『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第10講】
パートナーの死
― 社員の地位と、相続される払戻請求権を分ける ―
月曜日の朝、共同経営者の急逝を知らせる電話が入りました。20年近く一緒にやってきた相方です。通夜と葬儀の段取りを手伝いながら、残された代表社員の頭には、口にしにくい問いが浮かびます。相方の持分はどうなるのか。奥さんは何を求めてくるのか。そして、社員が自分1人になったこの法人は、どうなるのか。
社員の死亡では、後任確保、顧客業務、払戻し、相続税・所得税の確認を並行して進めます。業界の年齢構成から内部紛争の増加を断定せず、制度上何を準備すべきかを具体化します。
1 死亡は「脱退」である ― 相続人は社員になれない
税理士法26条1項2号は、税理士が死亡したときは登録を抹消しなければならないと定め、同条2項は相続人に届出義務を課しています。社労士法も同様に、死亡を登録抹消の事由としています。そして税理士法48条の17第1号、社労士法25条の21第1号は、登録の抹消を法定脱退事由としています。つまり、社員の死亡は、登録抹消を経由して、法人からの脱退として扱われます。
ここで決定的に効いてくるのが、第2講で見た「準用されていない条文」です。持分会社では、会社法608条により、定款で定めれば社員の相続人がその持分を承継して社員になることができます。しかし、税理士法48条の21も社労士法25条の25も、608条を準用していません。したがって、社員が死亡しても、相続人は社員の地位を承継しません。相続人が承継するのは、死亡した社員が法人に対して持つ持分の払戻請求権だけです。
相続人が税理士や社労士であっても同じです。相続人が資格者であれば、法人に「加入」することはできますが、それは承継ではなく、総社員の同意による定款変更と加入登記を経た新規加入です。残る側の同意なしに、遺族が社員の椅子に座ることはできません。逆にいえば、税理士法人の残る側にとって、資格を持つ相続人は6か月ルールへの対応策の候補になり得ます(第4講)。
定款で「社員が死亡した場合、その相続人が持分を承継して社員となる」と定めておくことは可能でしょうか。608条が準用されていない以上、その定款の定めに法的効力を認めることは難しいと考えられます。士業法人の社員資格は法律で資格者に限定されており、資格のない相続人が社員になる道はそもそも閉ざされていますし、資格者であっても加入の手続を要するのが制度の建付けです。
2 遺族が持つ権利 ― 持分払戻請求権と、その評価
遺族が承継する持分払戻請求権の中身は、脱退一般と同じです。会社法611条の準用により、払戻額は「退社の時における法人の財産の状況」に従って計算され、出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができます。退社の時に完了していない事項(進行中の申告業務や未収報酬など)については、完了後に計算することもできます(同条4項)。
評価の考え方も、任意退社の場合と変わりません。帳簿価額ではなく脱退時の客観的な価額を基礎とし、顧問先との関係というのれんをどう見るかが争点になります(第12講・第13講)。死亡の場合に特有なのは、この評価をめぐる相手が、法人の内情を知らない遺族であることです。遺族は往々にして、故人から聞かされていた「うちの法人の価値」を基準に考えます。他方で残る側は、故人が担当していた顧問先が死亡によって流出することを織り込みたい。この認識の差が、交渉の出発点になります。
税務の観点も避けて通れません。持分払戻請求権は相続財産として相続税の対象になり、国税庁の質疑応答事例は、退社により持分の払戻しを受ける場合の評価について、課税時期における法人の純資産価額を基礎に算定する考え方を示しています。あわせて、払戻金のうち出資に対応する部分を超える金額については、みなし配当として所得税の問題が生じます。相続税と所得税の関係は、税務上も整理を要する論点です(第17講)。残る側としては、遺族側に税理士がついていない場合、この点を含めて説明できる状態で交渉に臨むことが、無用な対立を避ける近道になります。
相続人が複数の場合、通常の可分な金銭債権である払戻請求権は、原則として相続分に応じて承継されます。必ず遺産分割が成立するまで支払えないわけではありません。ただし、遺言、相続放棄、相続分や債権帰属の争い、代理権、指定相続分等の対抗要件を確認します。一人に全額払うなら、全額を受領する権限を確認し、払戻総額・減額・全体の清算まで合意するなら影響を受ける権利者の同意を得ます(民法427条・899条・899条の2等)。
3 残る側が同時に抱える4つの課題
社員の死亡によって、残る側は次の4つの課題を同時に抱えます。順番に処理する余裕はなく、並行して進めるほかありません。
課題① 税理士法人なら、6か月以内の後任確保
2人法人で1人が亡くなれば、その日が6か月ルールの起算点です(税理士法48条の18第2項)。第4講で見た4つの策のうち、時間を稼ぐ策(脱退の効力発生日の先送り)は使えません。所属税理士の昇格、資格者(相続人を含む)の加入、他の法人との合併のいずれかを、死亡の日から逆算して進めます。社労士法人にはこの課題がありません。
課題② 払戻資金の手当て
遺族への払戻しは、法人の預金から支払います。のれんを含めた評価になれば、金額は法人の年間売上に近い水準になることもあります。法人の資金繰りを崩さずに支払うには、分割払いの合意、金融機関からの借入れ、あるいは平時に用意しておいた生命保険(後述)が必要です。遺族との合意書では、金額だけでなく支払方法と期限を定めます。
