり得ます。録音については、自分が参加している会話を録音することは一般に適法とされますが、相手のいない場所に録音機を置くような行為は避けてください(第9講)。

もうひとつ、証拠を集めることと、それを相手に突きつけることは別です。証拠が揃う前に「あなたが顧客に働きかけているのを知っている」と告げれば、相手は行動を隠すようになり、証拠は集まらなくなります。集める期間と使う時期は、分けて設計します。

5 打ち手の階段 ― 口頭注意から訴訟まで

在任中の働きかけを把握したとき、残る側の打ち手は段階的です。どの段階まで上るかは、証拠の厚さ、相手の行為の程度、そして法人にとっての最終目標(相手を合意脱退に導くのか、損害を回復するのか、除名するのか)で決めます。

対応目的
証拠保全時期・受任・権限・利益を裏付ける
適法な業務体制の整理顧客対応と法人資産を守る
通知・協議違反事実、停止要求、回答事項を特定
訴訟・保全等請求ごとの要件・必要性を示す。緊急なら先行する

図1 在任中の引抜きへの打ち手の階段

第1段 記録と静観。兆候はあるが証拠が薄い段階。相手に告げず、記録を続けます。

第2段 書面での確認。相手に対し、社員としての義務(競業禁止・忠実義務)が脱退の効力発生日まで継続することを、法人として書面で確認します。非難ではなく、事実と条文の確認にとどめます。相手が「知らなかった」と言えなくなり、以後の行為の悪質性が上がります。

第3段 内容証明。具体的な行為・日時・相手先、法的根拠、求める停止・資料保存・回答を示します。金銭請求は、対象収入、確認済みの対応経費、暫定利益、未確認資料を別紙で示し、「受領報酬合計がそのまま損害」とは書きません。

第4段 法的手段。損害賠償請求(持分払戻しとの相殺。第16講)、除名または権限消滅の訴え(第8講・第9講)、営業秘密の侵害があれば差止め(第23講)。

書面での照会や請求によって協議が始まる場合も、相手が争う場合もあります。反応を見て期限と必要な法的手段を判断し、重大な流出の危険があるときは段階を順番に踏むことに固執しません。

6 自分が疑われないために

最後に、第5講の末尾で触れた点を、この文脈でもう一度確認します。競業禁止と忠実義務は、残る側にも等しく及びます。

相手との対立が深まると、残る側にも「相手が出て行った後の受け皿として、先に別法人を作っておこう」「主要な顧問先だけ、自分の個人名義に切り替えておこう」という考えが浮かびます。しかし、残る側も社員です。在任中に別法人名義で受任すれば競業禁止違反であり、法人の顧客を個人名義に移せば忠実義務違反です。相手の側から見れば、それはまさに本講で述べた「在任中の引抜き」であり、相手に除名事由と損害賠償の材料を渡すことになります。

残る側が守ろうとしているのは法人です。法人の中にいる限り、法人のルールに従う。相手を義務違反で追及する側が自ら義務に違反していれば、裁判所も相手も、その追及を真に受けません。

残る側の視点で押さえておくこと

在任中の競業と忠実義務違反を、具体的な業務・勧誘・情報利用から判断します。競業利益による損害額の推定には、収入と対応経費の検討が必要です。適法な資料保存を進め、法人の請求根拠と額を示して対応します。

次回 第20講「脱退後は自由競争 ― 顧問先引抜きの適法・違法の分水嶺【判例完全マップ】」では、相手が脱退した後の働きかけについて、裁判所が何を見て適法・違法を分けているのかを、裁判例を6つの軸で整理して示します。


【本講で引用した主な法令・裁判例】税理士法48条の14/社会保険労務士法25条の18/会社法593条・859条/最高裁平成22年3月25日判決(民集64巻2号562頁)/東京地裁平成26年4月9日判決(TAINS Z999-0150)

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