課題③ 連帯保証の処理
個別の借入金の保証債務など、死亡前に生じた承継対象の債務を確認します。継続的な保証では、契約内容、個人根保証の元本確定、死亡後の債務を含む範囲を区別します。相続放棄の有無も確認し、法人と遺族だけの合意で金融機関に対する保証が外れたとは扱いません。
課題④ 業務の継続 ― 顧客、従業員、手続
故人が担当していた顧問先には、担当者の変更を伝え、業務が止まらないことを示さなければなりません。進行中の申告や手続で故人の名義が使われているもの(税務代理権限証書、提出代行に関する証明書、電子証明書)は差し替えが要ります。故人名義の電子証明書は失効します。従業員には、法人が継続することと、当面の指揮系統を伝えます。これらは、死亡の翌週から動かなければならない実務です(第11講)。
4 設例 ― 5月10日に代表社員が亡くなった税理士法人の6か月
3月決算の税理士法人。社員は2名で出資は各500万円、代表社員Aが5月10日に急逝し、Bが残りました。法人の帳簿上の純資産は1,000万円、開業時の借入れ1,500万円が残っており、AとBが連帯保証しています。顧問先との関係を基礎とするのれんは、仮に2,000万円と評価されるとします。相続人はAの妻と子2人です。
| 時期 | 残る側Bがすること |
|---|---|
| 5月10日〜(当日〜2週間) | 6か月の期限を11月10日と確定。主要顧問先と従業員への告知。進行中案件の担当引継ぎ。A名義の電子証明書・税務代理権限証書の整理。金融機関に死亡を連絡し、保証の扱いの協議を予約。所属税理士の有無と昇格の意向確認。 |
| 5月下旬〜6月 | 遺族へ、Aの登録抹消の届出(相続人の義務)と持分払戻しの手続を説明。払戻額の計算資料(決算書・顧客リスト・借入残高)を準備。後任候補(所属税理士/資格者の相続人/外部)を決め、必要なら税理士登録の申請に着手。合併の可能性も並行して打診。 |
| 7月〜8月 | 遺族と払戻額・支払方法を協議。設例なら、簿価純資産1,000万円+のれん2,000万円=3,000万円をAの持分割合(2分の1)で計算した1,500万円が出発点。A担当先の流出見込み、未完了事項、保証解除との一体処理を交渉。相続人全員の合意書を作成。 |
| 9月〜10月 | 後任社員の加入(定款変更・加入登記・届出)を11月10日より前に完了。金融機関とAの保証解除・Bへの一本化を合意。払戻しの初回支払い。 |
| 11月10日 | 期限。この日までに社員が2人以上になっていなければ、法人は解散し、復活はできない(第4講)。 |
設例の払戻額1,500万円は、法人の預金で一括で払える金額ではないことが多いでしょう。Aが担当していた顧問先の一部が死亡によって離れれば、のれんの評価も下がり、遺族との間で評価が争いになります。そこに後任探しと保証の処理が重なる。これが、社員の死亡がもたらす残る側の6か月です。
5 平時にしかできない備え
社員の死亡には、紛争型の脱退と決定的に違う点があります。相手と交渉して条件を決める余地がなく、すべては起きた後の処理になる。だからこそ、備えは平時にしかできません。
生命保険は払戻資金を準備する方法になります。ただし、法人が受け取る保険金・保険金請求権や関連する税負担が法人財産の評価に反映される場合、払戻額も変わります。保険金がそのまま全額、残る側の自由な原資になるとせず、受取人、払戻条項、評価基準日、税務を合わせて設計します。
死亡退職金と弔慰金は区別します。受給権者、支給根拠、金額、勤務の対価か見舞的給付かにより扱いが変わります。法人側の支給債務と払戻評価、遺族側の相続税上の取扱いを一緒に検討し、名称だけで有利な税務処理になるとは考えません。
定款・社員間契約での払戻しの設計。払戻額の算定基準(のれんの扱いを含む)、分割払いの可否と期間、未完了事項の処理を、定款または社員間契約で定めておきます。定款で払戻しの基準をどこまで動かせるかには限界がありますが(第15講)、少なくとも支払方法と期間についての合意は、遺族との交渉の土台になります。この定めは総社員の同意が要るため、関係が良好なうちにしか作れません(第28講)。
3人以上の体制。税理士法人については、社員を3人以上にしておけば、1人の死亡が直ちに6か月ルールに直結しません。所属税理士を早めに社員に迎えること、承継の道筋を描いておくことが、そのまま死亡リスクへの備えになります(第27講)。
残る側の視点で押さえておくこと
社員の死亡は、登録抹消を経由した法定脱退です。相続人は社員の地位を承継せず、承継するのは持分払戻請求権だけです。残る側は、遺族への払戻し(時価・のれんの評価と税務の説明を含む)、連帯保証の処理、業務の継続、そして税理士法人なら6か月以内の後任確保を、同時に進めなければなりません。交渉で時期を動かせない以上、生命保険・退職慰労金規程・払戻しの設計・3人体制という平時の備えが、すべてです。
【本講で引用した主な法令・資料】税理士法26条・48条の4・48条の17・48条の18・48条の21/社会保険労務士法25条の21・25条の25/会社法607条・608条・611条/民法896条/国税庁質疑応答事例「持分会社の退社時の出資の評価」
【相続・税務の補足】民法427条・899条・899条の2・915条。死亡時の所得認識と法人の源泉徴収時期は第17講第5節に分けて記載した。